目羅博士の不思議な犯罪 三 2 江戸川乱歩
動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。
一から五までで一つのお話です。
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問題文
(ひきてをまわすと、どあはなんなくひらきました。しつないには、すみのだいてーぶるのうえに、)
引手を廻すと、ドアは難なく開きました。室内には、隅の大テーブルの上に、
(あおいかさのたくじょうでんとうが、しょんぼりとついていました。そのひかりでみまわしても、だれも)
青い傘の卓上電燈が、しょんぼりとついていました。その光で見廻しても、誰も
(いないのです。べっどはからっぽなのです。そして、れいのまどが、いっぱいに)
いないのです。ベッドはからっぽなのです。そして、例の窓が、一杯に
(ひらかれていたのです。 まどのそとには、むこうがわのびるでぃんぐが、5かいのなかば)
開かれていたのです。 窓の外には、向う側のビルディングが、五階の半ば
(からやねにかけて、にげさろうとするげっこうの、さいごのひかりをあびて、おぼろぎんに)
から屋根にかけて、逃げ去ろうとする月光の、最後の光をあびて、おぼろ銀に
(ひかっていました。こちらのまどのまむこうに、そっくりおなじかたちのまどが、やっぱり)
光っていました。こちらの窓の真向うに、そっくり同じ形の窓が、やっぱり
(あけはなされて、ぽっかりとくろいくちをあいています。なにもかもおなじなのです。)
あけ放されて、ポッカリと黒い口を開いています。何もかも同じなのです。
(それがあやしいげっこうにてらされて、いっそうそっくりにみえるのです。)
それが妖しい月光に照らされて、一層そっくりに見えるのです。
(ぼくはおそろしいよかんにふるえながら、それをたしかめるために、まどのそとへくびを)
僕は恐ろしい予感に顫(ふる)えながら、それを確める為に、窓の外へ首を
(さしだしたのですが、すぐそのほうをみるゆうきがないものだから、まずはるかの)
さし出したのですが、直ぐその方を見る勇気がないものだから、先ず遙かの
(たにぞこをながめました。げっこうはむこうがわのたてもののほんのじょうぶをてらしているばかりで、)
谷底を眺めました。月光は向う側の建物のホンの上部を照らしているばかりで、
(たてものとたてものとのつくるはざまは、まっくらにおくそこもしれぬふかさにみえるのです。)
建物と建物との作るはざまは、真暗に奥底も知れぬ深さに見えるのです。
(それから、ぼくは、いうことをきかぬくびを、むりに、じりじりと、みぎのほうへ)
それから、僕は、云うことを聞かぬ首を、無理に、ジリジリと、右の方へ
(ねじむけていきました。たてもののかべは、かげになっているけれど、むかいがわのつきあかりが)
ねじむけて行きました。建物の壁は、蔭になっているけれど、向側の月あかりが
(はんしゃして、もののかたちがみえぬほどではありません。じりじりとがんかいをてんずるにつれて)
反射して、物の形が見えぬ程ではありません。ジリジリと眼界を転ずるにつれて
(はたして、よきしていたものが、そこにあらわれてきました。くろいようふくをきたおとこの)
果して、予期していたものが、そこに現われて来ました。黒い洋服を着た男の
(あしです。だらりとたれたてくびです。のびきったじょうはんしんです。ふかくくびれたくびです)
足です。ダラリと垂れた手首です。伸び切った上半身です。深くくびれた頸です
(ふたつにおれたように、がっくりとたれたあたまです。ごうけつじむいんは、やっぱりげっこうの)
二つに折れた様に、ガックリと垂れた頭です。豪傑事務員は、やっぱり月光の
(ようじゅつにかかって、そこのでんせんのよこぎにくびをつっていたのでした。)
妖術にかかって、そこの電線の横木に首を吊っていたのでした。
(ぼくはおおいそぎで、まどからくびをひっこめました。ぼくじしんようじゅつにかかってはたいへんだと)
僕は大急ぎで、窓から首を引こめました。僕自身妖術にかかっては大変だと
(おもったのかもしれません。ところが、そのときです。くびをひこめようとして、)
思ったのかも知れません。ところが、その時です。首を引こめようとして、
(ひょいとむかいがわをみると、そこの、おなじようにあけはなされたまどから、まっくろなしかくな)
ヒョイと向側を見ると、そこの、同じ様にあけはなされた窓から、真黒な四角な
(あなから、にんげんのかおがのぞいていたではありませんか。そのかおだけがげっこうをうけて、)
穴から、人間の顔が覗いていたではありませんか。その顔丈けが月光を受けて、
(くっきりとうきあがっていたのです。つきのひかりのなかでさえ、きいろくみえる、)
クッキリと浮上っていたのです。月の光の中でさえ、黄色く見える、
(しぼんだような、むしろきけいな、いやないやなかおでした。そいつが、じっとこちらを)
しぼんだ様な、寧ろ畸形な、いやないやな顔でした。そいつが、じっとこちらを
(みていたではありませんか。 ぼくはぎょっとして、いっしゅんかん、たちすくんで)
見ていたではありませんか。 僕はギョッとして、一瞬間、立ちすくんで
(しまいました。あまりいがいだったからです。なぜといって、まだおはなししなかった)
しまいました。余り意外だったからです。なぜといって、まだお話しなかった
(かもしれませんが、そのむかいがわのびるでぃんぐは、しょゆうしゃとたんぽにとったぎんこうとの)
かも知れませんが、その向側のビルディングは、所有者と担保に取った銀行との
(あいだに、もつれたさいばんじけんがおこっていて、そのとうじは、まったくあきやになっていた)
間に、もつれた裁判事件が起っていて、其当時は、全く空家になっていた
(からです。ひとっこひとりすんでいなかったからです。 まよなかのあきやにひとがいる)
からです。人っ子一人住んでいなかったからです。 真夜半の空家に人がいる
(しかも、もんだいのくびつりのまどのましょうめんのまどから、きいろい、もののけのようなかおをのぞかせ)
しかも、問題の首吊りの窓の真正面の窓から、黄色い、物の怪の様な顔を覗かせ
(ている。ただごとではありません。もしかしたら、ぼくはまぼろしをみているのでは)
ている。ただ事ではありません。若しかしたら、僕は幻を見ているのでは
(ないかしら。そして、あのきいろいやつのようじゅつで、いまにもくびがつりたくなるのでは)
ないかしら。そして、あの黄色い奴の妖術で、今にも首が吊り度くなるのでは
(ないかしら。 ぞーっと、せなかにみずをあびたようなきょうふをかんじながらも、)
ないかしら。 ゾーッと、背中に水をあびた様な恐怖を感じながらも、
(ぼくはむかいがわのきいろいやつからめをはなしませんでした。よくみると、そいつは)
僕は向側の黄色い奴から目を離しませんでした。よく見ると、そいつは
(やせほそった、こがらの、50くらいのじいさんなのです。じいさんは、じっとぼくのほうをみて)
痩せ細った、小柄の、五十位の爺さんなのです。爺さんは、じっと僕の方を見て
(いましたが、やがて、さもいみありげに、にやりとおおきくわらったかとおもうと、)
いましたが、やがて、さも意味ありげに、ニヤリと大きく笑ったかと思うと、
(ふっとまどのやみのなかへみえなくなってしまいました。そのわらいがおのいやらしかった)
ふっと窓の闇の中へ見えなくなってしまいました。その笑い顔のいやらしかった
(こと。まるでそうごうがかわって、かおじゅうがしわくちゃになって、くちたけが、さけるほど、)
こと。まるで相好が変って、顔中が皺くちゃになって、口丈けが、裂ける程、
(さゆうに、きゅーっとのびたのです」)
左右に、キューッと伸びたのです」