吸血鬼53

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(はかあばき)

墓あばき

(それから、どんなことがあったか。しずことしげるしょうねんはみたににつれられて、そっと)

それから、どんなことがあったか。倭文子と茂少年は三谷につれられて、ソッと

(かそうばをぬけだしどこかへたちさった。おんぼうには、みたにからじゅうぶんのしゃれいをして)

火葬場を抜け出しどこかへ立去った。隠亡には、三谷から充分の謝礼をして

(くちどめしたうえ、しずこたちのかわりに、えいせいひょうほんやからかってきた、いったいのじんこつを)

口止めした上、倭文子達の代りに、衛生標本屋から買って来た、一体の人骨を

(ひつぎにいれ、こつあげのときうたがわれぬよういをしておいた。しずこはいったんあのように)

棺に入れ、骨上げの時疑われぬ用意をしておいた。倭文子は一たんあの様に

(みたにをうたがったものの、こうしてすくいだされてみれば、ねもないうたがいに)

三谷を疑ったものの、こうして救い出されて見れば、根もない疑いに

(すぎなかったことがはんめいした。しょうじきにそのことをうちあけて、ほんとうに)

すぎなかったことが判明した。正直にそのことを打ちあけて、本当に

(すみませんでしたと、わびごとをしたほどだ。かれらがかそうばから、たちさったさきが、)

済みませんでしたと、詫言をした程だ。彼等が火葬場から、立去った先が、

(はたやなぎけでなかったことはいうまでもない。ではいったいどこにかくれがをもとめたのか。)

畑柳家でなかったことはいうまでもない。では一体どこに隠れ家を求めたのか。

(そして、そこでどのようなじけんがおこったのか。しずこたちがもとめたかくれがというのは)

そして、そこでどの様な事件が起ったのか。倭文子達が求めた隠れ家というのは

(まったくそうぞうもつかぬような、きかいせんばんなばしょであった。また、そこでおこったじけんと)

全く想像もつかぬ様な、奇怪千万な場所であった。また、そこで起った事件と

(いうのは、じつにみのけもよだつ、もじどおりぜんだいみもんのおそろしいできごとであった。)

いうのは、実に身の毛もよだつ、文字通り前代未聞の恐ろしい出来事であった。

(だが、これをおはなしするまえに、ことのじゅんじょとして、しばらく、わがあけちこごろうの、)

だが、これをお話しする前に、事の順序として、しばらく、我が明智小五郎の、

(これまたはなはだいようなるこうどうについて、しめんをついやさねばならぬ。さいとうろうじんのそうぎが)

これまた甚だ異様なる行動について、紙面を費さねばならぬ。斎藤老人の葬儀が

(あったひにはあけちはびょうしょうからおきあがって、もういそがしくかつどうしていた。そのつど)

あった日には明智は病床から起き上って、もう忙しく活動していた。その都度

(さまざまのじんぶつにへんそうして、たびたびがいしゅつした。そうぎのよくよくじつ、つねかわけいぶがあけちの)

様々の人物に変装して、度々外出した。葬儀の翌々日、恒川警部が明智の

(あぱーとをほうもんした。もうおきているんですか、だいじょうぶですか つねかわしは、)

アパートを訪問した。「もう起きているんですか、大丈夫ですか」恒川氏は、

(あけちのげんきにおどろいてしんぱいそうにたずねた。いや、ねてなんかいられませんよ。)

明智の元気に驚いて心配そうに尋ねた。「イヤ、寝てなんかいられませんよ。

(じけんはますますおもしろくなってくるじゃありませんか あけちはけいぶにいすを)

事件はますます面白くなって来るじゃありませんか」明智は警部に椅子を

(すすめながられいのにこにこがおでいった。じけんというと?むろん)

勧めながら例のニコニコ顔でいった。「事件というと?」「無論

など

(はたやなぎじけんですよ。くちびるのないあくまのいっけんです ええ、それじゃ、なにかはんにんの)

畑柳事件ですよ。唇のない悪魔の一件です」「エエ、それじゃ、何か犯人の

(ゆくえについててがかりでもあったのですか。ぼくらのほうでは、さいとうろうじんごろしの)

行方について手懸りでもあったのですか。僕等の方では、斎藤老人殺しの

(げしにんのはたやなぎふじんそうさくにぜんりょくをつくしているのです。はがたのいっけんといい、)

下手人の畑柳夫人捜索に全力を尽しているのです。歯型の一件といい、

(あのふじんをさがしだしてたたいたら、くちびるのないやつのほうもたねがわれそうなきが)

あの夫人を探し出してたたいたら、唇のない奴の方も種が割れ相な気が

(しますからね。しかし、おんなのみで、しかもこどもづれで、よくもこんなにうまく)

しますからね。しかし、女の身で、しかも子供づれで、よくもこんなにうまく

(にげられたものです。いまだになんのてがかりもありません つねかわしはしょうじきなところを)

逃げられたものです。いまだに何の手懸りもありません」恒川氏は正直な所を

(うちあけた。いや、ぼくだって、たしかなことはまだわかっていないのです。しかし)

打ちあけた。「イヤ、僕だって、確なことはまだ分っていないのです。併し

(てがかりはありあまるほどあります。それをひとつひとつたぐっていくだけでも、たいへんな)

手懸りはあり余る程あります。それを一つ一つたぐって行くだけでも、大変な

(しごとです。ねてなんかいられませんよ それをきくとけいぶは、ちょっといやな)

仕事です。寝てなんかいられませんよ」それを聞くと警部は、ちょっといやな

(かおをした。けいさつのほうでもそんなにありあまるほどてがかりはないのだ。でもまさか、)

顔をした。警察の方でもそんなにあり余る程手懸りはないのだ。でもまさか、

(しょくしょうがら、あたまをさげてあけちのはっけんしたてがかりを、おしえてくれともいえぬ。)

職掌柄、頭を下げて明智の発見した手懸りを、教えてくれともいえぬ。

(たとえばですね あけちはあいてのかおいろをみてとってみずをむけた。れいのよよぎの)

「たとえばですね」明智は相手の顔色を見て取って水を向けた。「例の代々木の

(あとりえにあったさんにんのおんなのしたいですね。あれのみもとはわかりましたか ああ、)

アトリエにあった三人の女の死体ですね。あれの身元は分りましたか」「アア、

(それならば、ぼくのほうでもてをつくしてしらべているのですが、ふしぎなことにいまもって)

それならば、僕の方でも手を尽して調べているのですが、不思議なことに今以て

(あれにそうとうするような、いえでむすめをはっけんしないのです あのさんにんのむすめは、みな)

あれに相当する様な、家出娘を発見しないのです」「あの三人の娘は、みな

(ひどくふらんして、かおもなにもわからなくなっていましたね あけちはふと)

ひどく腐らんして、顔も何も分らなくなっていましたね」明智はふと

(そんなことをいってあいてのかおをじろじろながめた。つねかわしは、そうでした と)

そんなことをいって相手の顔をジロジロ眺めた。恒川氏は、「そうでした」と

(こたえたものの、あけちのいみをさとりかねてこんわくのていだ。ところで、つねかわさん。)

答えたものの、明智の意味を悟りかねて困惑の体だ。「ところで、恒川さん。

(さいわいあなたがおいでになったから、ひとつみていただきたいものがあるのですよ。)

幸いあなたが御出でになったから、一つ見て頂き度いものがあるのですよ。」

(あけちのはなしはまたもやひやくした。なんです、はいけんしましょう けいぶは、それが)

明智の話しはまたもや飛躍した。「なんです、拝見しましょう」警部は、それが

(あんなきみょうなしろものとは、おもいもよらず、きがるにこたえた。あけちはせきをたって、)

あんな奇妙な代物とは、思いもよらず、気軽に答えた。明智は席を立って、

(つぎのまのどあをひらいた。かれのいまけんしょさいである。あれです つねかわしもたって、)

次の間のドアを開いた。彼の居間兼書斎である。「あれです」恒川氏も立って、

(どあのところまできたが、ひとめしょさいをのぞきこむと、さすがのおにけいじも、どぎもを)

ドアの所まで来たが、一目書斎をのぞき込むと、流石の鬼刑事も、度胆を

(ぬかれて あっ とたちすくんでしまった。そこには、さがしにさがしていた、)

抜かれて「アッ」と立ちすくんでしまった。そこには、探しに探していた、

(はたやなぎしずことしげるしょうねんが、こちらをむいてたたずんでいた。ちらとみたときには、)

畑柳倭文子と茂少年が、こちらをむいてたたずんでいた。チラと見た時には、

(あけちのじょしゅのふみよさんとこばやししょうねんかとおもったが、つぎのしゅんかん、そうでないことが)

明智の助手の文代さんと小林少年かと思ったが、次の瞬間、そうでないことが

(わかった。このしろうとたんていにまただしぬかれたか とおもうと、けいぶははらがたった。)

分った。「この素人探偵にまた出し抜かれたか」と思うと、警部は腹が立った。

(それに、なにも、こんなしばいがかりなひろうをしなくてもよいことだ。どうして)

それに、何も、こんな芝居がかりな披露をしなくてもよいことだ。「どうして

(きみは・・・・・・と、おもわずくちばしったが、つぎのことばがでぬ。はははははは、)

君は・・・・・・」と、思わず口走ったが、次の言葉が出ぬ。「ハハハハハハ、

(つねかわさん、かんちがいをしてはいけません。なにもそんなにびっくりすることは)

恒川さん、勘違いをしてはいけません。何もそんなにびっくりすることは

(ないのですよ あけちはかつかつとしずこのそばにちかよって、そのうつくしいほおの)

ないのですよ」明智はカツカツと倭文子の側に近よって、その美しい頬の

(あたりを、ゆびさきで、ぱちぱちとはじいてみせた。つねかわしはざんねんながら、もういちど)

あたりを、指先で、パチパチとはじいて見せた。恒川氏は残念ながら、もう一度

(びっくりしないではいられなかった。しずこは、あけちのためにそのようなぶじょくを)

びっくりしないではいられなかった。倭文子は、明智の為にそのような侮辱を

(うけても、かおのすじひとつうごかさないで、つったっている。かのじょはいきては)

受けても、顔の筋一つ動かさないで、突っ立っている。彼女は生きては

(いないのだ。ひじょうによくできたろうにんぎょうにすぎなかったのだ。しかし、)

いないのだ。非常によく出来た蝋人形に過ぎなかったのだ。「併し、

(あなたでさえ、みちがえるほどにできたかとおもうと、ゆかいですよ。にほんにもこんな)

あなたでさえ、見違える程に出来たかと思うと、愉快ですよ。日本にもこんな

(りっぱなろうにんぎょうをつくるこうじょうがあるのです あけちはまんぞくそうに、にこにこわらった。)

立派な蝋人形を作る工場があるのです」明智は満足そうに、ニコニコ笑った。

(おどろきましたね つねかわしもわらいだして、だが、どうして、こんなにんぎょうを)

「驚きましたね」恒川氏も笑い出して、「だが、どうして、こんな人形を

(つくらせたのです。きみのおもちゃにしては、すこしへんだし どうして、)

作らせたのです。君のおもちゃにしては、少し変だし」「どうして、

(おもちゃなんかじゃ、ありませんよ。これでもりっぱなつかいみちがあるのです)

おもちゃなんかじゃ、ありませんよ。これでも立派な使い道があるのです」

(せいようのたんていしょうせつじゃあるまいし、にんぎょうのかえだまが、なにかやくにたちますかね)

「西洋の探偵小説じゃあるまいし、人形の換玉が、何か役に立ちますかね」

(けいぶは、ひにくなちょうしでいった。あけちのとっぴなやりくちが、いちいちしゃくにさわって)

警部は、皮肉な調子でいった。明智の突飛なやり口が、一々癪にさわって

(しかたがないのだ。このようふくは あけちはそれにとりあわず、せつめいをはじめた。)

仕方がないのだ。「この洋服は」明智はそれに取合わず、説明を始めた。

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