吸血鬼37

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(にんげんがふたりよれば、ふうせんおとこのはなしだ。やまのてほうめんのひとたちまで、もしやそのふうせんが)

人間が二人よれば、風船男の話だ。山の手方面の人達まで、若しやその風船が

(みえはしないかと、なにもないそらをみあげる。ちほうのひとびとも、きばやのれんちゅうは、)

見えはしないかと、何もない空を見上げる。地方の人々も、気早やの連中は、

(ふうせんけんぶつのもくてきで、きしゃにのって、りょうごくえきへおしよせるほどのさわぎになった。)

風船見物の目的で、汽車に乗って、両国駅へ押しよせる程の騒ぎになった。

(はんにんは、なにもさいしょから、そらへにげることをかんがえていたわけではない。しほうおってに)

犯人は、何も最初から、空へ逃げることを考えていた訳ではない。四方追手に

(ふさがれたから、きゅうよのいっさく、とうとうふうせんのつなをよじのぼるようなげいとうを)

ふさがれたから、窮余の一策、とうとう風船の繩をよじ昇る様な芸当を

(おもいついたのだ。すきこのんでしたわけではない。ぞくにしては、のっぴきならぬ)

思いついたのだ。好きこのんでした訳ではない。賊にしては、のっぴきならぬ

(ふうせんのりであった。けいしちょうけいじぶでは、かくしゅのうしゃがあつまって、たいさくをきょうぎした。)

風船乗りであった。警視庁刑事部では、各主脳者が集まって、対策を協議した。

(さわぎがひどいので、いちどうかなりきんちょうしていたが、かんがえてみれば、もんだいはしごく)

騒ぎがひどいので、一同可成緊張していたが、考えて見れば、問題は至極

(かんたんであった。ひこうきをとばすこともない。てっぽうをもちだすこともない。じっと)

簡単であった。飛行機を飛ばすこともない。鉄砲を持ち出すこともない。じっと

(まっていれば、ぞくはひとりでにつかまるのだ。こうこくふうせんのふかんぜんな)

待っていれば、賊はひとりでにつかまるのだ。広告風船の不完全な

(きのうのことだから、そのうちにがすがもれて、じょじょにかこうをはじめ、ついにちじょうに)

気嚢のことだから、その内にガスが漏れて、徐々に下降を始め、遂に地上に

(らっかするにきまっている。ただそれがらっかしたとき、ぞくをにがさぬてはいさえ)

落下するにきまっている。ただそれが落下した時、賊を逃がさぬ手配さえ

(しておけばよいのだ。いまや、ふうせんぞくのうわさは、ぜんこくにしれわたっている。)

して置けばよいのだ。今や、風船賊のうわさは、全国に知れ渡っている。

(どんなさびしいばしょへおちたところで、ひとめをのがれることはできぬ。)

どんなさびしい場所へ落ちたところで、人目を逃れることは出来ぬ。

(こっそりにげだすには、あまりにゆうめいになってしまった。けいさつとしては、)

コッソリ逃げ出すには、余りに有名になってしまった。警察としては、

(きんけんいったいのかくしょへ、つうちょうをはっしておきさえすれば、もうぞくはとらえたも)

近県一帯の各署へ、通牒を発して置きさえすれば、もう賊は捕らえたも

(どうぜんである。というわけで、きながにふうせんのかこうをまつことにいっけつした。)

同然である。という訳で、気長に風船の下降を待つことに一決した。

(いっぽうぼうしんぶんしゃのひこうきは、すみだがわりょうがんのぐんしゅう、ふきんいったいのやねにむらがる)

一方某新聞社の飛行機は、隅田川両岸の群集、附近一帯の屋根に群がる

(しみんのかんこをあびて、こくぎかんのそらたかく、つばめのように、くものなかへと、いさましいすがたを)

市民の歓呼をあびて、国技館の空高く、燕の様に、雲の中へと、勇ましい姿を

(かくしたが、じゅうすうふんのあと、むなしくひきかえしてくるのがながめられた。しんぶんきしゃは、)

隠したが、十数分の後、空しく引返して来るのが眺められた。新聞記者は、

など

(せいぶげきのかう・ぼーいではないのだから、ひこうきから、なげなわで、ふうせんのぞくを)

西部劇のカウ・ボーイではないのだから、飛行機から、投げ縄で、風船の賊を

(とらえるなどという、げいとうはできない。といってふうせんをいおとすようなことをすれば)

捕らえるなどという、芸当は出来ない。といって風船を射落す様なことをすれば

(こちらがひとごろしのざいにんだ。では、かれはくものなかで、いったいなにをしてきたか)

こちらが人殺しの罪人だ。では、彼は雲の中で、一体何をして来たか

(というに・・・・・・ひこうきがうすいくもをわって、じょうくうにでると、そこに、)

というに・・・・・・飛行機が薄い雲を破って、上空に出ると、そこに、

(ゆめのようなこうこくふうせんがぽっかりとうかんでいるのがみえた。のぼるだけのぼりきって、)

夢の様な広告風船がポッカリと浮かんでいるのが見えた。昇るだけ昇り切って、

(かぜのまにまにゆるやかに、くものうみをただよっているのだ。まずかめらをむけるのが、)

風のまにまにゆるやかに、雲の海を漂っているのだ。先ずカメラを向けるのが、

(しんぶんきしゃのしゅうかんだ。くうちゅうでもそれにかわりはない。あるいはえんけいを、)

新聞記者の習慣だ。空中でもそれに変りはない。あるいは遠景を、

(あるいはきんけいを、ひこうきのいちをみはからっては、ぱちぱちと、すうまいのしゃしんを)

あるいは近景を、飛行機の位置を見はからっては、パチパチと、数枚の写真を

(とった。しんぶんきしゃとしては、これだけでもおおてがらだが、しゃしんをとってしまうと、)

とった。新聞記者としては、これだけでも大手柄だが、写真を撮ってしまうと、

(こんどはぞくにむかって、おおごえによびかけたものだ。ぷろぺらのおとにけされて、せんぽうに)

今度は賊に向って、大声に呼びかけたものだ。プロペラの音に消されて、先方に

(つうじるかどうかもわからなかったけれど、ともかくもさけんでみた。おーい、)

通じるかどうかも分らなかったけれど、兎も角も叫んで見た。「オーイ、

(そうしていたところで、しぜんにがすがもれて、おちるにきまっているぞお。)

そうしていたところで、自然にガスがもれて、落るにきまっているぞオ。

(ねむくはないのかあ。はらはへらないのかあ。そんなくるしいおもいをするよりも、)

眠くはないのかア。腹はへらないのかア。そんな苦しい思いをするよりも、

(ないふできのうをつきやぶって、おりろやあい というようなことを、きれぎれに、)

ナイフで気嚢を突き破って、おりろやあい」というようなことを、切れ切れに、

(くりかえし、くりかえしさけびつづけた。だが、ぞくはしんでいるのか、いきているのか、)

繰返し、繰返し叫びつづけた。だが、賊は死んでいるのか、生きているのか、

(ふうせんはんもっくにすがりついたまま、みうごきもしない。さけびごえはきこえぬのか、)

風船ハンモックにすがりついたまま、身動きもしない。叫び声は聞えぬのか、

(こたえるようすもみえぬ。やけっぱちのくそどきょうをきめてしまったものであろうか。)

答える様子も見えぬ。やけっ八のくそ度胸を極めてしまったものであろうか。

(それいじょう、どうすることもできないので、ひこうきは、くうちゅうしゃしんをおみやげに、)

それ以上、どうすることもできないので、飛行機は、空中写真をお土産に、

(ひとまずちゃくりくじょうへひきかえした。そのひのゆうかんしゃかいめんは、ふうせんおとこ のきじで)

一先ず着陸場へ引返した。その日の夕刊社会面は、「風船男」の記事で

(うめられたが、なかにも、ひこうきをとばしたしんぶんしゃのきかいなしゃしんばんは、まんとの)

埋められたが、中にも、飛行機を飛ばした新聞社の奇怪な写真版は、満都の

(どくしゃのこうきしんを、いやがうえにもつのらせた。ふうせんおとこ くちびるのないさつじんき)

読者の好奇心を、いやが上にも募らせた。「風船男」「唇のない殺人気」

(せっこうぞうにつつまれたむすめたちのしがい ひとめをひく、それらのだいかつじは、こころあるどくしゃを)

「石膏像に包まれた娘達の死骸」人目をひく、それらの大活字は、心ある読者を

(きょくどにひんしゅくせしめたとどうじに、ものずきなやじうまどもをやんやとよろこばせた。)

極度にひんしゅくせしめたと同時に、物ずきな弥次馬共をやんやと喜ばせた。

(あまりにもこうとうむけいな、かいきしょうせつが、げんざい、このとうきょうにじつえんせられているという)

あまりにも荒唐無稽な、怪奇小説が、現在、この東京に実演せられているという

(げきじょうてきなじじつが、かれらをうちょうてんにした。が、それはすこしあとのおはなし、ばめんはまた、)

激情的な事実が、彼等を有頂天にした。が、それは少し後のお話、場面はまた、

(りょうごくのそらへもどる。ふうせんがくもまにかくれてからすうじかん、そのひのおひるすぎになって、)

両国の空へ戻る。風船が雲間に隠れてから数時間、その日のお昼過ぎになって、

(けいしちょうかんぶのひとびとが、よそうしたとおりのげんしょうがおこった。ふかんぜんなふうせんは、やすものの)

警視庁幹部の人々が、予想した通りの現象が起った。不完全な風船は、廉物の

(くうきまくらみたいに、どこからともなくがすがもれて、だんだんおもくなっていった。)

空気枕みたいに、どこからともなく瓦斯が漏れて、段々重くなって行った。

(そして、ふたたびくもをわってげかいにすがたをあらわしたのは、すみだがわのかりゅう、きよすばしの)

そして、再び雲を破って下界に姿を現わしたのは、隅田川の下流、清洲橋の

(そらであった。そのころからふきはじめた、きたかぜにおくられて、いつのまにかとおく)

空であった。その頃から吹き始めた、北風に送られて、いつの間にか遠く

(こくぎかんのそらをはなれていたのだ。ふうせんは、まるでつなでひかれてでもいるように、)

国技館の空を離れていたのだ。風船は、まるで綱で引かれてでもいるように、

(ぐんぐんじめんにちかづいてくる。またたくうちに、はまちょうこうえんをちゅうしんとして、)

グングン地面に近づいて来る。またたく内に、浜町公園を中心として、

(ふきんいったいにひとのやまだ。つぇっぺりんがひらいしたときと、そっくりのさわぎだ。)

附近一帯に人の山だ。ツェッペリンが飛来した時と、そっくりの騒ぎだ。

(ふきつけるきたかぜ、わーっ、わーっ とあがるぐんしゅうのこえ、はしるくも、そのなかを、)

吹きつける北風、「ワーッ、ワーッ」と上る群衆の声、走る雲、その中を、

(ふうせんはよこなぐりにふきとばされて、そのきょたいが、ちじょうにじゅうめーとるのまぢかに)

風船は横なぐりに吹き飛ばされて、その巨体が、地上二十メートルの間近に

(せまったときには、すでにえいたいばしをみなみにこえて、しながわわんへとながれていた。)

迫った時には、既に永代橋を南に越えて、品川湾へと流れていた。

(あのちょうしだと、みずにおちるまでに、おだいばあたりまで、とんでいきますぜ)

「あの調子だと、水に落ちるまでに、お台場あたりまで、飛んで行きますぜ」

(やねのうえにすずなりのひとびとが、はなしあった。まちかまえていたけいかんたいは、すいじょうしょの)

屋根の上に鈴なりの人々が、話し合った。待ち構えていた警官隊は、水上署の

(らんちにどうじょうして、すみだがわをかぜとともにはしった。そらをとぶかいふうせん、みずをゆく)

ランチに同乗して、隅田川を風と共に走った。空を飛ぶ怪風船、水を往く

(らんち。よにもふしぎなおいかけがはじまった。ふうせんはつきしまをよこぎって、おだいばの)

ランチ。世にも不思議な追駆けが始まった。風船は月島を横切って、お台場の

(ほうがくへ、らんちは、あいおいばしをくぐってしながわわんへ。かぜはますますはやく、ふうせんはきょだいな)

方角へ、ランチは、相生橋をくぐって品川湾へ。風は益々早く、風船は巨大な

(てっぽうだまだ。らんちがいかにかいそくりょくであっても、そらとぶききゅうはいっちょくせん、すいろは)

鉄砲玉だ。ランチが如何に快速力であっても、空飛ぶ気球は一直線、水路は

(まがりくねっているので、みるみるきょりがとおざかっていく。らんちには、さいしょから)

曲りくねっているので、見る見る距離が遠ざかって行く。ランチには、最初から

(はたやなぎけのじけんにかんけいした、けいしちょうのめいたんてい、つねかわけいぶが、しきかんとして)

畑柳家の事件に関係した、警視庁の名探偵、恒川警部が、指揮官として

(どうじょうしていた。このかんようのばあい、わがあけちこごろうのすがたが、おってのなかにみえぬのは)

同乗していた。この肝要の場合、我が明智小五郎の姿が、追手の中に見えぬのは

(はなはだものたりぬかんじだが、かれはおくじょうのかつげきにいたでをおい、ちょうどそのころは、)

甚だ物足りぬ感じだが、彼は屋上の活劇に痛手を負い、丁度その頃は、

(あぱーとのべっどで、はつねつのためにしんぎんしていたのだから、ぜひもない。)

アパートのベッドで、発熱の為にしん吟していたのだから、是非もない。

(そのかわりには、つねかわめいたんていがいる。かずかずのはんざいじけんにおいてしめした、かれの)

その代りには、恒川名探偵がいる。数々の犯罪事件において示した、彼の

(てんさいてきしゅわんは、よにかくれもないところだ。しかも、てきはいま、あわれにもふりょくを)

天才的手腕は、世に隠れもないところだ。しかも、敵は今、憐れにも浮力を

(うしなったききゅうをゆいいつのたよりに、こりつむえん、なんのかくればしょもない、かいじょうを)

失った気球を唯一のたよりに、孤立無援、何の隠れ場所もない、海上を

(ふきながされている。つねかわけいぶをわずらわすまでもなく、このとりものは、あかごのてを)

吹き流されている。恒川警部をわずらわすまでもなく、この捕物は、赤子の手を

(ねじるよりもたやすいことだ。らんちは、つきしまをはなれて、たいかいにのりだした。)

ねじるよりもたやすいことだ。ランチは、月島を離れて、大海に乗り出した。

(みると、ぞくのききゅうは、ごろくちょうむこうのかいじょうを、なみたつすいめんとすれすれにあやうくも)

見ると、賊の気球は、五六丁向うの海上を、波立つ水面とすれすれに危くも

(とびつづけている。おい、きみあのふうせんにのっているやつが、いつのまにか、)

飛びつづけている。「オイ、君あの風船に乗っている奴が、いつの間にか、

(にんぎょうにかわっているのじゃあるまいね つねかわけいぶが、かたわらのいちけいじをかえりみて、)

人形に変っているのじゃあるまいね」恒川警部が、傍らの一刑事を顧みて、

(とっぴなことをいった。あのかいぞくがこんなにいいとつかまるのは、どうもへんだと)

突飛なことをいった。あの怪賊がこんなに易々とつかまるのは、どうも変だと

(いうきがしたのだ。にんぎょうつかいのまじゅつには、こりごりしていたからだ。だが、)

いう気がしたのだ。人形使いの魔術には、こりごりしていたからだ。だが、

(それはふかのうだ。にんぎょうがつなをきるはずもないし、げんにぞくが、ふうせんのしたでもがいて)

それは不可能だ。人形が繩を切る筈もないし、現に賊が、風船の下でもがいて

(いるのが、みえている。ろぼっとでもあるまいし、)

いるのが、見えている。ロボットでもあるまいし、

(にんぎょうがあんなにうごけるものか。)

人形があんなに動けるものか。

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