雨あがる 山本周五郎 ⑧
寺尾聰、宮崎美子、主演で映画化。
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | kei | 4388 | C+ | 4.5 | 95.6% | 860.2 | 3955 | 180 | 81 | 2024/12/22 |
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問題文
(「どうもすみません」)
「どうも済みません」
(いへえはきょうしゅくそうにおじぎをした、「しつれいいたしました」)
伊兵衛は恐縮そうにおじぎをした、「失礼致しました」
(つぎはなべやままたごろうというさんじゅうろくしちのおとこで、これはおそらくしはんやくであろう。)
次は鍋山又五郎という三十六七の男で、これはおそらく師範役であろう。
(しずかなめになみなみならぬひかりがあり、たいどもちんちゃくで、)
静かな眼になみなみならぬ光りがあり、態度も沈着で、
(すきのないおちつきをみせていた。)
隙のないおちつきをみせていた。
(「すこしあらいかもしれません」なべやまはへいせいなこえでそういった、)
「少し荒いかもしれません」鍋山は平静な声でそう云った、
(「どうかそのおつもりで」「は、どうかなにぶん、よろしく」)
「どうかそのおつもりで」「は、どうかなにぶん、よろしく」
(いへえはきがるくおじぎをし、まえとおなじかまえで、)
伊兵衛は気軽くおじぎをし、まえと同じ構えで、
(まえとおなじようにものやさしくあいてをみた。)
まえと同じようにものやさしく相手を見た。
(なべやまはひだりのあしをぐっとひいてはんみになり、)
鍋山は左の足をぐっと引いて半身になり、
(ぼくとうのさきをゆかにつくほどさげ、(じずりせいがんとでもいうのか))
木刀の尖を床につくほど下げ、(地摺青眼とでもいうのか)
(すごみのあるかまえで、じんわりといへえのめにみいった。)
凄味のある構えで、じんわりと伊兵衛の眼に見いった。
(こんどはすこしひまがかかった。どちらもだまっているし、びくっともうごかない。)
こんどは少し暇がかかった。どちらも黙っているし、びくっとも動かない。
(ただいへえがずんべらぼうとしているのに、)
ただ伊兵衛がずんべらぼうとしているのに、
(なべやまのごたいはしだいにせいきがみち、)
鍋山の五躰はしだいに精気が満ち、
(そのがんこうはさっきをさえおびてくるようであった。)
その眼光は殺気をさえ帯びてくるようであった。
(そうしてかなりのじかんがたつうちに、)
そうしてかなりの時間が経つうちに、
(なべやまのぼくとうのさきはゆっくりと、めにみえぬくらいかんまんなうごきで、)
鍋山の木刀の尖はゆっくりと、眼に見えぬくらい緩慢な動きで、
(すこしずつ、すこしずつすりあがり、いつかしら、ややひくめのせいがんにかわった。)
少しずつ、少しずつすり上り、いつかしら、やや低めの青眼に変った。
(きはじゅくしたようだ。きんちょうはちょうてんにたっし、まさにひばながはっするかとおもえた。)
機は熟したようだ。緊張は頂点に達し、まさに火花が発するかと思えた。
(そのときいへえのぼくとうがうごいて、あいてのぼくとうをひょいとたたいた。)
そのとき伊兵衛の木刀が動いて、相手の木刀をひょいと叩いた。
(ごくかるくじょうだんのようにひょいとたたいたのであるが、)
ごく軽く冗談のようにひょいと叩いたのであるが、
(あいてのぼくとうはせんたんをしたにむけておち、)
相手の木刀は尖端を下に向けて落ち、
(ばきっといったふうなおとをたててゆかいたにつったった。)
ばきっといったふうな音をたてて床板に突立った。
(「あ、これはどうも」いへえはうろたえてあたまにてをやり、)
「あ、これはどうも」伊兵衛はうろたえて頭に手をやり、
(「どうもこれは、とんだことをいたしました、)
「どうもこれは、とんだことを致しました、
(だいじなどうじょうへきずをつけてしまいまして、これはなんとも、どうも」)
大事な道場へ傷をつけてしまいまして、これはなんとも、どうも」
(そしてつったったぼくとうをぬいて、あなのあいたゆかいたをすまなそうになでた。)
そして突立った木刀を抜いて、穴のあいた床板を済まなそうに撫でた。
(なべやままたごろうはぼうぜんとたったままだった。)
鍋山又五郎は惘然と立ったままだった。
(いへえはひがくれてからやどへかえった。)
伊兵衛は日が昏れてから宿へ帰った。
(たいへんじょうきげんで、さけにあかくなったかおをにこにこさせて、)
たいへん上機嫌で、酒に赤くなった顔をにこにこさせて、
(これはいただいたみやげだと、おおきなかしのおりをつまにわたした。)
これは戴いた土産だと、大きな菓子の折を妻に渡した。
(「ゆうしょくをまっていてくれるだろうとおもったんだけれど、)
「夕食を待っていて呉れるだろうと思ったんだけれど、
(あまりねっしんにすすめられるのでついおそくなってね、ええ」)
あまり熱心にすすめられるのでついおそくなってね、ええ」
(かれはきがえをするあいだも、うきうきとはなしつづけた。)
彼は着替えをするあいだも、うきうきと話し続けた。
(「もっとはやく、ほんのもういっときもすればかえれるとおもっていたんだが、)
「もっと早く、ほんのもう一ときもすれば帰れると思っていたんだが、
(たいへんごちそうになったりして、それにはなしもあったものですからねえ」)
たいへん御馳走になったりして、それに話もあったものですからねえ」
(ぬいだものをかたづけていたおたよは、きもののたもとからかみづつみをみつけて、)
脱いだ物を片づけていたおたよは、着物の袂から紙包をみつけて、
(ふしんそうにおっとをみた。)
不審そうに良人を見た。
(そのおもみとてざわりで、かねだということがわかったからである。)
その重みと手触りで、金だということがわかったからである。
(「ああわすれていた、すっかりわすれていましたよ、)
「ああ忘れていた、すっかり忘れていましたよ、
(それはあおやまさんからもらいましてね、)
それは青山さんから貰いましてね、
(ごぜんへあがるのにひつようなしたくをするようにって」)
御前へあがるのに必要な支度をするようにって」
(「ごぜんとおっしゃいますと」おたよはふあんそうにききかえした、)
「御前と仰しゃいますと」おたよは不安そうに訊き返した、
(「それにいまなにだれかともおっしゃいましたけれど、)
「それにいま何誰かとも仰しゃいましたけれど、
(わたくしにはなにがなにやらわかりませんわ」)
わたくしにはなにがなにやらわかりませんわ」
(「そうそう、そうですとも、すこしよってるんですよ、)
「そうそう、そうですとも、少し酔ってるんですよ、
(ええ、すまないがみずをいっぱいください」)
ええ、済まないが水を一杯下さい」
(いへえはみずをのみながらはなしだした。)
伊兵衛は水を飲みながら話しだした。
(こんどはちょうしがしぶくなり、ことばづかいもずっとおちついてきた。)
こんどは調子が渋くなり、言葉づかいもずっとおちついてきた。
(ふうふのあいだではもうながいこと「しかん」のはなしはきんもつのようになっていた。)
夫婦のあいだではもう長いこと「仕官」の話は禁物のようになっていた。
(あまりにたびかさなるしっぱいで、おたがいがきぼうをもつことをさけ、)
あまりにたび重なる失敗で、お互いが希望をもつことを避け、
(できるだけそのもんだいにふれないようにしていたのである。)
できるだけその問題に触れないようにしていたのである。
(はじめはうれしまぎれとよったいきおいで、ついかれははしゃいでしまったが、)
初めは嬉しまぎれと酔った勢いで、つい彼ははしゃいでしまったが、
(つまのかおいろでようやくれいせいにかえり、)
妻の顔色でようやく冷静にかえり、
(きょうあったことをかいつまんで、いかにもさりげなくかたった。)
今日あった事をかい摘んで、いかにもさりげなく語った。
(「ではおさんかたとしあいをなさいましたのですか」)
「ではお三方と試合をなさいましたのですか」
(「いやふたりですよ、ひとりはなにかきゅうにこしょうができたそうで、)
「いや二人ですよ、一人はなにか急に故障が出来たそうで、
(そのどうじょうまではきたんだが、)
その道場までは来たんだが、
(・・・しかしほんとうはこのつぎのしあいまでまたせたのかもしれませんね、)
・・・しかし本当はこの次の試合まで待たせたのかもしれませんね、
(あらためてじょうちゅうでせいしきにやることになったんですから」)
改めて城中で正式にやることになったんですから」
(おたよはようじんぶかく、あきらめたかおつきでうなずいただけだった、)
おたよは用心ぶかく、諦めた顔つきで頷いただけだった、
(それは、「あまりきたいなさらないように」といいたいのであるらしい。)
それは、「あまり期待なさらないように」と云いたいのであるらしい。
(いへえもむろんといったふうに、)
伊兵衛もむろんと云ったふうに、
(「どっちでもいいんだけれど、むこうがせっかくそういってくれるんですからねえ、)
「どっちでもいいんだけれど、向うが折角そう云って呉れるんですからねえ、
(それにしたくきんでなにかかえばそれだけもうかるし、)
それに支度金でなにか買えばそれだけ儲かるし、
(いやいや、とんでもない、これはじょうだんですよ」)
いやいや、とんでもない、これは冗談ですよ」
(こういってから、ちょっといきごんで、)
こう云ってから、ちょっと意気ごんで、
(「だがともかくあおやまというひとはじんぶつらしい、)
「だがともかく青山という人は人物らしい、
(これまでのこともすっかりはなしましたがねえ、)
これまでの事もすっかり話しましたがねえ、
(そのりかいのしてくれかたがまるでちがうんですよ、)
その理解のして呉れ方がまるで違うんですよ、
(ええ、ほかのにんげんとはけたちがいなんです、)
ええ、ほかの人間とは桁違いなんです、
(おまけにこううんというかどうか、ちょうどとのさまのきょういくがかりをさがしているんだそうで、)
おまけに幸運というかどうか、ちょうど殿様の教育係を捜しているんだそうで、
(ゆみとかやりとかじょうばなどもいちりゅうのものがほしい、)
弓とか槍とか乗馬なども一流の者が欲しい、
(たいそうぶげいにねっしんなとのさまなんだそうで、)
たいそう武芸に熱心な殿様なんだそうで、
(もちろんそれだからといってよろこびやしませんが、ええ、)
もちろんそれだからといって喜びやしませんが、ええ、
(しかしこんどはどうやら、まあ、なんとかこんどはというきがするんですよ」)
しかしこんどはどうやら、まあ、なんとかこんどはという気がするんですよ」
(「それではもう、おゆうげはめしあがらぬのでございますか」)
「それではもう、お夕餉は召上らぬのでございますか」
(おたよはさりげなくはなしをそらした。)
おたよはさりげなく話をそらした。
(おっとのきもちにまきこまれまい、はなしだけでしんようしてはいけない。)
良人の気持にまきこまれまい、話だけで信用してはいけない。
(こうじぶんをおさえているようすが、いへえにはいかにもあわれにおもえるのであった。)
こう自分を抑えているようすが、伊兵衛にはいかにも哀れに思えるのであった。