寒橋 山本周五郎 ①

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プレイ回数1554難易度(4.5) 3679打 長文
職人の時三と妻のお孝。娘夫婦に対する父親伊兵衛の気遣いとは。
裏店/うらだな:裏通りや、商家の背後の地所に建てられた家。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kanta 5210 B+ 5.4 96.0% 670.7 3646 151 69 2024/03/04

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問題文

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(おこうはときどきじぶんがはずかしくなる。)

お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。

(かがみにむかっているときなどとくにそうだ。)

鏡に向っているときなど特にそうだ。

(「まあいやだ、いやあねえ」ひとりでそんなことをつぶやいて、)

「まあいやだ、いやあねえ」 独りでそんなことを呟いて、

(ひとりであかくなって、かがみにうつっているじぶんのかおを、)

独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、

(いっしゅのそそられるようなきもちで、こくめいにながめまわす。)

一種のそそられるような気持で、こくめいに眺めまわす。

(ぜんぱんてきにみて、いやなことばだけれども、あぶらがのってきている。)

全般的に見て、いやな言葉だけれども、あぶらがのってきている。

(ひふがすけるようなぐあいで、なにかのはなびらのように)

皮膚が透けるようなぐあいで、なにかの花びらのように

(やわらかくしっとりとしめっていて、なでるとゆびへすいつくようなかんじである。)

柔らかくしっとりと湿っていて、撫でると指へ吸いつくような感じである。

(あるきぶんとしてはめをそらしたい。おっとというものをもって)

或る気分としては眼をそらしたい。良人というものをもって

(はんとしあまりになるが、そのあいだにじぶんのからだにあらわれたへんかは、)

半年あまりになるが、そのあいだに自分の躯にあらわれた変化は、

(これにはじぶんとしてもてれて、ほおのあつくなることがしばしばあった。)

これには自分としてもてれて、頬の熱くなることがしばしばあった。

(いやあねえ。こうおもうのはそのままのじっかんである。)

いやあねえ。こう思うのはそのままの実感である。

(むなぢのたっぷりしたおもさ、こしまわりのいっぱいなきんちょうかん、)

胸乳のたっぷりした重さ、腰まわりのいっぱいな緊張感、

(いたいほどはったふともも。そのくせどうはほそくしまって、てあしもせんたんにゆくほど)

痛いほど張った太腿。そのくせ胴は細く緊って、手足も先端にゆくほど

(すんなりとほそい。そのあぶらののってこえたぶぶんと、)

すんなりと細い。そのあぶらの乗って肥えた部分と、

(はんたいにほそくしまったぶぶんとのたいひが、むすめじだいとはあきらかにちがったもので、)

反対に細く緊った部分との対比が、娘時代とはあきらかに違ったもので、

(ついほおがあつくなり、めをそらしたくなるが、じっさいはむねがどきどきし、)

つい頬が熱くなり、眼をそらしたくなるが、じっさいは胸がどきどきし、

(そそられるようなふしぎなきもちで、いつまでもながめあかないのであった。)

そそられるようなふしぎな気持で、いつまでも眺め飽かないのであった。

(「ふしぎだわ、おんなのからだって、どうしてかしら、ほんとにいやだわ」)

「ふしぎだわ、女の躯って、どうしてかしら、ほんとにいやだわ」

(いやだといいながら、しかもいっぽうでは、いくらながめても)

いやだと云いながら、しかも一方では、いくら眺めても

など

(ながめあきないのである。「なにをしているんだ、またそんなかっこうで、)

眺め飽きないのである。「なにをしているんだ、またそんな恰好で、

(はだをいれたらどうだ、かぜをひくじゃないか」)

肌をいれたらどうだ、風邪をひくじゃないか」

(ちちおやにしかられて、はっとして、そのくせじぶんでもわざとらしいほど)

父親に叱られて、はっとして、そのくせ自分でもわざとらしいほど

(おちついたすましようで、ゆっくりときもののそでへてをいれる。)

おちついたすましようで、ゆっくりと着物の袖へ手を入れる。

(まいまいのことだがこれもじつははずかしい。)

毎々のことだがこれもじつは恥ずかしい。

(ははおやがはやくなくなったせいだろう、まえにはちちおやのほうできにして、)

母親がはやく亡くなったせいだろう、まえには父親のほうで気にして、

(かみゆいにゆけとか、おしろいのはきかたがぞんざいだとかよくいわれたものだ。)

髪結いにゆけとか、白粉の刷きかたがぞんざいだとかよく云われたものだ。

(ははおやがいないとむすめはじじむさくなるって、せけんですぐにいわれるんだから、)

母親がいないと娘はじじむさくなるって、世間ですぐに云われるんだから、

(いっそおしろいをつけないならつけない、つけるならむすめらしく)

いっそ白粉をつけないならつけない、つけるなら娘らしく

(ちゃんとつけるがいい。きょうはこれでいいのよ、きょうはおしろいの)

ちゃんとつけるがいい。今日はこれでいいのよ、今日は白粉の

(のりがわるいんだものそれにてんきがこんなでくさくさしているのよ、)

のりが悪いんだものそれに天気がこんなでくさくさしているのよ、

(こんな、おしろいなんかどっちでもいいわ。)

こんな、白粉なんかどっちでもいいわ。

(それじゃあすまないんだ、おんなのかみけしょうというものは)

それじゃあ済まないんだ、女の髪化粧というものは

(よのなかのかざりといってもいいくらいで、うすぎたないすえたようなうらだなでも、)

世の中の飾りといってもいいくらいで、うす汚ないすえたような裏店でも、

(きれいにかみけしょうをしたおんながとおればめのたのしみになる、)

きれいに髪化粧をした女がとおれば眼のたのしみになる、

(いっときそのすえたようなうらだながはなやいでみえる、)

いっときそのすえたような裏店が華やいでみえる、

(つまりはるになってはながさくように、よのなかのかざりのひとつになるんだ、)

つまり春になって花が咲くように、世の中の飾りの一つになるんだ、

(けしょうをするんならそのくらいのきもちでするがいい、)

化粧をするんならそのくらいの気持でするがいい、

(おまえのはじぶんほんいで、そういうきもちはなおさなければいけない。)

おまえのは自分本位で、そういう気持はなおさなければいけない。

(このしゅのもんどうがいくたびかあった。まあいやだ、せけんのかざりだとか)

この種の問答が幾たびかあった。まあいやだ、世間の飾りだとか

(ひとのめをたのしませるなんて、あたしきくだけでもむねがむかむかするわ。)

人の眼をたのしませるなんて、あたし聞くだけでも胸がむかむかするわ。

(おこうはうそのないところこうおもっていた。)

お孝はうそのないところこう思っていた。

(それがときぞうをむこにとってからかわった。)

それが時三を婿にとってから変った。

(ちちおやのいったことはほんとうらしい、かみをいじりけしょうをするとき、)

父親の云ったことは本当らしい、髪をいじり化粧をするとき、

(ふときがつくとときぞうのめでじぶんのかみかたちやけしょうのこうかをみている。)

ふと気がつくと時三の眼で自分の髪かたちや化粧の効果をみている。

(ときぞうはむくちでなにもいわないが、かみけしょうがきにいったときは)

時三はむくちでなにも云わないが、髪化粧が気にいったときは

(ほうというめつきをする。あざやかだね、めがさめるようだね。)

ほうという眼つきをする。あざやかだね、眼がさめるようだね。

(そんなふうにいっているのがわかる。くちじょうずなもののひゃくせんげんよりも、)

そんなふうに云っているのがわかる。くち上手な者の百千言よりも、

(おっとのそういうめつきのほうがふくみがあってよほどうれしい。)

良人のそういう眼つきのほうが含みがあってよほどうれしい。

(またおたみをつれてかいものにでるときなども、)

またおたみを伴れて買い物に出るときなども、

(ひとにふりかえってみられたりするとはりあいがあった。)

人に振返って見られたりすると張合があった。

(むすめじだいにはじぶんのきりょうにひかれるのだとおもって、)

むすめ時代には自分の縹緻にひかれるのだと思って、

(いやでないまでもゆかいなきぶんにはなれなかった。)

いやでないまでも愉快な気分にはなれなかった。

(しかしいまではじぶんがだれかのめをたのしませるということが、)

しかし今では自分が誰かの眼をたのしませるということが、

(あるていどまでぎゃくにじぶんをたのしくさせるようになった。)

或る程度まで逆に自分をたのしくさせるようになった。

(そんなこともしぜんけしょうがねんいりになったげんいんかもしれない。)

そんなこともしぜん化粧が念入りになった原因かもしれない。

(げんきんなものだ。ちちおやがそうおもっているようなかんじである。)

げんきんなものだ。父親がそう思っているような感じである。

(きのまさったおこうにははずかしいが、いろいろなめんでいってはずかしいが、)

気の勝ったお孝には恥ずかしいが、いろいろな面で云って恥ずかしいが、

(どうしたってかがみにむかうことがおおいし、そのじかんがながくなるのは、)

どうしたって鏡に向うことが多いし、その時間が長くなるのは、

(これはじぶんでもいまさらどうにもならない。)

これは自分でもいまさらどうにもならない。

(はるがきてはながさくようなもんだもの、いいじゃないの。)

春が来て花が咲くようなもんだもの、いいじゃないの。

(などといっそはらをすえたかたちであった。)

などといっそ肚を据えたかたちであった。

(「どうするの、おとっつぁん、よづりにゆくんなら)

「どうするの、お父っつぁん、夜釣りにゆくんなら

(おべんとうのしたくをするけれど」「ときぞうはあしたやすみじゃあないのか」)

お弁当のしたくをするけれど」「時三はあした休みじゃあないのか」

(「いやよ、あしたはろっけんぼりへきくみにゆくんですもの、)

「いやよ、あしたは六間堀へ菊見にゆくんですもの、

(つりになんぞさそいだしちゃだめよ」「まるっきりひとりじめだ」)

釣りになんぞさそいだしちゃだめよ」「まるっきり独り占めだ」

(「いいじゃないのふうふですもの、おとっつぁんのごていしゅじゃあるまいし、)

「いいじゃないの夫婦ですもの、お父つぁんの御亭主じゃあるまいし、

(そのかわりこんやはおいしいものをおごってあげるわ、)

その代り今夜はおいしい物をおごってあげるわ、

(おとっつぁんのだいすきなおいしいもの、ね、いいでしょ」)

お父つぁんの大好きなおいしい物、ね、いいでしょ」

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