私はかうして死んだ!二 2   平林初之輔

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勝手に死亡届を出され、生きているのに戸籍上死んだ事になった男の話。

一から五までで一つの話しです。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ねね 4211 C 4.3 97.9% 754.2 3245 69 45 2024/03/27

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問題文

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(「そんちょうはいままちへいってるすでな、わしがじょやくじゃが、なにかようじかな」とかれは)

「村長はいま町へ行って留守でな、わしが助役じゃが、何か用事かな」と彼は

(わたしのかおをみながらいった。どうもいなかのにんげんはあいてのかおをぶしつけにじろじろ)

私の顔を見ながら言った。どうも田舎の人間は相手の顔をぶしつけにじろじろ

(みるくせがあるものだが、とくにわたしのむらではそれがきょくたんで、なれないひとはきっと)

見る癖があるものだが、特に私の村ではそれが極端で、なれない人はきっと

(ふゆかいにおもうだろうとおもう。しかしかれはさいわいわたしをしっていないようすだったので、)

不愉快に思うだろうと思う。しかし彼は幸い私を知っていない様子だったので、

(わたしはやれやれとおもって、さっきこづかいにはなしたようむきをくりかえした。)

私はやれやれと思って、さっき小使に話した用向きを繰り返した。

(「そのふないさぶろうちゅうひとはこないだしんだで」 こういいながら、かれは)

「その船井三郎ちゅう人はこないだ死んだで」  こういいながら、彼は

(たちあがって、おおきなちょうぼをもってなにかぶつぶつどくごをいってひきかえしてきた)

起ち上がって、大きな帳簿をもって何かぶつぶつ独語を言って引きかえしてきた

(「このとおりちゃんとしぼうとどけがでとる」 わたしのまえへつきだされたこせきぼのわたしの)

「この通りちゃんと死亡届が出とる」  私の前へつき出された戸籍簿の私の

(なまえのかたにはなるほどしゅのほそじで「しょうわ3ねん2がつ21にちしぼう」とかいてあった)

名前の肩にはなるほど朱の細字で「昭和三年二月二十一日死亡」と書いてあった

(「なにかびょうきででもしんだのですか?」 わたしは、とんでもないまちがいだとは)

「何か病気ででも死んだのですか?」  私は、飛んでもない間違いだとは

(おもったが、それでもしゅいろのふきつなもじをみるとしょうしょういやなかんじにうたれながら、)

思ったが、それでも朱色の不吉な文字を見ると少々嫌な感じに打たれながら、

(たにんごとのようにきいた。 「なんでもとうきょうでしんだちゅうはなしじゃから、わしも)

他人事のようにきいた。 「何でも東京で死んだちゅう話じゃから、わしも

(くわしいことはようしらんが、はいびょうじゃちゅうこった。いしゃのしぼうしんだんしょも)

くわしいことはよう知らんが、肺病じゃちゅうこった。医者の死亡診断書も

(ここへきとる」 「そのしんだんしょをちょっとはいけんできませんか?」)

ここへきとる」 「その診断書をちょっと拝見できませんか?」

(「おやすいこった」 かれはおくへいってしょるいのとじこみをもってきて、そのいちばんうえ)

「お易いこった」  彼は奥へ行って書類の綴じ込みをもってきて、その一番上

(のいちまいをさししめした。 しぼうのときというらんにはしょうわ3ねん2がつ21にちごご4じ)

の一枚を指し示した。  死亡の時という欄には昭和三年二月二十一日午後四時

(としてあった。しぼうのばしょというらんには、とうきょうし・・く・・まち・・ばんちとかいて)

としてあった。死亡の場所という欄には、東京市××区××町××番地と書いて

(あって、しぼうのげんいんというらんには「はいけっかく、しんぞうまひへいはつ」としてあった。)

あって、死亡の原因という欄には「肺結核、心臓麻痺併発」としてあった。

(しぼうしゃのしめいは、ふないさぶろうすなわちわたしじしんのせいめいにそういなく、せいねんがっぴげんせきなども)

死亡者の氏名は、船井三郎すなわち私自身の姓名に相違なく、生年月日原籍等も

(わたしじしんのそれとすんぶんもかわっていなかった。ただげんじゅうしょというらんが、しぼうのばしょ)

私自身のそれと寸分もかわっていなかった。ただ現住所という欄が、死亡の場所

など

(とどうばんちになっていたが、それはわたしのいちどもすんだことのないばしょだった。)

と同番地になっていたが、それは私の一度も住んだことのない場所だった。

(しんだんしたいしのなまえは、しぼうばしょのすぐきんじょのまちにすんでいる、せごしゆうたろうと)

診断した医師の名前は、死亡場所のすぐ近所の町に住んでいる、瀬越雄太郎と

(なっていた。 「ははあ」とわたしは、わたしじしんのしんだことをしょうめいするこのきかいな)

なっていた。 「ははあ」と私は、私自身の死んだことを証明するこの奇怪な

(しょるいをみおわってから、きつねにつままれたようなきもちで、しかもすくなからず)

書類を見おわってから、狐につままれたような気もちで、しかも少なからず

(ふかいなきもちでしわがれごえでいった。 「そうするとやっぱりふないくんはしんだのか)

不快な気もちで皺枯れ声で言った。 「そうするとやっぱり船井君は死んだのか

(なあ、かわいそうに」 「いこつもこないだとどきましたよ、ちゃんとつぼへはいって)

なあ、かわいそうに」 「遺骨もこないだ届きましたよ、ちゃんと壺へはいって

(はりがねでしばってじょうぶなはこへいれてありました。ほねのうめてがないので、やくばで)

針金でしばって丈夫な箱へ入れてありました。骨のうめてがないので、役場で

(とりあつかって、ちゃんとせんぞのはかのそばへうめてやりました」 「そりゃどうも)

取り扱って、ちゃんと先祖の墓のそばへ埋めてやりました」 「そりゃどうも

(ありがとうございました」 わたしはわたしじしんのいこつのまいそうのおれいをいうとき、なんだか)

有り難うございました」  私は私自身の遺骨の埋葬のお礼を言うとき、何だか

(ほんとうにじぶんがしんでしまって、げんざいそこにいるじぶんはほんとうにじぶんの)

ほんとうに自分が死んでしまって、現在そこにいる自分はほんとうに自分の

(ともだちででもあるかのようなきがして、ぶきみなさむさをせすじにおぼえた。 「かそうば)

友達ででもあるかのような気がして、無気味な寒さを背筋に覚えた。 「火葬場

(はどこでした?」とわたしはもういちどじじつをたしかめようとおもってこうたずねた。)

はどこでした?」と私はもう一度事実をたしかめようと思ってこう訊ねた。

(「たしか、おちあいちゅうとこだったなあ」とかれはこづかいをかえりみていった。 「ふないくん)

「たしか、落合ちゅうとこだったなあ」と彼は小使を顧みて言った。 「船井君

(のぼちはどこですか、ちょっとついでにおはかまいりをしてこようとおもうのですが」)

の墓地はどこですか、ちょっとついでにお墓参りをしてこようと思うのですが」

(わたしはよくしっていたけれども、わざとこうたずねて、みちをおしえてもらった。)

私はよく知っていたけれども、わざとこうたずねて、道を教えて貰った。

(そしてじょやくにおれいをいって、やくばをでて、ゆきのなかを、こどものじぶんにふみなれた)

そして助役にお礼を言って、役場を出て、雪の中を、子供の時分にふみなれた

(みちをあるいていった。 わたしはみすぼらしいりょうしんのせきひのまえにたってしばらく)

道を歩いて行った。  私は見すぼらしい両親の石碑の前にたってしばらく

(こころからめいもくがっしょうした。そのそばにあたらしくほりかえした、ちいさなつちのもりあがりが)

心から瞑目合掌した。そのそばに新しく掘りかえした、小さな土のもり上がりが

(できていて、あたらしいそとばがゆきのなかにたおれていた。そして、つちのもりあがりの)

できていて、新しい卒塔場が雪の中に倒れていた。そして、土の盛り上がりの

(うえにはそまつなしらきのいはいがおいてあり、そのまえにだれがたててくれたのかすいせんのはな)

上には粗末な白木の位牌がおいてあり、その前に誰がたててくれたのか水仙の花

(が23りんたてかけてあった。それをみるとなんともなしになみだがでた。)

が二三輪たてかけてあった。それを見ると何ともなしに涙が出た。

(わたしは、ゆきをはらいおとしていはいのもじをよんだ。 「てんがいこどくしんじ」)

私は、雪を払い落として位牌の文字を読んだ。 『天涯孤独信士』

(うらには、「ぞくみょうふないさぶろう、きょうねん36さいうんぬん」としてあった。 わたしはそのばん、)

裏には、「俗名船井三郎、享年三十六歳云々」としてあった。  私はその晩、

(むらのだれにもみられずに、もじどおりはかあなからぬけだしたもうじゃのように、よぎしゃで)

村の誰にも見られずに、文字通り墓穴から抜け出した亡者のように、夜汽車で

(とうきょうへむけてたった。)

東京へ向けてたった。

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