竹柏記 山本周五郎 ④

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね3お気に入り登録
プレイ回数1342難易度(4.5) 2956打 長文
不信な男に恋をしている娘に、強引な結婚を申し込むが・・・
不信な男に恋をしている友人の妹を守りたい一心で、心通わずとも求婚をする勘定奉行の主人公。

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問題文

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(「このおばさまはべつとしても、おんなというものははじめてあいしたひとは)

「この叔母さまはべつとしても、女というものは初めて愛した人は

(わすれられないものよ。そのひととならどんなくろうをし、)

忘れられないものよ。その人とならどんな苦労をし、

(どんなにおちぶれてもくいはない、いっしょにしぬなら、)

どんなにおちぶれても悔いはない、いっしょに死ぬなら、

(しんでもこうかいはしないというくらいにおもうものよ」)

死んでも後悔はしないというくらいに思うものよ」

(かのじょはじぶんでそそいださかずきを、だいたんにのみほして、きらきらするようなめで)

彼女は自分で注いだ盃を、大胆に飲みほして、きらきらするような眼で

(おいをみた。こうのすけはだまって、ややながいこと、)

甥を見た。孝之助は黙って、やや長いこと、

(ひざのうえのじぶんのてをみていた。「わたしにもそれはわかるのですが」)

膝の上の自分の手を見ていた。「私にもそれはわかるのですが」

(かれはひくいこえでいった、「しかし、それだけだとはおもえません」)

彼は低い声で云った、「しかし、それだけだとは思えません」

(おばはつぎをまった。かれはつづけた。)

叔母は次を待った。彼は続けた。

(「どんなひんきゅう、どんならくはくもいとわない、よくそういいますけれど、)

「どんな貧窮、どんな落魄もいとわない、よくそう云いますけれど、

(じっさいにらくはくし、ひんきゅうして、いしょくにもことかくようになって、)

じっさいに落魄し、貧窮して、衣食にもこと欠くようになって、

(それであいじょうだけがきずつかずにいる、ということはしんじられません」)

それで愛情だけが傷つかずにいる、ということは信じられません」

(「こうさんはいまひとをあいしていて、それでそのことがしんじられないの」)

「孝さんはいま人を愛していて、それでそのことが信じられないの」

(「そういうあいじょうがしんじられないんです。このよはあいじょうだけでは)

「そういう愛情が信じられないんです。この世は愛情だけでは

(せいかつができないし、しぬまではいきなければならない、)

生活ができないし、死ぬまでは生きなければならない、

(かていをいとなみさいしをやしなって、ごねん、じゅうねん、にじゅうねん、うえずこごえず、)

家庭をいとなみ妻子をやしなって、五年、十年、二十年、飢えず凍えず、

(かぞくそろっていきてゆくということは、そうらくなことでは)

家族そろって生きてゆくということは、そう楽なことでは

(ないとおもいます」「まるでいけんをされてるようなものね」)

ないと思います」「まるで意見をされてるようなものね」

(せんじゅはややきょうざめがおに、ためいきをついた。)

千寿はやや興冷め顔に、溜息をついた。

(「そこまでかんがえたうえのことなら、わたくしにはもういうことはないわ、)

「そこまで考えたうえのことなら、わたくしにはもう云うことはないわ、

など

(ただこれだけはおぼえていらっしゃい。)

ただこれだけは覚えていらっしゃい。

(おんながはじめてあいしたひとのことはわすれられない、ということ、)

女が初めて愛した人のことは忘れられない、ということ、

(もうひとつは、ひとをあまりかるがるしくはんだんしないことです」)

もうひとつは、ひとをあまり軽がるしく判断しないことです」

(「それは、おかむらやつかをさすのですか」)

「それは、岡村八束をさすのですか」

(「そのひとにしても、すぎのさんにしても」)

「その人にしても、杉乃さんにしても」

(こういっておばはさけをすすめた、「さあ、めしあがれ、せっかくのあゆが)

こう云って叔母は酒をすすめた、「さあ、めしあがれ、せっかくの鮎が

(つめたくなってしまったでしょう」こうのすけはまもなくさんそうをじした。)

冷たくなってしまったでしょう」 孝之助はまもなく山荘を辞した。

(かれとかさいすぎのとのえんだんには、おばのほかにもはんたいするものがあった。)

彼と笠井杉乃との縁談には、叔母のほかにも反対する者があった。

(すぎののあにであり、こうのすけとはおさなともだちのてつまも、そのひとりであった。)

杉乃の兄であり、孝之助とは幼な友達の鉄馬も、その一人であった。

(りゆうは、かのじょにあいじんのあることで、)

理由は、彼女に愛人のあることで、

(こうのすけもまえからうすうすしっていたが、)

孝之助もまえからうすうす知っていたが、

(そのためにかえって、けっこんするけっしんをつよめた、といってもよかった。)

そのために却って、結婚する決心を強めた、といってもよかった。

(あいてのおかむらやつかは、こうのすけやてつまとおなじとしであった。)

相手の岡村八束は、孝之助や鉄馬とおなじ年であった。

(さしてびなんというのではないが、しょうねんじぶんからほおのややこけた、)

さして美男というのではないが、少年じぶんから頬のややこけた、

(めのきれいな、わらいかたにあいきょうのある、ひとずきのするかおだちで、)

眼のきれいな、笑いかたに愛嬌のある、ひと好きのする顔だちで、

(いつもまわりのしょうじょたちに、にんきがあった。)

いつもまわりの少女たちに、にんきがあった。

(おかむらはそのはんで「ばんしゅう」というめみえいじょうではあるが、)

岡村はその藩で「番衆」というめみえ以上ではあるが、

(ちゅうのげくらいのいえがらであって、やつかはかんじょうぶぎょうのはらいかたにつとめていた。)

中の下くらいの家柄であって、八束は勘定奉行の払方に勤めていた。

(たかやすはろうしょくかくで、ちちのりょうへいはびょうがするまでかんじょうぶぎょうであった。)

高安は老職格で、父の良平は病臥するまで勘定奉行であった。

(こうのすけもやがて、そのしょくにつくわけであるが、)

孝之助もやがて、その職に就くわけであるが、

(ちちがたおれていらい、かんじょうぶぎょうのもとかた(しゅうのう)しはいをしている。)

父が倒れて以来、勘定奉行の元方(収納)支配をしている。

(こうしておなじやくしょにつとめているかんけいから、)

こうして同じ役所に勤めている関係から、

(やつかとしたしくなったのであるが、)

八束と親しくなったのであるが、

(やつかはかさいにもとおえんにあたるので、うわさはいぜんからきいていた。)

八束は笠井にも遠縁に当るので、噂は以前から聞いていた。

(しゅんさいということばが、そのままあてはまるようにきわめてさいはじけ、)

俊才という言葉が、そのまま当篏まるように極めて才はじけ、

(こうのすけなどからみると、びっくりするほどせこにたけたせいしつで、)

孝之助などからみると、びっくりするほど世故に長けた性質で、

(かれにはさいしょうのじつりょくがある。とひょうされていた。)

彼には宰相の実力がある。と評されていた。

(しょくいがほとんどせしゅうになっていたじだいのことで、)

職位が殆んど世襲になっていた時代のことで、

(おかむらくらいのみぶんのものに「さいしょう」のひょうがつくというのはいれいである。)

岡村くらいの身分の者に「宰相」の評がつくというのは異例である。

(こうのすけにはそのままにしんじられなかった。)

孝之助にはそのままに信じられなかった。

(じぶんが「りちぎのすけ」といわれるくらい、じみでしんちょうなしょうぶんのせいか、)

自分が「律義之助」といわれるくらい、じみで慎重な性分のせいか、

(やつかのしゅんびんなさいがあざやかなつなわたりをみるような、ふあんていな、)

八束の俊敏な才があざやかな綱渡りを見るような、不安定な、

(きけんなものにおもわれた。そのよかんがあたった、ともいえようか、)

危険なものに思われた。その予感が当った、ともいえようか、

(あるごようしょうにんとのあいだに、おしょくのじじつがあるのを、)

或る御用商人とのあいだに、汚職の事実があるのを、

(ついさきごろ、ふとしたきかいにこうのすけがはっけんした。)

ついさきごろ、ふとした機会に孝之助が発見した。

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