吸血鬼74

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(たにやまはへやのすみへはしっていって、そこのこづくえのひきだしから、いざというときの)

谷山は部屋の隅へ走って行って、そこの小机のひきだしから、いざという時の

(よういに、たまをこめておいたこがたぴすとるをとりいだし、そのひきがねにゆびをかけて、)

用意に、丸をこめておいた小型ピストルを取出し、その引金に指をかけて、

(いちどうのまえへもどってきた。つねかわけいぶも、このとっさのこうどうをそしするひまが)

一同の前へ戻って来た。恒川警部も、このとっさの行動を阻止する暇が

(なかった。てをあげろ。もそもそすると、ぶっぱなすぞ。おれがひとのいのちなんか)

なかった。「手を上げろ。モソモソすると、ぶっ放すぞ。おれが人の命なんか

(なんともおもっていないことは、きみたちもよくしっているはずだ いちどうてをあげるほかは)

なんとも思っていないことは、君達もよく知っている筈だ」一同手を上げる外は

(なかった。わはははは、あけちくん、さすがのめいたんていも、ばかばかしいしっさくを)

なかった。「ワハハハハ、明智君、流石の名探偵も、馬鹿馬鹿しい失策を

(やったものだね たにやまはゆだんなくぴすとるのつつぐちをさゆうにうごかしながら、)

やったものだね」谷山は油断なくピストルの筒口を左右に動かしながら、

(こきみよげにちょうしょうした。しずこのいきたすがたをみて、このままおれが、)

小気味よげにちょう笑した。「倭文子の生きた姿を見て、このままおれが、

(のめのめとおなわをちょうだいするとおもっているのか。おれはやっぱりまけたのでは)

ノメノメとお繩を頂戴すると思っているのか。おれはやっぱり負けたのでは

(ない。しずこのいのちはおれのものだ。ぴすとるであっさりうちころすのは、すこし)

ない。倭文子の命はおれのものだ。ピストルであっさり打ち殺すのは、少し

(ものたらぬが、このばあいしかたがない。さあ、じゃまだてするとだれであろうとようしゃは)

物足らぬが、この場合仕方がない。サア、邪魔立てすると誰であろうと容赦は

(せぬぞ ねらうひとりと、ねらわれるいちだんとは、たがいにあいてからめをはなさず、)

せぬぞ」ねらう一人と、ねらわれる一団とは、互に相手から目を離さず、

(じりじりとへやのなかをはんしゅうした。そのけっか、こいかぐうぜんか、たにやまはゆいいつの)

ジリジリと部屋の中を半周した。その結果、故意か偶然か、谷山は唯一の

(でいりぐちであるどあをせにしてたつことになった。しずこは、しげるしょうねんをだきしめて)

出入口であるドアを背にして立つことになった。倭文子は、茂少年を抱きしめて

(ぶるぶるふるえながら、ひとびとのかげにみをかくすようにしていた。たんていさん、)

ブルブルふるえながら、人々の蔭に身を隠す様にしていた。「探偵さん、

(じゃまだ。どいてくれ。それとも、きみはしずこのみがわりになって、このぴすとるを)

邪魔だ。どいてくれ。それとも、君は倭文子の身代りになって、このピストルを

(うけるつもりかね たにやまのちばしったりょうめに、きちがいめいたぞうおのほのおがもえた。)

受ける積りかね」谷山の血走った両眼に、気違いめいた憎悪のほのおが燃えた。

(みがわりけっこう。ひとつずどんとやってくれたまえ。ここかね、ここかね、それとも)

「身代り結構。一つズドンとやって呉れ給え。ここかね、ここかね、それとも

(このへんをねらうかね あけちはむぼうせんばんにも、あいてのぴすとるのまえに)

この辺をねらうかね」明智は無謀千万にも、相手のピストルの前に

(たちはだかって、わがひたいを、のどを、むねを、じゅんじにゆびさしてみせた。ふみよと)

立ちはだかって、我が額を、喉を、胸を、順次に指さして見せた。文代と

など

(こばやししょうねんのかおいろが、さっとかわった。たにやまのゆびがほんのいちぶかにぶうごけば、あけちの)

小林少年の顔色が、サッと変った。谷山の指がホンの一分か二分動けば、明智の

(いのちはないからだ。あぶないっ たまりかねたつねかわけいぶは、とっさのきてんで、)

命はないからだ。「危いッ」たまり兼ねた恒川警部は、とっさの機転で、

(いきなりあけちをだんどうのそとへつきとばした。どうじに、たにやまのぴすとるがかちっと)

いきなり明智を弾道の外へ突き飛ばした。同時に、谷山のピストルがカチッと

(なった。かれはみょうなかおをしてかち、かちとつづけざまに、ひきがねをひいた。)

鳴った。彼は妙な顔をしてカチ、カチと続けざまに、引金を引いた。

(はははははは つきとばされたあけちがよろめきながら、こうしょうした。たまが)

「ハハハハハハ」突き飛ばされた明智がよろめきながら、こう笑した。「丸が

(でないようだね。そのぴすとるは たにやまは、たちまちそれにきづいて、ぴすとるを)

出ないようだね。そのピストルは」谷山は、忽ちそれに気づいて、ピストルを

(ゆかになげつけた。ちくしょうっ、さてはきさま、ぴすとるのたままでぬきとって)

床に投げつけた。「畜生ッ、さては貴様、ピストルの丸まで抜き取って

(おいたのだな ごすいさつのとおり。ぼくはこういうことには、ひじょうにようじんぶかいたち)

おいたのだな」「御推察の通り。僕はこういう事には、非常に用心深いたち

(だからね あけちがにこにこしながらこたえた。たにやまは、ぜつぼうのあまり、)

だからね」明智がニコニコしながら答えた。谷山は、絶望のあまり、

(しばらくのあいだ、ぼうぜんとたちつくしていたが、ふと、げんざいのかれのいちにきがつくと)

しばらくの間、茫然と立ちつくしていたが、ふと、現在の彼の位置に気がつくと

(こうへんにわらいのかげがうかんだ。かれはそのときぴったりとどあにせなかをつけてたって)

口辺に笑いの影が浮かんだ。彼はその時ピッタリとドアに背中をつけて立って

(いたからだ。ふん、ところで、きみのいいぐさはそれでおしまいかね。だが、)

いたからだ。「フン、ところで、君のいい草はそれでおしまいかね。だが、

(おれのほうには、まださいごのきりふだがのこっていたのだぜ。こういうぐあいにね。・・・・・・)

おれの方には、まだ最後の切札が残っていたのだぜ。こういう具合にね。……」

(いいながら、すでにたにやまのすがたはどあのそとへきえていた。かちかちとかぎを)

いいながら、既に谷山の姿はドアの外へ消えていた。カチカチとかぎを

(かけるおと。わははははは、ざまみろ。つねかわけいぶも、あけちくんも、なまじてだしを)

かける音。「ワハハハハハ、ざま見ろ。恒川警部も、明智君も、なまじ手出しを

(したばっかりに、とんだことになってしまったね。いまにね、きみたちはひとかたまりに)

したばっかりに、飛んだことになってしまったね。今にね、君達は一かたまりに

(なって、そのへやでおだぶつさまだよ どあのそとから、ぞっとするようなあくまの)

なって、その部屋でお陀仏様だよ」ドアの外から、ゾッとする様な悪魔の

(じゅそがひびいてきた。あけちと、つねかわしと、ふみよと、しずこぼしのごにんは、)

じゅそがひびいて来た。明智と、恒川氏と、文代と、倭文子母子の五人は、

(まんまとせいひょうしつにとじこめられてしまった。たにやまは、いったいかれらをどうしようと)

まんまと製氷室にとじこめられてしまった。谷山は、一体彼等をどうしようと

(いうのだろう。せいひょうしつにとじこめられたごにんのものは、おもわずかおをみあわせた。)

いうのだろう。製氷室にとじこめられた五人のものは、思わず顔を見合わせた。

(どうなるのかしら。なにかはんにんのわなにかかったのではあるまいか。ごにんとも、)

どうなるのかしら。何か犯人のわなにかかったのではあるまいか。五人とも、

(このままいのちをうばわれてしまうような、おそろしいきかいじかけが、どこかに)

このまま命を奪われてしまうような、恐ろしい機械仕掛けが、どこかに

(よういされているのではないだろうか。うすぐらいでんとう、くろいみずをたたえたきみょうな)

用意されているのではないだろうか。薄暗い電燈、黒い水をたたえた奇妙な

(いけ、きかいのつくるふくざつないんえい、ろうにんぎょうのきょだいなはなごおり、へやにみなぎるみを)

池、機械の作る複雑な隠影、ろう人形の巨大な花氷、部屋にみなぎる身を

(きるようなれいきなどが、ひとびとをおびえさせた。はははははは つねかわけいぶが)

切るような冷気などが、人々をおびえさせた。「ハハハハハハ」恒川警部が

(とんきょうにわらいだした。そのこえがたかいてんじょうにこだまして、いようにひびいた。)

頓狂に笑い出した。その声が高い天井にこだまして、異様にひびいた。

(ばかやろう、あいつわれわれをとじこめておいてにげるつもりだろうが、こうじょうのそとには)

「馬鹿野郎、あいつ我々をとじこめておいて逃げる積りだろうが、工場の外には

(おもてにも、うらにも、げんじゅうなみはりがついている。やっこさん、いまごろはもうけいじのだれかに)

表にも、裏にも、厳重な見張りがついている。奴さん、今頃はもう刑事の誰かに

(つかまっているじぶんですよ ぼくもそうおもうのだが、しかし・・・・・・あけちはなにか)

つかまっている時分ですよ」「僕もそう思うのだが、しかし……」明智は何か

(すこしふあんらしいちょうしで ともかく、ぼくらはこのへやをでなければ、あいつが)

少し不安らしい調子で「兎も角、僕等はこの部屋を出なければ、あいつが

(でていってからもうだいぶじかんがたった ぼくにおまかせなさい。こんなどあの)

出て行ってからもう大分時間がたった」「僕におまかせなさい。こんなドアの

(いちまいくらい つねかわしは、いせいよくどあにぶつかっていった。どしん、どしん、)

一枚位」恒川氏は、威勢よくドアにぶつかって行った。ドシン、ドシン、

(・・・・・・へやがじしんのようにゆれた。そして、さんどめのたいあたりで、どあのかがみいたが)

……部屋が地震のようにゆれた。そして、三度目の体当りで、ドアの鏡板が

(もろくも、めりめりとやぶれた。やぶれたかとおもうと、そのあなからふきこむかぜとともに)

もろくも、メリメリと破れた。破れたかと思うと、その穴から吹き込む風と共に

(ひとびとはいようなしゅうきをかんじた。もののやけるにおいだ。おや、あいつ、)

人々は異様な臭気を感じた。物の焼ける匂いだ。「オヤ、あいつ、

(ひょっとすると、・・・・・・あけちがおもわずつぶやく。どあがひらかれた。)

ひょっとすると、……」明智が思わずつぶやく。ドアが開かれた。

(ごにんのものは、ひとかたまりになって、つぎのきかいしつへはしりでた。ちくしょうめ、)

五人のものは、一かたまりになって、次の機械室へ走り出た。「畜生め、

(ここにもかぎをかけていきやがった つねかわけいぶは、きかいしつのでぐちのどあに)

ここにもカギをかけて行きやがった」恒川警部は、機械室の出口のドアに

(はしりよってさけんだ。またしても、たいあたりだ。おそろしいおとをたてて、にさんどへやが)

走り寄って叫んだ。またしても、体当りだ。恐ろしい音を立てて、二三度部屋が

(ゆれたかとおもうと、どあはちょうつがいからはなれて、そとのろうかへたおれてしまった。)

ゆれたかと思うと、ドアは蝶交から離れて、外の廊下へ倒れてしまった。

(たおれるとどうじに、ああ、やっぱりそうだ。きいろいけむりが、もくもくとしつないへ)

倒れると同時に、アア、やっぱりそうだ。黄色い煙が、モクモクと室内へ

(しんにゅうしてきた。かじだ。たにやまはこうじょうにひをはなったのだ。するどいおんなのひめいがおこった。)

侵入して来た。火事だ。谷山は工場に火を放ったのだ。鋭い女の悲鳴が起った。

(そして、わーっとなきだすこどものこえ。しげるしょうねんだ。あけちとつねかわしとは、せまいろうかへ)

そして、ワーッと泣き出す子供の声。茂少年だ。明智と恒川氏とは、狭い廊下へ

(おどりだした。みると、ろうかのむこうには、うずまくどくけむりをへだてて、ちょろちょろと)

踊り出した。見ると、廊下の向うには、うずまく毒煙を隔てて、チョロチョロと

(あかぐろいほのおがいんけんしている。だが、ほかににげみちはない。このろうかをつききる)

赤黒い焔が隠顕している。だが、外に逃げ道はない。この廊下を突き切る

(ばかりだ。はやく、はやく、ここをはしりぬけるのです つねかわしがさけんで、せんとうに)

ばかりだ。「早く、早く、ここを走り抜けるのです」恒川氏が叫んで、先頭に

(たった。しずこのてをとるふみよ、なきさけぶしげるしょうねんをだきあげたあけちこごろうという)

立った。倭文子の手を取る文代、泣き叫ぶ茂少年を抱き上げた明智小五郎という

(じゅんじょで、かえんにむかってとっしんした。ああ、あぶなかった。かれらがせいひょうしつで、)

順序で、火焔に向って突進した。アア、あぶなかった。彼等が製氷室で、

(ほんのすこしちゅうちょしていたら、ぶじににげだすことはできなかったにそういない。)

ほんの少し躊躇していたら、無事に逃げ出すことは出来なかったに相違ない。

(たにやまは、むろんかれらをやきころしてしまうつもりだったのだ。)

谷山は、無論彼等を焼き殺してしまう積りだったのだ。

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