吸血鬼59

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プレイ回数1312難易度(4.2) 4896打 長文 かな 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(いっすんぼうしは、たおれたわらにんぎょうのうえに、しゃがみこんで、にんぎょうがはたして)

一寸法師は、倒れたわら人形の上に、しゃがみ込んで、人形が果して

(しんでいるかどうかを、たしかめるもののごとく、しばらくようすをみていたが、)

死んでいるかどうかを、確めるものの如く、しばらく様子を見ていたが、

(いよいよいきがたえたとしると)

いよいよ息が絶えたと知ると(彼は巧に、そういう身振りをして見せるのだ)

(いきなりわらにんぎょうをこわきにかかえて、すこしもあしおとをたてず、いりぐちへとちかづき、)

いきなりわら人形を小脇に抱えて、少しも足音を立てず、入口へと近づき、

(ぽけっとからよういのあいかぎをだしてどあをひらくと、そのままろうかへすがたをけした。)

ポケットから用意の合鍵を出してドアを開くと、そのまま廊下へ姿を消した。

(さあ、あいつのあとをつけるのです、あいつが、どこへいくか、)

「サア、あいつのあとをつけるのです、あいつが、どこへ行くか、

(みとどけるのです あけちがこごえでいって、さきにたって、ろうかへかけだす。けんぶつの)

見届けるのです」明智が小声でいって、先に立って、廊下へ駆け出す。見物の

(ふたりは、わけはわからぬけれど、ともかく、あけちのあとについていく。くろいいっすんぼうしは)

二人は、訳は分らぬけれど、兎も角、明智のあとについて行く。黒い一寸法師は

(びこうされるともしらぬていで、ろうかをずんずんあるいていく。ふしぎなのは、かれが)

尾行されるとも知らぬ体で、廊下をズンズン歩いて行く。不思議なのは、彼が

(いくらいそいでも、すこしもあしおとがきこえぬことだ。ごむのたびでもはいている)

いくら急いでも、少しも足音が聞えぬことだ。ゴムの足袋でもはいている

(のであろうか。うすずみをながしたような、ゆうあんのろうかを、ちいさなくろかいぶつが、)

のであろうか。薄墨を流したような、夕暗の廊下を、小さな黒怪物が、

(わらにんぎょうこわきに、おともなくすべっていくありさまは、なんともいえぬへんてこな、)

わら人形小脇に、音もなくすべって行く有様は、何ともいえぬ変てこな、

(ものすごいかんじであった。ろうかのつきるところに、ほそいうらかいだんがある。こあくまは、)

物すごい感じであった。廊下の尽きる所に、細い裏階段がある。小悪魔は、

(このかいだんのあなへ、すべりこむようにきえていく。かいだんをおりて、せまいろうかを、)

この階段の穴へ、すべり込むように消えて行く。階段を降りて、狭い廊下を、

(うらぐちのほうへ、すこしいくと、ものおきべやがある。いっすんぼうしは、そのひきどをそっと)

裏口の方へ、少し行くと、物置部屋がある。一寸法師は、その引戸をソッと

(ひらいて、ものおきのなかへしのびこんでいった。あけちをせんとうに、さんにんもつづいて、)

開いて、物置の中へ忍び込んで行った。明智を先頭に、三人も続いて、

(そのこべやにはいり、いりぐちのよこてのかべにそっと、たたずんだ。ひきどはわざと)

その小部屋にはいり、入口の横手の壁にそっと、たたずんだ。引戸はわざと

(あけたままにしておいたので、そこからわずかにゆうがたのうすいひかりがさしこむけれど、)

あけたままにしておいたので、そこから僅に夕方の薄い光がさし込むけれど、

(ものおきのなかは、ひとのすがたをみわけるのが、やっとである。ああ、このものおき。どくしゃは)

物置の中は、人の姿を見分けるのが、やっとである。アア、この物置。読者は

(きおくせられるであろう。すうじついぜん、しずことしげるしょうねんがみをひそめたふるいどは、)

記憶せられるであろう。数日以前、倭文子と茂少年が身を潜めた古井戸は、

など

(このものおきべやのゆかしたにあるのだ。そのふるいどをしっていて、あのときしずこたちを)

この物置部屋の床下にあるのだ。その古井戸を知っていて、あの時倭文子達を

(ここにかくまったみたにせいねんは、いまどんなきもちでいるのだろう。このおそろしい)

ここにかくまった三谷青年は、今どんな気持でいるのだろう。この恐ろしい

(しろうとたんていは、あのふるいどをしっているのだ。それでは、かれはもう、しずこたちの)

素人探偵は、あの古井戸を知っているのだ。それでは、彼はもう、倭文子達の

(ゆくえさえも、とっくにかんづいているのではあるまいか。みたにが、さいぜんから、)

行方さえも、とっくに感づいているのではあるまいか。三谷が、さい前から、

(ふあんにたえぬもののごとく、もじもじしはじめたのは、まことにむりもないことだ。)

不安に耐えぬものの如く、モジモジし始めたのは、誠に無理もないことだ。

(やっぱりそうだ。しょうかいぶつは、わらにんぎょうをかたわらにおいて、れいのゆかいたをめくり)

やっぱりそうだ。小怪物は、わら人形を傍らにおいて、例の床板をめくり

(はじめた。くしんして、ひとましほうほどのあなをつくると、こんどはゆかしたにおりて、ふるだわらを)

始めた。苦心して、一間四方程の穴を造ると、今度は床下に降りて、古俵を

(かきのけ、ふるいどのふたのしきいしを、うんとこうんとこひきずりはじめた。かれは、)

かきのけ、古井戸のふたの敷石を、ウントコウントコ引ずり始めた。彼は、

(いどのなかへはいるつもりであろうか。それとも、このいどに、もっとべつのようじが)

井戸の中へはいる積りであろうか。それとも、この井戸に、もっと別の用事が

(あるのかしら。いっすんぼうしは、やっとのことで、ごまいのおもいしきいしをとりのけた。)

あるのかしら。一寸法師は、やっとのことで、五枚の重い敷石をとりのけた。

(しきいしのしたには、いどのくちに、ふといまるたがにほんよこたえてあえる。かれはそれをも、)

敷石の下には、井戸の口に、太い丸太が二本横たえてあえる。彼はそれをも、

(とりのぞいた。かいぶつがしきいしをうごかしはじめたころから、むせかえるような、いっしゅいようの)

とり除いた。怪物が敷石を動かし始めた頃から、むせ返る様な、一種異様の

(しゅうきが、へやじゅうにただよいだした。むねがむかむかする、あまずっぱいようなふはいの)

臭気が、部屋中にただよい出した。胸がムカムカする、甘酸っぱい様な腐敗の

(においだ。つねかわしは、すぐさま、それがなんのにおいであるかをさとって、ひじょうにおどろきに)

匂いだ。恒川氏は、すぐ様、それが何の匂いであるかを悟って、非常に驚きに

(うたれた。ああ、なんということだ。もしかすると、おれはだいしっさくをえんじた)

うたれた。「アア、何ということだ。若しかすると、俺は大失策を演じた

(のではあるまいか。こんなところにふるいどのあることをきづかず、そのなかになにが)

のではあるまいか。こんな所に古井戸のあることを気づかず、その中に何が

(あるかも、まるでしらなかったというのは、おにけいじのなにたいしても、)

あるかも、まるで知らなかったというのは、鬼刑事の名に対しても、

(とりかえしのつかぬだいしったいではないかしら とおもうと、もうじっとしては)

取り返しのつかぬ大失態ではないかしら」と思うと、もうじっとしては

(いられぬ。かれはあけちのうでをつかんでどなりだした。きみ、あのあなのなかに、いったい)

いられぬ。彼は明智の腕をつかんで呶鳴り出した。「君、あの穴の中に、一体

(なにがあるのです。このにおいはなんです。きみはそれをしっているのでしょう。さあ、)

何があるのです。この匂いは何です。君はそれを知っているのでしょう。サア、

(いってくれたまえ、あれはいったいなんです しっ............ あけちは)

いってくれ給え、あれは一体何です」「シッ............」明智は

(おちつきはらって、くちびるにゆびをあてた。おしばいのじゅんじょをみだしてはいけません。)

落ちつき払って、唇に指を当た。「お芝居の順序を乱してはいけません。

(もうすこしがまんしてください。さんじゅっぷんいないには、すべてのひみつが、すっかり)

もう少し我慢して下さい。三十分以内には、すべての秘密が、すっかり

(ばくろするのです けいぶはなおも、いどのなかをしらべることをしゅちょうしようとした)

暴露するのです」警部はなおも、井戸の中を調べることを主張しようとした

(けれど、ちょうどそのとき、れいのくろかいぶつが、みょうなしぐさをしたために、それに)

けれど、丁度その時、例の黒怪物が、妙な仕草をしたために、それに

(とりまぎれて、ついくちをつぐんでしまった。しきいしをすっかりとりのけた)

とりまぎれて、つい口をつぐんでしまった。敷石をすっかり取りのけた

(いっすんぼうしは、ゆかのうえにおいてあった、わらにんぎょうをひきずりおろすと、いきなり、)

一寸法師は、床の上においてあった、わら人形を引ずりおろすと、いきなり、

(それをいどのなかへなげこんでしまった。それから、にほんのまるたをもとどおりよこたえて)

それを井戸の中へ投げ込んでしまった。それから、二本の丸太を元通り横たえて

(うえにふるだわらをしきならべた。ほんとうは、あのいしももとどおりにしなければならない)

上に古俵をしき並べた。「本当は、あの石も元通りにしなければならない

(のですが、じかんをはぶくために、いしだけはりゃくしたのです あけちがこごえでせつめいする。)

のですが、時間を省く為に、石だけは略したのです」明智が小声で説明する。

(しょうかいぶつは、うえにあがって、ゆかいたをはめると、ておちはないかと、あたりを)

小怪物は、上にあがって、床板をはめると、手落ちはないかと、あたりを

(みまわしたうえ、またすこしもおとをたてぬあるきかたで、にかいのしょさいへとひきかえす。)

見廻した上、また少しも音を立てぬ歩き方で、二階の書斎へと引返す。

(けんぶつたちが、そのあとをおったのは、いうまでもない。しょさいにかえったかいぶつは、)

見物達が、そのあとを追ったのは、いうまでもない。書斎に帰った怪物は、

(けんぶつたちが、へやにはいるのをまって、どあにかぎをかけると、そのへんをにゅうねんに)

見物達が、部屋に入るのを待って、ドアにかぎをかけると、その辺を入念に

(みまわしてから、またぶつぞうをあしばに、ほそびきをつたわって、くものように、するすると)

見廻してから、また仏像を足場に、細引を伝わって、クモの様に、スルスルと

(てんじょううらへまいあがっていった。そしてかれのきえたあとへ、かくてんじょうのいたが、もとどおり、)

天井裏へ舞い上って行った。そして彼の消えたあとへ、格天井の板が、元通り、

(ぴったりとはめこまれた。これがだいいちまくのおわりです いいながら、あけちは)

ピッタリとはめ込まれた。「これが第一幕の終りです」いいながら、明智は

(かべのすいっちをおした。ぱっとへやがあかるくなる。だいいちまくのおわり?ではまだ)

壁のスイッチを押した。パッと部屋が明るくなる。第一幕の終り?ではまだ

(だいにまくがあるのかしら。こうして、おがわしょういちのしたいがふんしつしたのです。)

第二幕があるのかしら。「こうして、小川正一の死体が紛失したのです。

(あのくろいやつが、これだけのしごとをおわったあとへ、つねかわさん、あなたがたけいさつの)

あの黒い奴が、これだけの仕事を終ったあとへ、恒川さん、あなた方警察の

(いっこうが、ここへこられたというじゅんじょです すると、おがわをたおしたたんけんは?)

一行が、ここへ来られたという順序です」「すると、小川をたおした短剣は?」

(つねかわしがまちかねて、しつもんした。たんけんはさっきのいっすんぼうしがてんじょうから)

恒川氏が待ち兼ねて、質問した。「短剣はさっきの一寸法師が天井から

(なげつけたのです それはわかってます。しかし、そのたんけんがどうしてきえて)

投げつけたのです」「それは分ってます。しかし、その短剣がどうして消えて

(なくなったのです てんじょうへぎゃくもどりをしたからですよ。つまりあのおもいたんけんには)

なくなったのです」「天井へ逆戻りをしたからですよ。つまりあの重い短剣には

(きぬのいとがついていたのです。......やっこさん、かんがえたではありませんか。)

絹の糸がついていたのです。......奴さん、考えたではありませんか。

(げんばにきょうきをのこさぬために、てんじょうから、これをなげつけて、あいてをころしたあとで、)

現場に兇器を残さぬ為に、天井から、これを投げつけて、相手を殺したあとで、

(このひもで、たんけんをたぐりあげるしかけなんです。みっぺいされたへやのなかの、はんにんも)

この紐で、短剣をたぐり上げる仕掛けなんです。密閉された部屋の中の、犯人も

(きょうきもないさつじんというと、いかにもきかいせんばんにきこえますが、たねをわってみれば)

兇器もない殺人というと、如何にも奇怪千万に聞えますが、種を割って見れば

(ぞんがいあっけないものですよ)

存外あっけないものですよ」

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