吸血鬼3

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投稿者投稿者桃仔いいね2お気に入り登録
プレイ回数2536難易度(4.5) 5460打 長文 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 5954 A+ 6.2 95.9% 880.7 5473 229 77 2024/03/10
2 みき 5892 A+ 6.0 96.9% 895.7 5450 172 77 2024/03/21

関連タイピング

問題文

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(やなぎしずこ!それはかれらのこいびとのまばゆいばかりあでやかなすがたであった。)

柳倭文子!それは彼等の恋人の目映いばかりあでやかな姿であった。

(やなぎしずこ。ああ、このひとのためならば、さんじゅうろくさいのおかだと、にじゅうごさいの)

柳倭文子。アア、この人の為ならば、三十六歳の岡田と、二十五歳の

(みたにせいねんとが、いまのよにためしない、ふしぎせんばんなけっとうをおもいたったのも、)

三谷青年とが、今の世にためしない、不思議千万な決闘を思い立ったのも、

(けっしてむりではなかった。じみながらのひからぬひとえもの。くろろのおびに、これだけは)

決して無理ではなかった。地味な柄の光らぬ単衣物。黒絽の帯に、これだけは

(おもいきってはでなぬいもよう。じょうひんでしかもあでやかなえりのこのみ、やつくちのにおい。)

思い切て派手な縫い模様。上品でしかも艶やかな襟の好み、八つ口の匂い。

(ほんとうのとしはみたにせいねんとどうねんのにじゅうごさいだけれど、そのかしこさはとしうえよりもはるかに)

本当の年は三谷青年と同年の二十五歳だけれど、その賢さは年上よりも遙かに

(ふけていても、そのうつくしさとあどけなさははたちにみたぬおとめとも)

ふけていても、その美しさとあどけなさは二十歳に満たぬ乙女とも

(みえるのであった。あたし、はいってきてはいけなかったでしょうか)

見えるのであった。「あたし、這入って来てはいけなかったでしょうか」

(かのじょはなにもかもしっているくせに、ぎこちなくにらみあったふたりのおとこのきまずさを)

彼女は何もかも知っている癖に、ぎこちなく睨み合った二人の男の気拙さを

(すくうために、くびをかしげ、はなびらのようなくちびるをうつくしくゆがめてこえをかけた。ふたりのおとこは)

救う為に、首をかしげ、花弁の様な唇を美しく歪めて声をかけた。二人の男は

(こたえるすべをしらぬように、ながいあいだおしだまっていた。おかだみちひこは、とうのしずこに)

答える術を知らぬ様に、長い間押し黙っていた。岡田道彦は、当の倭文子に

(いまのありさまをみられてしまったとおもうと、かさねがさねのちじょくに、ついにざに)

今の有様を見られてしまったと思うと、重ね重ねの恥辱に、遂に座に

(いたたまらず、ぷいとたちあがって、あしおとあらくへやをよこぎって、はんたいがわのろうかへ)

いたたまらず、プイと立上がって、足音荒く部屋を横切って、反対側の廊下へ

(あるいていったが、さいぜんしずこがかくれていたつぎのまのふすまのところで、あとにのこった)

歩いて行ったが、さい前倭文子が隠れていた次の間の襖の所で、あとに残った

(ふたりをふりかえると、なんともいえぬどくどくしいちょうしで、はたやなぎみぼうじん、ではこれで)

二人を振返ると、何ともいえぬ毒々しい調子で、「畑柳未亡人、ではこれで

(えいきゅうにおわかれです とへんなことばをのこして、そのままろうかのそとへすがたを)

永久にお別れです」と変な言葉を残して、そのまま廊下の外へ姿を

(けしてしまった。はたやなぎみぼうじんとはいったいだれのことなのだ。ここにはやなぎしずこと)

消してしまった。畑柳未亡人とは一体誰のことなのだ。ここには柳倭文子と

(みたにせいねんのほかにはだれもいないではないか。だが、それをきくとなぜかしずこの)

三谷青年の外には誰もいないではないか。だが、それを聞くとなぜか倭文子の

(かおいろがさっとかわった。まあ、あのひと、やっぱりしっていたのだわ)

顔色がサッと変わった。「マア、あの人、やっぱり知っていたのだわ」

(かのじょはためいきまじりに、みたにせいねんにはききとれぬほどのひくいこえでつぶやいた。)

彼女は溜息まじりに、三谷青年には聞き取れぬ程の低い声でつぶやいた。

など

(あなたは、ここでわれわれがはなしていたことをすっかりおききになりましたか)

「あなたは、ここで我々が話していたことをすっかりお聞きになりましたか」

(みたにはやっときをとりなおして、きまりわるく、うつくしいひとのかおをあおぎみた。)

三谷はやっと気を取直して、極まり悪く、美しい人の顔を仰ぎ見た。

(ええ、でもわざとではありませんのよ。なにげなくここへはいってくると、)

「エエ、でもわざとではありませんのよ。何気なくここへ這入って来ると、

(あのしまつでしょう。あたし、ついかえることもできなくなってしまって)

あの始末でしょう。あたし、つい帰ることも出来なくなってしまって」

(そういうかのじょのほおにも、ぱっとちのいろがのぼった。じぶんのためにこんなさわぎまで)

そういう彼女の頬にも、パッと血の色が上った。自分の為にこんな騒ぎまで

(おこったかとおもうと、くちではさかしくたいおうしても、さすがにはじらわないでは)

起ったかと思うと、口ではさかしく対応しても、さすがに羞じらわないでは

(いられなかったのだ。あなたは、おかしくおおもいでしょうね いいえ、)

いられなかったのだ。「あなたは、おかしくお思いでしょうね」「イイエ、

(どうしてそんなことを しずこはしゅくぜんとしていった。あたし、ほんとうに)

どうしてそんなことを」倭文子は粛然としていった。「あたし、本当に

(みにあまることだとおもいました かのじょはぽつんとことばをきったまま、くちをいちもんじに)

身にあまることだと思いました」彼女はポツンと言葉を切たまま、口を一文字に

(むすんで、あらぬかたをみつめていた。なきがおをみせたくなかったのだ。)

結んで、あらぬ方を見つめていた。泣き顔を見せたくなかったのだ。

(でも、いつしかわきあがるなみだのつゆに、かのじょのめはぎらぎらとひかってみえた。)

でも、いつしか沸き上る涙の露に、彼女の目はギラギラと光って見えた。

(しずこのみぎのてが、てーぶるのはしにそっとかかっていた。ほっそりとして、しかも)

倭文子の右の手が、テーブルの端にソッと懸っていた。細っそりとして、しかも

(えくぼのはいったしろいゆび。ていれのいきとどいたかわいらしいももいろのつめ。みたにせいねんは、)

靨の入った白い指。手入れの行届いた可愛らしい桃色の爪。三谷青年は、

(こいびとのなみだにめをそらして、なにげなくそのうつくしいゆびをながめていたが、いつのまにか)

恋人の涙に目をそらして、何気なくその美しい指を眺めていたが、いつの間にか

(まっさおなかおになって、こきゅうのちょうしさえみだれてきた。・・・・・・しかし、かれは)

真青な顔になって、呼吸の調子さえ乱れて来た。・・・・・・しかし、彼は

(とうとうそれをやってのけた。おもいきって、そのえくぼのはいったしろいゆびを、うえから)

とうとうそれをやってのけた。思い切て、その靨のはいった白い指を、上から

(ぐっとにぎりしめたのだ。しずこはてをひかなかった。ふたりはおたがいのかおを)

グッと握りしめたのだ。倭文子は手を引かなかった。二人はお互いの顔を

(みぬようにしててのさきだけにこころをこめて、ながいあいだおたがいのあたたかいちを)

見ぬ様にして手の先だけに心をこめて、長い間お互いの温かい血を

(かんじあっていた。ああ、とうとう・・・・・・せいねんがかんきにもえてささやいた。)

感じ合っていた。「アア、とうとう・・・・・・」青年が歓喜に燃えて囁いた。

(しずこはなみだぐんだめに、はるかなあこがれのいろをたたえて、つややかにほほえむのみでいちごんも)

倭文子は涙ぐんだ目に、遙かな憧れの色を湛えて、艶やかに微笑むのみで一言も

(くちをきかなかった。・・・・・・ちょうどそのとき、ああなんということだ。)

口を利かなかった。・・・・・・丁度その時、アア何ということだ。

(ろうかにあわただしいひとのあしおと、がらりとひらくふすま、そして、ぬっとあらわれたのは、)

廊下に惶だしい人の足音、ガラリと開く襖、そして、ヌッと現れたのは、

(さいぜんたちさったばかりのおかだみちひこの、ぶきみにもさっきばしったかおであった。)

さい前立去ったばかりの岡田道彦の、不気味にも殺気走った顔であった。

(はいってきたおかだみちひこは、ふたりのようすをみてとって、はっとたちすくんで)

這入って来た岡田道彦は、二人の様子を見て取って、ハッと立ちすくんで

(しまった。すうびょうかん、きまずいにらみあいがつづいた。おかだはなぜかはいってきたときから)

しまった。数秒間、気拙い睨み合いが続いた。岡田は何故か這入って来た時から

(みぎのてをどてらのふところへいれたままだ。ふところになにかをかくしているようす)

右の手をドテラのふところへ入れたままだ。ふところに何かを隠している様子

(である。いま、えいきゅうのおわかれだといってでていったぼくが、なぜもどってきたか、)

である。「今、永久のお別れだといって出て行った僕が、なぜ戻って来たか、

(おわかりになりますか かれはまっさおなかおをみにくくひきつらせて、にたにたとわらった。)

お分りになりますか」彼は真青な顔を醜く引つらせて、ニタニタと笑った。

(みたにもしずこも、このきづかいめいたたいどを、どうかんがえてよいかわからず、)

三谷も倭文子も、この気遣いめいた態度を、どう考えてよいか分らず、

(だまっていた。ぶきみなちんもくがつづくあいだに、おかだのぜんしんがにどほど、)

黙っていた。不気味な沈黙が続く間に、岡田の全身が二度ほど、

(びっくりするほどはげしくけいれんした。が、やがてかれのわらいがおが、じょじょに、みじめな)

びっくりする程烈しく痙攣した。が、やがて彼の笑い顔が、徐々に、みじめな

(じゅうめんにかわっていった。だめだ。おれはやっぱりだめなおとこだ かれはちからないこえで)

渋面に変って行った。「駄目だ。俺はやっぱり駄目な男だ」彼は力ない声で

(ひとりごとのようにつぶやいたが、おぼえといてください。ぼくがこうしてにどめにここへ)

独言の様に呟いたが、「覚といて下さい。僕がこうして二度目にここへ

(きたことを。ね、おぼえといてください といったかとおもうと、とつぜんくるっとむきを)

来たことを。ね、覚といて下さい」といったかと思うと、突然クルッと向きを

(かえて、はしるようにへやをでていってしまった。あなた、きがつきましたか)

変えて、走る様に部屋を出て行ってしまった。「あなた、気がつきましたか」

(みたにとしずことは、いつのまにかざしきにはいって、ぴったりとからだを)

三谷と倭文子とは、いつの間にか座敷に這入って、ピッタリと身体を

(くっつけるようにしてすわっていた。あのおとこはふところのなかでたんとうをにぎって)

くっつける様にして坐っていた。「あの男はふところの中で短刀を握って

(いたのですよ まあ!しずこはぶきみそうに、いっそうせいねんにすりよった。)

いたのですよ」「マア!」倭文子は不気味相に、一層青年にすり寄った。

(あのおとこがかわいそうだとはおもいませんか ひきょうですわ。あのひとはあぶないいのちを、)

「あの男が可哀相だとは思いませんか」「卑怯ですわ。あの人は危い命を、

(あなたの、ほんとうにおとこらしい、おこころもちから、たすけていただいたのではありませんか。)

あなたの、本当に男らしい、御心持から、助けて頂いたのではありませんか。

(それに・・・・・・おかだにたいするきょくどのけいべつと、どうじにみたににたいするかぎりなき)

それに・・・・・・」岡田に対する極度の軽蔑と、同時に三谷に対する限りなき

(けいぼのいろが、かのじょのひょうじょうにまざまざとあらわれていた。あのどくやくのこっぷを)

敬慕の色が、彼女の表情にまざまざと現れていた。あの毒薬のコップを

(たたきおとしたことが、これほどのかんめいをあたえようとは、みたにもよきしないところで)

叩き落したことが、これ程の感銘を与えようとは、三谷も予期しない所で

(あった。はなしながら、ふたりのては、いつかまたにぎりあわされていた。そのへやは)

あった。話しながら、二人の手は、いつかまた握り合わされていた。その部屋は

(きみょうなけっとうのために、わざといちばんふべんな、さびしいばしょを、やどにはむだんで、)

奇妙な決闘の為に、態と一番不便な、淋しい場所を、宿には無断で、

(いっときしようしたばかりで、だれのへやでもなかったから、じょちゅうなどがごようをうかがいに)

一時使用したばかりで、誰の部屋でもなかったから、女中などが御用を伺いに

(はいってくるしんぱいはなかった。にじゅうごさいのこいびとたちは、こどものようにむじゃきに、)

這入って来る心配はなかった。二十五歳の恋人達は、子供の様に無邪気に、

(あらゆるしりょをわすれて、ももいろのもやと、むせかえるあまいかおりのせかいへひきこまれて)

あらゆる思慮を忘れて、桃色の靄と、むせ返る甘い薫の世界へ引き込まれて

(いった。なにをはなしあったのか、どれほどのときがたったのか、なにもかも、かれらには)

行った。何を話し合ったのか、どれ程の時がたったのか、何も彼も、彼等には

(わからなかった。ふときがつくと、つぎのまにじょちゅうがかしこまって、こえを)

分らなかった。ふと気がつくと、次の間に女中がかしこまって、声を

(かけていた。ふたりはゆめからさめたように、きまりわるくいずまいをなおした。)

かけていた。二人は夢から醒めた様に、極まり悪く居住いを直した。

(なにかようかい みたにはおこったこえでたずねた。あの、おかださんが、これをおふたかたに)

「何か用かい」三谷は怒った声で尋ねた。「アノ、岡田さんが、これをお二方に

(おわたしもうしあげるようにと、おいいのこしでございました じょちゅうがさしだしたのは)

お渡し申し上げるようにと、御いい残しでございました」女中が差し出したのは

(しかくなかみづつみだ。なんだろう。・・・・・・しゃしんのようだな)

四角な紙包みだ。「何だろう。・・・・・・写真の様だな」

(みたにはややうすきみわるく、それをひらいたが、なかのものをしばらくながめているうちに、)

三谷はやや薄気味悪く、それを開いたが、中の物を暫く眺めている内に、

(とうのみたによりも、よこからのぞきこんでいたしずこが、あまりのおそろしさに、)

当の三谷よりも、横から覗き込んでいた倭文子が、余りの恐ろしさに、

(いっしゅいようのさけびごえをたてて、そのばをとびしさった。)

一種異様の叫声を立てて、その場を飛びしさった。

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