竹柏記 山本周五郎 ⑧

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね2お気に入り登録
プレイ回数1193難易度(4.5) 3187打 長文
不信な男に恋をしている娘に、強引な結婚を申し込むが・・・
不信な男に恋をしている友人の妹を守りたい一心で、心通わずとも求婚をする勘定奉行の主人公。

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問題文

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(「かさいのあのひとは、おかむらのまえのかしつをしらない、むろんきょうのことも)

「笠井のあの人は、岡村のまえの過失を知らない、むろん今日の事も

(しってはいない、あのひとはおそらく、おかむらをせひょうどおりのじんぶつと)

知ってはいない、あの人はおそらく、岡村を世評どおりの人物と

(おもっているだろう、おかむらさえ、それをうらぎるようなことをしなければ、)

思っているだろう、岡村さえ、それを裏切るようなことをしなければ、

(いつまでもそうしんじているにちがいない、せめてあのひとのしんらいを)

いつまでもそう信じているに違いない、せめてあの人の信頼を

(きずつけないでくれ、いちじのじょうにげきしていっしょうをあやまるようなことは)

傷つけないで呉れ、一時の情に激して一生を誤るようなことは

(しないでくれ」やつかのれいしょうは、こおったように、れいしょうしたままで、)

しないで呉れ」 八束の冷笑は、凍ったように、冷笑したままで、

(こわばっていた。こうのすけはしずかに、いきをついでいった。)

硬ばっていた。孝之助は静かに、息をついで云った。

(「これはおれのほんしんからいうことだ、そっちもほんしんでかんがえてくれ、)

「これはおれの本心から云うことだ、そっちも本心で考えて呉れ、

(そして、どうしてもしょうちできなかったら、)

そして、どうしても承知できなかったら、

(ぶしとしてはずかしくないほうほうをえらんでもらいたい、)

武士として恥ずかしくない方法を選んで貰いたい、

(もちろんけっとうでもいい、おれはけっしてこばみはしないから」)

もちろん決闘でもいい、おれは決して拒みはしないから」

(いいおわって、こきゅういつつばかり、やつかのめをみまもってから、)

云い終って、呼吸五つばかり、八束の眼を見まもってから、

(こうのすけはかたなをもってざをたった。)

孝之助は刀を持って座を立った。

(「だんな、どうするんです」きやとくがそういってたとうとした。)

「旦那、どうするんです」木屋徳がそう云って立とうとした。

(やつかがせいししたらしい、こうのすけはみなかったが、)

八束が制止したらしい、孝之助は見なかったが、

(そのままろうかへでていった。しゅうげんのひ、こうのすけはしょうごまでつとめた。)

そのまま廊下へ出ていった。祝言の日、孝之助は正午まで勤めた。

(ごごからはしかをねがってあり、そのため、しごとはまえから、)

午後からは賜暇を願ってあり、そのため、仕事はまえから、

(はやくかたづくように、てじゅんがつけてあった。きになるのはやつかのことで、)

早く片づくように、手順がつけてあった。気になるのは八束のことで、

(やくどころがおなじだから(へやははなれていたが)すがたはまいにちみかけるけれども、)

役所が同じだから(部屋は離れていたが)姿は毎日みかけるけれども、

(かたくなに、こちらをむしするようすで、なにをかんがえているのか、)

かたくなに、こちらを無視するようすで、なにを考えているのか、

など

(まったくけんとうがつかない。わかってくれたのだろうか。)

まったく見当がつかない。わかって呉れたのだろうか。

(そうおもいたいが、あんな、ならずものなどをつかうところまで、)

そう思いたいが、あんな、ならず者などを使うところまで、

(つきつめたのをかんがえると、とうていそうはしんじられなかった。)

つきつめたのを考えると、とうていそうは信じられなかった。

(ではどんなようきゅうをもちだすだろう。そして、それはいつのことだろうか。)

ではどんな要求をもちだすだろう。そして、それはいつのことだろうか。

(あのときのようすでは、かねのひつようにせまられていたらしい。)

あのときのようすでは、金の必要に迫られていたらしい。

(どんなりゆうのかねか、もちろんわからないが、)

どんな理由の金か、もちろんわからないが、

(たんにこっちをこまらせるためだけではなかったようだ。)

単にこっちを困らせるためだけではなかったようだ。

(とすれば、そのかねのもんだいもかかってくる、とおもわなければならない。)

とすれば、その金の問題もかかってくる、と思わなければならない。

(おそらく、もっともこうかてきなときに、もっともこうかてきなてを)

おそらく、もっとも効果的なときに、もっとも効果的な手を

(うってくるつもりに、そういない。こんなふうに、いろいろと)

打ってくるつもりに、相違ない。こんなふうに、いろいろと

(おもいまわして、しゅうげんのとうじつまで、こうのすけはおちつかなかった。)

思いまわして、祝言の当日まで、孝之助はおちつかなかった。

(そのひは、ごごからあめになった。ぶけのことだし、いえにびょうにんもあるので、)

その日は、午後から雨になった。武家のことだし、家に病人もあるので、

(しきはごくしっそにし、きゃくもさいしょうげんに、ということであったが、)

式はごく質素にし、客も最少限に、ということであったが、

(それでも、そうほうのちかいしんぞくだけでしちけあり、)

それでも、双方の近い親族だけで七家あり、

(ぜんぶのしょうきゃくをあわせると、さんじゅうにんいじょうになった。)

ぜんぶの招客を合わせると、三十人以上になった。

(なくなったははのじっかからははのおとうとにあたるわたなべまたべえと、)

亡くなった母の実家から母の弟に当る渡辺又兵衛と、

(さいじょのももよがき、またちちのおとうとで、せぎけへいりむこした、おじのくらんどと)

妻女の百代が来、また父の弟で、瀬木家へ入婿した、叔父の蔵人と

(つまのかなえがきて、このふたふさいがしきのじゅんびをうけもってくれた。)

妻のかなえが来て、この二た夫妻が式の準備を受持って呉れた。

(すでにじゅうがつにはいって、きおんもさがっていたし、ふりだしたあめは、)

すでに十月にはいって、気温も下っていたし、降りだした雨は、

(つよくもならないが、くらくうっとうしく、いちめんにそらをおおったくもから、)

つよくもならないが、暗く鬱陶しく、いちめんに空をおおった雲から、

(なげきのように、ひそひそとしぐれてくるけしきは、いかにもしめっぽく、)

なげきのように、ひそひそとしぐれてくるけしきは、いかにもしめっぽく、

(いんきであった。「どうもよくないな、こういうあめというやつは)

陰気であった。「どうもよくないな、こういう雨というやつは

(きがめいるし、きがめいるということは」)

気がめいるし、気がめいるということは」

(「いや、そんなことはない、それがにほんまつのわるいくせで」)

「いや、そんなことはない、それが二本松の悪い癖で」

(こうのすけが、ともしをいれたいまで、きがえをしていると、)

孝之助が、灯をいれた居間で、着替えをしていると、

(となりのないきゃくのまから、そんなもんどうがきこえてきた。)

隣りの内客の間から、そんな問答が聞えてきた。

(にほんまつというのはわたなべまたべえのことである。)

二本松というのは渡辺又兵衛のことである。

(あいてはせぎのおじであって、このふたりは、かおがあいさえすれば、)

相手は瀬木の叔父であって、この二人は、顔が合いさえすれば、

(なにかしらいいあいをするのが、こうれいのようになっていた。)

なにかしら云いあいをするのが、恒例のようになっていた。

(「むかしからあめふってじかたまるといって、こんれいのひにふるのはえんぎがよい、)

「昔から雨降って地かたまるといって、婚礼の日に降るのは縁起がよい、

(ということになっているくらいだ」)

ということになっているくらいだ」

(「だれがそんなつまらぬことをいったのかね」)

「誰がそんなつまらぬことを云ったのかね」

(「だれが、ではない、だれでもだまごかごかきのたぐいでもしっていることだ」)

「誰が、ではない、誰でもだ馬子駕舁のたぐいでも知っていることだ」

(「ばばした(というのはせぎくらんどであるが)はすぐにそうむきになるが、)

「馬場下(というのは瀬木蔵人であるが)はすぐにそうむきになるが、

(まことにつまらぬりくつで、それはごへいかつぎというものだ」)

まことにつまらぬ理屈で、それは御幣担ぎというものだ」

(「じょうだんじゃない、わたしはえんぎはたしょうなにするかもしれないが、)

「冗談じゃない、私は縁起は多少なにするかもしれないが、

(ごへいなどかつぐようなことはけっしてしない、それはむしろにほんまつのように」)

御幣など担ぐようなことは決してしない、それはむしろ二本松のように」

(こうのすけはくしょうしながら、ちょうどよびにきたわたなべのおばといっしょに)

孝之助は苦笑しながら、ちょうど呼びに来た渡辺の叔母といっしょに

(いまをでていった。)

居間を出ていった。

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