吸血鬼27

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プレイ回数1529難易度(4.5) 5248打 長文 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kuma 5057 B+ 5.4 92.9% 962.7 5267 398 71 2024/11/15

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問題文

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(おんなたんてい)

女探偵

(ふみよさんにとって、こいびとあけちこごろうのめいれいは、ぜったいのものであった。)

文代さんにとって、恋人明智小五郎の命令は、絶対のものであった。

(かつて まじゅつし といわれたかいぞくのどくしゅから、すくわれたおんぎがある。そのうえに)

嘗て「魔術師」といわれた怪賊の毒手から、救われた恩義がある。その上に

(こいだ。どういうわけで、なんのもくてきで。そんなことはとうところでない。あけちのめいと)

恋だ。どういう訳で、何の目的で。そんなことは問う所でない。明智の命と

(あらば、ひのなかへでもとびこむのだ。こばやししょうねんがとめても、とまらなかったはず)

あらば、火の中へでも飛込むのだ。小林少年が止めても、止まらなかった筈

(である。かのじょはなんのちゅうちょするところもなく、むかえのじどうしゃにのった。そして、)

である。彼女は何の躊躇する処もなく、迎えの自動車に乗った。そして、

(そのいきさきが、おもいもよらぬ、りょうごくのこくぎかんであることをしったときにも、さして)

その行先が、思いもよらぬ、両国の国技館であることを知った時にも、さして

(あやしみはしなかった。ひごろとっぴなことにはなれっこのたんていじょしゅだ。こくぎかんまえで)

あやしみはしなかった。日頃突飛なことには慣れっこの探偵助手だ。国技館前で

(くるまをおりると、ひとりのみしらぬおとこが、かのじょをまちうけていた。かれはちゃんとにまいの)

車を降りると、一人の見知らぬ男が、彼女を待受けていた。彼はちゃんと二枚の

(きっぷをよういして、さきにたってかいさつぐちをはいっていく。くろのせびろ、くろのこーと、)

切符を用意して、先に立って改札口を入って行く。黒の背広、黒の外套、

(くろそふと。くろずくめのじみなふうてい。そのこーとのえりをたて、そふとのひさしを)

黒ソフト。黒ずくめの地味な風体。その外套の襟を立て、ソフトのひさしを

(さげて、かおをかくすようにしているうえ、おおきなくろめがねと、はなまでかくれるますくのために)

下げて、顔を隠す様にしている上、大きな黒眼鏡と、鼻まで隠れるマスクの為に

(ようぼうもはっきりはわからぬ。よちよちあるくところをみると、ひじょうなとしよりのようでもあり)

容貌もはっきりは分らぬ。ヨチヨチ歩く所を見ると、非常な年寄りの様でもあり

(ものごしのどこやらに、かくしてもかくしきれぬ、せいかんなところもある。なんともいような)

物腰のどこやらに、隠しても隠し切れぬ、精悍な所もある。何とも異様な

(じんぶつだ。あけちさんのじょしゅのふみよさんというのは、あなたですね。わたしはこんどの)

人物だ。「明智さんの助手の文代さんというのは、あなたですね。私は今度の

(じけんで、あけちさんといっしょにはたらいているものですが、いまあけちさんは、このなかで、)

事件で、明智さんと一緒に働いているものですが、今明智さんは、この中で、

(あるじんぶつをみはっていて、ちょっとてがはなせぬものだから、わたしがおむかいに)

ある人物を見張っていて、一寸手が離せぬものだから、私がお迎いに

(きたんですよ。ひじょうなとりものです かいさつぐちをはいって、すこしあるくと、おとこは、)

来たんですよ。非常な捕物です」改札口を入って、少し歩くと、男は、

(ますくごしに、はなはだふめいりょうなくちょうで、じこしょうかいをした。ふみよはていねいにあいさつを)

マスク越しに、甚だ不明瞭な口調で、自己紹介をした。文代は叮嚀に挨拶を

(かえしたあとで、やっぱりはたやなぎさんの・・・・・・とたずねてみた。むろん、それです。)

返したあとで、「やっぱり畑柳さんの……」と尋ねて見た。「無論、それです。

など

(だが、まだけいさつにはしらせてないのです。このひとたちにもないしょですよ。たくさんの)

だが、まだ警察には知らせてないのです。この人達にも内しょですよ。沢山の

(けんぶつにんたちにさわがれては、かえってとりをにがしてしまいますからね おとこはこえをひくめて)

見物人達に騒がれては、却って鳥を逃がしてしまいますからね」男は声を低めて

(さもさもいちだいじというちょうしだ。まだでんとうがついたばかり、たいようのざんこうと、)

さもさも一大事という調子だ。まだ電燈がついたばかり、太陽の残光と、

(でんとうとが、おたがいにひかりをけしあっている、おおまがどき。そのなかに、くろいけちょうのようなおとこの)

電燈とが、お互に光を消し合っている、大禍時。その中に、黒い怪鳥の様な男の

(すがたが、いともぶきみにみえたものだ。では、はやくあけちさんにあわせて)

姿が、いとも不気味に見えたものだ。「では、早く明智さんに会わせて

(くださいまし ふみよはふと くちびるのないおとこ をおもいだした。かのじょはひるまのじむしょでの、)

下さいまし」文代はふと「唇のない男」を思出した。彼女は昼間の事務所での、

(みたにとあけちとのかいわをきいたわけではないのだから、どくしゃしょくんほどは、そのかいぶつの)

三谷と明智との会話を聞いた訳ではないのだから、読者諸君程は、その怪物の

(ことをしらなかったけれど、しんぶんきじをきおくしていたのか、なんとなく、)

ことを知らなかったけれど、新聞記事を記憶していたのか、何となく、

(いまめのまえにたっているおとこが、そのかいぞくではないかというようなきがしたのだ。)

今目の前に立っている男が、その怪賊ではないかという様な気がしたのだ。

(いや、せくことはありません。ぞくはあけちさんがみはっているのです。)

「イヤ、せくことはありません。賊は明智さんが見張っているのです。

(もうとらえたもどうぜんです。それについて、あなたのおちからをかりなければ)

もう捕らえたも同然です。それについて、あなたのお力を借りなければ

(ならぬのですがね。つまり、うつくしいおんなのみりょくというやつですね。さいわい、あいては)

ならぬのですがね。つまり、美しい女の魅力という奴ですね。幸、相手は

(あなたのかおをしらぬ。そこで、あなたのごじょりょくでおおげさなさわぎをしないで、ぞくを)

あなたの顔を知らぬ。そこで、あなたの御助力で大袈裟な騒ぎをしないで、賊を

(このざっとうのなかから、おびきだそうというわけです ふたりはぼそぼそとささやきながら、)

この雑踏の中から、おびき出そうという訳です」二人はボソボソと囁きながら、

(かぎゅうのからのように、ぐるぐるまがった、いたばりのほそみちを、おくへおくへとあるいていった。)

蝸牛の殻の様に、グルグル曲った、板張りの細道を、奥へ奥へと歩いて行った。

(りょうがわには、きくにんぎょうのさまざまのばめんが、うつくしいというよりは、むしろぶきみな、)

両側には、菊人形の様々の場面が、美しいというよりは、寧ろ不気味な、

(ぐろてすくなかんじで、ならんでいた。そして、むせかえるきくのかおりだ。ふみよは、だんだん)

グロテスクな感じで、並んでいた。そして、むせ返る菊の薫りだ。文代は、段々

(おとこのことばをしんじなくなっていた。おそろしいうたがいが、くろくものように、こころのなかにむらがり)

男の言葉を信じなくなっていた。恐ろしい疑いが、黒雲の様に、心の中に群がり

(わいていた。しかし、かのじょは、それだからといって、にげだそうとするような、)

湧いていた。併し、彼女は、それだからといって、逃げ出そうとする様な、

(いくじなしではない。かのじょこそなにしおうかいぞく まじゅつし のむすめだ。いわば)

意気地なしではない。彼女こそ名にし負う怪賊「魔術師」の娘だ。謂わば

(わせいおんなヴぃどっくなのだ。もしこのおとこが、れいのくちびるのないかいぶつであったら、)

和製女ヴィドックなのだ。若しこの男が、例の唇のない怪物であったら、

(よきせぬてがらがたてられぬものでもない。かのじょはむしろ、このこうきかいをよろこんだ。)

予期せぬ手柄が立てられぬものでもない。彼女は寧ろ、この好機会を喜んだ。

(はかられたとみせて、かえっててきをはかるべきさくりゃくが、このときすでにかのじょのきょうちゅうに)

謀られたと見せて、却て敵を謀るべき策略が、この時既に彼女の胸中に

(わきあがっていた。いくほどに、きくにんぎょうのぶたいは、ひとつごとにおおがかりになって)

湧き上っていた。行く程に、菊人形の舞台は、一つ毎に大がかりになって

(いった。にぬりのこうらんびびしく、みあげるばかりのごじゅうのとうがそびえている。)

行った。丹塗の高欄美々しく、見上げるばかりの五重の塔が聳えている。

(すうじゅうじょうのけんがいをおちる、じんこうのたきつせ、はりぼてのだいさんみゃく、うすぐらいすぎなみき、)

数十丈の懸崖を落る、人工の滝つ瀬、張りボテの大山脈、薄暗い杉並木、

(たけやぶ、おおきないけ、ふかいたにぞこ、そこにてんねんのごとくおいしげるあおば、かおるきっか、そして、)

竹藪、大きな池、深い谷底、そこに天然の如く生茂る青葉、薫る菊花、そして、

(むすうのいきにんぎょうだ。あのだいてっさんのなかを、あるいはのぼり、あるいはくだり、うよきょくせつする)

無数の生人形だ。あの大鉄傘の中を、或は昇り、或は下り、迂余曲折する

(めいろ、あるかしょは、やわたのやぶふちみたいな、まっくらなこだちになって、かがみじかけで)

迷路、ある箇所は、八幡の藪不知みたいな、真暗な木立になって、鏡仕掛けで

(いんけんする、ゆうれいまでこしらえてある。めいじのむかし、りゅうこうした、ぱのらまかん、)

隠顕する、幽霊まで拵えてある。明治の昔、流行した、パノラマ館、

(じおらまかん、めーず、さてはすうねんまえめつぼうした、あさくさのじゅうにかいなどとおなじ、)

ジオラマ館、メーズ、さては数年前滅亡した、浅草の十二階などと同じ、

(ついそうてきななつかしさ、いかもので、ごたごたして、すみずみになにかしら、ぎょっとする)

追想的な懐かしさ、いかもので、ゴタゴタして、隅々に何かしら、ギョッとする

(ひみつがかくされていそうな、あのふしぎなみりょくを、げんだいのとうきょうにもとめるならば、)

秘密が隠されていそうな、あの不思議な魅力を、現代の東京に求めるならば、

(おそらくこのこくぎかんのきくにんぎょうであろう。しなじんのぼうしのおばけみたいな、べらぼうに)

恐らくこの国技館の菊人形であろう。支那人の帽子のお化けみたいな、べら棒に

(おおきな、しかもこふうなだいけんちくそのものが、すでにめいじてきぐろてすくである。ふみよは)

大きな、しかも古風な大建築そのものが、既に明治的グロテスクである。文代は

(かつて まじゅつし のむすめであっただけに、ぞくが)

嘗つて「魔術師」の娘であった丈けに、賊が(今肩を並べて歩いている男が、

(このばしょをえらんだ、すばらしいきちに、)

その賊であるかも知れないのだが)この場所を選んだ、すばらしい機智に、

(きょうたんしないではいられなかった。ふるくはゆーごーのくるおとこがすくっていた)

驚歎しないではいられなかった。古くはユーゴーの佝僂男が巣食っていた

(のーとるだむじいん、ちかくはるるうのどくろかいじんがみをひそめていたぱりの)

ノートルダム寺院、近くはルルウの髑髏怪人が身を潜めていた巴里の

(おぺらざなどにくらべても、けっしておとらぬひみつきょうである。おわんをふせたような、)

オペラ座などに比べても、決して劣らぬ秘密境である。お椀をふせた様な、

(ただいっしつのまるやねのしたは、これいじょうふくざつにできぬほど、ふくざつにくぎって、そのなかを)

唯一室の丸屋根の下は、これ以上複雑に出来ぬ程、複雑に区切って、その中を

(うえにしたに、みぎにひだりに、のたうちまわるめいろのほそみちだ。しかもそれでいっぱいになって)

上に下に、右に左に、のたうち廻る迷路の細道だ。しかもそれで一杯になって

(いるのではない。ここかしこに、けんぶつのとおれぬうらどおりができている。しばいの)

いるのではない。ここかしこに、見物の通れぬ裏通りが出来ている。芝居の

(ならくみたいなところ、がらくたどうぐをつみあげたものおきようのかしょ。つうろのところどころに)

奈落みたいな所、がらくた道具を積上げた物置様の箇所。通路の所々に

(ひらいている、ひじょうぐちのとびらのおくをのぞいてみると、うすぐらい、ぶたいうらのながろうかを)

開いている、非常口の扉の奥を覗いて見ると、薄暗い、舞台裏の長廊下を

(かかりいんなどが、もののけのように、さまよっているのが、ぶきみにながめられる。)

係員などが、物の怪の様に、さまよっているのが、不気味に眺められる。

(もしきょうあくなはんざいしゃがあって、このめいろのなかへにげこんだなら、ひとつきでもふたつきでも)

若し兇悪な犯罪者があって、この迷路の中へ逃げ込んだなら、一月でも二月でも

(あんぜんにかくれていることができるかもしれない。はりぼてのやま、ほんもののしんりん、)

安全に隠れていることが出来るかも知れない。張りボテの山、本物の森林、

(きくにんぎょうのはいけいのたてもの、じつにむげんのかくればしょがあるうえに、かずかぎりないとうしんだいの)

菊人形の背景の建物、実に無限の隠れ場所がある上に、数限りない等身大の

(いきにんぎょう、それにひとつひょいとばけて、うすぐらいきくのしげみに、なにくわぬかおをして)

生人形、それに一つヒョイと化けて、薄暗い菊の茂みに、何食わぬ顔をして

(たっていることもできるのだ。)

立っていることも出来るのだ。

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