菊千代抄 山本周五郎 ②

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プレイ回数1543難易度(4.0) 3352打 長文
武家の因習で男として育てられた娘の話。
自分は男であると疑わず育った菊千代。
物心がつきはじめ、女であることに気づくが受け入れられない。
葛藤を抱える日々、衝動的に凄惨な事件を起こしてしまう。
起承転結の「結」が非常に素晴らしい出来。
山本周五郎の隠れた傑作。

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問題文

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(ふきんしんなことをいったこどもは、すぐになかやしきからいなくなり、)

不謹慎なことを云った子供は、すぐに中屋敷からいなくなり、

(そのごどうしたかまったくきくちよはしらない。)

その後どうしたかまったく菊千代は知らない。

(かれをつきとばしたのはすぎむらはんざぶろうで、)

彼を突きとばしたのは椙村半三郎で、

(そのときはっさいだったが、すきとおるようなはだの、)

そのとき八歳だったが、透きとおるような膚の、

(おもながでまゆのはっきりした、きわめておとなしいこであった。)

おもながで眉のはっきりした、きわめておとなしい子であった。

(たぶんおあいてのこどもたちがはなしたのだろう、)

たぶんお相手の子供たちが話したのだろう、

(きくちよっはなにもいわなかったのに、まつおはそのぼうげんをひていして、)

菊千代はなにも云わなかったのに、松尾はその暴言を否定して、

(そんないじょうなところはけっしてないこと、)

そんな異常なところは決してないこと、

(もしあるとすればいつもじいがみているのだから、)

もしあるとすればいつも侍医が診ているのだから、

(それだけのちりょうをするはずであることなど、)

それだけの治療をする筈であることなど、

(いろいろとせつめいしてくれた。)

いろいろと説明して呉れた。

(きくちよはそれをしんじ、)

菊千代はそれを信じ、

(あんなふきんしんなことをいったのはいやしいわるいこであるとおもった。)

あんな不謹慎なことを云ったのは卑しい悪い子であると思った。

(そしてそのぼうげんそのものはまもなくわすれてしまったが、)

そしてその暴言そのものはまもなく忘れてしまったが、

(そのときうけたきょうふのようなかんどうはきえなかった、)

そのとき受けた恐怖のような感動は消えなかった、

(いしきのどこかにきずのようにのこっていて、)

意識のどこかに傷のように遺っていて、

(ときどききくちよじしん、びっくりすることがおこった。)

ときどき菊千代自身、びっくりすることが起こった。

(いけのなかのできごとがあってから)

池の中の出来事があってから

(きくちよはだれよりもすぎむらはんざぶろうがすきになった。)

菊千代は誰よりも椙村半三郎が好きになった。

(にさいねんちょうでもあり、ようぼうもきわだっていたしおとなしいので、)

二歳年長でもあり、容貌もきわだっていたしおとなしいので、

など

(まえからきらいではなかったが、)

まえから嫌いではなかったが、

(そのごはなにをするにもかれでなければきがすまず、)

その後はなにをするにも彼でなければ気が済まず、

(すこしもそばをはなさなかった。)

少しも側を放さなかった。

(そのとしのふゆだったろうか、かみやしきですもうがあり、)

その年の冬だったろうか、上屋敷で相撲があり、

(きくちよもよばれて、おあいてのこどもたちといっしょにけんぶつした。)

菊千代も呼ばれて、お相手の子供たちといっしょに見物した。

(これまでのうきょうげんなどはいくたびかみたけれどもすもうははじめてだし、)

これまで能狂言などは幾たびか観たけれども相撲は初めてだし、

(おわったあとで、なにがしとかいうおおぜきにだかれたりして、)

終ったあとで、なにがしとかいう大関に抱かれたりして、

(それからきゅうにすもうがすきになり、)

それから急に相撲が好きになり、

(かえるとさっそくおあいてのこどもたちとすもうをとりはじめた。)

帰ると早速お相手の子供たちと相撲をとり始めた。

(しょうねんたちがあつまれば、くみついたり)

少年たちが集まれば、組みついたり

(たおしあったりするのはしぜんである。)

倒しあったりするのは自然である。

(きくちよはたいせつなわかぎみということでらんぼうなあそびはきんじられていたが、)

菊千代はたいせつな若君ということで乱暴な遊びは禁じられていたが、

(かんしのめがなければくみあいもころがしっこもやった。)

監視の眼がなければ組みあいも転がしっこもやった。

(けれどもこんどはじいーーひぐちじろうべえをきくちよはそうよんでいたーー)

けれどもこんどはじいーー樋口次郎兵衛を菊千代はそう呼んでいたーー

(にたのんでにわのいちぶにどひょうばをつくってもらい、)

に頼んで庭の一部に土俵場を造って貰い、

(そこでせいぜいほんしきのつもりでとりくむのであった。)

そこでせいぜい本式のつもりで取組むのであった。

(「わかさまはごらんあそばすだけでございますぞ」)

「若さまはごらんあそばすだけでございますぞ」

(じいもまつおもこういったが、)

じいも松尾もこういったが、

(かれらのいないときにはきくちよもどひょうばへあがった。)

かれらのいないときには菊千代も土俵場へあがった。

(あいてはいつもはんざぶろうをえらんだ、)

相手はいつも半三郎を選んだ、

(しょうごまんのすけや「かんぷり」などともとったが、)

庄吾満之助や「かんぷり」などとも取ったが、

(だれよりもはんざぶろうがいちばんとりよかった。)

誰よりも半三郎がいちばん取りよかった。

(はんざぶろうはとしもふたつうえだったし、)

半三郎は年も二つ上だったし、

(ほかのものとはちがうこころづかいがあって、やんわりあしらってくれる。)

ほかの者とは違うこころづかいがあって、やんわりあしらって呉れる。

(きくちよにはそれがもどかしいような、またはがゆいようなかんじで、)

菊千代にはそれがもどかしいような、また歯痒いような感じで、

(わざとらんぼうにむしゃぶりつくのであった。)

わざと乱暴にむしゃぶりつくのであった。

(それでもはんざぶろうのあしらいぶりはたくみで、)

それでも半三郎のあしらいぶりは巧みで、

(ごくしぜんにまけてみせたりするが、)

ごくしぜんに負けてみせたりするが、

(ときにあやまってしたたかなげとばしたり、)

ときに誤ってしたたか投げとばしたり、

(どうたいにおりかさなってたおれることなどがあった。)

胴躰に折重なって倒れることなどがあった。

(きくちよにはそれがいいようもなくこころよかった。)

菊千代にはそれが云いようもなく快かった。

(なげられたときやおりかさなってたおれるせつなには、)

投げられたときや折重なって倒れる刹那には、

(さわやかな、しかもうっとりするような)

爽やかな、しかもうっとりするような

(いっしゅのかいほうかんにみたされる。)

一種の解放感に満たされる。

(そのかんじはわすれることのできないものだったし、)

その感じは忘れることのできないものだったし、

(はんざぶろうのほかにはだれからもうけることができなかった。)

半三郎のほかには誰からも受けることができなかった。

(こんなふうにあそんでいるとき、)

こんなふうに遊んでいるとき、

(ぶけそだちといってもおさないとしごろのことで、)

武家そだちといっても幼い年ごろのことで、

(きゅうにしょうようをもよおしたときなど、)

急に小用をもよおしたときなど、

(こどもたちはこかげなどへいってよくようをたした。)

子供たちは木蔭などへいってよく用を足した。

(きくちよもそれをまねようとしたが、)

菊千代もそれをまねようとしたが、

(じぶんははかまをはいたままではできない、)

自分は袴をはいたままではできない、

(かれらはどうやってするのかと、ふしぎにもおもいきょうみもそそられて、)

かれらはどうやってするのかと、ふしぎにも思い興味もそそられて、

(いくたびもそのほうほうをのぞいてみようとした。)

幾たびもその方法を覗いて見ようとした。

(みることができたかどうかはきおくにないが、)

見ることができたかどうかは記憶にないが、

(おかわでするときにまねをして、)

おかわでするときにまねをして、

(まわりをひどくよごしまつおにたしなめられたことがあった。)

まわりをひどく汚し松尾にたしなめられたことがあった。

(「わかさまはごみぶんがちがうのですから、)

「若さまは御身分が違うのですから、

(けっしてそのようなひんのないことをあそばしてはなりません」)

決してそのような品のないことをあそばしてはなりません」

(かれらとみぶんがちがうということは、にちじょうすべてのことがしめしていた。)

かれらと身分が違うということは、日常すべての事が示していた。

(それでまつおのことばも、いくらかふしんであったがすなおにしんじた。)

それで松尾の言葉も、いくらか不審ではあったがすなおに信じた。

(ななさいからにっかがきまり、がくもんとぶじゅつのてほどきがはじまった。)

七歳から日課がきまり、学問と武術の手ほどきが始まった。

(ちちのいけんではがくもんをしゅとするようにとのことだったが、)

父の意見では学問を主とするようにとのことだったが、

(きくちよはぼっけんのかたやじゅうじゅつのほうをこのんだ。)

菊千代は木剣の型や柔術のほうを好んだ。

(そのあいてもたいていはんざぶろうをえらび、)

その相手もたいてい半三郎を選び、

(とくにじゅうじゅつのときはかれのほかにはあいてにしなかった。)

とくに柔術のときは彼のほかには相手にしなかった。

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