黒死館事件61

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(それによると、はんにんをいっしゅのてんらんきょうとしんじているのりみずは、さいしょでんせつがくに)

それによると、犯人を一種の展覧狂と信じている法水は、最初伝説学に

(こうさつのやをむけたのだった。あなとーる・る・ぶらの ぶりとんでんせつがく や)

考察の矢を向けたのだった。アナトール・ル・ブラの「ブリトン伝説学」や

(がうるどの おーるど・にっく までもしょうりょうして、せいべつてんかんのしんおうにひそんでいて)

ガウルドの「オールド・ニック」までも渉猟して、性別転換の深奥に潜んでいて

(はんこうどうきにふごうするものを、ちゅうおうあんかうこうひのなかにみいだそうとした。また、)

反抗動機に符合するものを、中欧死神口碑の中に見出そうとした。また、

(しゅらっはうへんの しゅわるつぶるぐじょう そのたから、ようせいのめいしょうにかんする)

シュラッハウヘンの「シュワルツブルグ城」その他から、妖精の名称に関する

(ごげんがくてきなへんてんをしろうとした。つまり、うんでぃぬすとにっくすとのあいだにいっちがあれば、)

語源学的な変転を知ろうとした。つまり、水精と水魔との間に一致があれば、

(めがみふりーやー すなわちにけーああるいはにっくすといったいでぜんあくにようの)

女神フリーヤー(すなわちニケーアあるいはニックスと一体で善悪二様の

(けしんのあるヴぉーだんしんのつま のけしんといわれるほわいと・れでぃでんせつのなかに、)

化身のあるヴォーダン神の妻)の化身と云われる白夫人伝説のなかに、

(いようなにじゅうじんかくてきいぎをはっけんできはしまいかとかんがえたからである。さらに、)

異様な二重人格的意義を発見できはしまいかと考えたからである。さらに、

(volksbuch のごっとふりーと ふぉん・しゅとらすぶるぐ の)

「Volksbuch」のゴットフリート(フォン・シュトラスブルグ)の

(しんぴしや、はーげんやはいすてるばっは、それから、げーての)

神秘詩や、ハーゲンやハイステルバッハ、それから、ゲーテの

(うる・ふぁうすと とだいにこう、だいさんこうとのひかくもこころみたけれども、けっきょく)

「ファウスト第一稿」と第二稿、第三稿との比較も試みたけれども、結局

(そのうる・ふぁうすとには、だいにこういかにははんぜんとしていないえるがいすと すなわち、)

その第一稿には、第二稿以下には判然としていない地霊(すなわち、

(うんでぃね・じるふぇ・ざらまんだー・こぼるとをけんぞくとするだいしぜんのせいれい が)

ウンディネ・ジルフェ・ザラマンダー・コボルトを眷族とする大自然の精霊)が

(そうだいなてつがくてきなすがたをしゅつげんさせているのみであった。しかし、)

壮大な哲学的な姿を出現させているのみであった。しかし、

(このごぼうせいじゅもんにかんするのりみずのかいせつは、むしろれくちゅあにひとしかった。それなので、)

この五芒星呪文に関する法水の解説は、むしろ講演に等しかった。それなので、

(じりじりきんぱくのたびをたかめていたくうきがしだいにゆるんでいって、せなかに)

ジリジリ緊迫の度を高めていた空気がしだいに緩んでいって、背中に

(ひをうけているふたりのあいだには、ぽかぽかしたくものようなねむけがながれはじめた。)

陽をうけている二人の間には、ぽかぽかした雲のような眠気が流れはじめた。

(けんじはひにくなたんそくをしていった。とにかく、このいちじだけはことわっておこうよ)

検事は皮肉な嘆息をして云った。「とにかく、この一事だけは断っておこうよ

(このせきじょうがぷるヴぇる・とぅるむだということをね、とにかくそういうはなしは、いずれ)

――この席上が弾薬塔だということをね、とにかくそういう話は、いずれ

など

(ろーぜん・がるでんでやってもらうことにしようじゃないか ところが、つぎのしゅんかんのりみずのかおに)

薔薇園でやってもらうことにしようじゃないか」ところが、次の瞬間法水の顔に

(さっとこうようがひらめいていて、とつじょてつむちのように、すさまじいうなりがだきを)

サッと光燿が閃いていて、突如鉄鞭のように、凄じい唸りが惰気を

(いっそうしたのである。かれは、あまそうにたばこをに、さんどすうといった。)

一掃したのである。彼は、甘そうに莨を二、三度吸うと云った。

(じょうだんじゃないぜ、こんなにすばらしいえるげーにっひ・こすちゅうむが、ぷるヴぇる・とぅるむや)

「冗談じゃないぜ、こんなに素晴らしい魔王の衣裳が、弾薬塔や

(ばるばかんのなかにあってたまるもんか。はぜくらくん、ぼくのまほうしてきこうさつはついにとろうでは)

砲壁の中にあってたまるもんか。支倉君、僕の魔法史的考察はついに徒労では

(なかったのだ。さんざんばらなやまされたごぼうせいじゅもんのしょうたいが、ものもあろうに、)

なかったのだ。散々ばら悩まされた五芒星呪文の正体が、ものもあろうに、

(るいじゅうさんせいちょうぶらっく・きゃびねっとしのなかからはっけんされたのだよ。いやことばをかえていおう。)

ルイ十三世朝機密閣史の中から発見されたのだよ。いや言葉を換えて云おう。

(とうじふそくふりのたいどだったけれども、しんきょうとのほごしゃぐすたふ・あどるふす)

当時不即不離の態度だったけれども、新教徒の保護者グスタフ・アドルフス

(すうぇーでんおう とたいじしていたのが、ゆうめいなそうじょうさいしょうりしゅりゅうだったのだ。)

(瑞典王)と対峙していたのが、有名な僧正宰相リシュリュウだったのだ。

(じつにこのじけんのほんたいが、あのいんけんきわまりないあんやくのなかにつくされて)

実にこの事件の本体が、あの陰険きわまりない暗躍の中に尽くされて

(いるのだよ。ところではぜくらくん、きみは、りしゅりゅうぶらっく・きゃびねっとのないようを)

いるのだよ。ところで支倉君、君は、リシュリュウ機密閣の内容を

(しっているかね。あんごうどっかいかのふらんそあ・ヴぃえとやろっしにょーるは?)

知っているかね。暗号読解家のフランソア・ヴィエトやロッシニョールは?

(れんきんまほうしけんあんさつしゃのおっちりーゆは?つまり、もんだいはこの)

錬金魔法師兼暗殺者のオッチリーユは?つまり、問題はこの

(ぶらっく・もんくおっちりーゆにあるのだが......ああ、なんといううすきみわるい)

悪徳僧正オッチリーユにあるのだが......ああ、なんという薄気味悪い

(いっちだろうか。ひがいしゃのなも、はんにんのなも、あのりゅうきへいおうをたおした)

一致だろうか。被害者の名も、犯人の名も、あの竜騎兵王を斃した

(りゅっつぇんやくのせんぼつしゃちゅうにあらわれているのだがね)

リュッツェン役の戦歿者中に現われているのだがね」

(1631ねんすうぇーでんおうぐすたふす・あどるふすは、どいつしんきょうとようごのために、)

(註)一六三一年瑞典王グスタフス・アドルフスは、独逸新教徒擁護のために、

(きゅうきょうれんめいとぷろしぁにおいてたたかい、らいぴちっひ、れっひをこうりゃくし、)

旧教聯盟とプロシァにおいて戦い、ライピチッヒ、レッヒを攻略し、

(わるれんしゅらいんぐんとりゅっつぇんにてたたかう。せんとうのけっかはかれのしょうりなりしも)

ワルレンシュライン軍とリュッツェンにて戦う。戦闘の結果は彼の勝利なりしも

(せんごのじんちゅうにおいておっちりーゆがいとをひいたいっけいきへいのためにそげきせられ、)

戦後の陣中においてオッチリーユが糸を引いた一軽騎兵のために狙撃せられ、

(そのあんさつしゃは、ざっくす・ろーえんべるぐこうのためそのばさらずにしゃさつせらる。)

その暗殺者は、ザックス・ローエンベルグ侯のためその場去らずに射殺せらる。

(ときに、1632ねんじゅういちがつじゅうろくにち。)

時に、一六三二年十一月十六日。

(しゅんかんけんじとくましろは、じぶんではどうにもならないげんわくのかちゅうに)

瞬間検事と熊城は、自分ではどうにもならない眩惑の渦中に

(まきこまれてしまった。はんにんのなは それはすなわち、このじけんのかーてんが)

捲き込まれてしまった。犯人の名は――それはすなわち、この事件の緞帳が

(おろされるのをいみする。しかし、ここんとうざいのはんざいそうさしをあまねく)

下されるのを意味する。しかし、古今東西の犯罪捜査史をあまねく

(しょうりょうしたところで、とうていしじつによってはんにんがしてきされ、じけんのかいけつが)

渉猟したところで、とうてい史実によって犯人が指摘され、事件の解決が

(くだされたなどというしんわめいたためしが、これまでにわずかそれらしいひとつでも)

下されたなどという神話めいた例しが、従来にわずかそれらしい一つでも

(あったであろうか。それであるからして、ふたりはおどろきあきれまどい、ことにけんじは、)

あったであろうか。それであるからして、二人は駭き呆れ惑い、ことに検事は、

(もうれつなひなんのいろをうかべて、じっこうふかのうのせかいにぼっとうしてゆくのりみずを、げんぜんと)

猛烈な非難の色を泛べて、実行不可能の世界に没頭してゆく法水を、厳然と

(きめつけるのだった。ああまた、きみのびょうてきせいしんきょうらんかね。とにかく、しゃれは)

極めつけるのだった。「ああまた、君の病的精神狂乱かね。とにかく、洒落は

(やめにしてもらおう。つぼかぶとやはんど・きゃのんでじけんのかいけつがつくというのだったら、まず、)

やめにしてもらおう。壺兜や手砲で事件の解決がつくと云うのだったら、まず、

(そういうしじょうくうぜんのしょうめいほうをきこうじゃないか もちろんけいほうてきかちとしては、)

そういう史上空前の証明法を聴こうじゃないか」「勿論刑法的価値としては、

(かんぜんなものじゃないさ とのりみずはけむりをなびかせて、しずかにいった。しかし、)

完全なものじゃないさ」と法水は烟を靡かせて、静かに云った。「しかし、

(もっともうたがわれてよいかおが、ぼくらをまどわしていたおおくのぎもんのなかに)

最も疑われてよい顔が、僕等を惑わしていた多くの疑問の中に

(さんざいしているんだ。つまり、そのひとつひとつからきょうつうしたふぁくたーがはっけんされ、しかも)

散在しているんだ。つまり、その一つ一つから共通した因子が発見され、しかも

(それらをあるいってんにきのうしそうごうしさることができたとしたらどうだろう。)

それ等をある一点に帰納し綜合し去ることが出来たとしたらどうだろう。

(またそうなったらきみたちは、あながちそれを、ぐうぜんのしょさんだけとはかんがえないだろうね)

またそうなったら君達は、強ちそれを、偶然の所産だけとは考えないだろうね」

(といって、てーぶるをがんとたたき、きょうちょうするものがあった。ところでぼくは、)

と云って、卓子をガンと叩き、強調するものがあった。「ところで僕は、

(このじけんをじゅういっしゅ・くらいむだとだんていするが、どうだ!じゅう ああきみは)

この事件を猶太的犯罪だと断定するが、どうだ!」「猶太――ああ君は

(なにをいうんだ?くましろはめをしょぼつかせて、からくもしゃがれごえをしぼりだした。)

何を云うんだ?」熊城は眼をショボつかせて、からくも嗄れ声を絞り出した。

(おそらくかれは、らいめいのようなふきょうわのこうのうなりをきくこころもちがしたことであろう。)

恐らく彼は、雷鳴のような不協和の紘の唸りを聴く心持がしたことであろう。

(そうなんだくましろくん、きみはゆだやじんが、へぶらいもじのあれふからよっどまでに)

「そうなんだ熊城君、君は猶太人が、ヘブライ文字のアレフからヨッドまでに

(かずをつけて、とけいのもじばんにしているのをみたことがあるかね。それが、)

数を附けて、時計の文字盤にしているのを見たことがあるかね。それが、

(ゆだやじんのしんじょうなんだよ。ぎしきてきのほうてんをげんかくにじっこうすることと、うしなわれたつぃおんの)

猶太人の信条なんだよ。儀式的の法典を厳格に実行することと、失われた王国の

(てんぎをまもることだ。ああ、ぼくだってそうじゃないか。どうしていままでに、)

典儀を守ることだ。ああ、僕だってそうじゃないか。どうして今までに、

(どぞくじんしゅがくがこのなんかいきわまるじけんをかいけつしようなどとかんがえられたろうか。)

土俗人種学がこの難解きわまる事件を解決しようなどと考えられたろうか。

(とにかく、はぜくらくんのかいたぎもんいちらんひょうをきそにして、あのうすきみわるいしりうすの)

とにかく、支倉君の書いた疑問一覧表を基礎にして、あの薄気味悪い赤い眼の

(ぱららっくすをけいさんしてゆくことにしよう とのりみずのめのひかりがきえて、てーぶるののーとを)

視差を計算してゆくことにしよう」と法水の眼の光が消えて、卓上のノートを

(ひらきそれをよみはじめた。)

開きそれを読みはじめた。

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