竹柏記 山本周五郎 ⑮
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問題文
(てつまのはなしによると、そのそうちょう、かさいのいえへつかいがあって、)
鉄馬の話によると、その早朝、笠井の家へ使いがあって、
(はたしあいのばしょはなかすにへんこうされた。と、いったそうである。)
はたし合の場所は中洲に変更された。と、云ったそうである。
(まだうすぐらいじこくで、たかやすから、とでんごんしただけで、)
まだうす暗い時刻で、高安から、と伝言しただけで、
(てつまにはあわずにたちさった。きいたげぼくも、もんをへだててのことだし、)
鉄馬には会わずにたち去った。聞いた下僕も、門を隔ててのことだし、
(「ないみつに」といわれたままを、てつまにつたえた。)
「内密に」と云われたままを、鉄馬に伝えた。
(なかすというのは、たいうんじがはらとははんたいのほうこうで、)
中洲というのは、大雲寺ヶ原とは反対の方向で、
(じょうかまちからみなみへ、いちりちかくいった、そめいがわのながれのなかにあり、)
城下町から南へ、一里ちかくいった、染井川の流れの中にあり、
(こまつやかんぼくのよくしげった、ほとんどもうしまといったかんじのすであった。)
小松や灌木のよく茂った、殆んどもう島といった感じの洲であった。
(てつまはいちどそこまでゆき、そんなようすのないのをみとめて、)
鉄馬はいちどそこまでゆき、そんなようすのないのを認めて、
(これはあざむかれたとちょっかんした。じこくはせまっている、)
これは欺かれたと直感した。時刻は迫っている、
(まにあわないかもしれない。てつまはそこからはしって、)
まにあわないかもしれない。鉄馬はそこから走って、
(こばやしさぶろうべえというゆうじんのいえをたたき、)
小林三郎兵衛という友人の家を叩き、
(ちょうどきあわせたいしかわないきとさんにん、)
ちょうど来あわせた石川内記と三人、
(うまでたいうんじがはらへのりつけた、ということであった。)
馬で大雲寺ヶ原へ乗りつけた、ということであった。
(「どうしてそんな」こうのすけはまゆをひそめた、)
「どうしてそんな」孝之助は眉をひそめた、
(「こばやしやいしかわなどまでつれてきたんだ」)
「小林や石川などまで伴れて来たんだ」
(「にせのつかいをよこしたりするいじょう、どんなひきょうなまねをするか)
「偽の使いをよこしたりする以上、どんな卑怯なまねをするか
(わからないじゃないか」「そのつかいはやつかがだしたんじゃない、)
わからないじゃないか」「その使いは八束が出したんじゃない、
(かれはおれがひとりできたといって、ほめていたくらいだ、)
彼はおれが一人で来たといって、褒めていたくらいだ、
(それはおそらくきやとくというおとこのしたことだとおもう」)
それはおそらく木屋徳という男のしたことだと思う」
(「おかむらもそんなことをいっていたが、)
「岡村もそんなことを云っていたが、
(そいつはよくしらべてみなければわからないさ」)
そいつはよく調べてみなければわからないさ」
(「しらべてみるって、それはどういうことだ」)
「調べてみるって、それはどういうことだ」
(「わかってるじゃないか」てつまははきだすようにいった、)
「わかってるじゃないか」鉄馬は吐きだすように云った、
(「あれははたしあいじゃない、だましうちだ、しかも、さんにんのならずものまで)
「あれははたし合じゃない、騙し討ちだ、しかも、三人のならず者まで
(かたらっている、これはもうたんなるけっとうではなくいちはんのさむらいの)
かたらっている、これはもう単なる決闘ではなく一藩の士の
(めいよにかんするもんだいだ」「まってくれ、それはいけない」)
名誉に関する問題だ」 「待って呉れ、それはいけない」
(こうのすけはおきようとして、こうとうぶのいたみにひくくうめき、よこになったまま)
孝之助は起きようとして、後頭部の痛みに低く呻き、横になったまま
(てをふった。「やつかはとめたんだ、あのおとこたちがしかけたとき、)
手を振った。「八束は止めたんだ、あの男たちが仕掛けたとき、
(にどかさんど、やめろとさけんだ、それだけはよせとさけんだ、)
二度か三度、やめろと叫んだ、それだけはよせと叫んだ、
(かれはひとりでしょうぶするつもりだったんだ」)
彼は一人で勝負するつもりだったんだ」
(「それならかいぞえはほかにえらぶべきじゃないか」)
「それなら介添はほかに選ぶべきじゃないか」
(「もちろんわけがある、そのはなしはするが、かれのつみをせめるようなことは)
「もちろんわけがある、その話はするが、彼の罪を責めるようなことは
(やめてくれ、それはかれのためだけではない、)
やめて呉れ、それは彼のためだけではない、
(おれのためでもあり、すぎののためでもあるんだ」)
おれのためでもあり、杉乃のためでもあるんだ」
(てつまはびっくりしたようにこうのすけのめをじっとみまもった。)
鉄馬は吃驚したように孝之助の眼をじっと見まもった。
(「りゆうをきこう」「いや、いまはいえない、いえないがしんじてくれ、)
「理由を聞こう」 「いや、今は云えない、云えないが信じて呉れ、
(きょうのけっとうでは、おれもずいぶんくやしいおもいをした、)
今日の決闘では、おれもずいぶん口惜しい思いをした、
(うまれてはじめて、こころのそこからぞうおというものをかんじた、)
生れて初めて、心の底から憎悪というものを感じた、
(しかし、がまんする、とうのおれががまんするんだ、)
しかし、がまんする、当のおれががまんするんだ、
(どうかことをあらだてないでくれ、たのむ」)
どうか事を荒立てないで呉れ、頼む」
(「だが、こばやしやいしかわがみているし、さんにんのならずものたちのこともあるし」)
「だが、小林や石川が見ているし、三人のならず者たちのこともあるし」
(「そこをたのむんだ、どんなほうほうでもいい、とにかくここだけ)
「そこを頼むんだ、どんな方法でもいい、とにかくここだけ
(ぶじにおさめてくれ、さもなければふこうがおおきくなる、)
無事におさめて呉れ、さもなければ不幸が大きくなる、
(ことによるとこのいえにもめいわくをおよぼすことになるんだから」)
ことによるとこの家にも迷惑を及ぼすことになるんだから」
(てつまはなかばあっけにとられ、ややしばらくぎていのかおをながめていた。)
鉄馬はなかばあっけにとられ、やや暫く義弟の顔を眺めていた。
(これはこちょうではないぞ。りちぎのすけといわれるくらいで、)
これは誇張ではないぞ。律義之助といわれるくらいで、
(こうのすけがわけもなくそんなつよいひょうげんをするはずがない。)
孝之助がわけもなくそんな強い表現をする筈がない。
(けっこんしたばかりの、すぎののためでもあるというし、)
結婚したばかりの、杉乃のためでもあるというし、
(かさいけにもめいわくがかかるかもしれないという。)
笠井家にも迷惑が掛るかもしれないという。
(やつかとすぎののかんけいはてつまもしっているので、)
八束と杉乃の関係は鉄馬も知っているので、
(これはこうのすけのいけんにしたがうべきだ、とおもったようすであった。)
これは孝之助の意見に従うべきだ、と思ったようすであった。
(「ではともかく、こばやしといしかわにそうだんをしてみよう」)
「ではともかく、小林と石川に相談をしてみよう」
(「ておくれにならないうちに、はやくたのむ」)
「手後れにならないうちに、早く頼む」
(「それで、たかやすはどうする」てつまはたちかけてふりむいた、)
「それで、高安はどうする」鉄馬は立ちかけてふり向いた、
(「いえのほうへは、きぶんがわるくなったのでここにねていると)
「家のほうへは、気分が悪くなったので此処に寝ていると
(つかいをやっておいたけれど、もうすこしやすんでゆくか」)
使いをやっておいたけれど、もう少し休んでゆくか」
(「そうさせてもらおう、まだすこしあたまがぐらぐらするようだから」)
「そうさせて貰おう、まだ少し頭がぐらぐらするようだから」
(「ではおれはでかけてくる」てつまはでていった。)
「ではおれはでかけて来る」鉄馬は出ていった。
(すっかりくらくなったへやのなかでこうのすけは、)
すっかり暗くなった部屋の中で孝之助は、
(じっとあめのおとをきいていた。)
じっと雨の音を聞いていた。