ちくしょう谷 ㉜(終)

投稿者ヒマヒマ マヒマヒプレイ回数783お気に入り1
難易度(4.5) 5787打 長文 長文モードのみタグ山本周五郎 小説 長文 文学 文豪
隼人は罪人が暮らした流人村へ役で赴くことになる。
現在、流人村に罪人はおらず子孫だけが独特な風習で暮らす。
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。
肝心なことは、事が失敗するかしないかではなく、現にあなたが行動に移していること。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 くろはつ 9185 9.5 96.0% 600.7 5753 235 99 2021/10/11
2 HAKU 7998 8.2 96.9% 700.9 5786 180 99 2021/10/10
3 aria 7635 7.8 97.4% 735.1 5764 151 99 2021/10/20
4 berry 7445 7.6 97.4% 750.0 5737 153 99 2021/10/10
5 おっ 7397 7.8 94.6% 732.7 5743 323 99 2021/10/11

関連タイピング

問題文

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(はやとはじぶんのはだに、にしざわのたいおんがのこっているのをかんじた。)

隼人は自分の肌に、西沢の躰温が残っているのを感じた。

(つなでつられたはやとのからだに、にしざわはりょうのてあしでかじりつき、)

綱で吊られた隼人の躯に、西沢は両の手足でかじりつき、

(そうしてみをちぢめながらからだぜんたいでふるえていた。)

そうして身をちぢめながら躯全体でふるえていた。

(おくびょうな、よわいにんげんなんだな。そのよるきどのいまで、にしざわはんしろうと)

臆病な、弱い人間なんだな。その夜木戸の居間で、西沢半四郎と

(むきあってすわりながら、はやとはこころのなかでそうおもった。)

向きあって坐りながら、隼人は心の中でそう思った。

(にしざわのこのおくびょうなこころとよわさを、あにもしっていたにそういない。)

西沢のこの臆病なこころと弱さを、兄も知っていたに相違ない。

(それであにはにしざわをかばおうとし、ぎゃくににしざわのかんけいにかけられたのだ。)

それで兄は西沢を庇おうとし、逆に西沢の奸計にかけられたのだ。

(しかし、あのだんがいのしちゅうにしがみついて「たすけてください」)

しかし、あの断崖の支柱にしがみついて「助けて下さい」

(というあのこえをきいたら、おそらくしんだあにでもたすけのてを)

と云うあの声を聞いたら、おそらく死んだ兄でも助けの手を

(さしのべたことだろう。にしざわはつみをおかしたが、おかしたつみを)

さしのべたことだろう。西沢は罪を犯したが、犯した罪を

(ことしようとして、ぎゃくにじぶんのしょうたいをばくろしてしまった。)

糊塗しようとして、逆に自分の正体を曝露してしまった。

(きょうのかれのしっぱいは、どんなけいばつにもまさるけいばつだ、とはやとはおもった。)

今日の彼の失敗は、どんな刑罰にもまさる刑罰だ、と隼人は思った。

(「こんやはなにもかもいってしまいます」にしざわはあたまをたれていいだした、)

「今夜はなにもかも云ってしまいます」西沢は頭を垂れて云いだした、

(「かけはしのときあなたは、ここまでくればそこのそこだといわれましたが、)

「かけはしのとき貴方は、ここまでくれば底の底だと云われましたが、

(ここへくるまでのわたしが、どんなきもちでまいにちをすごしていたか)

ここへくるまでの私が、どんな気持で毎日をすごしていたか

(ということをしっていただけたら、わたしにとってあのことばがどれほど)

ということを知って頂けたら、私にとってあの言葉がどれほど

(すくいになったかわかっていただけるとおもいます」)

救いになったかもわかって頂けると思います」

(「そのはなしはもうむようだ」「わたしはすっかりきいていただきたいのです」)

「その話はもう無用だ」「私はすっかり聞いて頂きたいのです」

(「いやそのひつようはない、はなしてかたのにをおろしたいということかもしれないが、)

「いやその必要はない、話して肩の荷をおろしたいということかもしれないが、

(そのにをおろすことはできない、それはにしざわがいっしょうせおうべきものだし、)

その荷をおろすことはできない、それは西沢が一生背負うべきものだし、

など

(いっしょうせおいとおすせきにんがあることもわかっているはずだ」)

一生背負いとおす責任があることもわかっている筈だ」

(「では、きいてくださらないのですか」はやとはたってゆき、)

「では、聞いて下さらないのですか」隼人は立ってゆき、

(とだなのてぶんこのなかから、あにのてがみをだしてきて、にしざわはんしろうのまえへおしやった。)

戸納の手文庫の中から、兄の手紙を出して来て、西沢半四郎の前へ押しやった。

(「きくひつようのないことは、そのてがみをよめばわかる」とはやとはいった。)

「聞く必要のないことは、その手紙を読めばわかる」と隼人は云った、

(「えどであにからもらったてがみだ、よんでくれ」)

「江戸で兄から貰った手紙だ、読んでくれ」

(にしざわはんしろうはすぐにはてをださなかった。なにがかいてあるか)

西沢半四郎はすぐには手を出さなかった。なにが書いてあるか

(ということがわかるからであろう、ひざをみつめたまま、)

ということがわかるからであろう、膝をみつめたまま、

(ややしばらくいきをひそめてい、やがてこころをきめたように、そのてがみをとりあげた。)

やや暫く息をひそめてい、やがて心をきめたように、その手紙を取りあげた。

(まるでしゃくねつしたてつでもつかむようなてつきであった。)

まるで灼熱した鉄でもつかむような手つきであった。

(あにうえ、どうかかれをごらんになってください。)

兄上、どうか彼をごらんになっていて下さい。

(はやとはこころのなかでそういいながら、にしざわのようすをみまもっていた。)

隼人は心の中でそう云いながら、西沢のようすを見まもっていた。

(じぶんがみるのではなく、じぶんのめをとおしてあにがみているようなおもいで、)

自分が見るのではなく、自分の眼をとおして兄が見ているようなおもいで、

(はじめ、にしざわはんしろうのかおにはくもんのひょうじょうがあらわれた。)

初め、西沢半四郎の顔には苦悶の表情があらわれた。

(ついでそれはちのけをうしなってこわばり、ほおのあたりがひきつった。)

ついでそれは血のけを失って硬ばり、頬のあたりがひきつった。

(こきゅうがくるしくなったように、くちがあいて、いきづかいのあらくなるのがきこえた。)

呼吸が苦しくなったように、くちがあいて、息づかいの荒くなるのが聞えた。

(おれはむざんなことをしている。はやとははをくいしばった。)

おれは無慚なことをしている。隼人は歯をくいしばった。

(だがこれはどうしてもやらなければならないことだ、これはあにへのたったひとつの)

だがこれはどうしてもやらなければならないことだ、これは兄へのたった一つの

(くようであり、にしざわをたちなおらせるためにも、さけてはならないことだ。)

供養であり、西沢を立ち直らせるためにも、避けてはならないことだ。

(はやとはやをいかけられたことをおもい、ずじょうからいわをおとされたことや、)

隼人は矢を射かけられたことを思い、頭上から岩を落されたことや、

(かけはしでのできごとをおもい、また、しんだおしむすめいちのことをおもった。)

かけはしでの出来事を思い、また、死んだ唖者娘いちのことを思った。

(だが、いかりや、ぞうおかんはおこらなかった。)

だが、怒りや、憎悪感は起こらなかった。

(あににたいしてしたことをもふくめて、にしざわはんしろうはみじめにはいぼくしている。)

兄に対してしたことをも含めて、西沢半四郎はみじめに敗北している。

(これらのことがだれにもしれずにすんだとしても、かれじしん、じぶんが)

これらのことが誰にも知れずに済んだとしても、彼自身、自分が

(みじめなはいぼくしゃだということは、ほねにてっしてわかっているだろう。)

みじめな敗北者だということは、骨に徹してわかっているだろう。

(かわいそうなやつだ、とはやとはおもった。にしざわはてがみをよみおわった。)

可哀そうなやつだ、と隼人は思った。西沢は手紙を読み終った。

(かれはひろげたままのてがみをひざにおいて、くびのほねのおれるほどひくく、)

彼はひろげたままの手紙を膝に置いて、くびの骨の折れるほど低く、

(あたまをたれた。それはせっぷくをしたものが、かいしゃくのはをまつしせいそのままにみえた。)

頭を垂れた。それは切腹をした者が、介錯の刃を待つ姿勢そのままにみえた。

(「そのてがみはにしざわがやいてくれ」とはやとがせきをしていった、)

「その手紙は西沢が焼いてくれ」と隼人が咳をして云った、

(「やむをえないじじょうで、こいけたてわきにだけはよませたが、)

「やむを得ない事情で、小池帯刀にだけは読ませたが、

(ほかによんだものはひとりもいない、こいけがたごんしないことはいうまでもないし、)

ほかに読んだ者は一人もない、小池が他言しないことは云うまでもないし、

(てがみをやいてしまえばしょうこはなにものこらなく、それでこれまでのことは)

手紙を焼いてしまえば証拠はなにも残らなく、それでこれまでのことは

(えんがきれるのだ」「わたしは、わたしはやはり」とにしざわはどもった、)

縁が切れるのだ」「私は、私はやはり」と西沢はどもった、

(「じじつをろうしょくへうったえでて、いさぎよくつみをうけたいとおもいます」)

「事実を老職へ訴え出て、いさぎよく罪を受けたいと思います」

(「それであにがいきかえるか」とはやとがおだやかにいった、)

「それで兄が生き返るか」と隼人が穏やかに云った、

(「てがみにかいてあったろう、あにがなによりしんぱいしていたのは、)

「手紙に書いてあったろう、兄がなにより心配していたのは、

(どうしたらにしざわをはめつさせないですむかということだ、それはあにのほんしんなんだ」)

どうしたら西沢を破滅させないで済むかということだ、それは兄の本心なんだ」

(にしざわはんしろうはめをぬぐった。「あにがいきかえるならなのってでるがいい」)

西沢半四郎は眼をぬぐった。「兄が生き返るならなのって出るがいい」

(とはやとはつづけた、「それができないとすれば、あにのきもちをいかすこと、)

と隼人は続けた、「それができないとすれば、兄の気持を生かすこと、

(にしざわがさむらいらしいさむらいにたちなおることが、ただひとつの、せめてものつぐないではないか」)

西沢が侍らしい侍に立ち直ることが、ただ一つの、せめてもの償いではないか」

(とはやとはいった、「おれはこのきどでくらす、)

と隼人は云った、「おれはこの木戸でくらす、

(できることならいっしょう、るにんむらのためにはたらくつもりでいる、)

できることなら一生、流人村のために働くつもりでいる、

(そうなればじょうかでかおをあわせることもないし、)

そうなれば城下で顔を合わせることもないし、

(にしざわもきがねなしにやってゆけるだろう、ばんがとけるまでのしんぼうだ」)

西沢も気兼なしにやってゆけるだろう、番が解けるまでの辛抱だ」

(にしざわはようやくかおをあげた。「ではほんとうに、」とにしざわはくちごもった、)

西沢はようやく顔をあげた。「では本当に、」と西沢は口ごもった、

(「わたしはゆるしてもらえるのですか」「はなしはもうすんだ」)

「私はゆるしてもらえるのですか」「話はもう済んだ」

(にしざわはうなだれたが、またすぐにかおをあげ、こんどははやとを)

西沢はうなだれたが、またすぐに顔をあげ、こんどは隼人を

(まともにみつめていった、「おねがいがあるのですが」はやとはにしざわをみかえした。)

まともにみつめて云った、「お願いがあるのですが」隼人は西沢を見返した。

(「わたしをあなたのそばにおいていていただきたいのです」とにしざわはいった、)

「私を貴方の側に置いて頂きたいのです」と西沢は云った、

(「あなたがここにいらっしゃるなら、わたしもいっしょにここにおいてください、)

「貴方がここにいらっしゃるなら、私もいっしょにここに置いて下さい、

(あなたからはなれてはいきるちからがありません、じぶんでよくわかりません、)

貴方からはなれては生きる力がありません、自分でよくわかりません、

(わたしはひとりではとうていいきてゆけません」「それはいつかまたはなすとしよう」)

私は一人ではとうてい生きてゆけません」「それはいつかまた話すとしよう」

(「いや、おねがいです、すくなくともじょうかへもどって、ひとがましいくらしを)

「いや、お願いです、少なくとも城下へ戻って、人がましいくらしを

(するだけはふかのうです、あなたがるにんむらのためにはたらくなら、)

するだけは不可能です、貴方が流人村のために働くなら、

(わたしにそのてだすけをさせてください」「さいじょやこどもはどうする」)

私にその手助けをさせて下さい」「妻女や子供はどうする」

(「ここへよびます」にしざわはふしめになった、「つまはきてくれるでしょうし、)

「ここへ呼びます」西沢は伏し眼になった、「妻は来てくれるでしょうし、

(ここでくらすこともはんたいはしないとおもいます」)

ここでくらすことも反対はしないと思います」

(「まだあとにねんある」はやとはめをそらしながらいった、)

「まだあと二年ある」隼人は眼をそらしながら云った、

(「ばんのとけるときがきてもそのきもちがかわらなかったら、)

「番の解けるときが来てもその気持が変らなかったら、

(そのときまたそうだんをしよう、こんやもうねるほうがいい」)

そのときまた相談をしよう、今夜はもう寝るほうがいい」

(にしざわはなおなにかいいたそうだったが、ではこれをいただいてゆきますと、)

西沢はなおなにか云いたそうだったが、ではこれを頂いてゆきますと、

(てがみをまきおさめ、えしゃくをしてでていった。はやとはだまってすわっていた。)

手紙を巻きおさめ、会釈をして出ていった。隼人は黙って坐っていた。

(じぶんがはんだんし、そのはんだんにしたがってやったことを、)

自分が判断し、その判断にしたがってやったことを、

(しさいにおもいかえしていたらしい。かなりながいときがたっても、)

仔細に思い返していたらしい。かなり長い時が経っても、

(なにごとかなしおわったという、くつろぎのいろも、)

なにごとかなし終ったという、くつろぎの色も、

(やすらぎのいろさえもあらわれなかった。)

やすらぎの色さえもあらわれなかった。

(「すっかりおわって、ひとつのものがはじまろうとしているのに」とはやとはつぶやいた、)

「すっかり終って、一つのものが始まろうとしているのに」と隼人は呟いた、

(「おれにはなにもおわってはいず、なにもはじまりはしないようにしかおもえない、)

「おれにはなにも終ってはいず、なにも始まりはしないようにしか思えない、

(ただ、すべてがはじめにかえったようなかんじだ」)

ただ、すべてが初めに返ったような感じだ」

(はやとはおもくるしげなかおつきになり、あおむいて、めをつむった。)

隼人は重苦しげな顔つきになり、仰向いて、眼をつむった。

(「にいさん」とかれはすくいをもとめるようによびかけた、)

「兄さん」と彼は救いを求めるように呼びかけた、

(「これでよかったのでしょうか、それとも、わたしのしたことは)

「これでよかったのでしょうか、それとも、私のしたことは

(あやまっていたでしょうか」いつもすぐおもいだせるあにのかおが、)

誤っていたでしょうか」いつもすぐ思いだせる兄の顔が、

(そのときはどうしてもめにうかばず、こたえてくれるようにもおもえなかった。)

そのときはどうしても眼にうかばず、答えてくれるようにも思えなかった。

(しかし、まるでそれにかわるように、しょうないろうじんのいったことばが、)

しかし、まるでそれに代るように、正内老人の云った言葉が、

(みみのおくによみがえってきた。かんじんなことは、とろうじんはいった。)

耳の奥によみがえって来た。肝心なことは、と老人は云った。

(ことがしっぱいするかしないかではなく、)

事が失敗するかしないかではなく、

(げんにあなたがそれをなすっている、ということです。)

現に貴方がそれをなすっている、ということです。

(はやとはそのこえをききすますようにしていたが、)

隼人はその声を聞きすますようにしていたが、

(やがてそっと、しずかにうなずいた。)

やがてそっと、静かに頷いた。

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