黒死館事件46

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(ですがくりヴぉふふじん、ぼくはこのきちがいしばいが、とうていにんぎょうのしょうきゃくだけで)

「ですがクリヴォフ夫人、僕はこの気狂い芝居が、とうてい人形の焼却だけで

(おわろうとはおもえんのですよ。じつをいうと、もっといんけんもうろうとしたしゅだんで、)

終ろうとは思えんのですよ。実を云うと、もっと陰険朦朧とした手段で、

(べつにおどらされているにんぎょうがあるのです。だいたいぷらーぐの)

別に踊らされている人形があるのです。だいたいプラーグの

(いんたーなしょなる・りーだ・おヴ・まりおねっとにだって、さいきん ふぁうすとがえんぜられたというきろくは)

万国操人形聯盟にだって、最近『ファウスト』が演ぜられたという記録は

(ないでしょうからな ふぁうすと!?ああ、あのぐれーてさんが)

ないでしょうからな」「ファウスト!?ああ、あのグレーテさんが

(だんまつまにかかれたというしへんのもじのことですか れヴぇずしはちからをこめて、)

断末魔に書かれたと云う紙片の文字のことですか」レヴェズ氏は力を籠めて、

(のりだした。そうです。さいしょのまくにうんでぃね、ふたまくめがじるふぇでした。いまも)

乗り出した。「そうです。最初の幕に水精、二幕目が風精でした。いまも

(あのかれんなじるふぇが、おどろくべききせきをえんじてのがれさってしまった)

あの可憐な空気の精が、驚くべき奇蹟を演じて遁れ去ってしまった

(ところなんですよ。それにれヴぇずさん、はんにんは sylphusと)

ところなんですよ。それにレヴェズさん、犯人は Sylphusと

(だんせいにかえているのですが、あなたは、そのじるふぇがだれであるかごぞんじありまんか)

男性に変えているのですが、貴方は、その風精が誰であるか御存じありまんか」

(なに、わしがしらんかって!?いや、おたがいにしゃれはやめにしましょう)

「なに、儂が知らんかって!?いや、お互いに洒落は止めにしましょう」

(れヴぇずしははんげきをくったようにうろたえたが、そのとき、ふそんを)

レヴェズ氏は反撃を喰ったように狼狽えたが、その時、不遜を

(きわめていたくりヴぉふふじんのたいどに、いきなりすくんだようなかげがさした。そして、)

きわめていたクリヴォフ夫人の態度に、突如竦んだような影が差した。そして、

(たぶんしょうどうてきにおこったらしい、どこかかのじょのものでないようなこえがはっせられた。)

たぶん衝動的に起ったらしい、どこか彼女のものでないような声が発せられた。

(のりみずさん、わたしはみました。そのおとこというのをたしかにみましたわ。さくやわたしのへやに)

「法水さん、私は見ました。その男というのを確かに見ましたわ。昨夜私の室に

(はいってきたのが、たぶんそのじるふすではないかとおもうんです なに、じるふすを)

入って来たのが、たぶんその風精ではないかと思うんです」「なに、風精を」

(くましろのぶっちょうづらがふいにかたくなった。しかし、そのときどあには、かぎが)

熊城の仏頂面が不意に硬くなった。「しかし、その時扉には、鍵が

(おりていたのでしょうな もちろんそうでした。それがふしぎにも)

下りていたのでしょうな」「勿論そうでした。それが不思議にも

(ひらかれたのですわ。そして、せのたかいやせすぎなおとこが、うすぐらいどあのまえに)

開かれたのですわ。そして、背の高い痩せすぎな男が、薄暗い扉の前に

(たっているのをみたのです くりヴぉふふじんはいようにしたのもつれたような)

立っているのを見たのです」クリヴォフ夫人は異様に舌のもつれたような

など

(こえだったがかたりつづけた。わたしはじゅういちじごろでしたが、しんしつへはいるさいにたしかにかぎを)

声だったが語り続けた。「私は十一時頃でしたが、寝室へ入る際に確かに鍵を

(おろしました。それから、しばらくまどろんでからめがさめて、さてまくらもとのとけいを)

下しました。それから、しばらく仮睡んでから眼が覚めて、さて枕元の時計を

(みようとすると、どうしたことか、むねのところがねまきのりょうたんをとめられているようで、)

見ようとすると、どうした事か、胸の所が寝衣の両端をとめられているようで、

(また、かみのけがひっつれたようなかんじがして、どうしてもあたまがうごかないのです。)

また、頭髪が引っ痙れたような感じがして、どうしても頭が動かないのです。

(へいぜいかみをといてねるしゅうかんがございますので、これはしばりつけられたのではないか)

平生髪を解いて寝る習慣がございますので、これは縛りつけられたのではないか

(とおもうと、せすじからあたまのしんまでずうんとしびれてしまって、こえもでずみじろぎさえ)

と思うと、背筋から頭の芯までズウンと痺れてしまって、声も出ず身動ぎさえ

(できなくなりました。すると、はいごにそよそよつめたいかぜがおこって、すべるような)

出来なくなりました。すると、背後にそよそよ冷たい風が起って、滑るような

(かすかなあしおとがすそのほうへとおざかっていきます。そして、そのあしおとのあるじは、とびらのまえで)

微かな跫音が裾の方へ遠ざかって行きます。そして、その跫音の主は、扉の前で

(わたしのしやのなかにはいってまいりました。そのおとこはふりかえったのです それは)

私の視野の中に入ってまいりました。その男は振り返ったのです」「それは

(だれでした?そういって、けんじはおもわずいきをつめたが、いいえ、)

誰でした?」そう云って、検事は思わず息を窒めたが、「いいえ、

(わかりませんでした とくりヴぉふふじんはせつなそうなためいきをはいて、)

判りませんでした」とクリヴォフ夫人は切なそうな溜息を吐いて、

(すたんどのひかりが、あのへんまではとどかないのですから。でも、りんかくだけは)

「卓上灯の光が、あの辺までは届かないのですから。でも、輪廓だけは

(わかりましたわ。しんちょうがごふぃーとし、ごいんちぐらいで、すんなりした、やせすぎのように)

判りましたわ。身長が五呎四、五吋ぐらいで、スンナリした、痩せすぎのように

(おもわれました。そして、めだけが・・・・・・とのべられるしたいは、ようすこそいにすれ)

思われました。そして、眼だけが……」と述べられる肢体は、様子こそ異にすれ

(なんとはなしにはたたろうをほうふつとさせるのだった。めに!?くましろは)

何とはなしに旗太郎を髣髴とさせるのだった。「眼に!?」熊城は

(ほとんどかんせいでひとことさしはさんだ。すると、くりヴぉふふじんはがぜんごうがんなたいどにかえって)

ほとんど慣性で一言挾んだ。すると、クリヴォフ夫人は俄然傲岸な態度に返って

(たしかばせどーしびょうかんじゃのめをくらがりでみて、ちいさなめがねにまちがえた)

「たしかバセドー氏病患者の眼を暗がりで見て、小さな眼鏡に間違えた

(とかいうはなしがございましたわね とひにくにうちかえしたが、しばらくきおくを)

とか云う話がございましたわね」と皮肉に打ち返したが、しばらく記憶を

(もさくするようなたいどをつづけてからいった。とにかく、そういうことばは、)

摸索するような態度を続けてから云った。「とにかく、そういう言葉は、

(かんかくがいのしんけいできいていただきたいのです。しいてもうせば、そのめがしんじゅのような)

感覚外の神経で聴いて頂きたいのです。強いて申せば、その眼が真珠のような

(ひかりだったというほかにございません。それから、そのすがたがどあのむこうにきえると、)

光だったと云うほかにございません。それから、その姿が扉の向うに消えると、

(のっぶがすうっとうごいて、あしおとがかすかにひだりてのほうへとおざかっていきました。それで)

把手がスウッと動いて、跫音が微かに左手の方へ遠ざかって行きました。それで

(ようやくひとごこちがつきましたけども、いつのまにかかみがとかれたとみえて、わたしは)

ようやく人心地がつきましたけども、いつの間にか髪が解かれたと見えて、私は

(はじめてくびをじゆうにすることができたのです。じこくはちょうど)

始めて首を自由にすることが出来たのです。時刻はちょうど

(じゅうにじはんでございましたが、それからもういちどかぎをかけなおして、のっぶを)

十二時半でございましたが、それからもう一度鍵を掛け直して、把手を

(しょうとだなにむすびつけました。けれども、そうなると、もういっすいどころでは)

裳戸棚に結び付けました。けれども、そうなると、もう一睡どころでは

(ございませんでした。ところが、あさになってしらべても、しつないには)

ございませんでした。ところが、朝になって調べても、室内には

(これぞといういじょうらしいところがないのです。してみると、てっきりあのにんぎょうつかいに)

これぞという異状らしい所がないのです。して見ると、てっきりあの人形使いに

(ちがいございませんわ。あのこうかつなおくびょうものは、めをさましたわたしには、ゆびいっぽんさえ)

違いございませんわ。あの狡猾な臆病者は、眼を醒ました私には、指一本さえ

(ふれることができなかったのです けつろんとしておおきなぎもんをひとつのこしたけれども)

触れることが出来なかったのです」結論として大きな疑問を一つ残したけれども

(くりヴぉふふじんのくちずさようなしずかなこえは、かたわらのふたりにあくむのようなものを)

クリヴォフ夫人の口誦むような静かな声は、側の二人に悪夢のようなものを

(つかませてしまった。せれなふじんもれヴぇずしもりょうてをしんけいてきにからませて、ことばを)

掴ませてしまった。セレナ夫人もレヴェズ氏も両手を神経的に絡ませて、言葉を

(はっするきりょくさえうせたらしい。のりみずはねむりからさめたようなかたちで、あわてて)

発する気力さえ失せたらしい。法水は眠りから醒めたような形で、慌てて

(たばこのはいをおとしたが、そのかおはせれなふじんのほうへむけられていた。)

莨の灰を落したが、その顔はセレナ夫人の方へ向けられていた。

(ところでせれなふじん、そのふうらいぼうはいずれせんぎするとして、)

「ところでセレナ夫人、その風来坊はいずれ詮議するとして、

(ときにこういうごっとふりーとをごぞんじですか。)

時にこういうゴットフリートを御存じですか。

(ヴぁす・ひえるて・みっひ・だす・いひす・にひと・ほいて・といふぇる ですけど、)

吾れ直ちに悪魔と一つになるを誰が妨ぎ得べきや――」「ですけど、

(そのぜっひ・・・・・・とつぎくをいいかけると、せれなふじんはたちまちこんらんしたように)

その短剣……」と次句を云いかけると、セレナ夫人はたちまち混乱したように

(なってしまって、ぼうとうのおんせつからしとくゆうのせんりつをうしなってしまった、)

なってしまって、冒頭の音節から詩特有の旋律を失ってしまった、

(ぜっひ・しゅあむべる・しゅれっけん・げえと・どぅるひ・まいん・げばいん が、どうして。ああ、またなぜに、)

「その短剣の刻印に吾が身は慄え戦きぬ――が、どうして。ああ、また何故に、

(あなたはそんなことをおききになるのです?としだいにこうふんしていって、)

貴方はそんなことをお訊きになるのです?」としだいに亢奮していって、

(わなわなみをふるわせながらさけぶのだった。ねえ、あなたがたはさがして)

ワナワナ身を慄わせながら叫ぶのだった。「ねえ、貴方がたは捜して

(いらっしゃるのでしょう。ですけど、あのおとこがどうしてわかるもんですか。)

いらっしゃるのでしょう。ですけど、あの男がどうして判るもんですか。

(いいえ、けっしてけっして、わかりっこございませんわ のりみずはかみまきをくちのなかで)

いいえ、けっしてけっして、判りっこございませんわ」法水は紙巻を口の中で

(もてあそびながら、むしろざんにんにみえるびしょうをたたえてあいてをながめていたが、)

弄びながら、むしろ残忍に見える微笑を湛えて相手を眺めていたが、「なにも

(ぼくは、あなたのせんざいひはんをもとめていやしませんよ。あんなじるふぇのだむ・しょうなんざあ、)

僕は、貴女の潜在批判を求めていやしませんよ。あんな風精の黙劇なんざあ、

(どうでもいいのです。それよりこれを、いずこにすみめりや、なんじくらきひびきね)

どうでもいいのです。それよりこれを、いずこに住めりや、なんじ暗き音響――

(なんですがね とでーめーるの ゆーべる・でん・じゅむふぇん をひきだしたが、あいかわらず)

なんですがね」とデーメールの「沼の上」を引き出したが、相変らず

(せれなふじんからしせんをはなそうとはしなかった。)

セレナ夫人から視線を放そうとはしなかった。

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