竹柏記 山本周五郎 ⑭
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問題文
(こぶんのふたりは、もうどちらも、まんぞくにはたらくことはできないだろう。)
子分の二人は、もうどちらも、満足にはたらくことはできないだろう。
(きやとくがひだりにいた。それをめじりでみて、)
木屋徳が左にいた。それを眼尻で見て、
(こうのすけはまっすぐに、おかむらやつかへかたなをつけた。)
孝之助はまっすぐに、岡村八束へ刀をつけた。
(「こんなげせんなにんげんの」したがねばった、)
「こんな下賤な人間の」舌が粘った、
(「たすけをかりなければ、はたしあいも、できないのか」)
「助けを借りなければ、はたし合も、できないのか」
(やつかはくちびるをゆがめ、はじめてかたなをぬいた。)
八束は唇を歪め、初めて刀を抜いた。
(「げせんとぬかしたな」きやとくがとびかかった。)
「下賤とぬかしたな」木屋徳がとびかかった。
(おどしのやくにしかたたないうでである、かわしざまに、そのわきばらへ、)
威しの役にしか立たない腕である、躱しざまに、その脇腹へ、
(みねうちをくれた。ろっこつでもおれたか、にぶいいやなおとがし、)
みね打を呉れた。肋骨でも折れたか、鈍いいやな音がし、
(がくっとはんみをかがめながら、きやとくはてんとうした。)
がくっと半身をかがめながら、木屋徳は転倒した。
(やつかはあおくなった。こうのすけのかおもあおかったろう、)
八束は蒼くなった。孝之助の顔も蒼かったろう、
(こきゅうはへいせいだとおもうのに、むねがかたくこわばり、のどのおくにはきけをかんじた。)
呼吸は平静だと思うのに、胸が固く硬ばり、喉の奥に吐きけを感じた。
(ぜっきょうしてやつかがふみこんだ。こうのすけはじんそくにまわりこんだ。)
絶叫して八束が踏み込んだ。孝之助は迅速にまわりこんだ。
(やつかはまをつめ、まをつめ、しゅんじもはなさずこうのすけのめを、)
八束は間を詰め、間を詰め、瞬時も離さず孝之助の眼を、
(じぶんのめでつかみながら、じょうだんからうちこみ、)
自分の眼でつかみながら、上段から打ち込み、
(きりかえし、つき、そしてまたうちこんだ。)
斬り返し、突き、そしてまた打ち込んだ。
(そんなたちさばきがあるものではない、まるでじぼうじき、)
そんな太刀捌きがあるものではない、まるで自暴自棄、
(じさつでもしたがっているようにみえた。)
自殺でもしたがっているようにみえた。
(こうのすけはひだりにみぎにさけ、とびのき、かつはずしながら、)
孝之助は左に右に避け、跳び退き、かつ外しながら、
(あいてのかたなののびたところを、たくみにはねあげた。)
相手の刀の伸びたところを、巧みにはねあげた。
(かたなはやつかのてからはねとんだ。こうのすけもかたなをなげ、)
刀は八束の手からはね飛んだ。孝之助も刀を投げ、
(やつかにとびかかって、くみふせた。やつかはじゅうじゅつができる。)
八束にとびかかって、組み伏せた。八束は柔術ができる。
(しかも、かなりたっしゃであることを、こうのすけはわすれていた。)
しかも、かなり達者であることを、孝之助は忘れていた。
(ふたりのいちはぎゃくになった。やつかのかたてがこうのすけののどにかかった。)
二人の位置は逆になった。八束の片手が孝之助の喉にかかった。
(かれのあらいいき、じゅうけつしため、はをむきだしたくち、すごいほどゆがんだかおが、)
彼の荒い息、充血した眼、歯を剥きだした口、凄いほど歪んだ顔が、
(うえからのしかかってきた。こうのすけはしめるにまかせた。)
上からのしかかって来た。孝之助は絞めるに任せた。
(めがぼうとなりりょうほうのみみがちでふさがるようにおもった。)
眼がぼうとなり両方の耳が血で塞がるように思った。
(そして、そのせつなにこしをはね、あしでちをけった。)
そして、その刹那に腰をはね、足で地を蹴った。
(しめることにぜんりょくをかけていたやつかは、じゅうしんのきょをつかれてのめった。)
絞めることに全力をかけていた八束は、重心の虚をつかれてのめった。
(こうのすけはうえになり、こぶしをあげてやつかのかおをなぐった。)
孝之助は上になり、拳をあげて八束の顔を殴った。
(が、どうじにうしろから、こうとうぶをはげしくうたれ、)
が、同時にうしろから、後頭部を烈しく打たれ、
(じぶんではつぎのだげきをさけるつもりで、からだをかわそうとしたまま、)
自分では次の打撃を避けるつもりで、躰を躱そうとしたまま、
(いしきをうしなってしまった。)
意識をうしなってしまった。
(あめがふっていた。ずいぶんながいこと、ふりつづいているようでもあり、)
雨が降っていた。ずいぶんながいこと、降り続いているようでもあり、
(いくたびか、やんだりふったりしているようでもあった。)
幾たびか、やんだり降ったりしているようでもあった。
(ひさしをうつあめのおとが、いつもききなれているのとはちがうので、)
庇をうつ雨の音が、いつも聞き慣れているのとは違うので、
(ここはじぶんのいえではない、ときがついてから、)
此処は自分の家ではない、と気がついてから、
(すくなくとも、しごにちはたつようにおもったが、)
少なくとも、四五日は経つように思ったが、
(それは、あたまをつよくうたれたため、はんだんりょくやきおくりょくがくるっていたからで、)
それは、頭を強く打たれたため、判断力や記憶力が狂っていたからで、
(げんじつにいしきをとりもどしたのは、けっとうのひのくれがたであった。)
現実に意識をとり戻したのは、決闘の日の昏れがたであった。
(てつまがそっとはいってきた。)
鉄馬がそっと入って来た。
(ふりむいたこうのすけのめを、しばらくみているようにしてから、)
ふり向いた孝之助の眼を、暫く見ているようにしてから、
(そばへきてすわった。「かおいろがよくなったね、きぶんはどうだ」)
そばへ来て坐った。 「顔色がよくなったね、気分はどうだ」
(「すこしあたまがいたむだけだ」こうのすけはそうこたえながら、)
「少し頭が痛むだけだ」孝之助はそう答えながら、
(ここがかさいのいえであることに、はじめてきづいた。)
此処が笠井の家であることに、初めて気づいた。
(「おれは、ひどくやられているのか」)
「おれは、ひどくやられているのか」
(「かたなきずはひとつもない、うしろからあたまをやられたが、)
「刀傷は一つもない、うしろから頭をやられたが、
(あぶないところでかわして、つばがあたっただけだ、やったおとこも、)
危ないところで躱して、鍔が当っただけだ、やった男も、
(みねうちをくっていて、てもとがたしかではなかったらしいが」)
みね打をくっていて、手もとがたしかではなかったらしいが」
(「そこへきてくれたのか」「もうひとあしというところだった」)
「そこへ来て呉れたのか」 「もうひと足というところだった」