ちくしょう谷 ⑨

投稿者ヒマヒマ マヒマヒプレイ回数1229
難易度(4.5) 4886打 長文タグ山本周五郎 長文 小説 文豪 文学
隼人は罪人が暮らした流人村へ役で赴くことになる。
現在、流人村に罪人はおらず子孫だけが独特な風習で暮らす。
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 まつぼっくり 5012 B+ 5.4 92.1% 908.4 4978 425 83 2022/06/27

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問題文

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(それからまるみっか、かれはこうねつになやまされながら、はんすいはんせいのときをすごした。)

それからまる三日、彼は高熱に悩まされながら、半睡半醒の時をすごした。

(おかむらしちろうべえはずっとついていたし、きどからもいくにんかみまいにきたが、)

岡村七郎兵衛はずっと付いていたし、木戸からも幾人かみまいに来たが、

(はやとはしょうないろうじんと、かんびょうしてくれるあやというむすめにきょうみをひかれた。)

隼人は正内老人と、看病してくれるあやという娘に興味をひかれた。

(あやのとしはじゅうななさい、いつもみずであらったばかりのようなさわやかなかおつきで、)

あやの年は十七歳、いつも水で洗ったばかりのような爽やかな顔つきで、

(まゆとめがきわだってうつくしかった。しょうないろうじんのところへ)

眉と眼が際立って美しかった。正内老人のところへ

(よみかきのけいこにくるそうで、「きょうまでつづいたのはこのむすめただひとりです」)

読み書きの稽古にくるそうで、「今日まで続いたのはこの娘ただ一人です」

(とろうじんはいっていた。あとからかんがえると、ごんぱちにおそわれ、)

と老人は云っていた。あとから考えると、権八に襲われ、

(ろうじんのせわになったことは、かれにとってはきわめてさいわいであり、)

老人の世話になったことは、彼にとっては極めて幸いであり、

(なのかめにきどへもどるまでには、そのむらにつたわっている)

七日めに木戸へ戻るまでには、その村に伝わっている

(こじのかずかずをきき、じゅうみんたちにもかなりあうことができた。)

故事のかずかずを聞き、住民たちにもかなり会うことができた。

(このあいだにほぼさっせられたのであるが、)

このあいだにほぼ察せられたのであるが、

(「じゅうみんたちがけもののようなせいかつをしている」というひょうが、)

「住民たちがけもののような生活をしている」という評が、

(かなりじじつにちかいこと、また、かれらがしょうないろうじんをこころからそんけいし、)

かなり事実に近いこと、また、かれらが正内老人を心から尊敬し、

(たよりにしていることなどであった。)

頼りにしていることなどであった。

(はやとはいちど、じぶんがばんがしらになってきたもくてきを、しょうないろうじんにはなしてみた。)

隼人はいちど、自分が番頭になって来た目的を、正内老人に話してみた。

(そのときろうじんはしばらくのあいだ、ろばたからだまってはやとをみていた。)

そのとき老人は暫くのあいだ、炉端から黙って隼人を見ていた。

(「わたしはまえから、あなたのめにきがついていました」とろうじんはやがていった、)

「私はまえから、貴方の眼に気がついていました」と老人はやがて云った、

(「それで、こんなことをうかがうのですが、にしざわはんしろうという)

「それで、こんなことをうかがうのですが、西沢半四郎という

(ばんしのかたがおられるそうですね」はやとはうなずいた。)

番士の方がおられるそうですね」隼人は頷いた。

(「そのかたのことはどうなのですか」「なにかきいたとすれば」)

「その方のことはどうなのですか」「なにか聞いたとすれば」

など

(とはやとはおもいものでももちあげるようにこたえた、「それはただ、)

と隼人は重い物でも持ちあげるように答えた、「それはただ、

(そうぞうからでたうわさにすぎない」「ここではうわさははやくつたわります」)

想像から出た噂にすぎない」「ここでは噂は早く伝わります」

(といってろうじんははやとをみまもった、「わたしはあなたのめをみて、)

と云って老人は隼人を見まもった、「私は貴方の眼を見て、

(あなたがうわさされるようなことをするひとではない、とおもっていました」)

貴方が噂されるようなことをする人ではない、と思っていました」

(それからろうじんはちょうしをかえて、はやとのかんがえていることは)

それから老人は調子を変えて、隼人の考えていることは

(とろうにおわるだろう、といった。ずっといぜんにも、ここのじゅうみんをかいほうしよう、)

徒労に終るだろう、と云った。ずっと以前にも、ここの住民を解放しよう、

(といういけんがでたし、じゅうみんたちにも、やまをおりて)

という意見が出たし、住民たちにも、山をおりて

(あたらしいせいかつをはじめるように、とせっとくしたことがあった。)

新しい生活を始めるように、と説得したことがあった。

(しかしそれは、「じゅうみんたちによってきょひされた」という。)

しかしそれは、「住民たちによって拒否された」という。

(かれらはるにんのしそんだという、ぬきがたいせんてんてきなひけめがあり、)

かれらは流人の子孫だという、抜きがたい先天的なひけめがあり、

(ながいねんげつ、やまでこぜつしたせいかつをしてきたために、)

長い年月、山で孤絶した生活をして来たために、

(ひろいせけんへでることにふかいおそれをかんじていた。)

広い世間へ出ることに深い怖れを感じていた。

(「じっさいにもそのとおりなのです」とろうじんはいった、)

「実際にもそのとおりなのです」と老人は云った、

(「おとこはじゅうしちはちになると、たいていやまをおりてゆきます、)

「男は十七八になると、たいてい山をおりてゆきます、

(これをここでは、ぬける、といっておりますが、)

これをここでは、ぬける、といっておりますが、

(おりていったものはしょうそくふめいになるか、またはせいかつにやぶれ、としおいて、)

おりていった者は消息不明になるか、または生活にやぶれ、年老いて、

(ただほねをうめるためにだけかえってくる、というようなありさまです」)

ただ骨を埋めるためにだけ帰って来る、というようなありさまです」

(しょうそくをたったもののなかには、どこかでしごとにとりつき、)

消息を絶った者の中には、どこかで仕事にとりつき、

(りっぱにいっかをなしたものがあるかもしれない。そういうものがあったにしても、)

立派に一家を成した者があるかもしれない。そういう者があったにしても、

(るにんむらのしゅっしんということはかくしとおそうとするであろうし、)

流人村の出身ということは隠しとおそうとするであろうし、

(おおくはしっぱいしてひんきゅうにあえいでいるか、いきだおれて、)

多くは失敗して貧窮にあえいでいるか、行倒れて、

(なもしられずにほおむられるか、どちらかひとつというふうにかんがえられていた。)

名も知られずに葬られるか、どちらか一つというふうに考えられていた。

(「それは、ここへかえってくるとしよりたちが、しょうにんのようなものです」)

「それは、ここへ帰って来る年寄たちが、証人のようなものです」

(としょうないろうじんがいった、「かえってきたかれらは、いちねんかにねんのうちに)

と正内老人が云った、「帰って来たかれらは、一年か二年のうちに

(しんでしまいますが、それだけで、いかにせけんのせいかつがつらくきびしいか、)

死んでしまいますが、それだけで、いかに世間の生活が辛くきびしいか、

(ということをじゅうみんたちはかんじるようです」)

ということを住民たちは感じるようです」

(わたしはあなたのかんがえをまちがっているというのではない、としょうないろうじんはおわりにいった。)

私は貴方の考えを間違っているというのではない、と正内老人は終りに云った。

(あなたがもししんぼうづよく、ほんしんからそれをやりとげるつもりなら、)

貴方がもし辛抱づよく、本心からそれをやりとげるつもりなら、

(およばずながらわたしもじょりょくをしよう。けれどもここには、そのほかにも)

及ばずながら私も助力をしよう。けれどもここには、その他にも

(こんなんなもんだいがおおいので、じっくりこしをすえてやるきがまえがひつようである。)

困難な問題が多いので、じっくり腰を据えてやる気構えが必要である。

(まず、じゅうみんたちとしたしくなること、それがだいいちであろう、とろうじんはいった。)

まず、住民たちと親しくなること、それが第一であろう、と老人は云った。

(こうねつがさがったよっかめに、はやとはわすれていたことをおもいだし、)

高熱がさがった四日めに、隼人は忘れていたことを思いだし、

(ごんぱちをはなしてやれとめいじた。そのときそばにいたあやが、)

権八を放してやれと命じた。そのとき側にいたあやが、

(「ごんぱちはにげました」といい、あわててくちをてでおさえた。)

「権八は逃げました」と云い、慌てて口を手で押えた。

(「もうしわけのないことですが」としょうないろうじんがあやのことばにつづけた、)

「申し訳のないことですが」と正内老人があやの言葉に続けた、

(「こうしろうがふるくなっていたのでしょう、おとついのよるおしやぶって、)

「格子牢が古くなっていたのでしょう、おとついの夜押しやぶって、

(やまごしにとなりのりょうないへにげたもようです」)

山越しに隣りの領内へ逃げたもようです」

(はやとはおかむらしちろうべえをみた。)

隼人は岡村七郎兵衛を見た。

(「むだでした」といっておかむらはかたをゆりあげた、)

「むだでした」と云って岡村は肩をゆりあげた、

(「おってをかけましたが、あしあともみつからなかったそうです、)

「追手をかけましたが、足跡もみつからなかったそうです、

(しかしもう、ここへかえってくるようなことはないでしょう」)

しかしもう、ここへ帰って来るようなことはないでしょう」

(きどへかえってから、はやとははんつきほどからだをやすめた。ごんぱちのこぶしには)

木戸へ帰ってから、隼人は半月ほど躯を休めた。権八の拳には

(ひじょうなちからがあったし、たおれるときいわでこうとうぶをうったこともげんいんであろう、)

ひじょうな力があったし、倒れるとき岩で後頭部を打ったことも原因であろう、

(たちいなどのどうさをきゅうにすると、はげしいめまいがして、たおれそうになる。)

立ち居などの動作を急にすると、激しいめまいがして、倒れそうになる。

(おそらくあたまのなかになにかこしょうがあって、それがかいふくしていないのであろう、)

おそらく頭の中になにか故障があって、それが恢復していないのであろう、

(そうかんがえてなるべくあんせいにしていた。)

そう考えてなるべく安静にしていた。

(きどのたてものはさんむねあった。やくどころ、ながや、くら、とよばれていて、)

木戸の建物は三棟あった。役所、長屋、倉、と呼ばれていて、

(ばんがしらやばんしはやくどころのむねにすみ、あしがるとこものたちはながや。)

番頭や番士は役所の棟に住み、足軽と小者たちは長屋。

(そしてくらにはしょくりょうやしょどうぐがおいてあった。やくしょはおもてとうらにわかれていた。)

そして倉には食糧や諸道具が置いてあった。役所は表と裏にわかれていた。

(おもてにはやくべやのほかにぎんみどころがあり、そのどまはふぞくのろうにつづいている。)

表には役部屋のほかに吟味所があり、その土間は付属の牢に続いている。

(そこはきどのおきてにはんしたり、りょうざかいをふほうにこえたりするものをかんきんするところで、)

そこは木戸の掟に反したり、領境を不法に越えたりする者を監禁するところで、

(つみのおもいものはじょうかへおくられることになっていた。)

罪の重い者は城下へ送られることになっていた。

(これらのたてものはおおくすぎのまるたがつかわれ、はしらもふとく、にじゅうのいたかべもあついたであり、)

これらの建物は多く杉の丸太が使われ、柱も太く、二重の板壁も厚板であり、

(てんじょうもふといがっちりとしたはりがむきだしにみえた。)

天床も太いがっちりとした梁木がむきだしに見えた。

(ぜんたいがおそろしくがんじょうにつくられているのは、ふゆのきびしいふうせつや、)

ぜんたいがおそろしく頑丈に造られているのは、冬のきびしい風雪や、

(かんきをふせぐのがもくてきで、まどもとぐちもせまいうえにちいさく、)

寒気を防ぐのが目的で、窓も戸口も狭いうえに小さく、

(おくないはいつもうすぐらくいんきであった。やくどころにもながやにも)

屋内はいつもうす暗く陰気であった。役所にも長屋にも

(「ろのま」というのがある。じゅうにじょうほどのひろさで、)

「炉の間」というのがある。十二帖ほどの広さで、

(ろくしゃくしほうのおおきなろがきってあり、だんをとるのも、)

六尺四方の大きな炉が切ってあり、煖をとるのも、

(しょくじをしちゃをのむのも、すべてそこですることにきめられていた。)

食事をし茶を飲むのも、すべてそこですることにきめられていた。

(にじゅうよねんまえに、ばんしのへやでひのふしまつから、)

二十余年まえに、番士の部屋で火の不始末から、

(あぶなくかじになりそこねたため、そのあとは)

危なく火事になりそこねたため、その後は

(「ろのま」いがいにひをおくことをきんじられたのであった。)

「炉の間」以外に火を置くことを禁じられたのであった。

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