黒蜥蜴19

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プレイ回数1622難易度(4.5) 6301打 長文 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 デコポン 6930 S++ 7.0 97.8% 879.2 6230 137 92 2024/04/04

関連タイピング

問題文

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(ほほほほほほ、これですか。ねむりぐすりよ ようこははんど・ばっぐからあだりんの)

「ホホホホホホ、これですか。眠り薬よ」葉子はハンド・バッグからアダリンの

(はこをふたつだしてみせた。あんたはそのわかさでふみんしょうかね。まさかそうじゃ)

函を二つ出して見せた。「あんたはその若さで不眠症かね。まさかそうじゃ

(あるまい。それに、あだりんふたはこというのは・・・・・・あたしがじさつすると)

あるまい。それに、アダリン二た函というのは……」「あたしが自殺すると

(おっしゃるの?うん、わしはわかいじょせいのきもちが、まんざらわからぬ)

おっしゃるの?」「ウン、わしは若い女性の気持が、まんざらわからぬ

(おとこじゃない。おとなたちにはそうぞうもできないせいしゅんのしんりじゃ。しがうつくしいものに)

男じゃない。おとなたちには想像もできない青春の心理じゃ。死が美しいものに

(みえるのじゃ。けがれぬからだでしんでいきたいというしょじょのじゅんじょうじゃ。そして)

見えるのじゃ。けがれぬからだで死んでいきたいという処女の純情じゃ。そして

(おとなりには、やけっぱちな、われとわがにくたいをどろぬまへおとしこもうとする)

お隣には、やけっぱちな、われとわが肉体を泥沼へ落としこもうとする

(まぞひずむがいる。ほんのかみひとえのおとなりどうしじゃ。あんたがすとりーと・がーる)

マゾヒズムがいる。ホンの紙一重のお隣同士じゃ。あんたがストリート・ガール

(なんてことばをくちばしるのも、あだりんをかったのも、みんなせいしゅんのさせる)

なんて言葉を口ばしるのも、アダリンを買ったのも、みんな青春のさせる

(わざじゃよ。で、つまり、あたしにいけんをしてくださろうって)

わざじゃよ。」「で、つまり、あたしに意見をしてくださろうって

(わけですの?ようこはきょうざめがおに、つきはなすようにいう。いや、どうしまして)

わけですの?」葉子は興ざめ顔に、突き放すようにいう。「いや、どうしまして

(いけんなんてやぼったいことはしませんよ。いけんじゃない。あんたのきゅうちをすくって)

意見なんて野暮ったいことはしませんよ。意見じゃない。あんたの窮地を救って

(あげようというのじゃ ほほほほほほ、まあそんなことだろうと)

あげようというのじゃ」「ホホホホホホ、まあそんなことだろうと

(おもってましたわ。ありがと。すくっていただいてもよくってよ かのじょはまだごかいして)

思ってましたわ。ありがと。救って頂いてもよくってよ」彼女はまだ誤解して

(いるのか、さもおかしそうにじょうだんらしくこたえる。いや、そういうひんのわるい)

いるのか、さもおかしそうに冗談らしく答える。「いや、そういう品のわるい

(くちをきいてはいけません。わしはまじめにそうだんしているのじゃ。あんたを)

口をきいてはいけません。わしはまじめに相談しているのじゃ。あんたを

(おかこいものにしようなんて、へんないみはすこしもない。だが、あんたはわしに)

お囲いものにしようなんて、変な意味は少しもない。だが、あんたはわしに

(やとわれてくれますか ごめんなさい。それ、ほんとうですの?やっと)

雇われてくれますか」「ごめんなさい。それ、ほんとうですの?」やっと

(ようこにも、ろうじんのしんいがわかりはじめた。ほんとうですとも。)

葉子にも、老人の真意がわかりはじめた。「ほんとうですとも。

(ところで、あんたはかんさいしょうじで、しつれいじゃが、いくらほうきゅうをもらって)

ところで、あんたは関西商事で、失礼じゃが、いくら俸給をもらって

など

(いましたね よんじゅうえんばかり・・・・・・うん、よろしい。ではわしのほうは、)

いましたね」「四十円ばかり……」「ウン、よろしい。ではわしの方は、

(げっきゅうにひゃくえんということにきめましょう。そのほかにしゅくしょも、しょくじも、ふくそうも)

月給二百円ということにきめましょう。そのほかに宿所も、食事も、服装も

(わしのほうのふたんです。それから、しごとはというと、ただあそんでいれば)

わしの方の負担です。それから、仕事はというと、ただ遊んでいれば

(いいのじゃ ほほほほほほ、まあすてきですわね いや、じょうだんだと)

いいのじゃ」「ホホホホホホ、まあすてきですわね」「いや、冗談だと

(おもわれてはこまる。これにはすこしこみいったしさいがあって、やといぬしのほうでは)

思われては困る。これには少しこみ入った仔細があって、雇い主の方では

(それでもたりないくらいにおもっているの。それはそうと、あんたりょうしんは?)

それでも足りないくらいに思っているの。それはそうと、あんた両親は?」

(ありませんの。いきていてくれたら、こんなみじめなおもいをしなくっても)

「ありませんの。生きていてくれたら、こんなみじめな思いをしなくっても

(よかったのでしょうけれど すると、いまは・・・・・・あぱーとにひとりぼっち)

よかったのでしょうけれど」「すると、今は……」「アパートに一人ぼっち

(ですの うん、よしよし、ばんじこうつごうじゃ。それでは、あんたはこのまますぐ)

ですの」「ウン、よしよし、万事好都合じゃ。それでは、あんたはこのまますぐ

(わしとどうどうしてくださらんか。あぱーとへは、あとからわしのほうでよろしく)

わしと同道してくださらんか。アパートへは、あとからわしの方でよろしく

(はなしておくことにするから じつにきみょうなもうしでであった。ふつうのばあいなれば、)

話しておくことにするから」実に奇妙な申し出であった。普通の場合なれば、

(とうていしょうだくするきにはなれなかったにちがいない。だが、さくらやまようこはそのとき、)

とうてい承諾する気にはなれなかったにちがいない。だが、桜山葉子はその時、

(ていそうをさえうろうとしていたのだ。じさつをさえかんがえていたのだ。)

貞操をさえ売ろうとしていたのだ。自殺をさえ考えていたのだ。

(そのやけっぱちなきもちが、ついかのじょをうなずかせてしまった。ろうしんしはきっさてんを)

そのやけっぱちな気持が、つい彼女をうなずかせてしまった。老紳士は喫茶店を

(でると、たくしーをひろって、かのじょを、みしらぬばすえまちの、みすぼらしいたばこやの)

出ると、タクシーを拾って、彼女を、見知らぬ場末町の、みすぼらしい煙草屋の

(にかいへつれていった。そこはたたみのあかちゃけた、なんのかざりもないろくじょうのへやで、)

二階へつれて行った。そこは畳の赤茶けた、なんの飾りもない六畳の部屋で、

(しなものといっては、すみっこにちいさなきょうだいととらんくがひとつおいてあるばかりだ。)

品物といっては、隅っこに小さな鏡台とトランクが一つ置いてあるばかりだ。

(ますますきかいなろうじんのこうどうであったが、ようこはそこへつくまでのしゃちゅうで、)

ますます奇怪な老人の行動であったが、葉子はそこへ着くまでの車中で、

(ろうじんからこのふしぎなこようけいやくのひみつを、あるていどまできかされていたので、)

老人からこの不思議な雇傭契約の秘密を、ある程度まで聞かされていたので、

(もうすこしもふあんはかんじなかった。むしろかのじょのきみょうなやくわりにすくなからぬきょうみを)

もう少しも不安は感じなかった。むしろ彼女の奇妙な役割に少なからぬ興味を

(もちはじめていた。では、ひとつきがえをしてもらおう。これもあんたを)

持ちはじめていた。「では、一つ着がえをしてもらおう。これもあんたを

(やといいれるについてのひとつのじょうけんなのじゃ ろうしんしはとらんくのなかから、)

雇い入れるについての一つの条件なのじゃ」老紳士はトランクの中から、

(ちょうどようこのとしごろににあいの、はでなもようのわふくのひとそろいと、おび、ながじゅばん、)

ちょうど葉子の年頃に似合いの、はでな模様の和服の一と揃いと、帯、長襦袢、

(けがわのえりのついたくろいこーと、それからぞうりまでも、のこりなくそろったいしょうを)

毛皮の襟のついた黒いコート、それから草履までも、残りなく揃った衣裳を

(とりだして、ちいさなかがみで、なんだけれど、ひとつうまくきがえをして)

取り出して、「小さな鏡で、なんだけれど、一つうまく着がえをして

(くれたまえ といいのこしてかいかへおりていった。ようこはいわれるままにきがえを)

くれたまえ」と言い残して階下へ降りて行った。葉子はいわれるままに着がえを

(すませたが、そうしてこうかなわふくにつつまれたきもちは、けっしてふかいなものでは)

すませたが、そうして高価な和服に包まれた気持は、決して不快なものでは

(なかった。うまいうまい。それでいい。じつによくにあったぞ いつのまにか)

なかった。「うまいうまい。それでいい。実によく似合ったぞ」いつの間にか

(ろうしんしがあがってきて、かのじょのうしろすがたにみとれていた。でも、このきものに)

老紳士があがってきて、彼女のうしろ姿に見とれていた。「でも、この着物に

(このかみではなんだかへんですわね ようこはかがみをのぞきこみながら、すこしはにかんで)

この髪ではなんだか変ですわね」葉子は鏡をのぞき込みながら、少しはにかんで

(いう。それも、ちゃんとよういがしてある。ほら、これだ。これをかぶって)

いう。「それも、ちゃんと用意がしてある。ほら、これだ。これをかぶって

(もらわなくてはならんのだ ろうじんはそういって、さいぜんのとらんくから、)

もらわなくてはならんのだ」老人はそういって、さいぜんのトランクから、

(しろぬのにくるんだものをとりだした。それをほどくと、なかからぶきみなかみのけの)

白布にくるんだものを取り出した。それをほどくと、中から無気味な髪の毛の

(かたまりがでてきた。それはじょうひんなようはつのかつらであった。ろうじんはようこのまえに)

塊まりが出てきた。それは上品な洋髪のカツラであった。老人は葉子の前に

(まわって、じょうずにそのかつらをかぶせてくれた。かがみをみると、おやっとおもうほど)

廻って、上手にそのカツラをかぶせてくれた。鏡を見ると、おやっと思うほど

(かおがかわっている。それからこれじゃ。すこしどがあるけれど、がまんして)

顔が変っている。「それからこれじゃ。少し度があるけれど、我慢して

(くれたまえ そういってろうしんしがさしだしたのは、ふちなしのきんがんきょうであった。)

くれたまえ」そういって老紳士がさし出したのは、縁なしの近眼鏡であった。

(ようこはそれをも、ひとこともはんもんしないでめにあてた。さあ、もうじかんが)

葉子はそれをも、ひとことも反問しないで眼に当てた。「さあ、もう時間が

(ない。すぐにでかけることにしよう。やくそくはじゅうじかっきりなんだから ろうじんが)

ない。すぐに出かけることにしよう。約束は十時かっきりなんだから」老人が

(せきたてるので、ようこはおおいそぎで、ぬぎすてたようふくをまるめて、とらんくに)

せき立てるので、葉子は大いそぎで、ぬぎ捨てた洋服を丸めて、トランクに

(おしこんでおいて、かいだんをおりた。たばこやをでて、すこしいったおおどおりに、いちだいの)

押しこんでおいて、階段を降りた。煙草屋を出て、少し行った大通りに、一台の

(じどうしゃがまっていた。さいぜんのってきたたくしーではない。やっぱり、)

自動車が待っていた。さいぜん乗ってきたタクシーではない。やっぱり、

(ぼろぐるまではあったけれど、うんてんしゅはなかなかりっぱなおとこで、ろうしんしとも)

ボロ車ではあったけれど、運転手はなかなか立派な男で、老紳士とも

(しりあいらしくみえた。ふたりがのりこむと、さしずもまたず、くるまははしりだした。)

知り合いらしく見えた。二人が乗りこむと、指図も待たず、車は走り出した。

(がいとうのあかるいおおどおりをいくまがりして、やがてくらやみのこうがいにでた。きましたが)

街燈の明かるい大通りを幾曲がりして、やがて暗闇の郊外に出た。「来ましたが

(じかんはどうでしょうか うんてんしゅがうしろをむいてたずねる。うん、ちょうど)

時間はどうでしょうか」運転手がうしろを向いてたずねる。「ウン、ちょうど

(いい。かっきりじゅうじだ。さあ、あかりをけしたまえ うんてんしゅがすいっちを)

いい。かっきり十時だ。さあ、あかりを消したまえ」運転手がスイッチを

(ひねると、へっど・らいとも、ている・らいとも、きゃくせきのまめでんとうも、すべての)

ひねると、ヘッド・ライトも、テイル・ライトも、客席の豆電燈も、すべての

(でんとうがきえさって、やみのなかを、やみのくるまがはしるのだ。ほどもなく、じどうしゃは、)

電燈が消え去って、闇の中を、闇の車が走るのだ。程もなく、自動車は、

(どこかのおおきなていたくのこんくりーとべいにそってじょこうしていた。はんじょうおきほどに)

どこかの大きな邸宅のコンクリート塀にそって徐行していた。半町おきほどに

(たっているじょうやとうのびこうによって、わずかにそれとしられる。さあ、ようこさん)

立っている常夜燈の微光によって、わずかにそれと知られる。「さあ、葉子さん

(よういをしてすばやくやるんだよ。いいかね ろうじんがきょうぎせんしゅをちからづけるような)

用意をして素早くやるんだよ。いいかね」老人が競技選手を力づけるような

(ことをいう。ええ、わかってますわ ようこはこのふかしぎなぼうけんに、)

ことをいう。「ええ、わかってますわ」葉子はこの不可思議な冒険に、

(わくわくしながら、しかしげんきよくこたえた。とつじょくるまはそのていたくのつうようもんらしい)

わくわくしながら、しかし元気よく答えた。突如車はその邸宅の通用門らしい

(くぐりどのまえにていしゃした。とどうじに、そとから、なにものかがじどうしゃのどあをさっと)

くぐり戸の前に停車した。と同時に、そとから、何者かが自動車のドアをサッと

(ひらいて、はやく と、ただひとことささやいた。ようこはむごんのまま、むちゅうでくるまを)

ひらいて、「早く」と、ただ一ことささやいた。葉子は無言のまま、夢中で車を

(とびだすとあらかじめいいふくめられていたとおり、いきなり、そのちいさな)

飛び出すとあらかじめいいふくめられていた通り、いきなり、その小さな

(くぐりどのなかへかけこんでいった。すると、それといれちがいに、これはくぐりどの)

くぐり戸の中へ駈けこんで行った。すると、それと入れ違いに、これは潜り戸の

(うちがわから、ようこのかたにぶっつかって、まりのようにころげだし、じどうしゃの、いままで)

内側から、葉子の肩にぶっつかって、鞠のようにころげ出し、自動車の、今まで

(ようこがかけていたざせきへとびこんだひとがある。ようこはとっさのばあい、とおくの)

葉子がかけていた座席へ飛びこんだ人がある。葉子はとっさの場合、遠くの

(でんとうのほのかなひかりのなかで、そのひとをみた。そしておもわずぞっとしないでは)

電燈のほのかな光の中で、その人を見た。そして思わずゾッとしないでは

(いられなかった。かのじょはまぼろしをみたのであろうか。それとも、さいぜんからの)

いられなかった。彼女は幻を見たのであろうか。それとも、さいぜんからの

(できごとがすべておそろしいあくむなのではあるまいか。ようこはもうひとりのようこを)

出来事がすべて恐ろしい悪夢なのではあるまいか。葉子はもう一人の葉子を

(みたのだ。むかしりこんびょうというやまいがあったことをきいている。もしやかのじょは、)

見たのだ。むかし離魂病という病があったことを聞いている。もしや彼女は、

(そのきびょうにとりつかれたのではないだろうか。さくらやまようこがふたりになったのだ。)

その奇病にとりつかれたのではないだろうか。桜山葉子が二人になったのだ。

(ひとりはくぐりどのなかへ、ひとりはそのそでをくぐってじどうしゃへ。かみかたちからちゃくいまで)

一人は潜り戸の中へ、一人はその袖をくぐって自動車へ。髪かたちから着衣まで

(これほどよくにたにんげんがあってよいものか。いやいや、そればかりではない。)

これほどよく似た人間があってよいものか。いやいや、そればかりではない。

(かのじょをしんそこからこわがらせたのは、そのもうひとりのじょせいのかおまでが、ようこと)

彼女を真底から怖がらせたのは、そのもう一人の女性の顔までが、葉子と

(そっくりにみえたことだ。だが、もうひとりのじょせいをのせたじどうしゃは、かのじょの)

そっくりに見えたことだ。だが、もう一人の女性を乗せた自動車は、彼女の

(そこしれぬきょうふをあとにして、もときたみちへとくろいかぜのようにきえさっていった。)

底知れぬ恐怖を後にして、もときた道へと黒い風のように消え去って行った。

(さあ、こっちへおいでなさい ふときがつくと、やみのなかに、さいぜんじどうしゃの)

「さあ、こっちへお出でなさい」ふと気がつくと、闇の中に、さいぜん自動車の

(とびらをひらいたおとこのくろいかげが、かのじょのみみもとにかおをよせていた。)

扉をひらいた男の黒い影が、彼女の耳元に顔を寄せていた。

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