竹柏記 山本周五郎 ⑫

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プレイ回数1202難易度(4.5) 2666打 長文
不信な男に恋をしている娘に、強引な結婚を申し込むが・・・
不信な男に恋をしている友人の妹を守りたい一心で、心通わずとも求婚をする勘定奉行の主人公。

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問題文

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(このはんでも、しとうはげんそくとしてはっとであるが、)

この藩でも、私闘は原則として法度であるが、

(さほうをまもった「はたしあい」は、りゆうがぶしのめいよにかんするかぎり、)

作法を守った「はたし合」は、理由が武士の名誉に関する限り、

(せいしきにとがめられることはなかった。)

正式に咎められることはなかった。

(これはほかのしょはんにもれいのないことではないが、)

これは他の諸藩にも例のないことではないが、

(どこよりもはるかにかんだいだった、というのがじじつらしく、)

どこよりもはるかに寛大だった、というのが事実らしく、

(このほかにも、けっとうのはなしがずいぶんのこっているが、)

このほかにも、決闘の話がずいぶん残っているが、

(じゅうかにしょせられた、というきろくはすくない。)

重科に処せられた、という記録は少ない。

(こうのすけはまえから、すこしずつしんぺんのしまつをしておいた。)

孝之助はまえから、少しずつ身辺の始末をして置いた。

(やくどころかんけいのじむも、ししょうのないように、てじゅんをつけた。)

役所関係の事務も、支障のないように、手順をつけた。

(かれはあさのはやいほうであるが、そのひはよじにめがさめた。)

彼は朝の早いほうであるが、その日は四時に眼がさめた。

(ふろやでみずをあび、にわへでてまだほのぐらいひかりのなかで、)

風呂屋で水を浴び、庭へ出てまだほの暗い光りのなかで、

(かれたままの、はぎやすすきやふようなどを、ねからかったり、ちちのすきな、)

枯れたままの、萩やすすきや芙蓉などを、根から刈ったり、父の好きな、

(はくとうのえだをおろしたりした。それから、きになっていたちくはくを、)

白桃の枝をおろしたりした。それから、気になっていた竹柏を、

(つまのいまからみえるところへ、うつしなおした。それはきょねんのはる、)

妻の居間から見えるところへ、移しなおした。それは去年の春、

(こんどなこうどをたのんだ、さたばいしょからもらったものである。)

こんど仲人を頼んだ、佐多梅所から貰ったものである。

(「ちくはく」という、なもきよらかであるし、)

「竹柏」という、名も清らかであるし、

(そのほそばの、こみどりにしろくこをふいたような、)

その細葉の、濃緑に白く粉をふいたような、

(しぶみのある、おちついたいろもこのましかった。)

渋みのある、おちついた色も好ましかった。

(まつはときにいろをかえることもあるが、ちくはくはこしするまでいろをかえない。)

松はときに色を変えることもあるが、竹柏は枯死するまで色を変えない。

(ばいしょはそういって、ねづくまではここがよい、と、ばしょをしていした。)

梅所はそう云って、根づくまでは此処がよい、と、場所を指定した。

など

(そしてこのなつのはじめに、ばいしょがきてみて、)

そしてこの夏のはじめに、梅所が来て見て、

(これならもううつしてもよかろうといったものである。)

これならもう移してもよかろうと云ったものである。

(こしするまでいろをかえない。えだぶりの、じんじょうでつつましいのと、)

枯死するまで色を変えない。枝ぶりの、尋常でつつましいのと、

(しぶく、みあきのしないはのいろとに、かれはひじょうなあいちゃくをかんじていた。)

渋く、見飽きのしない葉の色とに、彼はひじょうな愛着を感じていた。

(それをつまのいまの、まえへうつしたのは、そのきに、じぶんのこころをたくすという、)

それを妻の居間の、前へ移したのは、その木に、自分の心を託すという、

(ひそかなおもいをこめてのことであった。)

ひそかな想いをこめてのことであった。

(ちょうしょくのぜんにはすわったが、それはかたちだけで、)

朝食の膳には坐ったが、それはかたちだけで、

(なにもたべずに、はしをおいた。すぎのはなにもいわなかった。)

なにも喰べずに、箸をおいた。杉乃はなにも云わなかった。

(しょくじをしないことにも、なにもいわなかったし、)

食事をしないことにも、なにも云わなかったし、

(きがえのとき、はだぎぬをあたらしいしろいものにしたときも、)

着替えのとき、肌衣を新しい白い物にしたときも、

(やはりなにもいわなかった。こうのすけはちちのところへ、あいさつにゆき、)

やはりなにも云わなかった。孝之助は父のところへ、挨拶にゆき、

(げんかんへでて、はきものにあしをおろしてから、)

玄関へ出て、履物に足をおろしてから、

(ふと、ひとことだけ、なにかつまにいいたい、というしょうどうをかんじた。)

ふと、ひと言だけ、なにか妻に云いたい、という衝動を感じた。

(それはくちまでつきあげてきたが、かたい、むひょうじょうな、)

それは口までつきあげてきたが、硬い、無表情な、

(すぎののかおをみると、ついいいそびれて、そのままそとへでた。)

杉乃の顔を見ると、つい云いそびれて、そのまま外へ出た。

(たいうんじがはらというのは、じょうかまちをひがしへではずれたところにある。)

大雲寺ヶ原というのは、城下町を東へ出はずれたところにある。

(それはきたはたのさんそうのあるきゅうりょうが、そめいがわへと、)

それは北畠の山荘のある丘陵が、染井川へと、

(ひくくすそをひくちけいであって、ぞくに「ひいらぎでら」とよばれる、たいうんじが、)

低く裾をひく地形であって、俗に「柊寺」と呼ばれる、大雲寺が、

(ふところのもりのなかにあり、そのまえに、みちをへだてて、かなりひろく)

ふところの森の中にあり、その前に、道を隔てて、かなり広く

((いっぽうはそめいがわのきしにいたるまでの)そうげんがひらけている。)

(一方は染井川の岸に到るまでの)草原がひらけている。

(ながめがいいので、じょうかのひとびとのかっこうなこうらくちになっていたし、)

眺めがいいので、城下の人々の恰好な行楽地になっていたし、

(ことにあきくさのころは、やえんをもよおすものがおおかった。)

ことに秋草のころは、野宴を催すものが多かった。

(こうのすけがそのはらへはいっていったのは、まだしちじまえであった。)

孝之助がその原へ入っていったのは、まだ七時まえであった。

(とちゅうでともをかえらせ、ひとりでそこまできた。)

途中で供を帰らせ、一人でそこまで来た。

(かさいてつまはどうしたか、そこへくるまでも、)

笠井鉄馬はどうしたか、そこへ来るまでも、

(きてからも、あたりをみまわしたが、かれのすがたはみえなかった。)

来てからも、あたりを見まわしたが、彼の姿は見えなかった。

(はらへかかるとすぐ、にだんばかりむこうに、おかむらやつかの、)

原へかかるとすぐ、二段ばかり向うに、岡村八束の、

(たっているのがみえた。こうのすけはそれをみとどけて、みじたくにかかった。)

立っているのが見えた。孝之助はそれを見届けて、身支度にかかった。

(「よくきたな、ひとりとはあっぱれだ」)

「よく来たな、独りとはあっぱれだ」

(やつかのよびかけるこえがした。どうじに、やつかのうしろへ、)

八束の呼びかける声がした。同時に、八束のうしろへ、

(さんにんのおとこのでてくるのが、こうのすけにみえた。)

三人の男の出て来るのが、孝之助に見えた。

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