吸血鬼73

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(あ、きさま・・・・・・だが、そんなことはない。そんなばかなことがあるものか)

「ア、貴様……だが、そんなことはない。そんな馬鹿なことがあるものか」

(かれは、なぜかはなごおりのほうをみぬようにしてさけんだ。はははははは、ぼくのおみやげの)

彼は、なぜか花氷の方を見ぬようにして叫んだ。「ハハハハハハ、僕のお土産の

(いみがわかったらしいね。ほら、きみはつららをみることができぬではないか。)

意味が分ったらしいね。ホラ、君は氷柱を見ることが出来ぬではないか。

(とじこめられているしずこさんたちを、よくみるのが、きみはこわいのだ じじつ、)

閉じこめられている倭文子さん達を、よく見るのが、君はこわいのだ」事実、

(たにやまはそれをこわがっていた。かれはまっさおになってさけんだ。いってくれ。)

谷山はそれをこわがっていた。彼は真青になって叫んだ。「いってくれ。

(ほんとうのことをいってくれ。きみはいったいなにをしたのだ。きみのみやげというのはなんだ)

本当のことをいってくれ。君は一体何をしたのだ。君の土産というのは何だ」

(ぼくのくちからいうまでもなく、きみがちょっと、そのはなごおりへちかづいて、なかのにんげんを)

「僕の口からいうまでもなく、君がちょっと、その花氷へ近づいて、中の人間を

(しらべてみればいいのだ それじゃあきみは、あれが、しずことしげるでないと)

調べて見ればいいのだ」「それじゃあ君は、あれが、倭文子と茂でないと

(いうのか たにやまはわきみをしたまま、うつろなこえでたずねた。うん、)

いうのか」谷山は脇見をしたまま、うつろな声でたずねた。「ウン、

(しずこさんとしげしょうねんではないのだ あけちがきっぱりとどめをさした。ちがう、)

倭文子さんと茂少年ではないのだ」明智がキッパリとどめをさした。「違う、

(ちがう。おれはそんなばかげたことをしんようするわけにはいかぬ たにやまは、みじめに、)

違う。おれはそんな馬鹿気たことを信用する訳には行かぬ」谷山は、みじめに、

(だだをこねた。みたまえ。こおりのなかをのぞいてみたまえ。よくみれば、すぐ)

だだをこねた。「見たまえ。氷の中をのぞいて見たまえ。よく見れば、すぐ

(わかるのだ たにやまは、ひたいにあぶらあせをうかべながら、ひっしのきりょくで、ひょいと)

解るのだ」谷山は、額にあぶら汗を浮かべながら、必死の気力で、ヒョイと

(つららをふりむいた。そして、ちばしっためをこおりのなかのぼしのらたいぞうにくぎづけに)

氷柱を振り向いた。そして、血走った目を氷の中の母子の裸体像に釘づけに

(した。わはははは、たんていさん。きみはきがちがったのか。ゆめでもみているのか。)

した。「ワハハハハ、探偵さん。君は気が違ったのか。夢でも見ているのか。

(これがしずことしげるでなくて、いったいだれだというのだ だれでもない え、だれでも)

これが倭文子と茂でなくて、一体誰だというのだ」「誰でもない」「エ、誰でも

(ない? にんげんでないというのさ え、え、にんげん・・・・・・ ろうにんぎょうだよ。きみは)

ない?」「人間でないというのさ」「エ、エ、人間……」「蝋人形だよ。君は

(くちびるのないかめんをつくらせたくらいだから、ろうざいくがどんなにしんにせまってできるもの)

唇のない仮面を作らせた位だから、蝋細工がどんなに真に迫って出来るもの

(だか、よくしっているはずではないか。ぼくはあらかじめきみのけいかくをさっしたもの)

だか、よく知っている筈ではないか。僕はあらかじめ君の計画を察したもの

(だから、ふたりのろうにんぎょうをつくらせて、きみのるすのあいだに、ほんものといれかえて)

だから、二人の蝋人形を作らせて、君の留守の間に、本物と入替えて

など

(おいたのだ。あのときのみょうなよびこは、ぼくのぶかのこばやしくんが、きみをおびきだすために)

おいたのだ。あの時の妙な呼笛は、僕の部下の小林君が、君をおびき出す為に

(ふいたのだよ いわれてみるとこおりづめになったふたりは、にんげんのしがいにしては、)

吹いたのだよ」いわれて見ると氷詰になった二人は、人間の死骸にしては、

(あまりにはだのいろつやがうつくしかった。そのうえよくみると、しずこもしげるしょうねんも、かおには)

あまりに肌の色艶が美しかった。その上よく見ると、倭文子も茂少年も、顔には

(いっこうくもんのひょうじょうがあらわれていないこともわかってきた。たにやまもつねかわけいぶも、あっと)

一向苦悶の表情が現れていないことも解って来た。谷山も恒川警部も、アッと

(いったまま、あけちのあまりのはなれわざに、あいたくちがふさがらなかった。)

いったまま、明智のあまりの放れ業に、あいた口がふさがらなかった。

(まだうたがわしいとおもうなら、ほんとうのしずこさんとしげるしょうねんをひきあわせてあげても)

「まだ疑わしいと思うなら、本当の倭文子さんと茂少年を引合せて上げても

(いい。・・・・・・ふみよさんもうはいってきてもよろしい あけちがどあのそとへこえをかけると)

いい。……文代さんもう入って来てもよろしい」明智がドアの外へ声をかけると

(まちかねていたように、それがあいて、さんにんのじんぶつがはいってきた。どうじにいんさんな)

待ち兼ねていたように、それがあいて、三人の人物が入って来た。同時に陰惨な

(へやのなかが、ぱっとあかるくなった。はいってきたのは、あけちのじょしゅのふみよさんを)

部屋の中が、パッと明るくなった。入って来たのは、明智の助手の文代さんを

(せんとうに、ころされてしまったとばかりおもっていた、はたやなぎしずこと、)

先頭に、殺されてしまったとばかり思っていた、畑柳倭文子と、

(しげるしょうねんであった。)

茂少年であった。

(とうぼう)

逃亡

(そのときのたにやまさぶろうのきょうがくとふんぬのぎょうそうは、みるもむざんであった。むりもない、)

その時の谷山三郎の驚愕と憤怒の形相は、見るも無慙であった。無理もない、

(たとえきゅうけつきのようなあくまにもせよ、ともかくもあにのかたきをうつために、くろうに)

たとえ吸血鬼のような悪魔にもせよ、兎も角も兄の敵を討つ為めに、苦労に

(くろうをかさねたうえ、ついにさいごのもくてきをたっしたとしんじきって、とくとくとして)

苦労を重ねた上、ついに最後の目的を達したと信じ切って、得々として

(そのこうみょうなさつじんしゅだんをみせびらかしていたとき、ころしてしまったはずの、とうのかたきの)

その巧妙な殺人手段を見せびらかしていた時、殺してしまった筈の、当の敵の

(しずこが、いきてかれのめのまえにあらわれたのだ。れいぞうこのなかのようにれいれいとした)

倭文子が、生きて彼の目の前に現れたのだ。冷蔵庫の中のように冷々とした

(せいひょうしつであったにもかかわらず、たまのあせが、かれのあおざめたこめかみをつるつると)

製氷室であったにも拘わらず、玉の汗が、彼の青ざめたこめかみをツルツルと

(ながれおちた。ちばしっためは、しずこのかおをぎょうししたまま、がらすだまのように)

流れ落ちた。血走った目は、倭文子の顔を凝視したまま、ガラス玉のように

(うごかなくなってしまった。かわいたくちびるをぶるぶるとふるわせて、なにごとかいおうと)

動かなくなってしまった。かわいた唇をブルブルとふるわせて、何事かいおうと

(するけれど、こえさえもでなかった。いまはいってきたしずこはとみると、)

するけれど、声さえも出なかった。今這入って来た倭文子はと見ると、

(なきたにやまじろうにたいする、つみぶかいしうちをはじてか、しょんぼりとうなだれて、)

なき谷山二郎に対する、罪深い仕うちを恥てか、しょんぼりとうなだれて、

(きえもいりたいふぜいにみえた。あけちさん、きみはいつのまに、このまじゅつを)

消えも入りたい風情に見えた。「明智さん、君はいつの間に、この魔術を

(おこなったのです。きみはじつにおそろしいひとだ つねかわしは、きょうたんのこえをはっしないでは)

行ったのです。君は実に恐ろしい人だ」恒川氏は、驚嘆の声を発しないでは

(いられなかった。しずこさんとしげるくんのろうにんぎょうはいつかぼくのあぱーとで、)

いられなかった。「倭文子さんと茂君のろう人形はいつか僕のアパートで、

(あなたにもおめにかけたはずです。このこおりにとざされているのは、あのときの)

あなたにもお目にかけた筈です。この氷にとざされているのは、あの時の

(にんぎょうですよ あけちがせつめいした。ぼくは、はんにんがみたにのたにやまであることをさとり、)

人形ですよ」明智が説明した。「僕は、犯人が三谷の谷山であることを悟り、

(かれがしずこさんをひつぎにいれてとうぼうさせたことをしると、ふみよさんとこばやしくんに)

彼が倭文子さんを棺に入れて逃亡させたことを知ると、文代さんと小林君に

(たのんで、ふたりのどりょくによってかそうばからたにやまのほんきょをつきとめることに)

頼んで、二人の努力によって火葬場から谷山の本拠をつきとめることに

(せいこうしました。そして、そのほんきょがせいひょうこうじょうであること、しずこさんたちがそこに)

成功しました。そして、その本拠が製氷工場であること、倭文子さん達がそこに

(ゆうへいされたことがわかると、ぼくはすぐ、たにやまのおそろしいもくろみをかんづいたのです。)

幽閉されたことが分ると、僕はすぐ、谷山の恐ろしい目論見を感づいたのです。

(・・・・・・もしかれが、かそうばからこうじょうにつれこんで、すぐさませいひょうさぎょうにちゃくしゅしたなら、)

……若し彼が、火葬場から工場に連れ込んで、すぐ様製氷作業に着手したなら、

(とうていしずこさんたちをすくいだすよゆうはなかったでしょう。けいさつのちからをかりて、)

到底倭文子さん達を救い出す余裕はなかったでしょう。警察の力を借りて、

(こうじょうをほういすることは、よくしっていました。しかし、かれはしずこさんが)

工場を包囲することは、よく知っていました。しかし、彼は倭文子さんが

(いきているあいだは、いちびょうだってそばをはなれず、ぴすとるをてにしてみはって)

生きている間は、一秒だって側を離れず、ピストルを手にして見張って

(いたのです。きけんとみればたちまちしずこさんはうちころされてしまうのです。・・・・・・)

いたのです。危険と見れば忽ち倭文子さんはうち殺されてしまうのです。……

(ぼくはなまじけいさつにしらせて、とりかえしのつかぬけっかをまねくことをおそれました。)

僕はなまじ警察に知らせて、取返しのつかぬ結果を招くことを恐れました。

(ところが、さいわいなことには、しずこさんをこうじょうにゆうへいすると、かれは、ちょうどねこが)

ところが、幸いなことには、倭文子さんを工場に幽閉すると、彼は、丁度猫が

(ねずみをもてあそぶように、すうじつのあいだぎせいしゃをいかしておいて、ぞんぶんせめ)

鼠をもてあそぶように、数日の間犠牲者を生かしておいて、存分責め

(さいなむようすがみえました。・・・・・・ぼくがどんなにいそいで、あのろうにんぎょうを)

さいなむ様子が見えました。……僕がどんなに急いで、あのろう人形を

(つくらせたかは、あなたもごぞんじのとおりです。たといせいひょうばこのなかでしんでからでも)

作らせたかは、あなたも御存じの通りです。たとい製氷箱の中で死んでからでも

(ただしずこさんたちをぬすみだしたのでは、きけんです。はんにんが、それをしったら、)

ただ倭文子さん達を盗みだしたのでは、危険です。犯人が、それを知ったら、

(どんなぼうきょにでるかしれたものではない。いまのようすでもわかるとおり、こいつは)

どんな暴挙に出るか知れたものではない。今の様子でも解る通り、こいつは

(はんきちがいなのですからね。とうぼうするだけならまだしも、もっとおそろしいしかえしを)

半気違いなのですからね。逃亡するだけならまだしも、もっと恐ろしい仕返しを

(しないともかぎりません。ぼくがにんぎょうのかえだまをつかって、かれをだましだまし、あみに)

しないとも限りません。僕が人形の替玉を使って、彼をだましだまし、網に

(いれるしゅだんをとったのは、それをきょくどにおそれたからです。・・・・・・いよいよ)

入れる手段をとったのは、それを極度に恐れたからです。……いよいよ

(せいひょうさぎょうがはじまったとしると、あらかじめさだめておいたてはずによってこばやしくんが)

製氷作業が始まったと知ると、あらかじめ定めておいた手筈によって小林君が

(はんにんをそとにおびきだし、できるだけながくひきとめているあいだに、ぼくとふみよとで、)

犯人を外におびき出し、出来るだけ長く引とめている間に、僕と文代とで、

(てばやくしずこさんたちとろうにんぎょうのいれかえをおこなったのです。にんぎょうはそのぜんじつ、)

手早く倭文子さん達とろう人形の入替えを行ったのです。人形はその前日、

(ちゃんとこうじょうのものおきごやへはこんでおいたのですから、いれかえに、たいしてじかんは)

ちゃんと工場の物置小屋へ運んでおいたのですから、入替えに、大して時間は

(かかりませんでした。・・・・・・すくいだしたしずこさんとしげるくんは、ぼくのあぱーとへ)

かかりませんでした。……救い出した倭文子さんと茂君は、僕のアパートへ

(かくまっておきました。それをはんにんはすこしもきづかなかった。あえんばこのなかは、)

かくまっておきました。それを犯人は少しも気づかなかった。亜鉛箱の中は、

(ちょっとのぞいたくらいではみわけのつかぬ、ろうにんぎょうが、ちゃんとはいって)

ちょっとのぞいた位では見分けのつかぬ、ろう人形が、ちゃんと入って

(いたのですからね あけちがそんなせつめいをしているあいだに、たにやまははやくも)

いたのですからね」明智がそんな説明をしている間に、谷山は早くも

(ほうしんじょうたいからかいふくしていた。かいふくすると、てきをうちそくなったげきどが、かれを)

放心状態から回復していた。回復すると、敵を討ちそくなった激怒が、彼を

(きょうきさせてしまった。かれはとっさのあいだに、おそろしいさいごのしゅだんをかんがえついた。)

狂気させてしまった。彼はとっさの間に、恐ろしい最後の手段を考えついた。

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