黒蜥蜴5

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(ほてるのきゃく)

ホテルの客

(ていとだいいちのkほてるにも、そのよる、ないがいじんのだいぶとうかいがもよおされたが、)

帝都第一のKホテルにも、その夜、内外人の大舞踏会がもよおされたが、

(ほとんどてっしょうおどりぬいたひとたちも、すでにかえりさって、げんかんのぼーいどもが)

ほとんど徹宵踊りぬいた人たちも、すでに帰り去って、玄関のボーイどもが

(ねむけをもよおしはじめたよあけまえのごぜんごじごろ、すいんぐ・どあのまえにいちだいの)

眠気をもよおしはじめた夜明け前の午前五時頃、スイング・ドアの前に一台の

(じどうしゃがよこづけになった。みどりかわふじんのおかえりだ。ぼーいたちはこのぜいたくな)

自動車が横づけになった。緑川夫人のお帰りだ。ボーイたちはこのぜいたくな

(びぼうのきゃくにすくなからぬこういをもっていたので、すばやくそれとさとると、さきを)

美貌の客に少なからぬ好意を持っていたので、素早くそれとさとると、先を

(あらそうようにじどうしゃのどあにはしりよった。けがわのこーとにつつまれたみどりかわふじんが)

争うように自動車のドアに走り寄った。毛皮の外套に包まれた緑川夫人が

(おりたつと、そのあとからひとりのだんせいのどうはんしゃがあらわれた。ねんぱいはしじゅうくらい、)

おり立つと、そのあとから一人の男性の同伴者が現われた。年配は四十くらい、

(ぴんとはねたくちひげ、さんかくがたのこいあご、べっこうぶちのおおきなめがね、けがわのえりの)

ピンとはねた口ひげ、三角型の濃い顎、鼈甲縁の大きな目がね、毛皮の襟の

(ついたあつぼったいこーと、そのしたかられいそうようのしまずぼんがのぞいていようという、)

ついた厚ぼったい外套、その下から礼装用の縞ズボンがのぞいていようという、

(せいじかめいたじんぶつだ。このかたおともだちです。あたしのとなりのへや)

政治家めいた人物だ。「この方お友だちです。あたしの隣の部屋

(あいてましたわね。あすこへよういをさせてください みどりかわふじんは、ふろんとに)

あいてましたわね。あすこへ用意をさせてください」緑川夫人は、フロントに

(いあわせたほてるのしはいにんにこえをかけた。は、あいております。どうか)

居合わせたホテルの支配人に声をかけた。「ハ、あいております。どうか」

(しはいにんはあいそよくこたえて、ぼーいにしたくをめいじた。ひげのきゃくは、だまったまま、)

支配人は愛想よく答えて、ボーイに支度を命じた。ひげの客は、だまったまま、

(そこにひらかれたちょうぼにしょめいして、ふじんのあとをおって、しょうめんのろうかをはいって)

そこにひらかれた帳簿に署名して、夫人のあとを追って、正面の廊下をはいって

(いった。しょめいはやまかわけんさくとなっていた。へやがきまって、めいめいにふぞくの)

行った。署名は山川健作となっていた。部屋がきまって、めいめいに付属の

(ばす・るーむでにゅうよくをすませると、ふたりはみどりかわふじんのしんしつにおちあった。)

バス・ルームで入浴をすませると、二人は緑川夫人の寝室に落ちあった。

(もーにんぐのうわぎをぬいでずぼんだけになったやまかわけんさくしは、しきりとりょうてを)

モーニングの上衣をぬいでズボンだけになった山川健作氏は、しきりと両手を

(こすりながら、いかめしいかおつきににあわぬ、こどもらしいこえでしゃべった。)

こすりながら、いかめしい顔つきに似合わぬ、子供らしい声でしゃべった。

(ああ、たまらねえ。まだこのてににおいがついているようだ。ぼくはあんな)

「ああ、たまらねえ。まだこの手ににおいがついているようだ。僕はあんな

など

(むごたらしいこと、うまれてはじめてですよ。まだむ ほほほほほ、)

むごたらしいこと、生れてはじめてですよ。マダム」「ホホホホホ、

(いったわね。ふたりもいきたにんげんをころしたくせに しっ、こまるなあ、そんなこと)

言ったわね。二人も生きた人間を殺したくせに」「シッ、困るなあ、そんなこと

(ずばずばいわれちゃ。ろうかへきこえやしませんか だいじょうぶ、こんなひくいこえが)

ズバズバいわれちゃ。廊下へ聞こえやしませんか」「大丈夫、こんな低い声が

(きこえるもんですか ああ、おもいだしてもぞっとする やまかわしはぶるぶると)

聞こえるもんですか」「ああ、思い出してもゾッとする」山川氏はブルブルと

(みぶるいをしてみせて、さっきぼくのあぱーとで、あのしがいのかおをてつぼうで)

身ぶるいをして見せて、「さっき僕のアパートで、あの死骸の顔を鉄棒で

(たたきつぶしたときのきもちって、なかったですよ。それから、あいつを)

たたきつぶした時の気持って、なかったですよ。それから、あいつを

(えれべーたーのあなへおとしたとき、はるかしたで、ぐしゃっとおとがしたっけ。うう、)

エレベーターの穴へ落とした時、はるか下で、グシャッと音がしたっけ。ウウ、

(たまらねえ よわむしね、もうすんでしまったことは、かんがえっこなしよ。あんたは)

たまらねえ」「弱虫ね、もうすんでしまったことは、考えっこなしよ。あんたは

(あのときしんでしまったんだわ。ここにいるのは、やまかわけんさくという、)

あのとき死んでしまったんだわ。ここにいるのは、山川健作という、

(れっきとしたがくしゃせんせいじゃないの。しっかりしなきゃだめよ しかし)

れっきとした学者先生じゃないの。しっかりしなきゃだめよ」「しかし

(だいじょうぶですか。だいがくのしたいがふんしつしたことがばれやしませんか)

大丈夫ですか。大学の死体が紛失したことがバレやしませんか」

(なにいってるのよ。ぼくがそれにきがつかないとでもおもっているのかい。)

「なにいってるのよ。僕がそれに気がつかないとでも思っているのかい。

(あすこのじむいんは、ぼくのてしただといったじゃないか。ぼくのこぶんがそんなへまを)

あすこの事務員は、僕の手下だといったじゃないか。僕の子分がそんなヘマを

(するきづかいがあるもんか。いま、がっこうはやすみで、せんせいもがくせいもいやしない。)

する気づかいがあるもんか。今、学校は休みで、先生も学生もいやしない。

(かかりのじむいんがちょうぼをちょっとごまかしておけば、こづかいなんかいちいちしがいのかおを)

係りの事務員が帳簿をちょっとごまかしておけば、小使いなんか一々死骸の顔を

(おぼえているわけじゃなし、あんなにたくさんのなかからひとつくらい)

おぼえているわけじゃなし、あんなにたくさんの中から一つくらい

(なくなったって、とうのかかりいんのほかにはきづくものはありゃしないよ じゃあ、)

なくなったって、当の係員のほかには気づく者はありゃしないよ」「じゃあ、

(そのじむいんに、こんやのことをしらせておかなければいけませんね うん、)

その事務員に、今夜のことを知らせておかなければいけませんね」「ウン、

(それはあさになったら、ちょっとでんわをかけさえすればいいんだよ・・・・・・)

それは朝になったら、ちょっと電話をかけさえすればいいんだよ……

(ところでねえ、じゅんちゃん、あんたにきいてもらいたいことがあるのよ。まあ、)

ところでねえ、潤ちゃん、あんたに聞いてもらいたいことがあるのよ。まあ、

(ここへおかけなさいな みどりかわふじんは、そのとき、はでなゆうぜんぞめのふりそでのねまきを)

ここへおかけなさいな」緑川夫人は、その時、はでな友禅染めの振袖の寝間着を

(きて、べっどのうえにこしかけていたのだが、そのよこのしーつをゆびさして、やまかわしの)

着て、ベッドの上に腰かけていたのだが、その横のシーツを指さして、山川氏の

(じゅんちゃんをさしまねいた。ぼく、このうるさいつけひげとめがね、)

潤ちゃんをさしまねいた。「僕、このうるさいつけひげと目がね、

(とっちゃってもいいですか ええ、いいわ。どあにかぎがかけてあるんだから、)

取っちゃってもいいですか」「ええ、いいわ。ドアに鍵がかけてあるんだから、

(だいじょうぶ そして、ふたりはまるでこいびとのように、べっどにならんでこしかけて、)

大丈夫」そして、二人はまるで恋人のように、ベッドにならんで腰かけて、

(はなしはじめた。じゅんちゃん、あんたはしんでしまったのよ。それがどういう)

話しはじめた。「潤ちゃん、あんたは死んでしまったのよ。それがどういう

(ことだかわかる?つまり、いまここにいる、あんたというあたらしいにんげんは、)

ことだかわかる?つまり、今ここにいる、あんたという新らしい人間は、

(あたしがうんであげたもおなじことよ。だから、あんたは、あたしのどんな)

あたしが産んであげたも同じことよ。だから、あんたは、あたしのどんな

(めいれいにだってそむくことができないのよ もしそむいたら?ころしてしまう)

命令にだってそむくことができないのよ」「もしそむいたら?」「殺してしまう

(までよ。あんた、あたしがおそろしいまほうつかいってこと、しりすぎるほど)

までよ。あんた、あたしが恐ろしい魔法使いってこと、知りすぎるほど

(しってるわね。それに、やまかわけんさくなんてにんげんは、あたしのおにんぎょうさんも)

知ってるわね。それに、山川健作なんて人間は、あたしのお人形さんも

(おなじことで、このよにせきがないのだから、とつぜんきえてなくなったところで、)

同じことで、この世に籍がないのだから、突然消えてなくなったところで、

(だれももんくをいうものはありやしないわ。けいさつだってどうもできやしないわ。)

だれも文句をいうものはありやしないわ。警察だってどうもできやしないわ。

(あたし、きょうからあんたという、うでっぷしのつよいおにんぎょうさんをてに)

あたし、きょうからあんたという、腕っぷしの強いお人形さんを手に

(いれたのよ、おにんぎょうさんていういみは、つまりどれい、ね、どれいよ じゅんいちせいねんは、)

入れたのよ、お人形さんていう意味は、つまり奴隷、ね、奴隷よ」潤一青年は、

(このようまにみいられてしまっていたので、そんなことをいわれても、すこしも)

この妖魔にみいられてしまっていたので、そんなことをいわれても、少しも

(ふかいをかんじなかった。ふかいをかんじるどころか、いうにいわれぬあまいなつかしい)

不快を感じなかった。不快を感じるどころか、いうにいわれぬ甘いなつかしい

(きもちになっていた。ええ、ぼくはあまんじてじょおうさまのどれいになります。どんな)

気持になっていた。「ええ、僕は甘んじて女王さまの奴隷になります。どんな

(いやしいしごとでもします。あなたのくつのそこにだってせっぷんします。そのかわり、)

いやしい仕事でもします。あなたの靴の底にだって接吻します。そのかわり、

(あなたのうんだこをみすてないでください。ねえ、みすてないで。)

あなたの産んだ児を見捨てないでください。ねえ、見捨てないで。」

(かれは、みどりかわふじんのゆうぜんもようのひざにてをかけて、あまえながら、だんだん)

彼は、緑川夫人の友禅模様の膝に手をかけて、甘えながら、だんだん

(なきごえになっていった。)

泣き声になって行った。

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