ちいさこべ 山本周五郎 ⑨

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大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

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問題文

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(「あたしおゆうさんにじをおしえてもらおうとおもうの」とあるよるおりつがいった、)

「あたしおゆうさんに字を教えてもらおうと思うの」と或る夜おりつが云った、

(「あしたっからこどもたちといっしょにはじめるつもりよ」)

「明日っから子供たちといっしょに始めるつもりよ」

(しげじはしんじかねるようにおりつをみた。)

茂次は信じかねるようにおりつを見た。

(「にんげんはがくもんがたいせつだって、あたしつくづくそうおもったのよ」)

「人間は学問が大切だって、あたしつくづくそう思ったのよ」

(とおりつはしげじをみかえしていった、「わかとうりょうはちいさこべってしってるわね」)

とおりつは茂次を見返して云った、「若棟梁はちいさこべって知ってるわね」

(「なんのこった」「ちいさこべよ、しってるんでしょ」)

「なんのこった」「ちいさこべよ、知ってるんでしょ」

(しげじはだまってくびをふった。)

茂次は黙って首を振った。

(「うそ」とおりつがいった、)

「うそ」とおりつが云った、

(「ほら、ずっとむかしのなんとかっていうてんのうのときに、)

「ほら、ずっとむかしのなんとかっていう天皇のときに、

(よそのこをたくさんあつめてきたひとがいるじゃないの」)

よその子をたくさん集めてきた人がいるじゃないの」

(「それがどうしたんだ」)

「それがどうしたんだ」

(「それがちいさこべよ、しってるんじゃないの」)

「それがちいさこべよ、知ってるんじゃないの」

(「どうしてそれがちいさこべなんだ」)

「どうしてそれがちいさこべなんだ」

(「てんのうはね、おかいこさまをあつめてこいっておっしゃったんですって、)

「天皇はね、お蚕こさまを集めて来いって仰ったんですって、

(てんのうだからさまはつけないで、ただこってよびすてにするでしょ、)

天皇だからさまは付けないで、ただこって呼びすてにするでしょ、

(おかいこがしたかったので、こをあつめてこいっておっしゃったら、)

おかいこがしたかったので、こを集めて来いって仰ったら、

(そのひとよそのこをうんとこさあつめてきたのよ、それでてんのうがわらって、)

その人よその子をうんとこさ集めて来たのよ、それで天皇が笑って、

(ちいさこべのすがる、っていうなをおつけになったんですって、そうでしょ」)

ちいさこべのすがる、っていう名をお付けになったんですって、そうでしょ」

(とおりつがいった、)

とおりつが云った、

(「だからここのうちもちいさこべだって、おゆうさんがいうの、)

「だからここのうちもちいさこべだって、おゆうさんが云うの、

など

(いっそちいさこべやってよべばいいって、)

いっそちいさこ部屋って呼べばいいって、

(そんなおおむかしのはなしがすぐでてくるんですもの、)

そんな大昔の話がすぐ出てくるんですもの、

(やっぱりがくもんがなければだめだっておもっちゃったわ」)

やっぱり学問がなければだめだって思っちゃったわ」

(「かなのよみかきぐらいできるほうがいいが」)

「仮名の読み書きぐらいできるほうがいいが」

(としげじがいった、「がくもんまですることはねえさ」)

と茂次が云った、「学問まですることはねえさ」

(「あら、よみかきとがくもんはちがうの」)

「あら、読み書きと学問は違うの」

(「だれかないてるぜ」としげじがいった、「あつぼうじゃねえのか」)

「誰か泣いてるぜ」と茂次が云った、「あつぼうじゃねえのか」

(おりつはくびをかしげ、「あっちゃんらしいわ」といいながらたっていった。)

おりつは首をかしげ、「あっちゃんらしいわ」と云いながら立っていった。

(じゅういちがつのちゅうじゅんに、うちのたてましをした。)

十一月の中旬に、うちの建て増しをした。

(しごとのかんけいで、とまりこむしょくにんがふたりふえたし、)

仕事の関係で、泊り込む職人が二人ふえたし、

(そうでなくともこどもたちといっしょでは、)

そうでなくとも子供たちといっしょでは、

(どっちのためにもぐあいがわるいからである。)

どっちのためにも具合が悪いからである。

(おりつのいるかってとよじょうはんもすこしひろげ、こどもたちのへやはじゅうにじょうにし、)

おりつのいる勝手と四帖半も少しひろげ、子供たちの部屋は十二帖にし、

(つぎにしょくにんたちのためにろくじょうをふたつ、はしのしげじのへやもはちじょうにした。)

次に職人たちのために六帖を二つ、端の茂次の部屋も八帖にした。

(これがひとかわによこにならび、みなみがわにえんがわをとおした。)

これがひとかわに横に並び、南側に縁側をとおした。

(だいろくとすけじろうは「ほんぶしんにしたらどうか」とすすめたが、)

大六と助二郎は「本普請にしたらどうか」とすすめたが、

(しげじはとりあわなかった。)

茂次はとりあわなかった。

(すると、そのたてましをまってでもいたように、)

すると、その建て増しを待ってでもいたように、

(じっぺいにさそわれてにげたこどものうち、とみとひろじというふたりがもどってきた。)

じっ平にさそわれて逃げた子供のうち、富と広治という二人が戻って来た。

(とみはきゅうさい、ひろじははっさいで、ふたりともこじきのようなすがたをしており、)

富は九歳、広治は八歳で、二人とも乞食のような姿をしており、

(あかだらけで、しらみがたかっていた。)

垢だらけで、虱がたかっていた。

(かれらはくらくなってから、あきちにたたずんでいるのをおりつにみつけられ、)

かれらは暗くなってから、空地に佇んでいるのをおりつにみつけられ、

(おりつがびっくりしてよびかけると、かれらはおりつにとびつき)

おりつがびっくりして呼びかけると、かれらはおりつにとびつき

(「ごめんなさい」といってなきだした。)

「ごめんなさい」と云って泣きだした。

(「あたしわれしらずぶっちゃったわ」とおりつはしげじにそういった、)

「あたしわれ知らずぶっちゃったわ」とおりつは茂次にそう云った、

(「ふたりのおしりのところをぴしゃぴしゃって、うれしいようなくやしいような、)

「二人のお尻のところをぴしゃぴしゃって、うれしいようなくやしいような、

(じぶんでもわけのわからないきもちで、ただもうかっとなっちゃったのよ」)

自分でもわけのわからない気持で、ただもうかっとなっちゃったのよ」

(しげじはうなずいた。「わるいわね」とおりつがそっとしげじをみながらいった、)

茂次は頷いた。「わるいわね」とおりつがそっと茂次を見ながら云った、

(「またやっかいものがふえちゃって」)

「また厄介者がふえちゃって」

(「たてましといてよかった」としげじはいった、)

「建て増しといてよかった」と茂次は云った、

(「とうぶんたべものにきをつけるんだな、)

「当分たべ物に気をつけるんだな、

(うえていたにんげんにいきなりはらいっぱいくわせると、からだをこわすっていうぜ」)

飢えていた人間にいきなり腹いっぱい食わせると、躯をこわすっていうぜ」

(「ええ」とおりつはうなずいた、)

「ええ」とおりつは頷いた、

(「ふたりともてあしがたけぼっくいみたいで、)

「二人とも手足が竹ぼっ杭みたいで、

(おなかばかりかえるのようにふくらんでるの」)

おなかばかり蛙のようにふくらんでるの」

(「たけぼっくいだって」)

「竹ぼっ杭だって」

(おりつはすぐにきづいて、まあとはずかしそうにわらった、)

おりつはすぐに気づいて、まあと恥ずかしそうに笑った、

(「あれはやけぼっくいか」)

「あれは焼けぼっ杭か」

(「ちょっときくが」としげじがおりつをみながらいった、)

「ちょっと訊くが」と茂次がおりつを見ながら云った、

(「おゆうさんとはうまくいってるのか」)

「おゆうさんとはうまくいってるのか」

(おりつはびしょうした。)

おりつは微笑した。

(「あたしもういろはをはんぶんもかけるわ、どうしてそんなこときくの」)

「あたしもういろはを半分も書けるわ、どうしてそんなこと訊くの」

(「こないだばんめしのときに、こどもたちのだれかがおまえにあくたいをついてた、)

「こないだ晩飯のときに、子供たちの誰かがおまえに悪態をついてた、

(はっきりきこえたわけじゃあないが、おりつなんかいなくっても)

はっきり聞えたわけじゃあないが、おりつなんかいなくっても

(おゆうさんのねえさんがいるからいいって、そういうのがきこえたんだ」)

おゆうさんのねえさんがいるからいいって、そう云うのが聞えたんだ」

(「しげきちでしょ」とおりつはあっさりいった、)

「重吉でしょ」とおりつはあっさり云った、

(「こどもってすぐあんなことをいいたいのね、)

「子供ってすぐあんなことを云いたいのね、

(しょっちゅうだけれど、しんからそうおもっていうわけじゃないのよ」)

しょっちゅうだけれど、しんからそう思って云うわけじゃないのよ」

(「それならいいんだ」としげじはうなずいた、「それがわかっていればいいんだ」)

「それならいいんだ」と茂次は頷いた、「それがわかっていればいいんだ」

(おりつはたとうとしたがまたすわって、「ねえ」とこえをひくくした。)

おりつは立とうとしたがまた坐って、「ねえ」と声を低くした。

(「あたしこまってることがあるの」)

「あたし困ってることがあるの」

(しげじはだまってあとをまった。)

茂次は黙ってあとを待った。

(「こんなこといいたくないんだけれど」「おゆうさんか」)

「こんなこと云いたくないんだけれど」「おゆうさんか」

(おりつはつよくかぶりをふって、「きくじのことなの」といった。)

おりつは強くかぶりを振って、「菊二のことなの」と云った。

(しげじはいぶかしそうに、おりつのかおをみた。)

茂次は訝しそうに、おりつの顔を見た。

(おりつはあかくなって、きくじというこがいやらしいそぶりをするとはなした。)

おりつは赤くなって、菊二という子がいやらしいそぶりをすると話した。

(せんたくをしているとむこうからみつめるし、)

洗濯をしていると向うからみつめるし、

(ほしものをするときなどわきのしたをみたりするようである。)

干し物をするときなど腋の下を見たりするようである。

(あさはやく、おりつがきがえをしているさいちゅうに「おはよう」といって)

朝早く、おりつが着替えをしているさいちゅうに「お早う」と云って

(いきなりしょうじをあけることもあるし、)

いきなり障子をあけることもあるし、

(とにかくいつもどこからかおりつをみまもっており、)

とにかくいつもどこからかおりつを見まもっており、

(それがこどもらしいかんじはなく、)

それが子供らしい感じはなく、

(みだらなおとなのめつきのようにおもえる、というのであった。)

みだらなおとなの眼つきのように思える、というのであった。

(「きくじっていうのはいちばんおおきなこだな」としげじがきいた、)

「菊二っていうのはいちばん大きな子だな」と茂次が訊いた、

(「としはいくつだっけ」「じゅういちっていってるけれど、)

「年は幾つだっけ」「十一って云ってるけれど、

(ほんとうはじゅうにかさんくらいになるんじゃないかとおもうわ」)

本当は十二か三くらいになるんじゃないかと思うわ」

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