目羅博士の不思議な犯罪一3 江戸川乱歩

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語り手の江戸川は、上野動物園で巧みに檻の中の猿をからかう「男」と出会う。「男」は江戸川に、猿の人真似の本能や、「模倣」の恐怖について語る。

動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。

一から五までで一つのお話です。

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問題文

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(どうぶつえんのへいもんのじかんがきて、かかりのひとにおいたてられて、わたしたちはそこをでたが)

動物園の閉門の時間が来て、係りの人に追いたてられて、私達はそこを出たが

(でてからもわかれてしまわず、もうくれきったうえののもりを、はなしながら、)

出てからも別れてしまわず、もう暮れきった上野の森を、話しながら、

(かたをならべてあるいた。 「ぼくしっているんです。あなたえどがわさんでしょう。)

肩を並べて歩いた。 「僕知っているんです。あなた江戸川さんでしょう。

(たんていしょうせつの」 くらいきのしたみちをあるいていて、とつぜんそういわれたときに、わたしは)

探偵小説の」  暗い木の下道を歩いていて、突然そう云われた時に、私は

(またしてもぎょっとした。あいてがえたいのしれぬ、おそろしいおとこにみえてきた。)

又してもギョッとした。相手がえたいの知れぬ、恐ろしい男に見えて来た。

(とどうじに、かれにたいするきょうみもいちだんとくわわってきた。 「あいどくしているんです。)

と同時に、彼に対する興味も一段と加わって来た。 「愛読しているんです。

(ちかごろのはしょうじきにいうとおもしろくないけれど、いぜんのは、めずらしかったせいか、)

近頃のは正直に云うと面白くないけれど、以前のは、珍らしかったせいか、

(ひじょうにあいどくしたものですよ」 おとこはずけずけものをいった。それもこのもしかった)

非常に愛読したものですよ」  男はズケズケ物を云った。それも好もしかった

(「ああ、つきがでましたね」 せいねんのことばは、ともすればきゅうげきなひやくをした。)

「アア、月が出ましたね」  青年の言葉は、ともすれば急激な飛躍をした。

(ふと、こいつきちがいではないかと、おもわれるくらいであった。 「きょうは)

ふと、こいつ気違いではないかと、思われる位であった。 「今日は

(14にちでしたかしら。ほとんどまんげつですね。ふりそそぐようなげっこうというのは、)

十四日でしたかしら。殆ど満月ですね。降り注ぐ様な月光というのは、

(これでしょうね。つきのひかりて、なんてへんなものでしょう。げっこうがようじゅつをつかうという)

これでしょうね。月の光て、なんて変なものでしょう。月光が妖術を使うという

(ことばを、どっかでよみましたが、ほんとうですね。おなじけしきが、ひるまとはまるで)

言葉を、どっかで読みましたが、本当ですね。同じ景色が、昼間とはまるで

(ちがってみえるではありませんか。あなたのかおだって、そうですよ。さいぜん、さるの)

違って見えるではありませんか。あなたの顔だって、そうですよ。さい前、猿の

(おりのまえにたっていらしったあなたとは、すっかりべつのひとにみえますよ」)

檻の前に立っていらしったあなたとは、すっかり別の人に見えますよ」

(そういって、じろじろかおをながめられると、わたしもへんなきもちになって、あいてのかおの)

そう云って、ジロジロ顔を眺められると、私も変な気持になって、相手の顔の

(くまになったりょうめが、くろずんだくちびるが、なにかしらみょうなこわいものにみえだしたものだ。)

隈になった両眼が、黒ずんだ唇が、何かしら妙な怖いものに見え出したものだ。

(「つきといえば、かがみにえんがありますね。すいげつということばや、「つきがかがみとなれば)

「月と云えば、鏡に縁がありますね。水月という言葉や、『月が鏡となれば

(よい」というもんくができてきたのは、つきとかがみと、どこかきょうつうてんがあるしょうこですよ)

よい』という文句が出来て来たのは、月と鏡と、どこか共通点がある証拠ですよ

(ごらんなさい、このけしきを」 かれがゆびさすがんかには、いぶしぎんのようにかすんだ)

ごらんなさい、この景色を」  彼が指さす眼下には、いぶし銀の様にかすんだ

など

(ひるまのにばいのひろさにみえるしのばずのいけがひろがっていた。 「ひるまのけしきがほんとうのもの)

昼間の二倍の広さに見える不忍池が拡がっていた。 「昼間の景色が本当のもの

(で、いまげっこうにてらされているのは、そのひるまのけしきがかがみにうつっている、かがみのなかのかげ)

で、今月光に照らされているのは、其昼間の景色が鏡に写っている、鏡の中の影

(がかがみにうつっている、かがみのなかのかげだとはおもいませんか」 せいねんは、かれじしんもまた、)

が鏡に写っている、鏡の中の影だとは思いませんか」  青年は、彼自身も又、

(かがみのなかのかげのように、うすぼんやりしたすがたで、ほのしろいかおで、いった。 「あなたは)

鏡の中の影の様に、薄ぼんやりした姿で、ほの白い顔で、云った。 「あなたは

(しょうせつのすじをさがしていらっしゃるのではありませんか。ぼくひとつ、あなたに)

小説の筋を探していらっしゃるのではありませんか。僕一つ、あなたに

(ふさわしいすじをもっているのですが、ぼくじしんのけいけんしたじじつだんですが、おはなし)

ふさわしい筋を持っているのですが、僕自身の経験した事実談ですが、お話し

(しましょうか。きいてくださいますか」 じじつわたしはしょうせつのすじをさがしていた。)

しましょうか。聞いて下さいますか」  事実私は小説の筋を探していた。

(しかし、そんなことはべつにしても、このみょうなおとこのけいけんだんがきいてみたいように)

しかし、そんなことは別にしても、この妙な男の経験談が聞いて見たい様に

(おもわれた。いままでのはなしぶりからそうぞうしても、それはけっして、ありふれた、たいくつ)

思われた。今までの話し振りから想像しても、それは決して、ありふれた、退屈

(ものがたりではなさそうにかんじられた。 「ききましょう。どこかで、ごはんでも)

物語ではなさそうに感じられた。 「聞きましょう。どこかで、ご飯でも

(つきあってくださいませんか。しずかなへやで、ゆっくりきかせてください」)

つき合って下さいませんか。静かな部屋で、ゆっくり聞かせて下さい」

(わたしがいうと、かれはかぶりをふって、 「ごちそうをじたいするのではありません。)

私が云うと、彼はかぶりを振って、 「ご馳走を辞退するのではありません。

(ぼくはえんりょなんかしません。しかし、ぼくのおはなしは、あかるいでんとうにはふにあいです。)

僕は遠慮なんかしません。併し、僕のお話は、明るい電燈には不似合です。

(あなたさえおかまいなければ、ここで、ここのべんちにこしかけて、ようじゅつつかいのげっこう)

あなたさえお構いなければ、ここで、ここのベンチに腰かけて、妖術使いの月光

(をあびながら、きょだいなかがみにうつったしのばずのいけをながめながら、おはなししましょう。)

をあびながら、巨大な鏡に映った不忍池を眺めながら、お話ししましょう。

(そんなにながいはなしではないのです」 わたしはせいねんのこのみがきにいった。)

そんなに長い話ではないのです」  私は青年の好みが気に入った。

(そこで、あのいけをみはらすたかだいの、はやしのなかのすていしに、かれとならんでこしをおろし、)

そこで、あの池を見はらす高台の、林の中の捨て石に、彼と並んで腰をおろし、

(せいねんのいようなものがたりをきくことにした。)

青年の異様な物語を聞くことにした。

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