竹柏記 山本周五郎 ㉘

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プレイ回数1194難易度(4.4) 2988打 長文
不信な男に恋をしている娘に、強引な結婚を申し込むが・・・
不信な男に恋をしている友人の妹を守りたい一心で、心通わずとも求婚をする勘定奉行の主人公。

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問題文

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(それはそのとしのごがつからけんちくにかかり、)

それはその年の五月から建築にかかり、

(はちがつのげじゅんにできあがったものである。)

八月の下旬に出来あがったものである。

(しきちはさんびゃくつぼばかりだし、たてものもさしておおきくはなかった。)

敷地は三百坪ばかりだし、建物もさして大きくはなかった。

(しかしようざいやせつびはひどくこった、ぜいたくなものだといわれている。)

しかし用材や設備はひどく凝った、贅沢なものだといわれている。

(にわにもじゅせきをずいぶんいれ、かぐなどもおもいきって)

庭にも樹石をずいぶん入れ、家具なども思いきって

(こうかなしながおおい、ということであった。)

高価な品が多い、ということであった。

(こうのすけのみみには、もういぜんからそういうひょうがはいっていた。)

孝之助の耳には、もう以前からそういう評がはいっていた。

(すぎのはきいたことがあるかどうか、つよいめつきでやしきのほうを)

杉乃は聞いたことがあるかどうか、強い眼つきで屋敷のほうを

(みまもったが、すぐに(おっとのほうはみずに)うなずいた。)

見まもったが、すぐに(良人のほうは見ずに)頷いた。

(「よろしゅうございます、まいりましょう」)

「よろしゅうございます、まいりましょう」

(こうのすけはほっとして、あるきだした。)

孝之助はほっとして、歩きだした。

(げんかんのしきだいには、うめばちのかもんをうったまくがはってあり、)

玄関の式台には、梅鉢の家紋を打った幕が張ってあり、

(さゆうにかしがつめていた。すでにきゃくがきはじめるじこくで、)

左右に家士が詰めていた。すでに客が来はじめる時刻で、

(ひかえのまにとおるともうごろくにんのせんきゃくがざつだんしていた。)

控えの間に通るともう五六人の先客が雑談していた。

(こうのすけはつまといっしょなので、そこへはいるわけにはいかなかった。)

孝之助は妻といっしょなので、そこへ入るわけにはいかなかった。

(といって、べつまへあんないしてくれるようすもない。)

といって、別間へ案内して呉れるようすもない。

(とうわくしたかれは、みかけたかしをよびとめ、)

当惑した彼は、見かけた家士を呼び止め、

(つまがしたくをなおしたいのだがへやはどこか、ときいた。)

妻が支度を直したいのだが部屋はどこか、と訊いた。

(たかやすこうのすけとなをいって、にどもきいたのであるが、)

高安孝之助と名をいって、二度も訊いたのであるが、

(「どうぞこちらで、どうぞ」こういってひかえのまを)

「どうぞこちらで、どうぞ」こう云って控えの間を

など

(しめすばかりだった。かまわずそこへはいろうかとおもった。)

示すばかりだった。構わずそこへ入ろうかと思った。

(だがすぎのはしたくをなおし、かがみをみるひつようがある。)

だが杉乃は支度を直し、鏡を見る必要がある。

(なんのよういもなく、おとこたちのいるへやではどうにもならなかった。)

なんの用意もなく、男たちのいる部屋ではどうにもならなかった。

(こうのすけははらをきめて、ろうかをおくのほうへゆき、)

孝之助は肚をきめて、廊下を奥のほうへゆき、

(あいているへやをみつけてすぎのとともにはいった。)

空いている部屋をみつけて杉乃と共に入った。

(「はじめてきゃくをするので、てじゅんがうまくいかないらしいな、)

「初めて客をするので、手順がうまくいかないらしいな、

(わたしがみているからここでおやり、かがみをかりてこようか」)

私が見ているから此処でおやり、鏡を借りて来ようか」

(「いいえ、もう・・・」すぎのはくびをふりながら、おびへてをやった。)

「いいえ、もう・・・」杉乃は首を振りながら、帯へ手をやった。

(こうのすけははんぶんあけたしょうじのところに、)

孝之助は半分あけた障子のところに、

(つまのすがたをかくすようなかたちでたった。)

妻の姿を隠すようなかたちで立った。

(ちょうどそのとき、まるではかってでもいたように、)

ちょうどそのとき、まるで計ってでもいたように、

(わかいじじょをつれ、きらびやかにきかざったふじんが、)

若い侍女を伴れ、きらびやかに着飾った婦人が、

(おくのほうからでてきて、こうのすけのまえでたちどまった。)

奥のほうから出て来て、孝之助の前で立停った。

(あいぎはこうばいじにひゃっかをいろとりどりにそめたものだし、)

間着は紅梅地に百花を色とりどりに染めたものだし、

(うちかけはりんずらしいしろじにとうせんときっかぢらしで、きんしのぬいがあるおびは)

打掛は綸子らしい白地に唐扇と菊花ぢらしで、金糸の縫がある帯は

(ききょういろのじにからくさとちょう、これにもきんしのぬいがはいっていた。)

桔梗色の地に唐草と蝶、これにも金糸の縫が入っていた。

(かみかざりも、こいけしょうも、きつけにおとらずはでだったが、)

髪飾りも、濃い化粧も、着付けに劣らず派手だったが、

(かのじょのようぼうやたいどは、これにきわだててごうしゃないんしょうをあたえていた。)

彼女の容貌や態度は、これに際立てて豪奢な印象を与えていた。

(としはにじゅうしちはちであろう、びぼうというのではないが、)

年は二十七八であろう、美貌というのではないが、

(めはなだちがおおぶりで、ひょうじょうにとんでいるし、)

眼鼻だちが大ぶりで、表情に富んでいるし、

(ややきょうまんな、よくようのつよいこえなどにかろうのむすめという、)

やや驕慢な、抑揚の強い声などに家老の娘という、

(そだちのよさよりも、ほうしになれたぶえんりょなかんじがめだった。)

育ちの良さよりも、放恣に馴れた無遠慮な感じが眼立った。

(なにものだろう。こうおもっていると、むこうでふしんそうにこちらをみた。)

なに者だろう。こう思っていると、向うで不審そうにこちらを見た。

(そこでこうのすけはじぶんのなをつげ、じじょうをかんたんにのべた。)

そこで孝之助は自分の名を告げ、事情を簡単に述べた。

(「おや、そうでございますか、それはようこそ」)

「おや、そうでございますか、それはようこそ」

(かのじょはなめらかにいった、「わたくしおかむらのつまでございますの、)

彼女はなめらかに云った、「わたくし岡村の妻でございますの、

(びっくりなさいますでしょう」うえからみるようなめつきである。)

吃驚なさいますでしょう」上から見るような眼つきである。

(つまときいて、こうのすけはむろんおどろいた。)

妻と聞いて、孝之助はむろん驚いた。

(かのじょはさもあろうというひょうじょうをし、いかにもよなれたちょうしで)

彼女はさもあろうという表情をし、いかにも世馴れた調子で

(いたずらっぽくひみつめかしていった。)

いたずらっぽく秘密めかして云った。

(「いちどくにもとをみたかったんですの、それでおかむらにねだりましてね、)

「いちど国許を見たかったんですの、それで岡村にねだりましてね、

(なかなかうんといわなかったんですけど、とうとうときふせまして、)

なかなかうんと云わなかったんですけど、とうとう説き伏せまして、

(おとこすがたになってまいりましたの、ええずっとおとこのかっこうでとおしましたわ」)

男姿になってまいりましたの、ええずっと男の恰好でとおしましたわ」

(こちらのこまっているじじょうなどは、ききもしなかったというふうであった。)

こちらの困っている事情などは、聞きもしなかったというふうであった。

(そして、じぶんのいうことだけいうと、もくれいをしてさっていった。)

そして、自分の云うことだけ云うと、目礼をして去っていった。

(これはいったいどういうわけだ。こうのすけはいらだってきた。)

これはいったいどういうわけだ。孝之助は苛立ってきた。

(つまにすまない、このいえへきただけでも、すぎのにはつらいことだろう。)

妻に済まない、この家へ来ただけでも、杉乃には辛いことだろう。

(そのうえこんなあつかいをうけたのでは、おそらくたえがたいにちがいない。)

そのうえこんな扱いを受けたのでは、おそらく耐え難いにちがいない。

(どんなにおこっていることか、そうおもってほとんどとほうにくれた。)

どんなに怒っていることか、そう思って殆んど途方にくれた。

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