竹柏記 山本周五郎 ⑲

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね2お気に入り登録
プレイ回数1219難易度(4.5) 3415打 長文
不信な男に恋をしている娘に、強引な結婚を申し込むが・・・
不信な男に恋をしている友人の妹を守りたい一心で、心通わずとも求婚をする勘定奉行の主人公。

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問題文

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(としがあけて、しょうがつちゅうじゅんに、はんしゅがきこくした。)

年が明けて、正月中旬に、藩主が帰国した。

(いずのかみとしひでといって、せんとのかいのかみとしみつのさんなんにうまれたが、)

伊豆守利秀といって、先殿甲斐守利光の三男に生れたが、

(ふたりのあにがわかくしてしんだため、すでにぶんぽうしていたのを、)

二人の兄が若くして死んだため、すでに分封していたのを、

(もどってかとくをついだのであった。とうじにじゅうはっさい、こだちとやりがとくいで、)

戻って家督を継いだのであった。当時二十八歳、小太刀と槍が得意で、

(えどではそっきんのものがなやまされるといううわさがもっぱらだった。)

江戸では側近の者が悩まされるという噂が専らだった。

(こうのすけはもちゅうだったから、はんしゅがきこくしても、)

孝之助は喪中だったから、藩主が帰国しても、

(なおしばらくはとじょうしなかった。)

なおしばらくは登城しなかった。

(そのあいだに、おもいがけないとりざたをいろいろきいた。)

そのあいだに、思いがけないとり沙汰をいろいろ聞いた。

(としひではぶげいにこるばかりでなく、がくもんにもきょうみをもち、)

利秀は武芸に凝るばかりでなく、学問にも興味をもち、

(えどではせひょうのたかいがくしゃをふちして、かなりべんきょうしたそうである。)

江戸では世評の高い学者を扶持して、かなり勉強したそうである。

(だが、こまったことにあたまがあまりよくなかった、)

だが、困ったことに頭があまりよくなかった、

(もちろんぐまいというものではない、いっそぐまいであるほうがよい、)

もちろん愚昧というものではない、いっそ愚昧であるほうがよい、

(というしゅるいの、したがっていちはんのしゅくんとしては、)

という種類の、したがって一藩の主君としては、

(もっともこのましからぬせいかくのようであった。)

もっとも好ましからぬ性格のようであった。

(かれのきこくはこれでにどめである。)

彼の帰国はこれで二度めである。

(このまえははじめてのせいか、しょぎょうことなかれというたいどであったが、)

このまえは初めてのせいか、諸業事なかれという態度であったが、

(こんどはとうちゃくするそうそう、せっちゅうこうぐんとか、ごぜんじあいとか、がくもんぎんみ)

こんどは到着する早々、雪中行軍とか、御前試合とか、学問吟味

(などというはんしののうりょくをためすようなことをつぎつぎともよおした。)

などという藩士の能力を試すようなことを次つぎと催した。

(そのうえ、(そのけっかというべきか)せいじほうめんのかいぜんについて、)

そのうえ、(その結果というべきか)政治方面の改善について、

(ふれいをだし、しょしゅのやくめのせしゅうせいをはいして、じんざいとようのみちをひらいた。)

布令を出し、諸種の役目の世襲制を廃して、人材登用の途をひらいた。

など

(そしてどうじに、みずからにさんのやくのにんめんをおこなった。)

そして同時に、自ら二三の役の任免を行なった。

(とうじ、あるしゅのやくめがせしゅうせいであったのはじじつだが、)

当時、或る種の役目が世襲制であったのは事実だが、

(それはざいらいのひょうかがひなんするほど、げんじつをむしするものではなかった。)

それは在来の評家が非難するほど、現実を無視するものではなかった。

(いくらほうけんじだいだからといって、そののうりょくのないにんげんにせいじをまかせるほど、)

いくら封建時代だからといって、その能力のない人間に政治を任せるほど、

(ぶけけいざいがゆたかだったわけではない。)

武家経済が豊かだったわけではない。

(ひつようなぶしょにはひつようなじんざいをすえる、あるめんではげんだいよりもはるかに)

必要な部署には必要な人材を据える、或る面では現代よりもはるかに

(ゆうづうをきかせたれいがすくなくなかった。)

融通をきかせた例が少なくなかった。

(としひでのかいぜんさくは、そのないようよりもけいしきにがんもくがあったらしい。)

利秀の改善策は、その内容よりも形式に眼目があったらしい。

(つまりひつようであるかないかより、しゅうかんをだはするところに)

つまり必要であるかないかより、習慣を打破するところに

(いぎをみとめたようである。こうのすけにかんけいするてんでは、)

意義を認めたようである。孝之助に関係する点では、

(げんかんじょうぶぎょうのひろまつたいぜんがめんぜられて、いだじゅうえもんがにんめいされた。)

現勘定奉行の広松大膳が免ぜられて、依田重右衛門が任命された。

(かれはごこくじゅうににんぶちのあしがるくみがしらで、やせんそうれんにちょうじていたが、)

彼は五石十二人扶持の足軽組頭で、野戦操練に長じていたが、

(このばってきにはへいこうしたものだろう、ひろまつぜんぶぎょうをたずねて、じぶんはじむは)

この抜擢には閉口したものだろう、広松前奉行を訪ねて、自分は事務は

(だめである、ぶんしょなどはすこしながくみているだけで)

だめである、文書などは少しながく見ているだけで

(きがとおくなってしまう、ばんやむをえないのでなだけはおうけするが、)

気が遠くなってしまう、万やむを得ないので名だけはお受けするが、

(じつむはじゅうらいどおりあなたがやってもらいたい、さもなければ、せっぷくするより)

実務は従来どおり貴方がやって貰いたい、さもなければ、切腹するより

(しかたがない。こういっておとこなみだにくれたそうである。)

しかたがない。こう云って男涙にくれたそうである。

(しんせいによると、にんきはごねんだが、これでこうのすけのしゅうにんは、)

新制によると、任期は五年だが、これで孝之助の就任は、

(だいたいむきえんきになったといってよかろう。)

だいたい無期延期になったといってよかろう。

(かくべつかんじょうぶぎょうがのぞみではなかったけれども、かていのじじょうが)

かくべつ勘定奉行が望みではなかったけれども、家庭の事情が

(そんなふうなときだっただけに、そうとうまいったきもちにさせられた。)

そんなふうなときだっただけに、相当まいった気持にさせられた。

(にがつにはいってまもなくもがあけた。いえがらがめみえのじょういにぞくするので、)

二月にはいってまもなく喪があけた。家柄がめみえの上位に属するので、

(そのすじへとどけでたうえ、はんしゅのまえへあいさつにでた。)

その筋へ届け出たうえ、藩主の前へ挨拶に出た。

(としひではいろのくろい、こがらなきんにくしつのからだで、くちがおおきくめがするどかった。)

利秀は色の黒い、小柄な筋肉質の躯で、口が大きく眼が鋭かった。

(かしんにたいするとき、そのめでまばたきせずあいてをみつめ、)

家臣に対するとき、その眼で瞬きせず相手を見つめ、

(ひとことごとに「いいか」「いいか」というくせがある、)

ひと言ごとに「いいか」「いいか」と云う癖がある、

(ちょっとみるとだだっこがいんごうじじいになったといういんしょうであった。)

ちょっとみるとだだっ子が因業爺になったという印象であった。

(「おまえうまにのるか」こうのすけのあいさつがすむと、としひではせっかちに)

「おまえ馬に乗るか」孝之助の挨拶が済むと、利秀はせっかちに

(そうきいた。「のるか」というしつもんは、そのじゅつにちょうじているか、)

そう訊いた。「乗るか」という質問は、その術に長じているか、

(といういみである。したがってこうのすけは、ぶちょうほうでございますとこたえた。)

という意味である。したがって孝之助は、不調法でございますと答えた。

(「それはふこころえではないか」としひではよくかんがえもせずにおこった。)

「それは不心得ではないか」利秀はよく考えもせずに怒った。

(「たとえおやのだいからのぶんかんにもせよ、ぶしたるものがじょうばできぬ)

「たとえ親の代からの文官にもせよ、武士たる者が乗馬できぬ

(というほうはない、きゅうにえんぽうへししゃにたつときなどはどうするか」)

という法はない、急に遠方へ使者に立つときなどはどうするか」

(「おそれながら、おししゃをつとめるくらいでございましたら」)

「おそれながら、お使者を勤めるくらいでございましたら」

(「いやししゃではない、ししゃはししゃ、いいか、えんぽうへだいしきゅうでいってくる)

「いや使者ではない、使者は使者、いいか、遠方へ大至急で往って来る

(ししゃ、そうしたばあいには、ぽくぽくあるいてゆくわけにはまいらん、)

使者、そうしたばあいには、ぽくぽく歩いてゆくわけにはまいらん、

(どうしたってうまでゆくのがじょうしきであろう」)

どうしたって馬でゆくのが常識であろう」

(「おそれいります、そのくらいでございましたらのります」)

「おそれいります、そのくらいでございましたら乗ります」

(としひではひょうしぬけのしたかおをした。)

利秀は拍子ぬけのした顔をした。

(「それではごんげんざわまでとおがけをする、ともをいたせ」)

「それでは権現沢まで遠駆けをする、供を致せ」

(こういってせいきゅうにたった。)

こう云って性急に立った。

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