セメント樽の中の手紙 葉山嘉樹

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プレイ回数1932難易度(4.5) 5423打 長文
【建築現場で働く松戸与三はセメント樽の中の木箱に気が付く】
・才/さい:容積の単位。勺(しゃく)の十分の一。一才は約一・八ミリリットル。
・腹掛け/はらがけ:胸当て付きの短いエプロンのような衣服。腹部には「どんぶり」と呼ばれる大きなポケットが付いており、腹掛けそのものをどんぶりと呼ぶこともある。
・気象/きしょう:「気性」に同じ。
・経帷布/きょうかたびら:仏式の葬儀で死者に着せる白い衣。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 城野大貴 4080 C 4.2 95.5% 1269.3 5432 253 90 2024/02/27

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問題文

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(まつどよぞうはせめんとあけをやっていた。)

松戸与三はセメントあけをやっていた。

(そとのぶぶんはたいしてめだたなかったけれど、あたまのけと、はなのしたは、)

外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、

(せめんとではいいろにおおわれていた。かれははなのあなにゆびをつっこんで、)

セメントで灰色におおわれていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、

(てっきんこんくりーとのように、はなげをしゃちこばらせている、こんくりーとを)

鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを

(とりたかったのだがいっぷんかんにじゅっさいずつはきだす、こんくりーとみきさーに、)

とりたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、

(まにあわせるためには、とてもゆびをはなのあなにもっていくまはなかった。)

間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。

(かれははなのあなをきにしながらとうとうじゅういちじかん、そのあいだにひるめしとさんじやすみと)

彼は鼻の穴を気にしながらとうとう十一時間、その間に昼飯と三時休みと

(にどだけやすみがあったんだが、ひるのときははらのすいてるために、)

二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空いてるために、

(もひとつはみきさーをそうじしていてひまがなかったため、とうとうはなにまで)

も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、とうとう鼻にまで

(てがとどかなかったーーのあいだ、はなをそうじしなかった。)

手が届かなかったーーの間、鼻を掃除しなかった。

(かれのはなはせっこうざいくのはなのようにこうかしたようだった。)

彼の鼻は石膏細工の鼻のように硬化したようだった。

(かれがしまいじぶんに、へとへとになったてでうつした、せめんとのたるから)

彼が仕舞時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽から

(ちいさなきのはこがでた。「なんだろう?」とかれはちょっとふしんにおもったが、)

小さな木の箱が出た。「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、

(そんなものにかまっていられなかった。かれはしゃヴるで、せめんとますに)

そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメント桝に

(せめんとをはかりこんだ。そしてますからふねへせめんとをあけると)

セメントを量り込んだ。そして桝から舟へセメントを空けると

(またすぐそのたるをあけにかかった。)

又すぐその樽を空けにかかった。

(「だがまてよ。せめんとだるからはこがでるってほうはねえぞ」)

「だが待てよ。セメント樽から箱が出るって法はねえぞ」

(かれはこばこをひろって、はらかけのどんぶりのなかへほうりこんだ。はこはかるかった。)

彼は小箱を拾って、腹かけの丼の中へほうり込んだ。箱は軽かった。

(「かるいところをみると、かねもはいっていねえようだな」)

「軽い処を見ると、金も入っていねえようだな」

(かれは、かんがえるまもなくつぎのたるをあけ、つぎのますをはからねばならなかった。)

彼は、考える間もなく次の樽を空け、次の桝を量らねばならなかった。

など

(みきさーはやがてからまわりをはじめた。こんくりがすんでしゅうぎょうじかんになった。)

ミキサーはやがて空廻りを始めた。コンクリがすんで終業時間になった。

(かれは、みきさーにひいてあるごむほーすのみずで、ひとまずかおやてをあらった。)

彼は、ミキサーに引いてあるゴムホースの水で、ひとまず顔や手を洗った。

(そしてべんとうばこをくびにまきつけて、いっぱいのんでくうことをせんもんにかんがえながら、)

そして弁当箱を首に巻きつけて、一杯飲んで食うことを専門に考えながら、

(かれのながやへかえっていった。はつでんしょははちぶどおりできあがっていた。)

彼の長屋へ帰って行った。発電所は八分通り出来上っていた。

(ゆうやみにそびえるえなさんはまっしろにゆきをかぶっていた。)

夕暗にそびえる恵那山は真っ白に雪を被っていた。

(あせばんだからだは、きゅうにこごえるようにつめたさをかんじはじめた。)

汗ばんだ体は、急に凍えるように冷たさを感じ始めた。

(かれのとおるあしもとではきそがわのみずがしろくあわをかんで、ほえていた。)

彼の通る足もとでは木曾川の水が白く泡を噛んで、吠えていた。

(「ちぇっ!やりきれねえなあ、かかあはまたはらをふくらかしやがったし、・・・」)

「チェッ!やり切れねえなあ、かかあは又腹をふくらかしやがったし、・・・」

(かれはうようよしているこどものことや、またこのさむさをめがけてうまれるこどもの)

彼はウヨウヨしている子供のことや、又この寒さを目がけて産まれる子供の

(ことや、めちゃくちゃにうむかかあのことをかんがえると、まったくがっかりしてしまった。)

ことや、滅茶苦茶に産むかかあの事を考えると、全くがっかりしてしまった。

(「いちえんきゅうじゅっせんのにっとうのなかから、ひに、ごじゅっせんのこめをにしょうくわれて、)

「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、

(きゅうじゅっせんできたり、すんだり、べらぼうめ!どうしてのめるんだい!」)

九十銭で着たり、住んだり、べらぼうめ! どうして飲めるんだい!」

(が、ふとかれはどんぶりのなかにあるこばこのことをおもいだした。)

が、フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出した。

(かれははこについてるせめんとを、ずぼんのしりでこすった。)

彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。

(はこにはなにもかいてなかった。そのくせ、がんじょうにくぎづけしてあった。)

箱には何にも書いてなかった。そのくせ、頑丈に釘づけしてあった。

(「おもわせぶりしやがらあ、くぎづけなんぞにしやがって」)

「思わせ振りしやがらあ、釘づけなんぞにしやがって」

(かれはいしのうえへはこをぶっつけた。が、こわれなかったので、)

彼は石の上へ箱をぶっ付けた。が、壊われなかったので、

(このよのなかでもふみつぶすきになって、やけにふみつけた。)

此の世の中でも踏みつぶす気になって、やけに踏みつけた。

(かれがひろったこばこのなかからは、ぼろにつつんだかみきれがでた。)

彼が拾った小箱の中からは、ボロに包んだ紙切れが出た。

(それにはこうかいてあった。)

それにはこう書いてあった。

(わたしはえぬせめんとがいしゃの、せめんとぶくろをぬうじょこうです。)

私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。

(わたしのこいびとははさいきへいしをいれることをしごとにしていました。)

私の恋人は破砕器へ石を入れることを仕事にしていました。

(そしてじゅうがつのなのかのあさ、おおきないしをいれるときに、)

そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、

(そのいしといっしょに、ふんさいきのなかへはまりました。)

その石と一緒に、粉砕器の中へはまりました。

(なかまのひとたちは、たすけだそうとしましたけれど、)

仲間の人たちは、助け出そうとしましたけれど、

(みずのなかへおぼれるように、いしのしたへわたしのこいびとはしずんでいきました。)

水の中へ溺れるように、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。

(そして、いしとこいびとのからだとはくだけあって、あかいこまかいいしになって、)

そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細かい石になって、

(べるとのうえへおちました。べるとはふんさいとうへはいっていきました。)

ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒へ入って行きました。

(そこでこうてつのだんがんといっしょになって、こまかくこまかく、はげしいおとにのろいのこえを)

そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細かく細かく、はげしい音に呪いの声を

(さけびながら、くだかれました。そうしてやかれて、りっぱにせめんととなりました。)

叫びながら、砕かれました。そうして焼かれて、立派にセメントとなりました。

(ほねも、にくも、たましいも、こなごなになりました。)

骨も、肉も、魂も、粉々になりました。

(わたしのこいびとのいっさいはせめんとになってしまいました。のこったものはこのしごとぎの)

私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕事着の

(ぼろばかりです。わたしはこいびとをいれるふくろをぬっています。)

ボロばかりです。私は恋人を入れる袋を縫っています。

(わたしのこいびとはせめんとになりました。わたしはそのつぎのひ、このてがみをかいて)

私の恋人はセメントになりました。私はその次の日、この手紙を書いて

(このたるのなかへ、そうとしまいこみました。あなたはろうどうしゃですか、)

この樽の中へ、そうと仕舞い込みました。あなたは労働者ですか、

(あなたがろうどうしゃだったら、わたしをかわいそうだとおもって、おへんじください。)

あなたが労働者だったら、私を可哀相だと思って、お返事下さい。

(このたるのなかのせめんとはなににつかわれましたでしょうか、)

この樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、

(わたしはそれがしりとうございます。)

私はそれが知りとう御座います。

(わたしのこいびとはいくたるのせめんとになったでしょうか、)

私の恋人は幾樽のセメントになったでしょうか、

(そしてどんなにほうぼうへつかわれるのでしょうか。あなたはさかんやさんですか、)

そしてどんなに方々へ使われるのでしょうか。あなたは左官屋さんですか、

(それともけんちくやさんですか。わたしはわたしのこいびとが、げきじょうのろうかになったり、)

それとも建築屋さんですか。私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、

(おおきなていたくのへいになったりするのをみるにしのびません。)

大きな邸宅の塀になったりするのを見るに忍びません。

(ですけれどそれをどうしてわたしにとめることができましょう!)

ですけれどそれをどうして私に止めることができましょう!

(あなたが、もしろうどうしゃだったら、このせめんとを、そんなところにつかわないでください。)

あなたが、もし労働者だったら、此セメントを、そんな処に使わないで下さい。

(いいえ、ようございます、どんなところにでもつかってください。)

いいえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。

(わたしのこいびとは、どんなところにうめられても、そのところどころによってきっと)

私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によってきっと

(いいことをします。かまいませんわ、あのひとはきしょうのしっかりしたひとですから、)

いい事をします。構いませんわ、あの人は気象のしっかりした人ですから、

(きっとそれそうとうなはたらきをしますわ。)

きっとそれ相当な働きをしますわ。

(あのひとはやさしい、いいひとでしたわ。そしてしっかりしたおとこらしいひとでしたわ。)

あの人は優しい、いい人でしたわ。そしてしっかりした男らしい人でしたわ。

(まだわこうございました。にじゅうろくになったばかりでした。)

まだ若うございました。二十六になったばかりでした。

(あのひとはどんなにわたしをかわいがってくれたかしれませんでした。)

あの人はどんなに私を可愛がってくれたか知れませんでした。

(それだのに、わたしはあのひとにきょうかたびらをきせるかわりに、)

それだのに、私はあの人に経帷布を着せる代りに、

(せめんとぶくろをきせているのですわ!)

セメント袋を着せているのですわ!

(あのひとはかんにはいらないでかいてんがまのなかへはいってしまいましたわ。)

あの人は棺に入らないで回転窯の中へ入ってしまいましたわ。

(わたしはどうして、あのひとをおくっていきましょう。)

私はどうして、あの人を送って行きましょう。

(あのひとはにしへもひがしへも、とおくにもちかくにもほうむられているのですもの。)

あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬られているのですもの。

(あなたが、もしろうどうしゃだったら、わたしにおへんじくださいね。)

あなたが、もし労働者だったら、私にお返事下さいね。

(そのかわり、わたしのこいびとのきていたしごとぎのきれを、あなたにあげます。)

その代り、私の恋人の着ていた仕事着のきれを、あなたに上げます。

(このてがみをつつんであるのがそうなのですよ。)

この手紙を包んであるのがそうなのですよ。

(このきれにはいしのこなと、あのひとのあせとがしみこんでいるのですよ。)

このきれには石の粉と、あの人の汗とがしみ込んでいるのですよ。

(あのひとが、このきれのしごとぎで、どんなにかたくわたしをだいてくれたことでしょう。)

あの人が、このきれの仕事着で、どんなに固く私を抱いてくれたことでしょう。

(おねがいですからね。このせめんとをつかったつきひと、それからくわしいところがきと、)

お願いですからね。このセメントを使った月日と、それからくわしい所書と、

(どんなばしょへつかったかと、それにあなたのおなまえも、ごめいわくでなかったら、)

どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、

(ぜひぜひおしらせくださいね。あなたもごようじんなさいませ。さようなら。)

是非々々お知らせ下さいね。あなたも御用心なさいませ。さようなら。

(まつどよぞうは、わきかえるような、こどもたちのさわぎをみのまわりにおぼえた。)

松戸与三は、湧きかえるような、子供たちの騒ぎを身の廻りに覚えた。

(かれはてがみのおわりにあるじゅうしょとなまえをみながら、ちゃわんについであったさけを)

彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒を

(ぐっとひといきにあおった。「へべれけによっぱらいてえなあ。そうしてなにもかも)

ぐっと一息にあおった。「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも

(ぶちこわしてみてえなあ」とどなった。)

ぶち壊して見てえなあ」と怒鳴った。

(「へべれけになってあばれられてたまるもんですか、こどもたちをどうします」)

「へべれけになって暴れられてたまるもんですか、子供たちをどうします」

(さいくんがそういった。かれは、さいくんのおおきなはらのなかにしちにんめのこどもをみた。)

細君がそう云った。彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。

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