怪人二十面相74 江戸川乱歩
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問題文
(かれはひとびとのまえにこうげんしたとおり、たったひとりのちからで、ぞくのそうくつをつきとめ、)
彼は人々の前に広言した通り、たった一人の力で、賊の巣窟を突き止め、
(すべてのとうなんひんをとりかえし、あまたのあくにんをとらえたのです 「あけちくん、よくやった)
全ての盗難品を取り返し、数多の悪人を捕らえたのです 「明智君、よくやった
(よくやった。わしはこれまで、すこしきみをみあやまっていたようだ。わしから)
よくやった。儂はこれまで、少し君を見誤っていたようだ。儂から
(あつくおれいをもうします」 けいしそうかんは、いきなりめいたんていのそばへよって、)
篤くお礼を申します」 警視総監は、いきなり名探偵の傍へ寄って、
(そのひだりてをにぎりました。 なぜひだりてをにぎったのでしょう。それはあけちのみぎてが)
その左手を握りました。 なぜ左手を握ったのでしょう。それは明智の右手が
(ふさがっていたからです。そのみぎては、いまだにろうはくぶつかんちょうのてと、しっかり)
塞がっていたからです。その右手は、未だに老博物館長の手と、しっかり
(にぎりあわされていたからです。みょうですね。あけちはどうしてそんなにろうはかせの)
握り合わされていたからです。妙ですね。明智はどうしてそんなに老博士の
(てばかりにぎっているのでしょう。 「で、にじゅうめんそうのやつも、そのますいやくを)
手ばかり握っているのでしょう。 「で、二十面相の奴も、その麻酔薬を
(のんだのかね。きみはさいぜんからぶかのことばかりいって、いちどもにじゅうめんそうのなを)
飲んだのかね。君は最前から部下の事ばかりいって、一度も二十面相の名を
(ださなかったが、まさかしゅりょうをとりにがしたのではあるまいね」)
出さなかったが、まさか首領を取り逃がしたのではあるまいね」
(なかむらそうさかかりちょうが、ふとそれにきづいて、しんぱいらしくたずねました。 「いや、)
中村捜査係長が、ふとそれに気付いて、心配らしく尋ねました。 「いや、
(にじゅうめんそうはちかしつへは、かえってこなかったよ。しかし、ぼくは、あいつもちゃんと)
二十面相は地下室へは、帰って来なかったよ。しかし、僕は、あいつもちゃんと
(とらえている」 あけちはにこにこと、れいのひとをひきつけるわらいがおでこたえました。)
捕えている」 明智はにこにこと、例の人を惹き付ける笑い顔で答えました。
(「どこにいるんだ。いったいどこでとらえたんだ」 なかむらけいぶが、せいきゅうに)
「どこにいるんだ。一体どこで捕えたんだ」 中村警部が、性急に
(たずねました。ほかのひとたちも、そうかんをはじめ、じっとめいたんていのかおをみつめて、)
尋ねました。外の人達も、総監を始め、じっと名探偵の顔を見詰めて、
(へんじをまちかまえています。 「ここでつかまえたのさ」)
返事を待ち構えています。 「ここで捕まえたのさ」
(あけちはおちつきはらってこたえました 「ここで?じゃあ、いまはどこにいるんだ」)
明智は落ちつきはらって答えました 「ここで?じゃあ、今はどこにいるんだ」
(「ここにいるよ」 ああ、あけちはなにをいおうとしているのでしょう。)
「ここにいるよ」 ああ、明智は何を言おうとしているのでしょう。
(「ぼくはにじゅうめんそうのことをいっているんだぜ」 けいぶが、けげんがおでききかえしました。)
「僕は二十面相の事を言っているんだぜ」 警部が、怪訝顔で聞き返しました。
(「ぼくもにじゅうめんそうのことをいっているのさ」 あけちが、おうむがえしにこたえました。)
「僕も二十面相の事を言っているのさ」 明智が、鸚鵡返しに答えました。
(「なぞみたいないいかたはよしたまえ。ここには、われわれがしっているひとばかり)
「謎みたいな言い方はよしたまえ。ここには、我々が知っている人ばかり
(じゃないか。それともきみは、このへやのなかに、にじゅうめんそうがかくれているとでも)
じゃないか。それとも君は、この部屋の中に、二十面相が隠れているとでも
(いうのかね」 「まあ、そうだよ。ひとつ、そのしょうこをおめにかけようか・・・・・・。)
言うのかね」 「まあ、そうだよ。一つ、その証拠をお目に掛けようか……。
(どなたか、たびたびごめんどうですが、したのおうせつまに4にんのおきゃくさまがまたせて)
どなたか、度々ご面倒ですが、下の応接間に四人のお客様が待たせて
(あるんですが、そのひとたちをここへよんでくださいませんか」 あけちは、またまた)
あるんですが、その人達をここへ呼んで下さいませんか」 明智は、またまた
(いがいなことをいいだすのです。 かんいんのひとりが、いそいでしたへおりていきました。)
意外な事を言いだすのです。 館員の一人が、急いで下へ降りて行きました。
(そして、まつほどもなく、かいだんにおおぜいのあしおとがして、4にんのおきゃくさまというひとびとが、)
そして、待つ程もなく、階段に大勢の足音がして、四人のお客様という人々が、
(いちどうのまえにたちあらわれました。 それをみますと、いちざのひとたちはあまりのおどろきに)
一同の前に立ち現われました。 それを見ますと、一座の人達はあまりの驚きに
(「あっ」とさけびごえをたてないではいられませんでした。 まず4にんのせんとうに)
「アッ」と叫び声をたてないではいられませんでした。 まず四人の先頭に
(たつしらがしらひげのろうしんしをごらんなさい。それは、まぎれもないきたこうじぶんがくはかせ)
立つ白髪白髯の老紳士をご覧なさい。それは、まぎれもない北小路文学博士
(だったではありませんか。 つづく3にんは、いずれもはくぶつかんいんで、きのうのゆうがたから)
だったではありませんか。 続く三人は、いずれも博物館員で、昨日の夕方から
(ゆくえふめいになっていたひとびとです。 「このかたがたは、ぼくがにじゅうめんそうのかくれがから)
行方不明になっていた人々です。 「この方々は、僕が二十面相の隠れ家から
(すくいだしてきたのですよ」 あけちがせつめいしました。)
救い出して来たのですよ」 明智が説明しました。
(しかし、これはまあ、どうしたというのでしょう。はくぶつかんちょうのきたこうじはかせが)
しかし、これはまあ、どうしたというのでしょう。博物館長の北小路博士が
(ふたりになったではありませんか。 ひとりはいま、かいかからあがってきた)
二人になったではありませんか。 一人は今、階下から上がって来た
(きたこうじはかせ、もうひとりは、さいぜんからずっとあけちにてをとられていたきたこうじはかせ。)
北小路博士、もう一人は、最前からズッと明智に手を取られていた北小路博士。
(ふくそうからかおかたちまですんぶんちがわない、ふたりのろうはかせが、かおとかおをみあわせて、)
服装から顔形まで寸分違わない、二人の老博士が、顔と顔を見合わせて、
(にらみあいました。 「みなさん、にじゅうめんそうが、どんなにへんそうのめいじんかということが、)
睨み合いました。 「皆さん、二十面相が、どんなに変装の名人かという事が、
(おわかりになりましたか」 あけちたんていはさけぶやいなや、いままでしんせつらしく)
お分かりになりましたか」 明智探偵は叫ぶや否や、今まで親切らしく
(にぎっていたろうじんのてを、いきなりうしろにねじあげて、ゆかのうえにくみふせた)
握っていた老人の手を、いきなり後ろに捩じ上げて、床の上に組み伏せた
(かとおもうと、しらがのかつらと、しろいつけひげとを、なんなくむしりとってしまいました。)
かと思うと、白髪の鬘と、白いつけ髭とを、なんなく毟り取ってしまいました。