黒死館事件45
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問題文
(なんですと。たかがにんぎょうひとつを。それは、またなぜにです?そりゃ、)
「なんですと。たかが人形一つを。それは、また何故にです?」「そりゃ、
(にんぎょうだけならしぶつでしょうがね。とにかく、わたくしどもはぼうえいしゅだんをこうぜねば)
人形だけなら死物でしょうがね。とにかく、私どもは防衛手段を講ぜねば
(なりません。つまり、はんにんのぐうぞうをはきしてほしいのです。ときにあなたは、)
なりません。つまり、犯人の偶像を破棄して欲しいのです。時に貴方は、
(れヴぇんすちいむの あーべるうらうべ・うんと・ふぉるぶれひぇりっしゅ・ろーでる をおよみになったことが)
レヴェンスチイムの『迷信と刑事法典(註)』――をお読みになったことが
(ございまして?では、じゅぜっぺ・あるつぉのことをおっしゃるのですね)
ございまして?」「では、ジュゼッペ・アルツォのことを仰言るのですね」
(それまでのりみずは、しきりになにやらちんしげなひょうじょうをしていたが、)
それまで法水は、しきりになにやら沈思げな表情をしていたが、
(はじめてことばをさしはさんだ。)
はじめて言葉を挾んだ。
(きぷろすのおうぴぐまりおんにはじめてぐうぞうしんこうをしるしたるはんざいにかんする)
(註)キプロスの王ピグマリオンに始めて偶像信仰を記したる犯罪に関する
(なかにあり。ろーまじんまくねーじおとへいしょうさるるじゅぜっぺ・あるつおは、)
中にあり。羅馬人マクネージオと並称さるるジュゼッペ・アルツオは、
(しじょうちょめいなるはんいんようにして、だんじょにきのちょうぞうをゆうし、おとことなるときには)
史上著名なる半陰陽にして、男女二基の彫像を有し、男となる時には
(おんなのぞうを、おんなとしてのさいにはおとこのぞうにれいはいするをとことわとせり。しかしてさぎ、せっとう、)
女の像を、女としての際には男の像に礼拝するを常とせり。而して詐偽、窃盗、
(そうとうなどをこととせしも、いちどおとこのぞうをはきさるるにおよび、そのふしぎなにじゅうじんかくは)
争闘等を事とせしも、一度男の像を破棄さるるに及び、その不思議な二重人格は
(しんたいてきにもしょうしつせりとつたえらる。)
身体的にも消失せりと伝えらる。
(まさにそうなのです とくりヴぉふふじんはえたりがおにうなずいて、ほかのふたりに)
「まさにそうなのです」とクリヴォフ夫人は得たり顔に頷いて、他の二人に
(いすをすすめてから、わたしはなんとかして、しんりてきにだけでもはんにんのけっこうりょくを)
椅子を薦めてから、「私はなんとかして、心理的にだけでも犯人の決行力を
(にぶらしたいとおもうのですわ。つぎつぎとおこるさんげきをふせぐには、もうあなたがたのちからを)
鈍らしたいと思うのですわ。次々と起る惨劇を防ぐには、もう貴方がたの力を
(まってはおられません それについでせれなふじんがくちをひらいたけれども、)
待ってはおられません」それに次いでセレナ夫人が口を開いたけれども、
(かのじょはりょうてをおずおずとむねにくみ、むしろあいがんてきなたいどでいった。いいえ、)
彼女は両手を怯々と胸に組み、むしろ哀願的な態度で云った。「いいえ、
(しんりてきにとーてむどころのはなしですか。あのにんぎょうははんにんにとると、それこそ)
心理的に崇拝物どころの話ですか。あの人形は犯人にとると、それこそ
(ぐんてるおうのえいゆう にーべるんげんたんちゅう、ぐんてるおうのかわりに、)
グンテル王の英雄(ニーベルンゲン譚中、グンテル王の代りに、
(ぶるんひるとじょおうとたたかったじーぐふりーとのこと なんでございますからね。)
ブルンヒルト女王と闘ったジーグフリートの事)なんでございますからね。
(こんごもじゅうようなはんざいがおこなわれるばあいには、きっとはんにんはいんけんなさくぼうのなかに)
今後も重要な犯罪が行われる場合には、きっと犯人は陰険な策謀の中に
(かくれていて、あのぷろヴぃんしあじんだけがすがたをあらわすにきまってますわ。)
隠れていて、あのプロヴィンシア人だけが姿を現わすにきまってますわ。
(だって、えきすけやのぶこさんとはちがって、わたしたちはむぼうぎょではございませんものね。)
だって、易介や伸子さんとは違って、私達は無防禦ではございませんものね。
(ですから、たとえばやりそんじたにしても、とらえられるのがにんぎょうでしたら、)
ですから、たとえば遣り損じたにしても、捕えられるのが人形でしたら、
(またつぎのきかいがないともかぎりませんわ さよう、どのみちさんにんのちを)
また次の機会がないとも限りませんわ」「さよう、どのみち三人の血を
(みないまでは、このさんげきはおわらんでしょうからな れヴぇずしは)
見ないまでは、この惨劇は終らんでしょうからな」レヴェズ氏は
(はれぼったいまぶたをおののかせて、かなしげにいった。ところが、わしどもには)
脹れぼったい瞼を戦かせて、悲しげに云った。「ところが、儂どもには
(かせられているおきてがありますのでな。それで、このやかたからわざわいをさけることは)
課せられている律法がありますのでな。それで、この館から災を避けることは
(ふかのうなのです そのかいりつですが、たぶんおきかせねがえるでしょうな?)
不可能なのです」「その戒律ですが、たぶんお聴かせ願えるでしょうな?」
(とけんじはここぞとつっこんだが、それをくりヴぉふふじんはやにわにさえぎって、)
と検事はここぞと突っ込んだが、それをクリヴォフ夫人はやにわに遮って、
(いいえ、わたしたちには、それをおはなしするじゆうはございません。いっそ、)
「いいえ、私達には、それをお話しする自由はございません。いっそ、
(そんなむいみなせんさくをなさるよりも・・・・・・とにわかにげきえつなちょうしになり)
そんな無意味な詮索をなさるよりも……」とにわかに激越な調子になり
(こえをふるわせて、ああ、こうしてわたしたちはぷらんきんぐ・いん・じす・だーく・あびす、)
声を慄わせて、「ああ、こうして私達は暗澹たる奈落の中で、
(さふぁりんぐ・いん・ざ・しー・おぶ・ふぁいあ。それを、あなたはなぜ)
火焔の海中にあるのです。それを、貴方は何故
(そうものずきのめをみはって、あたらしいひげきをまっておられるのでしょう?)
そう好奇の眼をみはって、新しい悲劇を待っておられるのでしょう?」
(とひつうなこえでやんぐのしくをさけぶのだった。のりみずはさんにんをかわるがわるにながめていたが、)
と悲痛な声でヤングの詩句を叫ぶのだった。法水は三人を交互に眺めていたが、
(やがてのりだすようにあしをくみかえ、うすきみわるいびしょうがうかびあがると、さよう、)
やがて乗り出すように足を組換え、薄気味悪い微笑が浮び上ると、「さよう、
(まさに、えヴぁらすちんぐ・えんど・えヴぁなんです ととつぜん、くるったのではないかとおもわれるような、)
まさに、永続、無終なんです」と突然、狂ったのではないかと思われるような、
(ととつぜん、くるったのではないかとおもわれるような、ことばをはいた。)
と突然、狂ったのではないかと思われるような、言葉を吐いた。
(そういうざんこくなえいえんけいばつをかしたというのも、みんなこじんの)
「そういう残酷な永遠刑罰を課したというのも、みんな故人の
(さんてつはかせなんですよ。たぶんはたたろうさんがいわれたことを)
算哲博士なんですよ。たぶん旗太郎さんが云われたことを
(ひい・いず・るっきんぐ・だうん・ふろむ・ぱーふぇくと・ぶりす・こーりんぐ・じい・ふぁざーです)
爾を父と呼びつつあるのを得たり気な歓喜をもって瞰視しているのです」
(まあ、おとうさまが せれなふじんはかたちをあらためて、のりみずをみなおした。そうです。)
「マア、お父様が」セレナ夫人は姿勢を改めて、法水を見直した。「そうです。
(するー・おーる・でぷす・おヴ・しん・あんど・ろっす、どろっぷす・ぜ・ぷらめっと・おヴ・まい・くろっす)
罪と災の深さを貫き、吾が十字架の測鉛は垂る――
(ですからな とのりみずがじさんめいたちょうしでほいっちあをいんようすると、)
ですからな」と法水が自讃めいた調子でホイッチアを引用すると、
(くりヴぉふふじんはれいしょうをたたえて、いいえ、)
クリヴォフ夫人は冷笑を湛えて、「いいえ、
(いえっと・ふゅちゃあ・あびす・うぉず・ふぁうんど・でぃばー・さん・くろっす・くっど・さうんど)
されど未来の深淵は、その十字架の測り得ざるほどに深し――
(ですわ といいかえしたが、そのれいこくなひょうじょうがほっさてきにけいれんをはじめて、ですが、)
ですわ」と云い返したが、その冷酷な表情が発作的に痙攣を始めて、「ですが、
(ああきっと、ほどなくしてそのおとこしにたり でしょうよ。あなたがたは、えきすけと)
ああきっと、ほどなくしてその男死にたり――でしょうよ。貴方がたは、易介と
(のぶこさんのふたつのじけんで、とうにむりょくをばくろしているのですからね)
伸子さんの二つの事件で、既に無力を曝露しているのですからね」
(なるほど とかんたんにうなずいたが、のりみずはいよいよちょうせんてきにそしてしんらつになった。)
「なるほど」と簡単に頷いたが、法水はいよいよ挑戦的にそして辛辣になった。
(しかし、だれにしろ、さいごのじかんがもういくばくかはかることは)
「しかし、誰にしろ、最後の時間がもう幾許か測ることは
(ふかのうでしょうからね。いや、かえってさくやなどは、)
不可能でしょうからね。いや、かえって昨夜などは、
(しゃいんと・どると・いん・きゅーれんしゃうえるん・あいん・ぜるとざめす・つ・らうえるん)
かしこ涼し気なる隠れ家に、不思議なるもの覗けるがごとくに見ゆ――
(とおもうのですが では、そのじんぶつはなにをみたのでしょうな。わしはとんと)
と思うのですが」「では、その人物は何を見たのでしょうな。儂はとんと
(そのしくをしらんのですよ れヴぇずしがくらいおどおどしたちょうしでといかけると、)
その詩句を知らんのですよ」レヴェズ氏が暗い怯々した調子で問い掛けると、
(のりみずはずるそうにほほえんで、ところがれヴぇずさん、こころもくろくよるもくろし、)
法水は狡そうに微笑んで、「ところがレヴェズさん、心も黒く夜も黒し、
(くすりもききててもさえたり なんです。そして、そのばしょが、)
薬も利きて手も冴えたり――なんです。そして、その場所が、
(おりもよしひともなければ でした といいだしたのは、いっけんみえすいた)
折もよし人も無ければ――でした」と云い出したのは、一見見え透いた
(きめんのようでもあり、また、こいにりめんにひそんでいるおどろのようなけいぼうを、)
鬼面のようでもあり、また、故意に裏面に潜んでいる棘のような計謀を、
(あらわにさらけだしたようなきがしたけれども、しかしかれのこうみょうなえろきゅーしょんは、)
露わに曝け出したような気がしたけれども、しかし彼の巧妙な朗誦法は、
(みょうにきんにくがこわばり、ちがこおりつくようなぶきみなくうきをつくってしまった。)
妙に筋肉が硬ばり、血が凍りつくような不気味な空気を作ってしまった。
(くりヴぉふふじんは、それまでむねかざりのてゅーどるろーず ろくへんのばら を)
クリヴォフ夫人は、それまで胸飾りのテュードル薔薇(六弁の薔薇)を
(いじっていたてをたくじょうにあわせて、のりみずにいどみかかるようなぎょうしをおくりはじめた。)
弄っていた手を卓上に合わせて、法水に挑み掛るような凝視を送りはじめた。
(が、そのあいだのなんとなくいつまつのききをはらんでいるようなちんもくは、)
が、その間のなんとなく一抹の危機を孕んでいるような沈黙は、
(こがいであれくるうふぶきのうなりをはっきりときかせて、いっそうせいそうなものに)
戸外で荒れ狂う吹雪の唸りを明瞭と聴かせて、いっそう凄愴なものに
(してしまった。のりみずはようやくくちをひらいた。しかし、げんぶんには、)
してしまった。法水はようやく口を開いた。「しかし、原文には、
(うんと・みたはす・うえん・でぃ・ぞんね・ぐりゅーと・だす・ふぁすと・でぃ・はいで・ふんけん・すぷりゅーと)
また真昼を野の火花が散らされるばかりに、日の燃ゆるとき――
(とあるのですが、そこはふしぎなことに、まひるやあかりのなかではみえず、よるも、)
とあるのですが、そこは不思議なことに、真昼や明りの中では見えず、夜も、
(やみでなくてはみることのできぬせかいなのです やみにみえる!?れヴぇずしは)
闇でなくては見ることの出来ぬ世界なのです」「闇に見える!?」レヴェズ氏は
(けいかいをわすれたようにはんもんした。のりみずはそれにはこたえず、)
警戒を忘れたように反問した。法水はそれには答えず、
(くりヴぉふふじんのほうをむいて、ときに、そのしぶんがだれのさくひんだか)
クリヴォフ夫人の方を向いて、「時に、その詩文が誰の作品だか
(ごぞんじですか?いいえぞんじません くりヴぉふふじんはややせいこうなたいどで)
御存じですか?」「いいえ存じません」クリヴォフ夫人はやや生硬な態度で
(こたえたが、せれなふじんは、のりみずのぶきみなあんじにむかんしんのようなしずけさで、)
答えたが、セレナ夫人は、法水の不気味な暗示に無関心のような静けさで、
(たしか、ぐすたふ・ふぁるけの だす・びるけんヴぇるどへん では のりみずはまんぞくそうにうなずき、)
「たしか、グスタフ・ファルケの『樺の森』では」法水は満足そうに頷き、
(やたらにけむりのわをはいていたが、そのうち、みょうにいじわるげなかたえみが)
やたらに煙の輪を吐いていたが、そのうち、妙に意地悪げな片笑が
(うかびあがってきた。そうです。まさに だす・びるけんヴぇるどへん です。さくやこのへやのまえの)
泛び上がってきた。「そうです。まさに『樺の森』です。昨夜この室の前の
(ろうかで、たしかにはんにんは、その だす・びるけんヴぇるどへん をみたはずです。しかし、)
廊下で、確かに犯人は、その樺の森を見たはずです。しかし、
(いーむ・とらうむて・える・こんてす・にひと・ざーげん なんですよ ではそのおとこは)
かれ夢みぬ、されど、そを云う能わざりき――なんですよ」「では、その男は
(しにんのへやを、ちかしきものがいきかようがごとくに、もどっていったと)
死人の室を、親しきものが行き通うがごとくに、戻っていったと
(おっしゃるのですね とくりヴぉふふじんは、きゅうにはしゃぎだしたような)
仰言るのですね」とクリヴォフ夫人は、急に燥ぎ出したような
(ちょうしになって、れなうの へるぷすとげふゅーる をくちにした。いえ、すべりいく なんて)
調子になって、レナウの「秋の心」を口にした。「いえ、滑り行く――なんて
(どうして、あいつはよろめきいったのですよ。ははははは とのりみずは)
どうして、彼奴は蹌踉き行ったのですよ。ハハハハハ」と法水は
(ばくしょうをあげながら、れヴぇずしをかえりみて、ところでれヴぇずさん、)
爆笑を上げながら、レヴェズ氏を顧みて、「ところでレヴェズさん、
(あいん・とりゅべる・わんどらー・ふぃんでっと・ひえる・げのっせん なんでしたからな)
勿論それまでには、その悲しめる旅人は伴侶を見出せり――なんでしたからな」
(そ、それをごしょうちのくせに とくりヴぉふふじんはたまらなくなったように)
「そ、それを御承知のくせに」とクリヴォフ夫人はたまらなくなったように
(たちあがり、けーんをあらあらしくふってさけんだ。だからこそわたしたちは、そのはんりょを)
立ち上り、杖を荒々しく振って叫んだ。「だからこそ私達は、その伴侶を
(やきすててほしいとおねがいするのです ところが、のりみずはさもふどういを)
焼き捨てて欲しいと御願いするのです」ところが、法水はさも不同意を
(ほのめかすように、たばこのあかいせんたんをみつめていてこたえなかった。が、そばにいるけんじと)
仄めかすように、莨の紅い尖端を瞶めていて答えなかった。が、側にいる検事と
(くましろには、いつじょうしょうがやむかはてしのないのりみずのしねんが、ここでようやくちょうてんに)
熊城には、いつ上昇がやむか涯しのない法水の思念が、ここでようやく頂点に
(たっしたかのかんをあたえた。けれども、のりみずのどりょくは、いっかなやもうとはせず、)
達したかの感を与えた。けれども、法水の努力は、いっかな止もうとはせず、
(このぜーれん・どらまにおいて、あくまでもひげきてきかいてんをもとめようとした。)
この精神劇において、あくまでも悲劇的開展を求めようとした。
(かれはちんもくをやぶって、いどむようなするどいごきでいった。)
彼は沈黙を破って、挑むような鋭い語気で云った。