竹柏記 山本周五郎 ⑭

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね2お気に入り登録
プレイ回数1106難易度(4.4) 2547打 長文
不信な男に恋をしている娘に、強引な結婚を申し込むが・・・
不信な男に恋をしている友人の妹を守りたい一心で、心通わずとも求婚をする勘定奉行の主人公。

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問題文

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(こぶんのふたりは、もうどちらも、まんぞくにはたらくことはできないだろう。)

子分の二人は、もうどちらも、満足にはたらくことはできないだろう。

(きやとくがひだりにいた。それをめじりでみて、)

木屋徳が左にいた。それを眼尻で見て、

(こうのすけはまっすぐに、おかむらやつかへかたなをつけた。)

孝之助はまっすぐに、岡村八束へ刀をつけた。

(「こんなげせんなにんげんの」したがねばった、)

「こんな下賤な人間の」舌が粘った、

(「たすけをかりなければ、はたしあいも、できないのか」)

「助けを借りなければ、はたし合も、できないのか」

(やつかはくちびるをゆがめ、はじめてかたなをぬいた。)

八束は唇を歪め、初めて刀を抜いた。

(「げせんとぬかしたな」きやとくがとびかかった。)

「下賤とぬかしたな」木屋徳がとびかかった。

(おどしのやくにしかたたないうでである、かわしざまに、そのわきばらへ、)

威しの役にしか立たない腕である、躱しざまに、その脇腹へ、

(みねうちをくれた。ろっこつでもおれたか、にぶいいやなおとがし、)

みね打を呉れた。肋骨でも折れたか、鈍いいやな音がし、

(がくっとはんみをかがめながら、きやとくはてんとうした。)

がくっと半身をかがめながら、木屋徳は転倒した。

(やつかはあおくなった。こうのすけのかおもあおかったろう、)

八束は蒼くなった。孝之助の顔も蒼かったろう、

(こきゅうはへいせいだとおもうのに、むねがかたくこわばり、のどのおくにはきけをかんじた。)

呼吸は平静だと思うのに、胸が固く硬ばり、喉の奥に吐きけを感じた。

(ぜっきょうしてやつかがふみこんだ。こうのすけはじんそくにまわりこんだ。)

絶叫して八束が踏み込んだ。孝之助は迅速にまわりこんだ。

(やつかはまをつめ、まをつめ、しゅんじもはなさずこうのすけのめを、)

八束は間を詰め、間を詰め、瞬時も離さず孝之助の眼を、

(じぶんのめでつかみながら、じょうだんからうちこみ、)

自分の眼でつかみながら、上段から打ち込み、

(きりかえし、つき、そしてまたうちこんだ。)

斬り返し、突き、そしてまた打ち込んだ。

(そんなたちさばきがあるものではない、まるでじぼうじき、)

そんな太刀捌きがあるものではない、まるで自暴自棄、

(じさつでもしたがっているようにみえた。)

自殺でもしたがっているようにみえた。

(こうのすけはひだりにみぎにさけ、とびのき、かつはずしながら、)

孝之助は左に右に避け、跳び退き、かつ外しながら、

(あいてのかたなののびたところを、たくみにはねあげた。)

相手の刀の伸びたところを、巧みにはねあげた。

など

(かたなはやつかのてからはねとんだ。こうのすけもかたなをなげ、)

刀は八束の手からはね飛んだ。孝之助も刀を投げ、

(やつかにとびかかって、くみふせた。やつかはじゅうじゅつができる。)

八束にとびかかって、組み伏せた。八束は柔術ができる。

(しかも、かなりたっしゃであることを、こうのすけはわすれていた。)

しかも、かなり達者であることを、孝之助は忘れていた。

(ふたりのいちはぎゃくになった。やつかのかたてがこうのすけののどにかかった。)

二人の位置は逆になった。八束の片手が孝之助の喉にかかった。

(かれのあらいいき、じゅうけつしため、はをむきだしたくち、すごいほどゆがんだかおが、)

彼の荒い息、充血した眼、歯を剥きだした口、凄いほど歪んだ顔が、

(うえからのしかかってきた。こうのすけはしめるにまかせた。)

上からのしかかって来た。孝之助は絞めるに任せた。

(めがぼうとなりりょうほうのみみがちでふさがるようにおもった。)

眼がぼうとなり両方の耳が血で塞がるように思った。

(そして、そのせつなにこしをはね、あしでちをけった。)

そして、その刹那に腰をはね、足で地を蹴った。

(しめることにぜんりょくをかけていたやつかは、じゅうしんのきょをつかれてのめった。)

絞めることに全力をかけていた八束は、重心の虚をつかれてのめった。

(こうのすけはうえになり、こぶしをあげてやつかのかおをなぐった。)

孝之助は上になり、拳をあげて八束の顔を殴った。

(が、どうじにうしろから、こうとうぶをはげしくうたれ、)

が、同時にうしろから、後頭部を烈しく打たれ、

(じぶんではつぎのだげきをさけるつもりで、からだをかわそうとしたまま、)

自分では次の打撃を避けるつもりで、躰を躱そうとしたまま、

(いしきをうしなってしまった。)

意識をうしなってしまった。

(あめがふっていた。ずいぶんながいこと、ふりつづいているようでもあり、)

雨が降っていた。ずいぶんながいこと、降り続いているようでもあり、

(いくたびか、やんだりふったりしているようでもあった。)

幾たびか、やんだり降ったりしているようでもあった。

(ひさしをうつあめのおとが、いつもききなれているのとはちがうので、)

庇をうつ雨の音が、いつも聞き慣れているのとは違うので、

(ここはじぶんのいえではない、ときがついてから、)

此処は自分の家ではない、と気がついてから、

(すくなくとも、しごにちはたつようにおもったが、)

少なくとも、四五日は経つように思ったが、

(それは、あたまをつよくうたれたため、はんだんりょくやきおくりょくがくるっていたからで、)

それは、頭を強く打たれたため、判断力や記憶力が狂っていたからで、

(げんじつにいしきをとりもどしたのは、けっとうのひのくれがたであった。)

現実に意識をとり戻したのは、決闘の日の昏れがたであった。

(てつまがそっとはいってきた。)

鉄馬がそっと入って来た。

(ふりむいたこうのすけのめを、しばらくみているようにしてから、)

ふり向いた孝之助の眼を、暫く見ているようにしてから、

(そばへきてすわった。「かおいろがよくなったね、きぶんはどうだ」)

そばへ来て坐った。 「顔色がよくなったね、気分はどうだ」

(「すこしあたまがいたむだけだ」こうのすけはそうこたえながら、)

「少し頭が痛むだけだ」孝之助はそう答えながら、

(ここがかさいのいえであることに、はじめてきづいた。)

此処が笠井の家であることに、初めて気づいた。

(「おれは、ひどくやられているのか」)

「おれは、ひどくやられているのか」

(「かたなきずはひとつもない、うしろからあたまをやられたが、)

「刀傷は一つもない、うしろから頭をやられたが、

(あぶないところでかわして、つばがあたっただけだ、やったおとこも、)

危ないところで躱して、鍔が当っただけだ、やった男も、

(みねうちをくっていて、てもとがたしかではなかったらしいが」)

みね打をくっていて、手もとがたしかではなかったらしいが」

(「そこへきてくれたのか」「もうひとあしというところだった」)

「そこへ来て呉れたのか」 「もうひと足というところだった」

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