黒蜥蜴8

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プレイ回数1767難易度(4.5) 4568打 長文 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(じょおうはどれいのまえに、どのようなすがたをさらそうとも、すこしもわるびれも、)

女王は奴隷の前に、どのような姿をさらそうとも、少しも悪びれも、

(はずかしがりもしなかった。あまりのしげきにたえかね、あぶらあせをながしてひめいを)

恥かしがりもしなかった。あまりの刺戟にたえかね、脂汗を流して悲鳴を

(あげるのは、いつもどれいのほうなのだ。まあ、いやにもじもじするわね。)

あげるのは、いつも奴隷の方なのだ。「まあ、いやにもじもじするわね。

(はだかのにんげんがそんなにめずらしいの かのじょはあらゆるきょくせんを、あらゆるふかい)

はだかの人間がそんなに珍しいの」彼女はあらゆる曲線を、あらゆる深い

(いんえいとを、あからさまにみせびらかして、とらんくのふちをまたぎ、そのなかへ)

陰影とを、あからさまに見せびらかして、トランクの縁をまたぎ、その中へ

(まるでたいないのあかんぼうみたいにてあしをちぢめて、すっぽりとはまりこんで)

まるで胎内の赤ん坊みたいに手足をちぢめて、スッポリとはまりこんで

(しまった。というわけさ。これがぼくのてじなのたねあかしなんだよ。どう?)

しまった。「というわけさ。これがボクの手品の種あかしなんだよ。どう?

(このかっこうは とらんくのなかにまるまったにくかいが、おとことおんなとちゃんぼんの)

このかっこうは」トランクの中に丸まった肉塊が、男と女とちゃんぼんの

(ことばづかいでよびかけた。まげたあしのひざがしらが、ほとんどちぶさにくっつくほどで、)

言葉づかいで呼びかけた。まげた足の膝頭が、ほとんど乳房にくっつくほどで、

(ようぶのひふがはりきって、おしりがいようにとびだしてみえた。こうとうぶに)

腰部の皮膚がはりきって、お尻が異様に飛び出して見えた。後頭部に

(くみあわせたりょうてが、かみのけをみだし、わきのしたがむざんにろしゅつしていた。)

組み合わせた両手が、髪の毛をみだし、わきの下が無残に露出していた。

(なにかしらきけいな、まるまるとした、ひじょうにうつくしいももいろのいきものであった。)

なにかしら畸形な、丸々とした、非常に美しい桃色の生きものであった。

(じゅんちゃんのやまかわしは、だんだんだいたんになりながら、とらんくのうえにおよびごしに)

潤ちゃんの山川氏は、だんだん大胆になりながら、トランクの上に及び腰に

(なって、なやましげにめのしたのいきものにみいった。まだむ、とらんくづめの)

なって、なやましげに眼の下の生きものに見入った。「マダム、トランク詰めの

(びじんってわけですか ほほほほほ、まあ、そうよ。このとらんくには、)

美人ってわけですか」「ホホホホホ、まあ、そうよ。このトランクには、

(そとからはわからないように、ほうぼうにちいさいいきぬきのあながあけてあるのよ。)

そとからはわからないように、方々に小さい息ぬきの穴があけてあるのよ。

(だから、こうしてふたをしめてしまっても、ちっそくするようなしんぱいはないんだわ)

だから、こうして蓋をしめてしまっても、窒息するような心配はないんだわ」

(いうかとおもうと、かのじょはばたんととらんくのふたをしめたが、そのあおりの)

いうかと思うと、彼女はバタンとトランクの蓋をしめたが、そのあおりの

(なまあたたかいかぜがじゅくしきったにょたいのかおりをふくんで、じょうきしたせいねんのかおをなでた。)

生暖かい風が熟しきった女体のかおりを含んで、上気した青年の顔をなでた。

(ふたをしめてしまえば、それはいかめしくかくばったいっこのくろいはこにすぎなかった。)

蓋をしめてしまえば、それはいかめしく角ばった一箇の黒い箱にすぎなかった。

など

(そのなかになまめかしくふくよかなももいろのにくかいがひそんでいようなどとは、)

その中になまめかしくふくよかな桃色の肉塊がひそんでいようなどとは、

(どうしてもそうぞうできないのだ。こらいてじなしたちが、ぶさいくなとらんくと)

どうしても想像できないのだ。古来手品師たちが、不細工なトランクと

(うつくしいにょたいとのきわだったとりあわせを、このんでもちいるりゆうがここにあった。)

美しい女体とのきわ立った取り合わせを、好んで用いる理由がここにあった。

(どう?これならだれも、にんげんがはいっているなんてうたがいっこないでしょう)

「どう?これならだれも、人間がはいっているなんて疑いっこないでしょう」

(ふじんがとらんくのふたをほそめにあけて、まるでかいのなかからあらわれた)

夫人がトランクの蓋を細目にあけて、まるで貝のなかから現われた

(ヴぃーなすのように、うつくしくほほえみながら、どういをもとめた。)

ヴィーナスのように、美しくほほえみながら、同意を求めた。

(ええ......すると、つまり、あのほうせきやさんのむすめさんを、この)

「ええ......すると、つまり、あの宝石屋さんの娘さんを、この

(とらんくづめにしてゆうかいしようっていうわけですかい そうよ。)

トランク詰めにして誘拐しようっていうわけですかい」「そうよ。

(もちろんよ。やっとさっしがついたの?あたしはただちょっとみほんをごらんに)

もちろんよ。やっと察しがついたの?あたしはただちょっと見本をごらんに

(いれたってわけなのさ しばらくしてふくそうをととのえたみどりかわふじんが、やまかわしに、)

入れたってわけなのさ」しばらくして服装をととのえた緑川夫人が、山川氏に、

(かのじょのだいたんきわまるゆうかいけいかくをかたりきかせていた。あのむすめさんを、いまのように)

彼女の大胆きわまる誘拐計画を語り聞かせていた。「あの娘さんを、今のように

(つめこむしごとはあたしのうけもちで、それにはちゃんとてだてもあるし、)

つめこむ仕事はあたしの受け持ちで、それにはちゃんと手だてもあるし、

(ますいざいのよういもできているの。そのとらんくをここからはこびだすのが、)

麻酔剤の用意もできているの。そのトランクをここから運び出すのが、

(あんたのやくめ、だいいっかいのうでだめししよ。こんばん、あんたはくじにじゅっぷんのくだりれっしゃに)

あんたの役目、第一回の腕試しよ。今晩、あんたは九時二十分の下り列車に

(のりこむていにして、まえもってなごやまでのきっぷをかわせておいて、とらんくと)

乗りこむていにして、前もって名古屋までの切符を買わせておいて、トランクと

(いっしょにほてるをしゅっぱつして、とらんくはてにもつとしてあずけさせ、ほてるの)

一しょにホテルを出発して、トランクは手荷物としてあずけさせ、ホテルの

(ぽーたーにみおくらせてきしゃにのるのよ。つまり、あんたはなごやへいったものと)

ポーターに見送らせて汽車に乗るのよ。つまり、あんたは名古屋へ行ったものと

(おもいこませて、そのじつ、つぎのsえきでとちゅうげしゃしてしまうんだわ。わかって?)

思いこませて、その実、次のS駅で途中下車してしまうんだわ。わかって?

(むろんとらんくも、しゃしょうにたのんで、きゅうようをおもいだしたとかなんとかいって、)

むろんトランクも、車掌にたのんで、急用を思いだしたとかなんとか言って、

(sえきでおろさせるのよ。ちょっとほねのおれるしごとだけれど、あんたならへまは)

S駅でおろさせるのよ。ちょっと骨の折れる仕事だけれど、あんたならヘマは

(しないわね。そして、sえきから、またとらんくといっしょにじどうしゃにのって、)

しないわね。そして、S駅から、またトランクといっしょに自動車に乗って、

(とうきょうにひきかえし、こんどはmほてるへのりつけるの。そこでいちばんじょうとうな)

東京に引きかえし、こんどはMホテルへ乗りつけるの。そこで一ばん上等な

(へやをえらんで、どっかのおかねもちっていうようなかおをして、いばって)

部屋をえらんで、どっかのお金持ちっていうような顔をして、威張って

(とまりこんでいればいいのよ。あたしも、あすはここをひきはらって、mほてるで)

泊り込んでいればいいのよ。あたしも、あすはここを引きはらって、Mホテルで

(あんたとおちあうつもりなんだから。どう?このけいかくは うん、)

あんたと落ち合うつもりなんだから。どう?この計画は」「ウン、

(おもしろいにはおもしろいですね。だが、そんなひとをくったまねをして)

おもしろいにはおもしろいですね。だが、そんな人をくったまねをして

(だいじょうぶかしら。ぼくひとりじゃ、ちょっとばかりこころぼそいな ほほほほほ、)

大丈夫かしら。僕一人じゃ、ちょっとばかり心細いな」「ホホホホホ、

(ひとごろしまでしたくせに、まるでおぼっちゃんみたいにものおじをしてみせるわね。)

人殺しまでしたくせに、まるでお坊っちゃんみたいに物おじをして見せるわね。

(だいじょうぶよ。あくじというのはね、こそこそしないで、おもいきっておおっぴらに)

大丈夫よ。悪事というのはね、コソコソしないで、思い切って大っぴらに

(やっつけるのが、いちばんあんぜんなんだわ。それに、まんいちばれたら、にもつを)

やっつけるのが、一ばん安全なんだわ。それに、万一バレたら、荷物を

(ほうりだしてずらかっちまえばいいじゃないの。ひとごろしにくらべれば)

ほうり出してズラカっちまえばいいじゃないの。人殺しにくらべれば

(なんでもありゃしないわ だがね、まだむもいっしょにいっちゃいけないの)

なんでもありゃしないわ」「だがね、マダムも一しょに行っちゃ行けないの

(ですかい あたしは、れいのあけちこごろうとよっつにくんでなけりゃいけないのよ。)

ですかい」「あたしは、例の明智小五郎と四つに組んでなけりゃいけないのよ。

(あんたがせんぽうへつくまでに、あいつからめをはなしたら、どんなことになるか)

あんたが先方へ着くまでに、あいつから眼をはなしたら、どんなことになるか

(わかりゃしない。あたしはじゃまもののたんていさんのひきとめやくなのさ。このほうが)

わかりゃしない。あたしは邪魔者の探偵さんの引きとめ役なのさ。この方が

(とらんくをはこぶより、ずっとむずかしいかもしれないわ ああ、そうか。)

トランクをはこぶより、ずっとむずかしいかもしれないわ」「ああ、そうか。

(そのほうがぼくもあんしんというもんですね。だが......あすのあさはきっと)

その方が僕も安心というもんですね。だが......あすの朝はきっと

(mほてるへきてくれるでしょうね。もしそのあいだに、むすめさんがめをさまして、)

Mホテルへ来てくれるでしょうね。もしそのあいだに、娘さんが眼をさまして、

(とらんくのなかであばれだしでもしたら、めもあてられないからね まあ、)

トランクの中であばれ出しでもしたら、眼もあてられないからね」「まあ、

(このひとはこまかいことまできにやんでいるのね。そこにぬかりがあるものかね。)

この人はこまかいことまで気にやんでいるのね。そこに抜かりがあるものかね。

(むすめにはさるぐつわをかませたうえ、てあしをげんじゅうにしばっておくのよ。ねむりぐすりが)

娘には猿ぐつわをかませた上、手足を厳重にしばっておくのよ。眠り薬が

(さめたところで、こえをたてることはもちろん、みうごきだってできやしないわ)

さめたところで、声をたてることはもちろん、身動きだってできやしないわ」

(うふ、ぼくはきょうはあたまがどうかしているんだね。それというのも、まだむが)

「ウフ、僕はきょうは頭がどうかしているんだね。それというのも、マダムが

(あんなことをしてみせるからですよ。こんどから、あれだけはかんべんして)

あんなことをして見せるからですよ。こんどから、あれだけはかんべんして

(もらいたいね。ぼくはわかいんですぜ。まだむねがどきどきしている、ははははは。)

もらいたいね。僕は若いんですぜ。まだ胸がドキドキしている、ハハハハハ。

(ところで、mほてるでおちあったあとは、どういうことになるんですかい?)

ところで、Mホテルで落ちあったあとは、どういうことになるんですかい?」

(それからさきは、ひちゅうのひよ。こぶんはそんなこときくもんじゃなくってよ。)

「それから先は、秘中の秘よ。子分はそんなこと聞くもんじゃなくってよ。

(ただおかしらのめいれいに、だまってしたがっていればいいのよ かようにして、)

ただおかしらの命令に、だまって従っていればいいのよ」かようにして、

(れいじょうゆうかいのてはずは、おちもなくさだめられたのである。)

令嬢誘拐の手はずは、落ちもなく定められたのである。

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