目羅博士の不思議な犯罪 五 3(完) 江戸川乱歩

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語り手の江戸川は、上野動物園で巧みに檻の中の猿をからかう「男」と出会う。「男」は江戸川に、猿の人真似の本能や、「模倣」の恐怖について語る。

動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。

一から五までで一つのお話です。

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問題文

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(むろんおわかりのこととおもいますが、はかせのとりっくというのは、れいのろうにんぎょうに、)

無論お分りのことと思いますが、博士のトリックというのは、例の蝋人形に、

(こちらのへやのじゅうにんとおなじようふくをきせて、こちらのでんせんよこぎとおなじばしょに)

こちらの部屋の住人と同じ洋服を着せて、こちらの電線横木と同じ場所に

(きぎれをとりつけ、そこへほそびきでぶらんこをさせてみせるという、かんたんなことがらに)

木切れをとりつけ、そこへ細引でブランコをさせて見せるという、簡単な事柄に

(すぎなかったのです。 まったくおなじこうぞうのたてものと、あやしいげっこうとが、それに)

過ぎなかったのです。  全く同じ構造の建物と、妖しい月光とが、それに

(すばらしいこうかをあたえたのです。 このとりっくのおそろしさは、あらかじめそれを)

すばらしい効果を与えたのです。  このトリックの恐ろしさは、予めそれを

(しっていたぼくでさえ、うっかりまどわくへかたあしをかけて、はっときがついたほどでした)

知っていた僕でさえ、うっかり窓枠へ片足をかけて、ハッと気がついた程でした

(ぼくはますいからさめるときとおなじ、あのおそろしいくもんとたたかいながら、よういの)

僕は麻酔から醒める時と同じ、あの恐ろしい苦悶と戦いながら、用意の

(ふろしきづつみをひらいて、じっとむこうのまどをみつめてました。 なんとまちどおしい)

風呂敷包みを開いて、じっと向うの窓を見つめてました。  何と待遠しい

(すうびょうかんーーだが、ぼくのよそうはてきちゅうしました。ぼくのようすをみるために、むこうの)

数秒間――だが、僕の予想は的中しました。僕の様子を見る為めに、向うの

(まどから、れいのきいろいかおが、すなわちめらはかせが、ひょいとのぞいたのです。)

窓から、例の黄色い顔が、即ち目羅博士が、ヒョイと覗いたのです。

(まちかまえていたぼくです。そのいちせつなをとらえないでどうするものですか。)

待ち構えていた僕です。その一刹那を捉えないでどうするものですか。

(ふろしきのなかのぶったいを、りょうてでだきあげて、まどわくのうえへ、ちょこんとこしかけ)

風呂敷の中の物体を、両手で抱き上げて、窓枠の上へ、チョコンと腰かけ

(させました。 それがなんであったか、ごぞんじですか。やっぱりろうにんぎょう)

させました。  それが何であったか、ご存じですか。やっぱり蝋人形

(なのですよ。ぼくは、れいのようふくやからまねきんにんぎょうをかりだしてきたのです。)

なのですよ。僕は、例の洋服屋からマネキン人形を借り出して来たのです。

(それに、もーにんぐをきせておいたのです。めらはかせがじょうようしているのと、)

それに、モーニングを着せて置いたのです。目羅博士が常用しているのと、

(おなじようなやつをね。 そのときげっこうはたにぞこちかくまでさしこんでいましたので、)

同じ様な奴をね。  その時月光は谷底近くまでさし込んでいましたので、

(そのはんしゃで、こちらのまども、ほのしろく、もののすがたははっきりみえたのです。)

その反射で、こちらの窓も、ほの白く、物の姿はハッキリ見えたのです。

(ぼくははたしあいのようなきもちで、むこうのまどのかいぶつをみつめていました。ちくしょう、)

僕は果し合いの様な気持で、向うの窓の怪物を見つめていました。畜生、

(これでもか、これでもかと、こころのなかでりきみながら。 するとどうでしょう。)

これでもか、これでもかと、心の中でりきみながら。  するとどうでしょう。

(にんげんはやっぱり、さるとおなじしゅくめいを、かみさまからさずかっていたのです。)

人間はやっぱり、猿と同じ宿命を、神様から授かっていたのです。

など

(めらはかせは、かれじしんがかんがえだしたとりっくと、おなじてにかかってしまったのです)

目羅博士は、彼自身が考え出したトリックと、同じ手にかかってしまったのです

(こがらのろうじんは、みじめにも、よちよちとまどわくをまたいで、こちらのまねきんと)

小柄の老人は、みじめにも、ヨチヨチと窓枠をまたいで、こちらのマネキンと

(おなじように、そこへこしかけたではありませんか。 ぼくはにんぎょうつかいでした。)

同じ様に、そこへ腰かけたではありませんか。  僕は人形使いでした。

(まねきんのうしろにたって、てをあげれば、むこうのはかせもてをあげました。)

マネキンのうしろに立って、手を上げれば、向うの博士も手を上げました。

(あしをふれば、はかせもふりました。 そして、つぎに、ぼくがなにをしたとおもいます。)

足を振れば、博士も振りました。  そして、次に、僕が何をしたと思います。

(ははは・・・・・・、ひとごろしをしたのですよ。 まどわくにこしかけているまねきんを、)

ハハハ……、人殺しをしたのですよ。  窓枠に腰かけているマネキンを、

(うしろから、ちからいっぱいつきとばしたのです。にんぎょうはからんとおとをたてて、まどのそとへ)

うしろから、力一杯つきとばしたのです。人形はカランと音を立てて、窓の外へ

(きえました。 とほとんどどうじに、むかいがわのまどからも、こちらのかげのように、)

消えました。  と殆ど同時に、向側の窓からも、こちらの影の様に、

(もーにんぐすがたのろうじんが、すーっとかぜをきって、はるかのはるかのたにぞこへと、ついらくして)

モーニング姿の老人が、スーッと風を切って、遙かの遙かの谷底へと、墜落して

(いったのです。 そして、くしゃっという、ものをつぶすようなおとが、かすかに)

行ったのです。  そして、クシャッという、物をつぶす様な音が、幽かに

(きこえてきました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・めらはかせはしんだのです。)

聞えて来ました。  ………………目羅博士は死んだのです。

(ぼくは、かつてのよる、きいろいかおがわらったような、あのみにくいわらいをわらいながら、)

僕は、嘗つての夜、黄色い顔が笑った様な、あの醜い笑いを笑いながら、

(みぎてににぎっていたひもを、たぐりよせました。するすると、ひもについて、かりものの)

右手に握っていた紐を、たぐりよせました。スルスルと、紐について、借り物の

(まねきんにんぎょうが、まどわくをこして、へやのなかへかえってきました。 それをしたへ)

マネキン人形が、窓枠を越して、部屋の中へ帰って来ました。  それを下へ

(おとしてしまって、さつじんのけんぎをかけられてはたいへんですからね」 かたりおわって、)

落してしまって、殺人の嫌疑をかけられては大変ですからね」  語り終って、

(せいねんは、そのきいろいかおのはかせのように、ぞっとするびしょうをうかべて、わたしをじろじろと)

青年は、その黄色い顔の博士の様に、ゾッとする微笑を浮べて、私をジロジロと

(ながめた。 「めらはかせのさつじんのどうきですか。それはたんていしょうせつかのあなたには、)

眺めた。 「目羅博士の殺人の動機ですか。それは探偵小説家のあなたには、

(もうしあげるまでもないことです。なんのどうきがなくても、ひとはさつじんのためにさつじんを)

申し上げるまでもないことです。何の動機がなくても、人は殺人の為に殺人を

(おかすものだということを、しりぬいていらっしゃるあなたにはね」 せいねんは)

犯すものだということを、知り抜いていらっしゃるあなたにはね」  青年は

(そういいながら、たちあがって、わたしのひきとどめるこえもきこえぬかおに、さっさとむこうへ)

そう云いながら、立上って、私の引留める声も聞えぬ顔に、サッサと向うへ

(あるいていってしまった。 わたしは、もやのなかへきえていく、かれのうしろすがたを)

歩いて行ってしまった。  私は、もやの中へ消えて行く、彼のうしろ姿を

(みおくりながら、さんさんとふりそそぐげっこうをあびて、ぼんやりとすていしにこしかけた)

見送りながら、さんさんと降りそそぐ月光をあびて、ボンヤリと捨石に腰かけた

(ままうごかなかった。 せいねんとであったことも、かれのものがたりも、はてはせいねんそのひと)

まま動かなかった。  青年と出会ったことも、彼の物語も、はては青年その人

(さえも、かれのいわゆる「げっこうのようじゅつ」がうみだした、あやしきまぼろしではなかったのかと)

さえも、彼の所謂「月光の妖術」が生み出した、あやしき幻ではなかったのかと

(あやしみながら。)

あやしみながら。

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