吸血鬼56
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問題文
(まのへや)
魔の部屋
(いやなぼちはっくつのしごとが、ひとだんらくをつげると、さいばんしょのひとびとはさっさとひきあげて)
いやな墓地発掘の仕事が、一段落をつげると、裁判所の人々はサッサと引上げて
(いった。しょかつけいさつのいっこうもかわいそうなむすめたちのいっかをしらべるために、わかれていった。)
行った。所轄警察の一行も可哀相な娘達の一家を調べる為に、分れて行った。
(あとにのこったのは、けいしちょうのつねかわけいぶと、あけちこごろうである。ぼくはなんだか、)
あとに残ったのは、警視庁の恒川警部と、明智小五郎である。「僕は何だか、
(きみたちにかつがれているような、へんてこなきもちですよ けいぶが、おてらのもんのほうへ、)
君達にかつがれている様な、変てこな気持ですよ」警部が、お寺の門の方へ、
(ぶらぶらあるきながらいった。きみたちですって?あけちはれいによって、にこやかに)
ブラブラ歩きながらいった。「君達ですって?」明智は例によって、にこやかに
(びしょうしている。きみと、くちびるのないおとことにです つねかわしも、にやにやわらっている。)
微笑している。「君と、唇のない男とにです」恒川氏も、ニヤニヤ笑っている。
(ははははははは、きみはなにをいいだすのです きみとあのぞくとがきをあわせて、)
「ハハハハハハハ、君は何をいい出すのです」「君とあの賊とが気を合せて、
(ぼくたちをほんろうしている。というようなかんじがするのです。きみのそうぞうは、まるで)
僕達を飜弄している。というような感じがするのです。君の想像は、まるで
(かみさまのようにてきちゅうする。しかもぞくのほうでは、そのうえをこしてぼちがはっくつされる)
神様のように的中する。しかも賊の方では、その上を越して墓地が発掘される
(ことをよげんし、からっぽのひつぎのなかへきみにあててがみをのこしておくなんて、きみとぞくとが)
ことを予言し、空っぽの棺の中へ君に宛て手紙を残しておくなんて、君と賊とが
(あらかじめうちあわせでもしているのでなけれや、ふかのうなことです けいぶはじょうだんか)
あらかじめ打合せでもしているのでなけれや、不可能なことです」警部は冗談か
(ほんきか、はんだんのつかぬちょうしで、そんなことをいいながら、にやにやとあけちのかおを)
本気か、判断のつかぬ調子で、そんな事をいいながら、ニヤニヤと明智の顔を
(ながめた。はははははは、ゆかいですね。ぼくとくちびるのないおとこがぐるだなんて、)
眺めた。「ハハハハハハ、愉快ですね。僕と唇のない男がグルだなんて、
(るぶらんのしょうせつのひっぽうでいくと、ぼくがひとりふたやくをつとめて、あるときにしろうとたんていと)
ルブランの小説の筆法で行くと、僕が一人二役を勤めて、ある時に素人探偵と
(なり、あるときはくちびるのないかいぶつとばけて、ひとりしばいをやっている、というもうそうも)
なり、ある時は唇のない怪物と化けて、一人芝居をやっている、という妄想も
(なりたちそうですね。はははははは つねかわしも、とうとうこえをあげてわらいだした。)
成立ち相ですね。ハハハハハハ」恒川氏も、とうとう声を上げて笑い出した。
(しょうせつといえば、このはんざいはひじょうにしょうせつてきですね。ぼくたちにはちっとにがてですよ。)
「小説といえば、この犯罪は非常に小説的ですね。僕達にはちっと苦手ですよ。
(とうじょうじんぶつも、くちびるのないかいぶつをはじめとして、がかだとか、しょうせつかだとか、)
登場人物も、唇のない怪物を初めとして、画家だとか、小説家だとか、
(ひじっさいてきなれんちゅうばかりですからね それですよ。いつもすぐれたはんざいしゃは)
非実際的な連中ばかりですからね」「それですよ。いつもすぐれた犯罪者は
(しょうせつかです。たとえばいまのひつぎのなかのてがみのいっけんにしても、こんどのはんにんが、ひじょうな)
小説家です。たとえば今の棺の中の手紙の一件にしても、今度の犯人が、非常な
(しょうせつかであることをあかしています。だいいち、あいてのたんていにきょうはくじょうをかくなんて、)
小説家であることを証しています。第一、相手の探偵に脅迫状を書くなんて、
(けっしてじっさいてきのにんげんのやるしぐさではありませんよ。ぼくはだいいっかいのきょうはくじょうを)
決して実際的の人間のやる仕草ではありませんよ。僕は第一回の脅迫状を
(うけとったときに、このはんにんのせいかくをみてとったものだから、そのこころもちで、こちらも)
受取った時に、この犯人の性格を見てとったものだから、その心持で、こちらも
(しょうせつてきになって、すいりをはたらかせてみたのです それをきくと、つねかわしはひどく)
小説的になって、推理を働かせて見たのです」それを聞くと、恒川氏はひどく
(かんにうたれたようすで、ああ、きみはうまれつきのたんていです。いまのおはなしは、たんていじゅつの)
感にうたれた様子で、「アア、君は生れつきの探偵です。今のお話は、探偵術の
(とらのまきです。たんていのほうで、はんにんとおなじこころもちになる、はんにんががくしゃなら、たんていも)
虎の巻です。探偵の方で、犯人と同じ心持になる、犯人が学者なら、探偵も
(おなじていどのがくしゃに、はんにんがげいじゅつかなれば、たんていもげいじゅつかに、せいじかなれば)
同じ程度の学者に、犯人が芸術家なれば、探偵も芸術家に、政治家なれば
(せいじかに、なりきるほどのちからがなくては、ほんとうのすいりができるものでは)
政治家に、なり切る程の力がなくては、本当の推理が出来るものでは
(ありません。しかし、いまのけいじたちに、ひとりだって、そのようなじんぶつが)
ありません。しかし、今の刑事達に、一人だって、そのような人物が
(いるでしょうか。ぼくなんかも、ただたねんのけいけんによって、しごとをしているだけで)
いるでしょうか。僕なんかも、ただ多年の経験によって、仕事をしているだけで
(すこしとっぴなはんざいになると、こんどのようにてもあしもでないありさまです と、こころから)
少し突飛な犯罪になると、今度のように手も足も出ない有様です」と、心から
(けいいをひょうした。はははははは、ぼくのまぐれあたりを、そんなにほめあげては)
敬意を表した。「ハハハハハハ、僕のまぐれ当りを、そんなにほめ上げては
(いけません あけちは、ほほをあからめてむじゃきにいった。しかし、きみ、こわくは)
いけません」明智は、頬を赤らめて無邪気にいった。「しかし、君、怖くは
(ありませんか。やつのはただのおどかしではない。ふみよさんがあんなめに)
ありませんか。奴のはただのおどかしではない。文代さんがあんな目に
(あったのも、きょうはくじょうのもんくをじっこうしてみせたわけでしょう。こんどはけいかいしなくて)
会ったのも、脅迫状の文句を実行して見せた訳でしょう。今度は警戒しなくて
(いいのですか つねかわしはふあんらしくいう。いや、それは、ぼくのほうでも)
いいのですか」恒川氏は不安らしくいう。「イヤ、それは、僕の方でも
(あらかじめ、よういしています。こんどはもう、あんなへまはやらぬつもりです。)
あらかじめ、用意しています。今度はもう、あんなヘマはやらぬ積りです。
(・・・・・・ところで、おさしつかえなければ、これから、はたやなぎけへ、おいでに)
・・・・・・ところで、お差支えなければ、これから、畑柳家へ、お出に
(なりませんか。たぶんみたにくんがいるでしょうから、そのごのようすをきいてみよう)
なりませんか。多分三谷君がいるでしょうから、その後の様子を聞いて見よう
(ではありませんか ああ、ぼくもいま、それをかんがえていたところです そこでふたりは、)
ではありませんか」「アア、僕も今、それを考えていた所です」そこで二人は、
(もんぜんにまたせておいたじどうしゃを、とうきょうのはたやなぎけへとはしらせた。そして、れいの)
門前に待たせて置いた自動車を、東京の畑柳家へと走らせた。そして、例の
(てっぴいかめしいもんぜんにおりたったのは、もうくれるにまもないじぶんであった。)
鉄扉いかめしい門前に降り立ったのは、もう暮れるに間もない時分であった。
(しゅじんはごくしし、ひきつづいてふじんといしとがゆくえふめいになったはたやなぎけは、まるで)
主人は獄死し、引続いて夫人と遺子とが行方不明になった畑柳家は、まるで
(あきやのようにしんかんとしていた。あけちとつねかわけいぶがおとずれると、ちょうど)
空き家のように森閑としていた。明智と恒川警部がおとずれると、丁度
(みたにせいねんがきあわせていて、きゃくまへあんないした。このいえは、しんせきのひとたちが)
三谷青年が来合わせていて、客間へ案内した。「この家は、親戚の人達が
(かんりすることになっているのですけれど、みなようすをしらないひとばかりで、)
管理することになっているのですけれど、皆様子を知らない人ばかりで、
(やといにんたちをあいてに、どうすることもできないので、こうしてぼくがときどきみまわっている)
雇人達を相手に、どうすることも出来ないので、こうして僕が時々見廻っている
(わけです みたにはややべんかいめいていった。ところで、はたやなぎふじんからは、なんの)
訳です」三谷はやや弁解めいていった。「ところで、畑柳夫人からは、何の
(たよりもありませんか けいぶが、とりあえずたずねてみる。ありません。)
たよりもありませんか」警部が、とりあえず尋ねて見る。「ありません。
(ぼくのほうこそ、それをおききしたいとおもっていたのです。けいぶのそうさくは、)
僕の方こそ、それを御聞きしたいと思っていたのです。警部の捜索は、
(どうなっているのでしょう けいさつでも、まだてがかりさえありません。じつに)
どうなっているのでしょう」「警察でも、まだ手懸かりさえありません。実に
(うまくにげたものです。とても、かよわいおんなのちえとはかんがえられません けいぶは)
うまく逃げたものです。とても、か弱い女の智恵とは考えられません」警部は
(みたにのかおをじろじろながめた。ぼくもおどろいているのです。だれもあのひとたちが、)
三谷の顔をジロジロ眺めた。「僕も驚いているのです。誰もあの人達が、
(このいえをでるところをみたものさえないのです みたには、じぶんでにがしておきながら)
この家を出る所を見たものさえないのです」三谷は、自分で逃がしておきながら
(まことしやかにおどろいてみせる。このやしきは、てじなしのまほうのはこみたいなもの)
まことしやかに驚いて見せる。「この邸は、手品師の魔法の箱みたいなもの
(ですよ。てじなしのはこというやつはちょっとみたのでは、なんのしかけもないけれど、)
ですよ。手品師の箱という奴はちょっと見たのでは、何の仕掛けもないけれど、
(そのみちのものには、どこに、どんなからくりがあるか、ちゃんとわかっている)
その道のものには、どこに、どんなカラクリがあるか、ちゃんと分っている
(のです あけちがとつぜんみょうなことをいいだした。するときみは、このたてものに、なにか)
のです」明智が突然妙なことをいい出した。「すると君は、この建物に、何か
(ひみつのからくりがあるというのですか つねかわしが、けげんらしくたずねる。)
秘密のカラクリがあるというのですか」恒川氏が、けげんらしくたずねる。
(そうでなければおがわしょういちとなのるおとこのしたいふんしつといい、しずこさんのふしぎな)
「そうでなければ小川正一と名乗る男の死体紛失といい、倭文子さんの不思議な
(とうぼうといい、かいしゃくのしようがないではありませんか しかし、けいさつでは、)
逃亡といい、解釈のしようがないではありませんか」「しかし、警察では、
(おがわのじけんのおり、ていないのすみからすみまで、ちょっともあまさず、ねんにねんをいれて)
小川の事件の折、邸内の隅から隅まで、一寸もあまさず、念に念を入れて
(しらべあげたではありませんか さあ、それがしろうとのしらべかたであったかも)
検べ上げたではありませんか」「サア、それが素人の検べ方であったかも
(しれませんね。てじなしのひみつは、やっぱりてじなしでなければわからぬものですよ)
知れませんね。手品師の秘密は、やっぱり手品師でなければ分らぬものですよ」
(というと、なんだか、きみにはそのひみつがわかっているようなふうにきこえますね)
「というと、何だか、君にはその秘密が分っているような風に聞こえますね」
(つねかわしは、あるよかんにおびえながら、でも、ききかえさないではいられなかった。)
恒川氏は、ある予感におびえながら、でも、聞き返さないではいられなかった。
(ええ、あるていどまでは あけちはすこしもごちょうをかえないでこたえる。では、)
「エエ、ある程度までは」明智は少しも語調をかえないで答える。「では、
(なぜ、いままでそれをだまっていたのです。そんなじゅうだいなことを・・・・・・)
なぜ、今までそれをだまっていたのです。そんな重大な事を・・・・・・」
(けいぶはおもわずはげしいちょうしになる。いや、じきをまっていたのです。うかつに)
警部は思わず烈しい調子になる。「イヤ、時期を待っていたのです。迂かつに
(しゃべっては、かえってあいてにようじんさせるばかりですからね なるほど、で、)
しゃべっては、却て相手に用心させるばかりですからね」「成程、で、
(そのじきはいったいいつくるとおっしゃるのですか きょうです。いまが)
その時期は一体いつ来るとおっしゃるのですか」「今日です。今が
(そのじきです あけちはこのじゅうだいなことがらを、やっぱりにこにこわらいながら)
その時期です」明智はこの重大な事柄を、やっぱりニコニコ笑いながら
(いっている。いよいよくちびるのないおとこをとらえるときがきたのです。やつのしょうたいを)
いっている。「いよいよ唇のない男を捕える時が来たのです。奴の正体を
(あばくときがきたのです。つねかわさん、じつは、きみをここへおさそいしたのは、その)
あばく時が来たのです。恒川さん、実は、君をここへお誘いしたのは、その
(てじなしのひみつをおめにかけたかったからですよ。さいわい、みたにさんも)
手品師の秘密をお目にかけたかったからですよ。幸い、三谷さんも
(いらっしゃるし、こうつごうですよ。これからさんにんで、まほうのはこのからくりを)
いらっしゃるし、好都合ですよ。これから三人で、魔法の箱のカラクリを
(けんぶんしようでありませんか)
見聞しようでありませんか」