黒死館事件42

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小栗虫太郎の作品です。
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1 ぷぷ 5648 A 5.8 96.9% 865.5 5049 160 73 2024/04/27

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問題文

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(さん、ばか、みゅんすたーべるひ!)

三、莫迦、ミュンスターベルヒ!

(いちどうがふたたびもとのへやにもどると、のりみずはさっそくしんさいをよぶようにめいじた。まもなく、)

一同が再び旧の室に戻ると、法水は早速真斎を呼ぶように命じた。間もなく、

(あしなえのろうじんはよんりんしゃをかってやってきたが、いぜんのせいきはどこへやらで、)

足萎の老人は四輪車を駆ってやって来たが、以前の生気はどこへやらで、

(さっきうけたかしゃくのためかおはどろいろにむくんでいて、まるでべつじんとしか)

先刻うけた呵責のため顔は泥色に浮腫んでいて、まるで別人としか

(おもわれぬようなやつれかただった。このろうしがくかはゆびをしんけいてきにふるわせ、)

思われぬような憔悴れ方だった。この老史学家は指を神経的に慄わせ、

(どことなくゆうしょくをたたえていて、あきらかにさいどのかんもんをきふするのじょうを)

どことなく憂色を湛えていて、明らかに再度の喚問を忌怖するの情を

(しめしていた。のりみずはじぶんからざんこくなせいりごうもんをかしたにかかわらず、そらぞらしく)

示していた。法水は自分から残酷な生理拷問を課したにかかわらず、空々しく

(ようだいをみまったあとで、きりだした。じつはたごうさん、ぼくには、このじけんが)

容態を見舞った後で、きりだした。「実は田郷さん、僕には、この事件が

(おこらないいぜんからしりたいことがあったのですよ。というのは、ころされた)

起らない以前から知りたい事があったのですよ。と云うのは、殺された

(だんねべるぐふじんをはじめよにんのいこくじんにかんすることなんですが、)

ダンネベルグ夫人をはじめ四人の異国人に関することなんですが、

(いったいどうしてさんてつはかせは、あのひとたちをようしょうのころからやしなわねば)

いったいどうして算哲博士は、あの人達を幼少の頃から養わねば

(ならなかったのでしょうか?それがわかれば としんさいはほっとあんどのいろを)

ならなかったのでしょうか?」「それが判れば」と真斎はホッと安堵の色を

(うかべたが、さっきとはことなりそっちょくなちんじゅつをはじめた。このやかたが、せけんから)

泛べたが、先刻とは異なり率直な陳述を始めた。「この館が、世間から

(ばけものやしきのようにいわれませんじゃろう。ごしょうちかもしれませんが、)

化物屋敷のように云われませんじゃろう。御承知かもしれませんが、

(あのよにんのかたがたは、まだちばなれもせぬゆりかごのころ、それぞれほんごくにいるさんてつさまの)

あの四人の方々は、まだ乳離れもせぬ揺籃の頃、それぞれ本国にいる算哲様の

(ゆうじんのかたがたからおくられてまいったそうです。しかし、にほんについてから)

友人の方々から送られてまいったそうです。しかし、日本に着いてから

(よんじゅうねんあまりのあいだというものは、たしかにびいびしょくとたかいきょうていでもって)

四十年余りの間と云うものは、確かに美衣美食と高い教程でもって

(はぐくまれていったのですから、がいけんだけでは、じゅうぶんきゅうていせいかつともうせましょう。)

育まれていったのですから、外見だけでは、十分宮廷生活と申せましょう。

(ですが、わしにはそうもうすよりも、むしろそういうこうきなかべでめぐらされた、)

ですが、儂にはそう申すよりも、むしろそういう高貴な壁で繞らされた、

(ろうごくといったほうがふさわしいようなかんじがしますのじゃ。ちょどそれが、)

牢獄と云った方が適わしいような感じがしますのじゃ。ちょどそれが、

など

(はいむすくりんぐら おーでぃんしんよりはじまっているこだいのるうぇーおうれきだいき)

「ハイムスクリングラ(オーディン神より創まっている古代諾威王歴代記)」

(にある、そうじょうておりでぃあるのしつじそっくりじゃ。あのとうじのひばらいそぜいのために)

にある、僧正テオリディアルの執事そっくりじゃ。あの当時の日払租税のために

(いっしょうかねかんじょうをしつづけたというざえくすおやじとどうよう、あのよにんのかたがたも、)

一生金勘定をし続けたというザエクス爺と同様、あの四人の方々も、

(このこうないからいっぽのがいしゅつすらゆるされていなかったのです。それでも、えいねんの)

この構内から一歩の外出すら許されていなかったのです。それでも、永年の

(かんしゅうというものはおそろしいもので、かえってごとうにんたちには、ひとにせっするのを)

慣習というものは恐ろしいもので、かえって御当人達には、人に接するのを

(きらう いわばえんじんとでもいうようなけいこうがつよくなってまいりました。)

嫌う――いわば厭人とでも云うような傾向が強くなってまいりました。

(ねんにいちどのえんそうかいでさえも、まねかれたひひょうかたちには、えんそうだいのうえから)

年に一度の演奏会でさえも、招かれた批評家達には、演奏台の上から

(もくれいするのみのことで、えんそうがおわれば、さっさとじしつにひっこんでしまう)

目礼するのみのことで、演奏が終れば、サッサと自室に引っ込んでしまう

(といったふうなのでした。ですから、あのかたがたが、なぜゆりかごのうちにこのやかたに)

といった風なのでした。ですから、あの方々が、何故揺籃のうちにこの館に

(つれてこられ、そうしててつのかごのなかで、おいのはじまるまですごさねば)

連れて来られ、そうして鉄の籠の中で、老いの始まるまで過さねば

(ならなかったかということは、もうこんにちでは、すぎさったざがにすぎません。)

ならなかったかということは、もう今日では、過ぎ去った古話にすぎません。

(ただそういったきろくだけをのこしたままで、さんてつさまは、そっくりのひみつを)

ただそういった記録だけを残したままで、算哲様は、そっくりの秘密を

(はかばのなかへはこばれてしまうのです ああ、ろえぶみたいな)

墓場の中へ運ばれてしまうのです」「ああ、ロエブみたいな

(ことを......とのりみずは、おどけたようなたんそくをしたが、いまあなたは、)

ことを......」と法水は、道化たような嘆息をしたが、「いま貴方は、

(あのひとたちのえんじんぐせをとろぴずむみたいにおかんがえでしたね。しかし、たぶんそれは)

あの人達の厭人癖を植物向転性みたいにお考えでしたね。しかし、たぶんそれは

(たんいのひげきなんでしょう たんい?むろんくわるてっととしては、いちだんをなして)

単位の悲劇なんでしょう」「単位?無論四重奏団としては、一団をなして

(おられたでしょうが としんさいはたんいといったのりみずのことばに、しんえんないぎが)

おられたでしょうが」と真斎は単位と云った法水の言葉に、深遠な意義が

(ひそんでいるのをしらなかった。ところで、あのかたがたとおあいに)

潜んでいるのを知らなかった。「ところで、あの方々とお会いに

(なられましたかな。どなたもれいげんなすといしゃんです。よしんばごうまんや)

なられましたかな。どなたも冷厳なストイシャンです。よしんば傲慢や

(れいこくはあっても、あれほどせいみされたじんかくが、しんせいのこどくいがいに)

冷酷はあっても、あれほど整美された人格が、真性の孤独以外に

(もとめられようとはおもわれませんな。ですから、にちじょうせいかつでは、たいしておたがいが)

求められようとは思われませんな。ですから、日常生活では、たいしてお互いが

(しんみつだというほどでもなく、わかいころにみっせつしたせいかつにもかかわらず、)

親密だと云うほどでもなく、若い頃に密接した生活にもかかわらず、

(いっこうれんあいざたなどおこらなかったのでしたよ。もっとも、おたがいに)

いっこう恋愛沙汰など起らなかったのでしたよ。もっとも、お互いに

(せっきんしようとするいしきのないせいもあるでしょうが、かんじょうのしょうとつなど)

接近しようとする意識のないせいもあるでしょうが、感情の衝突など

(ということは、あのいちだんにも、またいじんしゅのわれわれにたいしても、かつて)

ということは、あの一団にも、また異人種の我々に対しても、かつて

(みたことがないというほどですのじゃ。とにかく、やはり)

見たことがないというほどですのじゃ。とにかく、やはり

(さんてつさまでしょうかな あのよにんのかたがたが、いちばんしんあいのじょうをかんじていた)

算哲様でしょうかな――あの四人の方々が、一番親愛の情を感じていた

(じんぶつといえば そうですか、はかせに......といったんのりみずは)

人物と云えば」「そうですか、博士に......」といったん法水は

(いがいらしいおももちをしたが、けむりをりぼんのようにはいて、ぼーどれーるを)

意外らしい面持をしたが、烟をリボンのように吐いて、ボードレールを

(いんようした。ではさしずめそのかんけいというのが、おー・もん・しぇる・べるぜびゅっと)

引用した。「ではさしずめその関係と云うのが、吾が懐かしき魔王よ

(なんでしょうか そうです。まさにじゅ・たどーる じゃ しんさいはかすかに)

なんでしょうか」「そうです。まさに吾なんじを称えん――じゃ」真斎は微かに

(どうようしたが、おとらずついくであいづちをうった。しかし、あるばあいは とのりみずは)

動揺したが、劣らず対句で相槌を打った。「しかし、ある場合は」と法水は

(ちょっとしあんきなかおになり、ぜ・ぼー・えんど・ういっとりんぐ・ぺりしゅと・いん・ぜ・すろんぐ)

ちょっと思案気な顔になり、「洒落者や阿諛者はひしめき合って――」

(といいかけたが、きゅうにぽーぷの れーぶ・おぶ・ぜ・ろっく をとめて)

と云いかけたが、急にポープの『髪盗み』を止めて

(ごんざーごごろし はむれっとちゅうのげきちゅうげき のせりふをひきだした。どのみち)

『ゴンザーゴ殺し』(ハムレット中の劇中劇)の独白を引き出した。「どのみち

(ざう・みくすちゅあ・らんく・おヴ・みっどないと・ういーず・これくてっど でしょうからね いや、どうして)

汝真夜中の暗き摘みし草の臭き液よ――でしょうからね」「いや、どうして」

(としんさいはくびをふって、ういず・へきっつ・ばん・すらいす・ぷらすてっど・すらいす・いんふぇくてっど とは、)

と真斎は頸を振って、「三たび魔神の呪詛に萎れ、毒気に染みぬる――とは、

(けっして とつぎくでこたえたが、いようなよくようで、ほとんどいんりつをうしなっていた。)

けっして」と次句で答えたが、異様な抑揚で、ほとんど韻律を失っていた。

(のみならず、なぜかあわてふためいていてふくしょうしたが、かえってそれが、しんさいをそうはくなものに)

のみならず、何故か周章いて復誦したが、かえってそれが、真斎を蒼白なものに

(してしまった。のりみずはつづけて、ところでたごうさん、ことによると、ぼくはげんかくを)

してしまった。法水は続けて、「ところで田郷さん、事によると、僕は幻覚を

(みているのかもしれませんが、このじけんに ばっと・じ・いしりある・げーと・くろーずと)

見ているのかもしれませんが、この事件に――しかるに上天の門は閉され――

(とおもわれるふしがあるのですが とのりみずは、げーとといういちじをみるとんの)

と思われる節があるのですが」と法水は、門という一時をミルトンの

(しつらくえん のなかで、るしふぁのついほうをえがいているいっくにはさんだ。ところが、)

『失楽園』の中で、ルシファの追放を描いている一句に挟んだ。「ところが、

(このとおり しんさいはへいぜんとしながらも、みょうにかたくるしいたいどでこたえた。)

このとおり」真斎は平然としながらも、妙に硬苦しい態度で答えた。

(かくしどもなければ、あげぶたもひみつかいだんもありません。ですから、かくじつに)

「隠扉もなければ、揚蓋も秘密階段もありません。ですから、確実に

(なっと・ろんぐ・でぃヴぃじぶる なのです わっはははは、いやかえって、)

再び開く事なし――なのです」「ワッハハハハ、いやかえって、

(めん・ぶるーヴ・ういず・ちゃいるど・あず・ぱわーふる・ふぁんしい・うぉーくす かもしれませんよ)

以上に空想が働き、男自ら妊れるものと信ずるならん――かもしれませんよ」

(とのりみずがばくしょうをあげたので、それまで、いんせいのものがあるようにおもわれて、)

と法水が爆笑を揚げたので、それまで、陰性のものがあるように思われて、

(みょうにきんぱくしていたくうきが、ぐうぜんそこでほぐれてしまった。しんさいも)

妙に緊迫していた空気が、偶然そこで解れてしまった。真斎も

(ほっとしたかおになって、それよりのりみずさん、このほうをわしは、)

ホッとした顔になって、「それより法水さん、この方を儂は、

(えんど・めいど・たーんど・ぼっとるす・こーる・あらうど・ふぉあ・こーくす・すらいす だとおもうのですが)

処女は壺になったと思い三たび声を上げて栓を探す――だと思うのですが」

(このきようなしぶんのおうとうに、そばのふたりはあぜんとなっていたが、くましろはにがにがしく)

この奇様な詩文の応答に、側の二人は唖然となっていたが、熊城は苦々しく

(のりみずにながしめをくれて、じむてきなしつもんをはさんだ。)

法水に流眄をくれて、事務的な質問を挟んだ。

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