吸血鬼61

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(ふたりのけんぶつは、いきをのんで、みみをすました。てんじょううらではどんなことが)

二人の見物は、息を呑んで、耳をすました。天井裏ではどんなことが

(おこっているのだ。あんまりしずかすぎるではないか。どちらがかったのだ。)

起っているのだ。あんまり静かすぎるではないか。どちらが勝ったのだ。

(と、しのようなせいじゃくのなかから、かすかに、かすかに、いとよりほそいうめきごえが)

と、死のような静寂の中から、かすかに、かすかに、糸より細いうめき声が

(きこえてきた。どちらかが、しめころされたのだ。ぞっとそうけだつような、)

聞こえて来た。どちらかが、しめ殺されたのだ。ゾッと総毛立つような、

(だんまつまのうめきごえだ。そのほそいこえがともしびがきえるように、だんだんおとろえて、やみのなかに)

断末魔のうめき声だ。その細い声が燈火が消えるように、段々衰えて、暗の中に

(とけこんでしまうと、いっそうぶきみなせいじゃくがもどってきた。それから、まちどおしい)

とけ込んでしまうと、一層不気味な静寂が戻って来た。それから、待遠しい

(すうじゅうびょうがすぎさると、みしりみしり、てんじょうにあしおとがきこえて、まもなく、れいの)

数十秒が過ぎ去ると、ミシリミシリ、天井に足音が聞こえて、間もなく、例の

(あなから、いっぽんのほそびきが、そろそろとおりてきた。ほそびきのさきには、ぐったりと)

穴から、一本の細引が、ソロソロと降りて来た。細引の先には、グッタリと

(なったにんげんのからだがくくりつけてある。しがいだ。かいちゅうでんとうのまるいひかりが、そのしがいと)

なった人間の身体が括りつけてある。死骸だ。懐中電燈の丸い光が、その死骸と

(ともに、かべをすべりおちて、じゅうたんのうえにだえんをえがいた。しがいは、あしばにおいた)

共に、壁をすべり落ちて、絨氈の上に楕円を描いた。死骸は、足場においた

(いす、てーぶるをよけて、しずかにじゅうたんのしろいだえんのなかによこたわった。やっぱり)

椅子、テーブルをよけて、静かに絨氈の白い楕円の中に横たわった。やっぱり

(そうだ。からだのちいさいやつがまけたのだ。ほそびきでおろされたしがいは、あのみにくい)

そうだ。身体の小さい奴が負けたのだ。細引でおろされた死骸は、あの醜い

(いっすんぼうしであった。ぜんしんまっくろなしょうかいぶつのくびには、いっぽんのあかいひもが、おそろしい)

一寸法師であった。全身真黒な小怪物の首には、一本の赤い紐が、恐ろしい

(きずぐちのように、まきついていた。そのひもでしめころされたのだ。だえんのひかりで)

傷口の様に、まきついていた。その紐で絞め殺されたのだ。楕円の光で

(ふちどられた、じゅうたんのうえのくろいしがい、そのくびのまっかなひも、きかいな、しかしうつくしい)

ふちどられた、絨氈の上の黒い死骸、その首の真赤な紐、奇怪な、しかし美しい

(えであった。やがて、おなじほそびきをつたわって、かがいしゃのますくのかいぶつが、)

絵であった。やがて、同じ細引を伝わって、加害者のマスクの怪物が、

(するすると、しずかながめんのなかへはいってきた。かれはしばらくしがいのうえにかがみこんで、)

スルスルと、静かな画面の中へ入って来た。彼は暫く死骸の上にかがみ込んで、

(しらべていたが、そせいのしんぱいがないとわかったのか、からだをくくったほそびきをといて、)

しらべていたが、蘇生の心配がないと分ったのか、身体を括った細引を解いて、

(いすとてーぶるのあしばによじのぼり、ほそびきをてんじょうへかくし、いまおりてきたあなに、)

椅子とテーブルの足場によじ昇り、細引を天井へ隠し、今降りて来た穴に、

(もとどおりいたをはめ、さて、ふようになったいす、てーぶるはもとのばしょへもどし、)

元通り板をはめ、さて、不要になった椅子、テーブルは元の場所へ戻し、

など

(ちゅういぶかく、はんざいのあとをけしてしまった。つぎには、しがいのしまつをするのかとおもうと)

注意深く、犯罪の跡を消してしまった。次には、死骸の始末をするのかと思うと

(そうではない。ますくのかいじんは、さっきそのまえでたちどまった、にょらいざぞうにちかづくと)

そうではない。マスクの怪人は、さっきその前で立止った、如来座像に近づくと

(いきなり、ちからをこめて、このかなぶつをおしころがした。ごーんといんうつなひびきをたてて)

いきなり、力をこめて、この金仏をおしころがした。ゴーンと陰鬱な響を立てて

(だいざをはずれ、のけざまにたおれたにょらいさまの、おしりのしたはがらんどうだ。みると、)

台座を外れ、のけざまに倒れた如来様の、お尻の下はがらんどうだ。見ると、

(のこっただいざのうえに、ちいさなてさげきんこがおいてある。けんぶつたちにも、やっと)

残った台座の上に、小さな手提金庫がおいてある。見物達にも、やっと

(ことのしだいがわかってきた。ふたりのかいぶつは、このてさげきんこのために、あのような)

事の次第が分って来た。二人の怪物は、この手提金庫の為に、あのような

(おそろしいあらそいをしたのだ。にょらいさまが、みをもってかくしていたてさげきんこ、そのなかには)

恐ろしい争いをしたのだ。如来様が、身を以て隠していた手提金庫、その中には

(さだめしおびただしいざいほうがひめられていたにそういない。ますくのじんぶつは、その)

定めしおびただしい財宝が秘められていたに相違ない。マスクの人物は、その

(きんこのふたをあけて、なかのしなものを、ほうぼうのぽけっとに、わけていれた。いや、)

金庫のふたをあけて、中の品物を、方々のポケットに、分けて入れた。いや、

(いれるかっこうをしてみせた。あとでくわしくもうしあげますが、きんこのなかには)

入れる格好をして見せた。「あとで詳しく申上げますが、金庫の中には

(おびただしいほうせきるいがいれてあったのです あけちがせつめいする。なかみをとりだすと)

おびただしい宝石類が入れてあったのです」明智が説明する。中味を取り出すと

(きんこはそのままにして、ぞくは、じぶんのからだよりもおおきいかなぶつを、もとどおりおこそうと)

金庫はそのままにして、賊は、自分の身体よりも大きい金仏を、元通り起そうと

(するのだが、なかなかてにおえぬ、そこで、こうじょうやくのあけちが、そこへいっててを)

するのだが、仲々手におえぬ、そこで、口上役の明智が、そこへ行って手を

(かして、やっともとのだいざにすえつけるというごあいきょうがあって、ほんとうのぞくは、)

貸して、やっと元の台座に据えつけるという御愛嬌があって、「本当の賊は、

(もっとちからがつよかったのです。てだすけはなかったのです とかいせつがついた。)

もっと力が強かったのです。手助けはなかったのです」と解説がついた。

(それがすむと、かいじんぶつは、いっすんぼうしのしがいをかかえて、へやをでる。またしても)

それがすむと、怪人物は、一寸法師の死骸を抱えて、部屋を出る。またしても

(さんにんづれのびこうがはじまった。つねかわしはさほどでもなかったが、みたにせいねんは、)

三人連れの尾行が始まった。恒川氏は左程でもなかったが、三谷青年は、

(しろうとのかなしさに、このおしばいをおもしろがるどころか、すっかりおびえていた。)

素人の悲しさに、このお芝居を面白がるどころか、すっかりおびえていた。

(みたにくん、きぶんでもおわるいのですか あけちが、ふとそれにきづいて、かいちゅうでんとうを)

「三谷君、気分でもお悪いのですか」明智が、ふとそれに気づいて、懐中電燈を

(みたにのかおにさしつけた。いや、なんでもないのです。あまりふしぎなことばかり)

三谷の顔にさしつけた。「イヤ、何でもないのです。あまり不思議なことばかり

(なので、ちょっと・・・・・・みたには、そういって、わらってみせたが、かおいろはかみのように)

なので、ちょっと……」三谷は、そういって、笑って見せたが、顔色は紙の様に

(まっしろだ。ひたいにはこまかいあぶらあせさえうかんでいる。しっかりなさい。もうすこしで)

真白だ。額にはこまかい油汗さえ浮かんでいる。「しっかりなさい。もう少しで

(なにもかもわかるのです あけちはげんきづけて、せいねんのてをにぎり、それをひっぱるように)

何もかも分るのです」明智は元気づけて、青年の手を握り、それを引っぱる様に

(してあるいていった。かいぶつのいきさきは、やっぱりれいのものおきであった。かれはさいぜんの)

して歩いて行った。怪物の行先は、やっぱり例の物置であった。彼はさい前の

(いっすんぼうしとおなじじゅんじょで、ふるいどのふたをとりのぞき、かかえてきたしがいを、そのなかへ)

一寸法師と同じ順序で、古井戸の蓋を取除き、抱えて来た死骸を、その中へ

(なげいれた。いや、なげいれるまねをした。)

投げ入れた。イヤ、投げ入れる真似をした。

(いどのそこ)

井戸の底

(いっすんぼうしのかいぶつは、かれがさっきおがわしょういち にしたとおりのてつづきで、)

一寸法師の怪物は、彼がさっき小川正一(の藁人形)にした通りの手続きで、

(こんどはじぶんがふるいどへなげこまれたのだ。といって、ほんとうにとびこんだわけでは)

今度は自分が古井戸へ投げ込まれたのだ。といって、本当に飛び込んだ訳では

(ない。しがいといっても、かれはおしばいのしがいなのだから。なげこまれるかっこうをした)

ない。死骸といっても、彼はお芝居の死骸なのだから。投げ込まれる格好をした

(だけで、ぴょいといどのくちをとびこして、ものおきのすみにたった。ますくのじんぶつも、)

だけで、ピョイと井戸の口を飛び越して、物置の隅に立った。マスクの人物も、

(おなじすみへいって、てきどうしが、なかよくならんで、ひかえている。これがだいにまくめの)

同じ隅へ行って、敵同志が、なかよく並んで、控えている。「これが第二幕目の

(おわりです あけちがかいせつした。かれはやっぱりみたにのてをにぎりつづけている。で、)

終りです」明智が解説した。彼はやっぱり三谷の手を握りつづけている。「で、

(まださんまくめがあるのですか つねかわしが、まっくらなふるいどをのぞきこみながら、はなを)

まだ三幕目があるのですか」恒川氏が、真暗な古井戸をのぞき込みながら、鼻を

(ぴくぴくさせて、たずねた。ええ、さんまくめがあります。しかし、ごたいくつでしたら)

ピクピクさせて、尋ねた。「エエ、三幕目があります。しかし、ご退屈でしたら

(さんまくめはくちでいってもわかるのです それがいい けいぶはそくざにさんせいして、)

三幕目は口でいっても分るのです」「それがいい」警部は即座に賛成して、

(だが、そのまえに、ぼくはこのいどのなかをしらべてみたいのです と、もうがまんが)

「だが、その前に、僕はこの井戸の中を調べて見たいのです」と、もう我慢が

(できぬようすだ。では、そこのすみにちいさいはしごがありますから、それをいどの)

出来ぬ様子だ。「では、そこの隅に小さい梯子がありますから、それを井戸の

(なかへたてて、おりてごらんなさい。かいちゅうでんとうをおかししますから ぶたいかんとくの)

中へ立てて、降りてごらんなさい。懐中電燈をお貸ししますから」舞台監督の

(おゆるしがでたので、けいぶはさっそく、かいちゅうでんとうをかり、はしごをおろして、いどのなかへ)

お許しが出たので、警部は早速、懐中電燈を借り、梯子をおろして、井戸の中へ

(はいっていった。そのそこに、あんなおそろしいものがよこたわっていようとは、まるで)

入って行った。その底に、あんな恐ろしいものが横わっていようとは、まるで

(よきしないで。おりていくと、まずさいしょ、かいちゅうでんとうのひかりにてらしだされたのは、)

予期しないで。降りて行くと、先ず最初、懐中電燈の光に照らし出されたのは、

(さっきなげこまれたわらにんぎょうだ。けいぶはそれをひろって、いどのそとへ、なげあげた。)

さっき投げ込まれた藁人形だ。警部はそれを拾って、井戸の外へ、投げ上げた。

(そのしたは、どくしゃもしっているとおり、みたにせいねんがしずこをかくすときに、なげいれた)

その下は、読者も知っている通り、三谷青年が倭文子を隠す時に、投げ入れた

(にまいのふとんだ。ちょっと、てつだってください。たいへんなふとんだ いどのそこから)

二枚の蒲団だ。「ちょっと、手伝って下さい。大変な蒲団だ」井戸の底から

(つねかわしのこえがひびいてくる。それをきくと、あけちのさしずですみにたたずんでいた)

恒川氏の声が響いて来る。それを聞くと、明智の指図で隅にたたずんでいた

(ふたりのかいじんぶつが、いどのくちへちかづき、けいぶがしたからさしだすふとんを、いちまいずつ、)

二人の怪人物が、井戸の口へ近づき、警部が下からさし出す蒲団を、一枚ずつ、

(ひきあげた。さて、ふとんのしたになにがあったか。それがふたりのにんげんのしがいで)

引上げた。さて、蒲団の下に何があったか。それが二人の人間の死骸で

(あることは、さっきからのおしばいで、つねかわしにもよくわかっていた。ひとりは)

あることは、さっきからのお芝居で、恒川氏にもよく分っていた。一人は

(おがわしょういちにきまっている。だが、もうひとりは?あのみにくいこびとじまは、おがわの)

小川正一に極っている。だが、もう一人は?あの醜い小人島は、小川の

(げしにんは、いったいぜんたいなにものであろう。かれはそれがいっこくもはやくたしかめたいのだ。)

下手人は、一体全体何者であろう。彼はそれが一刻も早く確めたいのだ。

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