黒死館事件54

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(に、salamander soll gluhen ざらまんだーよもえたけれ)

二、Salamander soll gluhen(火精よ燃え猛れ)

(しかし、のりみずは、いったんとめたどうさをふたたびかいしして、りょうがわのとびらをいっぱいに)

しかし、法水は、いったん止めた動作を再び開始して、両側の扉を一杯に

(ひらききると、なかにはさゆうのかべぎわに、きみょうなかたちをしたこだいとけいがずらりと)

開ききると、なかには左右の壁際に、奇妙な形をした古代時計がズラリと

(はいれつされていた。がいこうがうすくなって、おくのやみとまじわっているあたりには、)

配列されていた。外光が薄くなって、奥の闇と交わっている辺りには、

(いくつかもじづらのがらすらしいものが、うすきみわるげなうろこのひかりのようにみえ、)

幾つか文字面の硝子らしいものが、薄気味悪げな鱗の光のように見え、

(そのほのかなひかりにせいどうがきざまれていく。というのは、ところどころにうごいている)

その仄かな光に生動が刻まれていく。と云うのは、所々に動いている

(ながいたんざくふりこが、たえずみゃくどうのようなめいめつをくりかえしているからであった。)

長い短冊振子が、絶えず脈動のような明滅を繰り返しているからであった。

(このはかあなのようないんいんたるくうきのなかで、じだいのほこりをあびたものしずけさが、そして、)

この墓窖のような陰々たる空気の中で、時代の埃を浴びた物静けさが、そして、

(さまざまなびょうきざみのおとが、いまだにやぶられないのは、おそらくだれひとりとして、)

様々な秒刻の音が、未だに破られないのは、恐らく誰一人として、

(つめきったいきをはきださないからであろう。が、そのとき、ちゅうおうの)

つめきった呼吸を吐き出さないからであろう。が、その時、中央の

(おおきなぞうがんちゅうしんのうえにおかれたにんぎょうとけいが、とつぜんぜんまいのゆるむおとを)

大きな象嵌柱身の上に置かれた人形時計が、突然弾条の弛む音を

(ひびかせたかとおもうと、こふうなみにゅえっとをかなではじめたのであった。)

響かせたかと思うと、古風なミニュエットを奏ではじめたのであった。

(おるごーる はんたいのほうこうにうごくふたつのえんとうをかいてんせしめ、そのうえにあるむすうの)

廻転琴(反対の方向に動く二つの円筒を廻転せしめ、その上にある無数の

(とげをもって、はしごじょうにならんでいるおんこうをはじくじどうがっき がひきだしたゆうがなねいろが)

棘をもって、梯状に並んでいる音鋼を弾く自動楽器)が弾き出した優雅な音色が

(このちんうつなききをやぶったとみえて、ふたたびいちどうのみみに、あのひきずるように)

この沈鬱な鬼気を破ったとみえて、再び一同の耳に、あの引き摺るように

(おもたげなおんきょうがはいってきた。あかりを!!くましろはわれにかえったかのごとくに)

重たげな音響が入ってきた。「灯を!!」熊城は吾に返ったかのごとくに

(どなった。しんさいのてでかべのすいっちがひねられると、はたしてのりみずのしんそくが)

呶鳴った。真斎の手で壁の開閉器が捻られると、はたして法水の神測が

(てきちゅうしていた。というのは、おくのきゃびねっとのうえで、つたこふじんはせいしをよにんの)

適中していた。と云うのは、奥の長櫃の上で、津多子夫人は生死を四人の

(さいのめにかけて、りょうてをむねのうえでくみ、ながながとよこたわっているのであった。)

賽の目に賭けて、両手を胸の上で組み、長々と横たわっているのであった。

(そのたんせいなうつくしさは、とうていとうきでつくった、べあとりちぇのしぞうというほかに)

その端正な美しさは、とうてい陶器で作った、ベアトリチェの死像と云うほかに

など

(ないであろう。しかし、ひきずるようなにぶいおんきょうは、まさに、つたこふじんが)

ないであろう。しかし、引き摺るような鈍い音響は、まさに、津多子夫人が

(よこたわっているふきんからはっせられてくる。うすきみわるいちどうのようないびきごえ、)

横たわっている附近から発せられてくる。薄気味悪い地動のような鼾声、

(それもびょうてきなぜんめいでもまじっているかのような・・・・・・。ああ、のりみずがしたいとすいそくした)

それも病的な喘鳴でも交っているかのような……。ああ、法水が死体と推測した

(つたこふじんは、いまだにせいどうをつづけているではないか。ひふはまったくかっしょくを)

津多子夫人は、未だに生動を続けているではないか。皮膚はまったく活色を

(うしない、たいおんはしおんにちかいほどにていかしているけれども、かすかにこきゅうをつづけ、)

失い、体温は死温に近いほどに低下しているけれども、微かに呼吸を続け、

(びじゃくながらもしんおんがうっている。そして、かおだけをのぞいて、ぜんしんを)

微弱ながらも心音が打っている。そして、顔だけを除いて、全身を

(みいらのようにもうふでまきつけられているのだった。そのとき、おるごーるの)

木乃伊のように毛布で巻き付けられているのだった。その時、廻転琴の

(みにゅえっとがなりおわると、ふたつのどうじにんぎょうは、かわるがわるみぎてのつちを)

ミニュエットが鳴り終ると、二つの童子人形は、かわるがわる右手の槌を

(ふりあげて、ちゃぺるをたたいた。そして、はちじをほうじたのであった。)

振り上げて、鐘を叩いた。そして、八時を報じたのであった。

(ほうすいくろらーるだ のりみずはこきをかいだかおをはなすと、げんきなこえでいった。)

「抱水クロラールだ」法水は呼気を嗅いだ顔を離すと、元気な声で云った。

(どうこうもしゅくしょうしているし、においもそれにちがいない。だが、いきていてくれて)

「瞳孔も縮小しているし、臭いもそれに違いない。だが、生きていてくれて

(なによりだったよ。ねえくましろくん、つたこふじんのかいふくで、このじけんのどこかに)

なによりだったよ。ねえ熊城君、津多子夫人の恢復で、この事件のどこかに

(あかるみがさすかもしれないぜ なるほど、やくぶつしつのちょうさは)

明るみが差すかもしれないぜ」「なるほど、薬物室の調査は

(むだじゃなかったろうがね とくましろはにがいものにふれたようなかおになって、)

無駄じゃなかったろうがね」と熊城は苦いものに触れたような顔になって、

(だが、おかげさまで、とんだひほうをきかされてしまったよ。ものすごいげんめつだ。)

「だが、おかげさまで、とんだ悲報を聴かされてしまったよ。物凄い幻滅だ。

(あのどうばんすりみたいにあざやかなどうきをもったおんなが、なんというばかげたたいほうを)

あの銅版刷みたいに鮮かな動機を持った女が、なんという莫迦げた大砲を

(むけてきたんだい。ひとつきみに、れいばいでもよんでもらおうかね じじつくましろが)

向けてきたんだい。一つ君に、霊媒でも呼んでもらおうかね」事実熊城が

(いったように、いさんはいぶんからただひとりのぞかれていて、もっとものうこうなどうきを)

云ったように、遺産配分からただ一人除かれていて、最も濃厚な動機を

(もっているはずのおしがねつたこふじんには、どこかにもろい、やぶれめでも)

持っているはずの押鐘津多子夫人には、どこかに脆い、破れ目でも

(できそうなところがあるようにおもわれていた。そのやさきに、きょうあくむざんな)

出来そうなところがあるように思われていた。その矢先に、兇悪無惨な

(むちゅうのじんぶつとなってあらわれたばかりでなく、しかも、のりみずのすいそくをくつがえして、)

夢中の人物となって現われたばかりでなく、しかも、法水の推測を覆して、

(こんどはふかかいなこんすいじょうたいに、びみょうなすいだんをようきゅうしているのだった。そのよそうを)

今度は不可解な昏睡状態に、微妙な推断を要求しているのだった。その予想を

(ゆるされないぎゃくてんふんきゅうには、ひとりくましろならずとも、まったくたまらないじけんに)

許されない逆転紛糾には、ひとり熊城ならずとも、まったくたまらない事件に

(ちがいないのである。けんじもはらだたしげにといきしていった。)

違いないのである。検事も腹立たしげに吐息して云った。

(ただただおどろくばかりさ。きんきんにじゅうじかんあまりのあいだに、ふたりのししゃと)

「ただただ驚くばかりさ。僅々二十時間あまりの間に、二人の死者と

(ふたりのこんとうしゃができてしまったんだ。どのみち、もんだいになるのは、もじばんが)

二人の昏倒者が出来てしまったんだ。どのみち、問題になるのは、文字盤が

(まわされるいぜんさ。それまでに、はんにんはこんとうさせたつたこを、ここへ)

廻される以前さ。それまでに、犯人は昏倒させた津多子を、ここへ

(はこびいれたのだろう といって、のりみずをかくしんありげなひょうじょうでみて、)

運び入れたのだろう」と云って、法水を確信ありげな表情で見て、

(しかしのりみずくん、だいたいのやくりょうがわかれば、それをのどにいれたじこくのけんとうが)

「しかし法水君、だいたいの薬量が判れば、それを咽喉に入れた時刻の見当が

(つくだろう。そこにぼくは、なにかあるのじゃないかとおもうよ。このこんすいには、)

つくだろう。そこに僕は、何かあるのじゃないかと思うよ。この昏睡には、

(きっとうらのまたそのうらがあるにちがいないのだ といくじなくもけんじも、)

きっと裏のまたその裏があるに違いないのだ」と意気地なくも検事も、

(やはりつたこふじんにまつわる、どうきのかっこたるおもさにひきずられるのだった。)

やはり津多子夫人に纏わる、動機の確固たる重さに引き摺られるのだった。

(たしかにめいさつだ のりみずはまんぞくそうにうなずいたが、だが、やくりょうなどは)

「たしかに明察だ」法水は満足そうに頷いたが、「だが、薬量などは

(どうでもいいことなんだよ。なによりもんだいなのは、はんにんにこのひとをころすいしが)

どうでもいい事なんだよ。何より問題なのは、犯人にこの人を殺す意志が

(なかったということだ なに、ころすいしがない!?けんじはおもわずおうむがえしに)

なかったという事だ」「なに、殺す意志がない!?」検事は思わず鸚鵡返しに

(さけんだが、すぐにいぎをとなえた。しかし、やくりょうのごそくということは、)

叫んだが、すぐに異議を唱えた。「しかし、薬量の誤測ということは、

(とうぜんないとはいえまい ところがはぜくらくん、このできごとには、やくりょうがこんぽんから)

当然ないとは云えまい」「ところが支倉君、この出来事には、薬量が根本から

(もんだいではないのだ。ただねむらせてこのへやにほうりこんでおきさえすれば、それが)

問題ではないのだ。ただ眠らせてこの室に抛り込んでおきさえすれば、それが

(ろんなしにちしりょうになってしまうのだよ。たりょうのほうすいくろらーるには、)

論なしに致死量になってしまうのだよ。多量の抱水クロラールには、

(いちじるしくたいおんをていかさせるせいのうがあるのだ。それにこのへやは、いしときんぞくとで)

いちじるしく体温を低下させる性能があるのだ。それにこの室は、石と金属とで

(かこまれていて、ひじょうにおんどがひくい。だから、まどをひらいてがいきをいれさえすれば、)

囲まれていて、非常に温度が低い。だから、窓を開いて外気を入れさえすれば、

(このへやのきおんが、ちょうどとうしにかっこうなじょうけんになってしまうじゃないか。)

この室の気温が、ちょうど凍死に恰好な条件になってしまうじゃないか。

(ところがはんにんは、そういうもっともあんぜんなほうほうをえらばないばかりでなく、)

ところが犯人は、そういう最も安全な方法を択ばないばかりでなく、

(げんざいみるとおりみいらみたいにくるんでいて、ふかかいなぼうおんしゅだんを)

現在見るとおり木乃伊みたいに包んでいて、不可解な防温手段を

(ほどこしているんだよ とあいかわらずのりみずは、ききょうをきわめるなぞのなかから、さらにまた)

施しているんだよ」と相変らず法水は、奇矯をきわめる謎の中から、さらにまた

(いようなぎもんをてきしゅつするのだった。ところが、はたしてかれのことばのごとく、)

異様な疑問を摘出するのだった。ところが、はたして彼の言のごとく、

(まどのかけがねにはせきじゅんのようなさびがこびりついていて、しかも、せいそうされている)

窓の掛金には石筍のような錆がこびり付いていて、しかも、清掃されている

(しつないには、ささいのこんせきすらとめられていない。のりみずは、はこびだされてゆく)

室内には、些細の痕跡すら留められていない。法水は、運び出されてゆく

(つたこふじんをぎょうぜんとみおくりながら、なにかしらりつぜんとしたようなかおになって)

津多子夫人を凝然と見送りながら、なにかしら慄然としたような顔になって

(いった。たぶんあしたいちにちおけば、じゅうぶんじんもんにたえられるだろうとはおもうが、)

云った。「たぶん明日一日おけば、充分訊問に耐えられるだろうとは思うが、

(しかしこのいちじだけは、どうあってもきおくしておかなけりゃならん。なぜに)

しかしこの一事だけは、どうあっても記憶しておかなけりゃならん。何故に

(はんにんが、つたこふじんのじゆうをうばってこうきんしたか ということなんだ。あるいは)

犯人が、津多子夫人の自由を奪って拘禁したか――という事なんだ。あるいは

(ぼくのおもいすごしかもしれないがね。そういうしゅだんをとるにいたったいんけんな)

僕の思い過しかもしれないがね。そういう手段を採るに至った陰険な

(たくらみというのが、もしかしたら、いしきがかいふくしてからはかれる、ことばのなかに)

企みと云うのが、もしかしたら、意識が恢復してから吐かれる、言葉の中に

(あるのではないかとおもわれるんだよ。どうして、やぶれめがありそうだと、)

あるのではないかと思われるんだよ。どうして、破れ目がありそうだと、

(そこにはきまってわながあるんだから)

そこにはきまって陥穽があるんだから」

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