吸血鬼70
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問題文
(さいごのさつじん)
最後の殺人
(たにやまはせいひょうきかいしつにはいると、ぱちんとでんとうのすいっちをひねった。まずめに)
谷山は製氷機械室に入ると、パチンと電燈のスイッチをひねった。先ず目に
(はいるのは、おおきなにだいのでんどうき、だいしょういくつかのどうせいしりんだあ、かべやてんじょうを)
入るのは、大きな二台の電動機、大小幾つかの銅製シリンダア、壁や天井を
(へびのようにはいまわるすうじょうのてっかん、きかいはうんてんをきゅうししていたけれど、ぞっと)
蛇のようにはい廻る数条の鉄管、機械は運転を休止していたけれど、ゾッと
(みにしむれいきが、どこやらにただよっている。ここにはだれもいないじゃ)
身にしむ冷気が、どこやらにただよっている。「ここには誰もいないじゃ
(ないか。しずこさんたちはどこにいるのだ つねかわしが、きょろきょろあたりを)
ないか。倭文子さん達はどこにいるのだ」恒川氏が、キョロキョロあたりを
(みまわして、いった。ここにいるんです。いまにあわせてあげますよ たにやまは)
見廻して、いった。「ここにいるんです。今に会わせて上げますよ」谷山は
(うすきみのわるいびしょうをうかべて、だが、そのまえに、ぼくはなにもかも)
薄気味の悪い微笑を浮かべて、「だが、その前に、僕は何もかも
(はくじょうしましょう。ぼくがなぜしずこさんをこんなめにあわせたかそのわけをきいて)
白状しましょう。僕がなぜ倭文子さんをこんな目に会わせたかその訳を聞いて
(ください いや、それは、あとでゆっくりきこう。まずしずこさんをだしたまえ)
下さい」「イヤ、それは、あとでゆっくり聞こう。まず倭文子さんを出し給え」
(けいぶは、あいてがいちじのがれをいっているのではないかとうたがった。いや、さきに)
警部は、相手が一時のがれをいっているのではないかと疑った。「イヤ、先に
(ぼくのはなしをきいてくださらなければ、あのひとたちにおあわせすることはできません。)
僕の話を聞いて下さらなければ、あの人達にお会わせすることは出来ません。
(できないわけがあるのです たにやまはごうじょうだ。よろしい。てみじかにはなしてみたまえ)
出来ない訳があるのです」谷山は強情だ。「よろしい。手短に話して見給え」
(あけちが、なにかおもうところあるらしく、たにやまのもうしでをゆるした。ぼくはいかにも)
明智が、何か思う所あるらしく、谷山の申出を許した。「僕は如何にも
(しつれんじさつをとげたたにやまじろうのおとうとです。ぼくはあくにんです。いえをほかにして、わるいこと)
失恋自殺をとげた谷山二郎の弟です。僕は悪人です。家を外にして、悪いこと
(ばかりはたらいていました。しかし、あくにんだからといって、あいじょうがないわけでは)
ばかり働いていました。しかし、悪人だからといって、愛情がない訳では
(ありません。いやぼくはひといちばいあいじょうがふかいのです。あにのじろうとはことになかよしで、)
ありません。イヤ僕は人一倍愛情が深いのです。兄の二郎とは殊に仲よしで、
(あにのためにはすいかもじせぬあいじょうをもっていました。・・・・・・ぼくはかぜのたよりに、あにが)
兄のためには水火も辞せぬ愛情を持っていました。……僕は風の便りに、兄が
(びょうきをしていることをしったので、いそいでみまいにかえりました。あにはひとりぼっちで)
病気をしていることを知ったので、急いで見舞に帰りました。兄は一人ぼっちで
(ちりょうをするひようもなく、なぐさめてくれるともだちもなく、あかづいたせんべいぶとんに)
治療をする費用もなく、慰めてくれる友達もなく、垢づいた煎餅ぶとんに
(くるまって、しにかけていました。・・・・・・しずこにころされたのです。あのときの)
くるまって、死にかけていました。……倭文子に殺されたのです。あの時の
(しずこのやりかたが、どんなにざんこくなものであったか。あにのしつれんがどれほどみじめな)
倭文子のやり方が、どんなに残酷なものであったか。兄の失恋がどれ程みじめな
(ものであったか。くちではいえません・・・・・・あにはあかだらけの、ひげむしゃの、)
ものであったか。口ではいえません……兄はあかだらけの、ひげむしゃの、
(あおざめおとろえた、しつれんのおにとかわりはてていました。あにはとこからおきあがるちからもなく、)
青ざめ衰えた、失恋の鬼と変り果てていました。兄は床から起き上る力もなく、
(ぼろぼろとなみだをこぼして、りょうてでくうをつかむようにして、なきさけぶのです。)
ボロボロと涙をこぼして、両手で空をつかむ様にして、泣き叫ぶのです。
(おれはくやしい。あいつを、しずこを、ころしにいくたいりょくがないのが)
――おれはくやしい。あいつを、倭文子を、殺しに行く体力がないのが
(くやしい。あいつは、びんぼうなうえにびょうきにとりつかれたみじめなおれにあいそを)
くやしい。あいつは、貧乏な上に病気にとりつかれたみじめなおれにあいそを
(つかして、はたやなぎというおおがねもちのにょうぼうになってしまった。それだけならいいのだ。)
つかして、畑柳という大金持の女房になってしまった。それだけならいいのだ。
(いちばんくやしいのは、そんなおんなを、わしをふみにじっていったおんなを、おれは、)
一番くやしいのは、そんな女を、わしを踏みにじって行った女を、おれは、
(このさんねんというもの、おもいつづけて、とうとうこんなになってしまったことだ。)
この三年というもの、思いつづけて、とうとうこんなになってしまったことだ。
(・・・・・・そういってあにはなくのです。・・・・・・しずこは、あにのいっしょうがいでたったひとりの、)
……そういって兄は泣くのです。……倭文子は、兄の一生涯でたった一人の、
(せかいじゅうのどんなたからにもかえがたいこいびとでした。そのこいびとが、まるでふるぞうりでも)
世界中のどんな宝にも換難い恋人でした。その恋人が、まるで古草履でも
(すてるように、あにをふりすてて、つばをはきかけて、あいてもあろうに、にじゅうも)
捨てるように、兄をふり捨てて、つばをはきかけて、相手もあろうに、二十も
(としうえの、ぶおとこの、さぎしに、みずからすすんでとついでいったのです。・・・・・・)
年上の、醜男の、詐欺師に、みずから進んでとついで行ったのです。……
(あにはあるひぼくのしらぬまに、どくやくをのんだのです。そのいまわのきわに、あには)
兄はある日僕の知らぬ間に、毒薬を飲んだのです。そのいまわの際に、兄は
(ごぼごぼとせきいって、おそろしくちをはいて、そのちまみれのてでぼくのてをにぎって)
ゴボゴボと咳入って、恐ろしく血を吐いて、その血まみれの手で僕の手を握って
(きえていくこえで、さけんだのです。 おれはがまんができない。おれはしんでも)
消えて行く声で、叫んだのです。――おれは我慢が出来ない。おれは死んでも
(しにきれない。しつれんのおにとなって、あいつをとりころさないでおくものか。)
死に切れない。失恋の鬼となって、あいつを取殺さないでおくものか。
(そして、そのこえがほそくほそくなって、ついにきえてしまうまで、おなじのろいの)
――そして、その声が細く細くなって、ついに消えてしまうまで、同じのろいの
(ことばをくりかえしたのです。ぼくはあにのしがいにすがりついて、ちかいました。)
言葉を繰返したのです。僕は兄の死骸にすがりついて、誓いました。
(にいさんのかたきは、きっとぼくがうってあげます。あのおんなのざいさんをうばい、)
――兄さんの敵は、きっと僕が討ってあげます。あの女の財産を奪い、
(あのおんなをりようじよくし、さいごにあのおんなをころしてやります。どうせぼくはおかみから)
あの女を凌辱し、最後にあの女を殺してやります。どうせ僕はお上から
(にらまれているあくにんだ。どんなつみをおかしたところでごぶごぶなんだ。にいさん、)
にらまれている悪人だ。どんな罪を犯した処で五分五分なんだ。兄さん、
(あなたのかわりに、ぼくがいきながら、のろいのおにとなって、このふくしゅうをとげて)
あなたの代りに、僕が生きながら、のろいの鬼となって、この復讐をとげて
(みせます。 とちかったのです。・・・・・・みたにのたにやまさぶろうは、いんきなきかいしつのなかで)
見せます。――と誓ったのです。……」三谷の谷山三郎は、陰気な機械室の中で
(あけちとつねかわけいぶをまえにして、さけびつづける。ぼくはあににかわって、しずこいっかを)
明智と恒川警部を前にして、叫び続ける。「僕は兄に代って、倭文子一家を
(ねらう、ふくしゅうきとなった。そのじゅんびのためにはいかなるくつうも、いかなるざいあくも)
ねらう、復讐鬼となった。その準備のためには如何なる苦痛も、如何なる罪悪も
(いとわなかった。それまでもたびたびやっていたどろぼうを、もっとおおげさに)
いとわなかった。それまでも度々やっていた泥棒を、もっと大げさに
(やりはじめた。ろうかめんをつくらせたのも、このこうじょうをかいいれたのさえ、)
やり始めた。ろう仮面を作らせたのも、この工場を買入れたのさえ、
(そうしてえたかねだ。・・・・・・さいしょのけいかくでは、あにのこいがたきにあたる、はたやなぎしょうぞうも)
そうして得た金だ。……最初の計画では、兄の恋敵に当る、畑柳庄蔵も
(ころしてやるつもりだったが、じゅんびのために、ひをくらしているあいだに、)
殺してやる積りだったが、準備のために、日を暮している間に、
(あいつはろうししてしまった。それが、じつはあいつがふかくもたくらんだとりっくである)
あいつは牢死してしまった。それが、実はあいつが深くも企んだトリックである
(ことをしったのは、ぼくもごくさいきんなのだ。それからまた、いちねんいじょうのつきひが)
ことを知ったのは、僕もごく最近なのだ。それからまた、一年以上の月日が
(むだにすぎた。おれは、くうためにもかせがなければならなかったからだ。)
無駄に過ぎた。おれは、食うためにも稼がなければならなかったからだ。
(そればかりではない。おれはこのよのおもいでに、かわいそうなあにへのたむけに、)
そればかりではない。おれはこの世の思い出に、可哀相な兄への手向けに、
(このふくしゅうを、できるだけはでやかに、しかもできるだけこうみょうなほうほうによって、)
この復讐を、出来るだけはでやかに、しかも出来るだけ巧妙な方法によって、
(なしとげようとしんこんをくだいたからだ。・・・・・・だが、とうとう、おれのじゅんびは)
なしとげようと心魂を砕いたからだ。……だが、とうとう、おれの準備は
(かんせいした。きちがいぶんしのそのだこっこうという、おあつらえむきのじょしゅもてにいれた。)
完成した。気違い文士の園田黒虹という、おあつらえ向きの助手も手に入れた。
(それからはあんたがたのしっているとおりだ。おれはおかだみちひこというかわりものの)
それからはあんた方の知っている通りだ。おれは岡田道彦という変りものの
(がかをころして、おれのみがわりにするけいかくをたてた。しかも、ちょうどそのとき、)
画家を殺して、おれの身替りにする計画を立てた。しかも、丁度その時、
(しおばらおんせんへ、れいのくちびるのないおとこがあらわれた。おれはそれがはたやなぎしょうぞうだとはすこしも)
鹽原温泉へ、例の唇のない男が現われた。おれはそれが畑柳庄蔵だとは少しも
(しらなかったけれど、はんざいをいっそうふくざつにするために、これさいわいと、おなじような)
知らなかったけれど、犯罪を一層複雑にするために、これ幸いと、同じ様な
(くちびるのないろうかめんをつくらせて、かいだんめいたしゅこうをこらした。・・・・・・おれはおもうぞんぶん)
唇のないろう仮面を作らせて、怪談めいた趣向をこらした。……おれは思う存分
(あいつをこわがらせ、かなしませ、くるしめぬいてやった。さいとうしつじには、なんのうらみも)
あいつを怖がらせ、悲しませ、苦しめ抜いてやった。斎藤執事には、何の恨みも
(なかったが、しずこをくるしめるためなら、おいぼれのいのちなんか、もんだいじゃない。)
なかったが、倭文子を苦しめる為なら、おいぼれの命なんか、問題じゃない。
(・・・・・・おれはまた、さいきんになって、おもわぬえものをはっけんした。やねうらのしゅせんど、)
……おれはまた、最近になって、思わぬ獲物を発見した。屋根裏の守銭奴、
(はたやなぎしょうぞうだ。おれはかんせいをあげた。さっそくあいつのうらをかいて、やねうらにのぼり、)
畑柳庄蔵だ。おれは歓声を上げた。早速あいつの裏をかいて、屋根裏に昇り、
(ひとおもいにしめころしてしまった。そして、はたやなぎけのざいさんのなかばいじょうをしめる、)
一思いに絞め殺してしまった。そして、畑柳家の財産の半以上を占める、
(あのほうせきるいをうばいとってしまった。・・・・・・わははは、・・・・・・おれはゆかいで)
あの宝石類を奪い取ってしまった。……ワハハハ、……おれは愉快で
(たまらないのだ。あににやくそくしたことは、すっかりはたしてしまったのだ。おれは)
たまらないのだ。兄に約束したことは、すっかり果してしまったのだ。おれは
(このにさんにちあにのゆめばかりみる。あにはゆめのなかで、さもうれしそうににっこりわらって)
この二三日兄の夢ばかり見る。兄は夢の中で、さもうれし相にニッコリ笑って
(おれにおれいをいってくれるのだ。ね、おれいをいってくれるのだぜ。)
おれにお礼をいって呉れるのだ。ね、お礼をいって呉れるのだぜ。
(わははは・・・・・・たにやまは、てをふりあしをふみならして、おどりくるいながら、)
ワハハハ……」谷山は、手を振り足を踏み鳴らして、躍り狂いながら、
(きちがいのようにこうしょうした。)
気違いの様に哄笑した。