ちいさこべ 山本周五郎 ⑮

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プレイ回数955難易度(4.2) 4042打 長文
大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

関連タイピング

問題文

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(さんにんはなにもいわなかった。)

三人はなにも云わなかった。

(「こういってもしょうちできねえんならおれがでよう」としげじはいった、)

「こう云っても承知できねえんならおれが出よう」と茂次は云った、

(「しつけがゆきとどかなかったのはおれのせきにんだ、)

「躾がゆき届かなかったのはおれの責任だ、

(じしんばんでもどこへでもおれをつきだしてくれ、だがこどもはわたさねえ、)

自身番でもどこへでもおれを突き出してくれ、だが子供は渡さねえ、

(だれがきたって、こどもだけはわたしゃあしねえから」)

誰が来たって、子供だけは渡しゃあしねえから」

(「わかったよ」ととくじろうがいった、)

「わかったよ」と徳二郎が云った、

(「おめえがそういうきもちならいいんだ、おらあただ、)

「おめえがそういう気持ならいいんだ、おらあただ、

(こどものためにもとおもったもんだから」)

子供のためにもと思ったもんだから」

(「わかってくれりゃあいいんだ、つまらねえおだをあげてすまなかった」)

「わかってくれりゃあいいんだ、つまらねえおだをあげて済まなかった」

(としげじはおだやかにいった、「みかんのぜにはすぐにとどけるからかんべんしてやってくれ」)

と茂次は穏やかに云った、「蜜柑の銭はすぐに届けるから勘弁してやってくれ」

(すまなかった、としげじはくりかえし、さんにんはでていった。)

済まなかった、と茂次はくり返し、三人は出ていった。

(ばんたのへいすけはきまずそうに、くちのなかでもごもごいい、)

番太の平助は気まずそうに、口の中でもごもご云い、

(かたてであたまをおさえながらとびだし、しょうにんふうのちゅうねんしゃはめをそむけたまま、)

片手で頭を押えながらとびだし、商人ふうの中年者は眼をそむけたまま、

(にげるようにでていった。)

逃げるように出ていった。

(かれらをみおくってから、しげじはこどもべやのしょうじをあけた。)

かれらを見送ってから、茂次は子供部屋の障子をあけた。

(すぐそこにおりつがたっており、くらくなったむこうのすみに、)

すぐそこにおりつが立っており、暗くなった向うの隅に、

(こどもたちがかたまっていた。)

子供たちがかたまっていた。

(「ごめんなさい」とおりつがかれのめをみながらささやいた、)

「ごめんなさい」とおりつが彼の眼をみながら囁いた、

(「あたしがわるかったのよ」)

「あたしが悪かったのよ」

(しげじはこどもたちのほうへいった。こどもたちはたがいによりかたまって、)

茂次は子供たちのほうへいった。子供たちは互いによりかたまって、

など

(おびえたようにしげじをみあげた。あっちゃんはいちにかたをだかれ、)

怯えたように茂次を見あげた。あっちゃんは市に肩を抱かれ、

(しげきちはあおじろくひきつったかおで、ほかのものもみなこわばったかおつきでしげじをみあげ、)

重吉は蒼白くひきつった顔で、ほかの者もみな硬ばった顔つきで茂次を見あげ、

(かたずをのんでいた。)

かたずをのんでいた。

(しげじはしげきちのそばへゆき、つとめてやさしくほほえみかけた。)

茂次は重吉のそばへゆき、つとめてやさしく頬笑みかけた。

(「しげこう」とかれはいった、「こりたか」)

「重公」と彼は云った、「懲りたか」

(しげきちはふるえながら、「ごめんなさい」といってなきだした。)

重吉はふるえながら、「ごめんなさい」と云って泣きだした。

(しげじはしげきちのかたへてをやり、かるくにさんどたたいてやった。)

茂次は重吉の肩へ手をやり、軽く二三度叩いてやった。

(「なくな、おとこだろう」としげじはいった、)

「泣くな、男だろう」と茂次は云った、

(「わるかったとおもったらにどとしなければいいんだ、)

「悪かったと思ったら二度としなければいいんだ、

(みんなもそうだぞ、わかったろうな」)

みんなもそうだぞ、わかったろうな」

(こどもたちがいっせいにうなずき、しげきちははげしくないた。)

子供たちが一斉に頷き、重吉は激しく泣いた。

(おりつがかけよってきて、しげきちをだいてやり、)

おりつが駆けよって来て、重吉を抱いてやり、

(しげきちはなきながら、もうしません、ごめんなさいとさけんだ。)

重吉は泣きながら、もうしません、ごめんなさいと叫んだ。

(すると、あっちゃんがいちのうでのなかで、)

すると、あっちゃんが市の腕の中で、

(「ごめんなさい」といってなきだしたので、)

「ごめんなさい」と云って泣きだしたので、

(しげじはとほうにくれたようにおりつをみた。)

茂次は途方にくれたようにおりつを見た。

(「いってください」とおりつはめまぜをしながらいった、)

「いって下さい」とおりつはめまぜをしながら云った、

(「すぐにごはんをもっていきます」)

「すぐに御飯を持っていきます」

(しげじはろうかへでていった。)

茂次は廊下へ出ていった。

(ゆうはんのぜんをもってきたとき、おりつは「みかんのだいをはらった」とつげた。)

夕飯の膳を持って来たとき、おりつは「蜜柑の代を払った」と告げた。

(とくじろうがうけとらないので、ちょうどなくなっていたからみかんをふたはこかった。)

徳二郎が受取らないので、ちょうどなくなっていたから蜜柑を二た箱買った。

(しげきちがとったのはふたつだから、)

重吉が取ったのは二つだから、

(おつりがくるくらいだとおもう、とおりつはいった。)

おつりがくるくらいだと思う、とおりつは云った。

(「そのはなしはよせ」としげじはらんぼうにいった、)

「その話はよせ」と茂次は乱暴に云った、

(「それから、きょうのことは)

「それから、今日のことは

(にどとくちにするなってこどもたちによくいっといてくれ」)

二度と口にするなって子供たちによく云っといてくれ」

(そしてはしをとったが、ふとおもいだしたように、かれはおりつをみた。)

そして箸を取ったが、ふと思いだしたように、彼はおりつを見た。

(「あのときおめえなにをいおうとしたんだ」)

「あのときおめえなにを云おうとしたんだ」

(「あのときって」)

「あのときって」

(「こどもたちのことではじめてはなしたときよ、)

「子供たちのことで初めて話したときよ、

(おれがこどもたちはおけねえといったとき、おめえはなにかいいかけた、)

おれが子供たちは置けねえと云ったとき、おめえはなにか云いかけた、

(おれのことをにらんでなにかいおうとして、)

おれのことを睨んでなにか云おうとして、

(いうのをやめてたっていったことがある、わすれたか」)

云うのをやめて立っていったことがある、忘れたか」

(「おどろいた」とおりつがめをみはった、「ずいぶんものおぼえがいいのね」)

「おどろいた」とおりつが眼をみはった、「ずいぶんもの覚えがいいのね」

(「なにをいおうとしたんだ」)

「なにを云おうとしたんだ」

(「さあ、なんだったかしら」おりつはかぶりをふった、)

「さあ、なんだったかしら」おりつはかぶりを振った、

(「おぼえていないようよ、でも、どうしてそんなこときになさるの」)

「覚えていないようよ、でも、どうしてそんなこと気になさるの」

(「こういおうとしたんじゃあないのか」としげじがいった、)

「こう云おうとしたんじゃあないのか」と茂次が云った、

(「おれがあのこどもたちでなくってよかったって、ーーそうだろう」)

「おれがあの子供たちでなくってよかったって、ーーそうだろう」

(「まさか、いくらなんだって」とおりつはめをそらしながらいった、)

「まさか、いくらなんだって」とおりつは眼をそらしながら云った、

(「あたしそんなことをいえやしませんわ」)

「あたしそんなことを云えやしませんわ」

(「だからいわずにたっていったんだ」)

「だから云わずに立っていったんだ」

(「まさかそんな」とおりつはまぶしそうなめでしげじをみた、)

「まさかそんな」とおりつは眩しそうな眼で茂次を見た、

(「でもどうして、いまになってそんなふるいことをいいだすんですか」)

「でもどうして、いまになってそんな古いことを云いだすんですか」

(「ふるかねえさ」としげじがいった。)

「古かねえさ」と茂次が云った。

(ふるいことではない、いまでもそのことばがみみについている、)

古いことではない、いまでもその言葉が耳についている、

(というかおつきで、しげじはめしをたべはじめた。)

という顔つきで、茂次は飯をたべ始めた。

(それからごろくにち、おりつはこころたのしいときをすごした。)

それから五六日、おりつは心たのしい時をすごした。

(しげじにいわれておもいだしたのであるが、)

茂次に云われて思いだしたのであるが、

(あのときかのじょはそういおうとしたのである。)

あのとき彼女はそう云おうとしたのである。

(ことばはそのままではなかったろう、くちにださなかったのだからわからないが、)

言葉はそのままではなかったろう、口に出さなかったのだからわからないが、

(しげじのがんこさにはらがたって、そんなようなことをいってやりたかった。)

茂次の頑固さに肚が立って、そんなようなことを云ってやりたかった。

(そうよ、そんなふうなことをいってやりたかったのよ。とおりつはおもった。)

そうよ、そんなふうなことを云ってやりたかったのよ。とおりつは思った。

(でもよくおぼえていたものだ、こっちでいいもしないことを、)

でもよく覚えていたものだ、こっちで云いもしないことを、

(あんなふうにおぼえているなんてふしぎだ。)

あんなふうに覚えているなんてふしぎだ。

(ちいさいじぶんあたしをぶったこともちゃんとおぼえていてくれたし、)

小さいじぶんあたしをぶったこともちゃんと覚えていてくれたし、

(いつかしげきちがあたしにあくたいをついたのをきいて、しんぱいしてくれたこともある。)

いつか重吉があたしに悪態をついたのを聞いて、心配してくれたこともある。

(そうだ、「おゆうさんとうまくいかなかったらそういってくれ」)

そうだ、「おゆうさんとうまくいかなかったらそう云ってくれ」

(といったこともあった。そのほかにもいちいちはかぞえられないが、)

と云ったこともあった。そのほかにもいちいちは数えられないが、

(じぶんにたいしてこまかくきをつかってくれる。)

自分に対してこまかく気を遣ってくれる。

(くちはおもいしぶっきらぼうだけれど、)

口は重いしぶっきらぼうだけれど、

(やさしいいたわりがそのはしはしにかんじられる。)

やさしいいたわりがそのはしはしに感じられる。

(ほんとうはおゆうちゃんよりもあたしのほうがすきなのかもしれないわ。)

本当はおゆうちゃんよりもあたしのほうが好きなのかもしれないわ。

(そうおもうなりおりつはくびをふった。)

そう思うなりおりつは首を振った。

(すきにもいろいろある、ばかなことをかんがえるものではない。)

好きにもいろいろある、ばかなことを考えるものではない。

(しげじのよめはおゆうにきまっているのだ。)

茂次の嫁はおゆうにきまっているのだ。

(そだちでもきょうようでもきりょうでも、おゆうこそ「だいとめ」のしゅふにふさわしい、)

育ちでも教養でも縹緻でも、おゆうこそ「大留」の主婦にふさわしい、

(じぶんなんかがさかだちをしたっておよぶものではない。)

自分なんかが逆立ちをしたって及ぶものではない。

(うそにもそんなことをおもってはいけない、)

うそにもそんなことを思ってはいけない、

(とおりつはじぶんをたしなめるのであった。)

とおりつは自分をたしなめるのであった。

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