竹柏記 山本周五郎 ⑯
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問題文
(じゅういちがつげじゅんにちちがしんだ。)
十一月下旬に父が死んだ。
(ごねんこのかたねたまま、ほとんどぜんしんふずいでくちをきくことも)
五年このかた寝たまま、殆んど全身不随で口をきくことも
(できなかったから、ちちのためには、むしろしはすくいだったであろう。)
できなかったから、父のためには、むしろ死は救いだったであろう。
(かけつけてきたおばのせんじゅは、まつごのみずをとりながら、)
かけつけて来た叔母の千寿は、末期の水をとりながら、
(れいのさばさばしたちょうしでいった。)
例のさばさばした調子で云った。
(「にいさんはがんこでごうじょうでわからずやだったけれど、とうとうびょうきには)
「兄さんは頑固で強情でわからずやだったけれど、とうとう病気には
(かてなかったのね、でも、これでさばさばしたでしょう」)
勝てなかったのね、でも、これでさばさばしたでしょう」
(また、ずっとつききりでかんごしていた、めしつかいのあさのも、)
また、ずっと付ききりで看護していた、召使の浅乃も、
(りんじゅうのまくらもとでなきながら、ちいさいこえでこうささやいていた。)
臨終の枕もとで泣きながら、小さい声でこう囁いていた。
(「ながいあいだのごふじゆうを、よくごしんぼうなさいました、)
「ながいあいだの御不自由を、よく御辛抱なさいました、
(これでもうごくろうもおわりでございます、どうぞゆっくり)
これでもう御苦労も終りでございます、どうぞゆっくり
(おやすみあそばしませ」にじゅうねんまえ、ははといっしょに)
おやすみあそばしませ」二十年まえ、母といっしょに
(このたかやすへきてから、よめにもゆかず、ははのなくなったあと、)
この高安へ来てから、嫁にもゆかず、母の亡くなったあと、
(びょうがしたちちのせわをひとりでうけもっていたかのじょには、)
病臥した父の世話をひとりで受持っていた彼女には、
(ちちのためにちちのしを、だれよりもしゅくふくすることのできる)
父のために父の死を、誰よりも祝福することのできる
(たちばだったかもしれない。こうのすけはそのささやきを、すなおにしょうにんした。)
たちばだったかもしれない。孝之助はその囁きを、すなおに承認した。
(「これでわたくしはいっしゅうきまでまいりませんよ」おばはまくらもとで)
「これでわたくしは一周忌までまいりませんよ」叔母は枕もとで
(こういった。「まだぎぜつされたままだし、しぬまでゆるしてくれる)
こう云った。「まだ義絶されたままだし、死ぬまで赦して呉れる
(きもちはなかったでしょう、そうだとすればきにちのほうようにくるのは、)
気持はなかったでしょう、そうだとすれば忌日の法要に来るのは、
(ほとけのいしにもそむくし、しんるいのくちもうるさいでしょうからね」)
仏の意志にもそむくし、親類の口もうるさいでしょうからね」
(「しかしわたしがとうしゅになったのですから、ぎぜつなどということはもう」)
「しかし私が当主になったのですから、義絶などということはもう」
(「そればかりではないの、ほんとうをいうとほうじだの)
「そればかりではないの、本当を云うと法事だの
(ねんきだのという、しんきくさいことがきらいなのよ」おばはあっさりわらった、)
年忌だのという、辛気くさいことが嫌いなのよ」叔母はあっさり笑った、
(「しんでしまったひとのことなんかどうでもいいではないの。)
「死んでしまった人のことなんかどうでもいいではないの。
(それよりいきているもののほうがだいじよ」)
それより生きている者のほうが大事よ」
(こういってこちらをみるおばのめつきに、こうのすけはこんわくしてうつむいた。)
こう云ってこちらを見る叔母の眼つきに、孝之助は困惑して俯向いた。
(そのとき、そこにはふたりだけだった。)
そのとき、そこには二人だけだった。
(せんじゅはおいのようすでさっしたのだろう、ごくひくいこえですばやくといかけた。)
千寿は甥のようすで察したのだろう、ごく低い声ですばやく問いかけた。
(「そのごどうなの、うまくいっていますか」)
「その後どうなの、うまくいっていますか」
(「ええ、まあ、ぽつぽつ・・・」)
「ええ、まあ、ぽつぽつ・・・」
(「なにかおばさまでやくにたつことがあって」)
「なにか叔母さまで役に立つことがあって」
(こうのすけはちからのないわらいをうかべた。「じぶんでこのんでこうしたんですから、)
孝之助は力のない笑いをうかべた。「自分で好んでこうしたんですから、
(まあできるだけ、じぶんでやってみます」)
まあできるだけ、自分でやってみます」
(「ひとりずもうはだめよ」せんじゅはなぞめいためくばせをした、)
「独り相撲はだめよ」千寿は謎めいた眼くばせをした、
(「やさしくいたわったり、だいじにするのもいいけれど、)
「やさしくいたわったり、大事にするのもいいけれど、
(おんなというものは、しんそこではおさえつけてくれるのを)
女というものは、しんそこでは押えつけて呉れるのを
(まっているものなのよ、がっちりと、つよいちからで、)
待っているものなのよ、がっちりと、強い力で、
(あいじょうがどんなにふかくっても、それだけではけっしておんなのこころをつかむことは)
愛情がどんなに深くっても、それだけでは決して女の心をつかむことは
(できやしません。これはおんなのおばさまがねんをおしておきます」)
できやしません。これは女の叔母さまが念を押しておきます」
(しっかりおやりなさいといって、せんじゅはいっしゅそそのかすようにびしょうした。)
しっかりおやりなさいと云って、千寿は一種そそのかすように微笑した。
(はんのしゅうかんとして、おやがしぬとしちじゅうにち、もにふくさなければならない。)
藩の習慣として、親が死ぬと七十日、喪に服さなければならない。
(やくめのとじょうも(じゅうしんそのほかやむをえないようむのあるばあいはべつだが))
役目の登城も(重臣その他やむを得ない用務のあるばあいはべつだが)
(げんそくとしてえんりょするきまりだった。)
原則として遠慮するきまりだった。
(それで、おもてむきには、ちちのしをふつかのあいだひして)
それで、表向には、父の死を二日のあいだ秘して
(やくどころのようをかたづけたのちもをはっぴょうした。)
役所の用を片づけたのち喪を発表した。
(つまのすぎのはすこしまえから、いをわるくし、しょくじがとれないので、)
妻の杉乃は少しまえから、胃を悪くし、食事が摂れないので、
(へやにこもって、ねたりおきたりしていた。)
部屋に籠って、寝たり起きたりしていた。
(りんじゅうのひには、きゅうでもありひとでがたりないため、)
臨終の日には、急でもあり人手が足りないため、
(いっとききゃくのせったいにでたけれども、それがこたえたとみえて、)
いっとき客の接待に出たけれども、それがこたえたとみえて、
(さんじゅうなのかのきにちにもおきてはこられなかった。)
三七日の忌日にも起きてはこられなかった。
(そのかわりといういみだろう、かさいからぎぼのまつえがじょちゅうをつれてきて、)
その代りという意味だろう、笠井から義母の松枝が女中を伴れて来て、
(あさのとともにすっかりようをしてくれたが、あとからきたてつまは)
浅乃と共にすっかり用をして呉れたが、あとから来た鉄馬は
(ひどくおこって、「しようのないやつだ、おかあさんこごとを)
ひどく怒って、「しようのないやつだ、お母さん小言を
(いっておやりなさい、あなたのせきにんですよ」などといきまいた。)
云っておやりなさい、貴女の責任ですよ」などといきまいた。
(ぎぼはあいまいなわらいかたをして、おんなのからだにはおとこにわからないこしょうが)
義母はあいまいな笑い方をして、女の躯には男にわからない故障が
(おこるので、そういちがいにおこってもしようがない、)
起こるので、そういちがいに怒ってもしようがない、
(もしかするとおこるようなことではないのかもしれないから、)
もしかすると怒るようなことではないのかもしれないから、
(そんなふうに、ことばをにごしていった。)
そんなふうに、言葉を濁して云った。
(「おこるようなことでないとはどんなことなんです」)
「怒るようなことでないとはどんなことなんです」
(「てつまさんなどがしらなくともいいことですよ」)
「鉄馬さんなどが知らなくともいいことですよ」
(「へえ、それはつごうよくできてるもんですな」)
「へえ、それは都合よくできてるもんですな」
(てつまはむっとして、なおなにかいいそうであった。)
鉄馬はむっとして、なおなにか云いそうであった。
(こうのすけはくしょうしながら、すでにあつまっているきゃくたちのほうへと、)
孝之助は苦笑しながら、すでに集まっている客たちのほうへと、
(かれをつれていった。)
彼を伴れていった。