黒死館事件66

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小栗虫太郎の作品です。
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関連タイピング

問題文

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(いや、ぼくはしりうすのぱららっくすをけいさんしているのだっけ。またでるたもくしいもある!)

「いや、僕は天狼星の視差を計算しているのだっけ。またδもξもある!

(それらを、いってんにきのうしそうごうしさることができればいいのだ そこで、くうきが)

それ等を、一点に帰納し綜合し去ることが出来ればいいのだ」そこで、空気が

(いようにねっしてきた。もはやかいけつにちかいことは、ながらくのりみずにせっしている)

異様に熱してきた。もはや解決に近いことは、永らく法水に接している

(ふたりにとると、それがかんかくてきにもふれてくるものらしい。くましろはぶきみにめを)

二人にとると、それが感覚的にも触れてくるものらしい。熊城は不気味に眼を

(すえ、かおをせまるようにちかづけてたずねた。では、そっちょくにこくしかんのばけものを)

据え、顔を迫るように近づけて訊ねた。「では、率直に黒死館の化物を

(してきしてもらおう。きみがいうじゅうというのは、いったいだれなんだね?)

指摘してもらおう。君が云う猶太人というのは、いったい誰なんだね?」

(それが、けいきへいにこらす・ぶらーえなんだ とのりみずはまずいがいななをのべたが)

「それが、軽騎兵ニコラス・ブラーエなんだ」と法水はまず意外な名を述べたが

(ところで、そのおとこがぐすたふす・あどるふすにちかづいたたんしょというのは、おうが)

「ところで、その男がグスタフス・アドルフスに近づいた端緒というのは、王が

(らんでしゅたっとしににゅうじょうしたときで、そのさいにじゅいっしゅ・げーとのかたわらでらいめいにあい、)

ランデシュタット市に入城した時で、その際に猶太窟門の側で雷鳴に逢い、

(よつのやうまがきょうほんしたのをとりしずめたからなんだ。そこではぜくらくん、なによりぶらーえの)

乗馬が狂奔したのを取り鎮めたからなんだ。そこで支倉君、何よりブラーエの

(ゆうもうかかんなせんせきをみてもらいたいんだが とけんじがもてあそんでいたはーとの)

勇猛果敢な戦績を見てもらいたいんだが」と検事が弄んでいたハートの

(ぐすたふす・あどるふす をとりあげて、りゅっつぇんやくのしゅうまつにちかいぺーじを)

「グスタフス・アドルフス」を取り上げて、リュッツェン役の終末に近い頁を

(さししめした。とどうじに、ふたりのかおにさっときょうがくのいろがひらめいた。けんじはうーんと)

指し示した。と同時に、二人の顔に颯と驚愕の色が閃いた。検事はウーンと

(うめきごえをはっして、おもわずくわえていたたばこをとりおとしてしまった。)

呻き声を発して、思わず銜えていた莨を取り落してしまった。

(せんとうはくじかんにわたってけいぞくし、すうぇーでんぐんのししょうはさんぜん、いむぺりありすつは)

――戦闘は九時間に亙って継続し、瑞典軍の死傷は三千、聯盟軍は

(ななせんをのこしてはいそうせしも、よるのやみはついげきをはばみ、そのよる、しょうへいどもはてっしょうちに)

七千を残して敗走せしも、夜の闇は追撃を阻み、その夜、傷兵どもは徹宵地に

(よこたわりてねむる。ふつぎょうにこうそうありて、のがれえざるものは、ことごとくさむけのために)

横たわりて眠る。払暁に降霜ありて、遁れ得ざる者は、ことごとく寒気のために

(ころされたり。それよりせんじつぼつごに、ぶらーえはおーへむたいさにしたがいて、せんとうもっとも)

殺されたり。それより先日没後に、ブラーエはオーヘム大佐に従いて、戦闘最も

(げきれつなりししふうしゃちてんをじゅんさつのとちゅう、かれのひょうかんそげきのまととなりしものをしてきす。)

激烈なりし四風車地点を巡察の途中、彼の慓悍狙撃の的となりし者を指摘す。

(いわく、べるとると・ヴぁるすたいんはく、ふるだこうけんだいしゅういんちょうぱっへんはいむ・・・・・・)

曰く、ベルトルト・ヴァルスタイン伯、フルダ公兼大修院長パッヘンハイム……

など

(そこまでくると、くましろはかおでもなぐられたかのようにはっとみをひいた。)

そこまで来ると、熊城は顔でも殴られたかのようにハッと身を引いた。

(そして、よういにこえがでなかった。けんじはしばらくぎょうぜんとうごかなかったが、)

そして、容易に声が出なかった。検事はしばらく凝然と動かなかったが、

(やがてほとんどききとれないほどひくいこえで、つぎくをよみはじめた。)

やがてほとんど聴取れないほど低い声で、次句を読みはじめた。

(でいとりひしゅたいんこうだんねべるぐ、あまるてぃこうりょうしれいかんせれな、ああ、)

「デイトリヒシュタイン公ダンネベルグ、アマルティ公領司令官セレナ、ああ、

(ふらいべるひのちゃんせらーれヴぇず・・・・・・ とぐっとつばをのみこんで、にごっためをのりみずに)

フライベルヒの法官レヴェズ……」とグッと唾を嚥み込んで、濁った目を法水に

(むけた。とにかくのりみずくん、きみがもちだした、このようせいえんのこうけいを)

向けた。「とにかく法水君、君が持ち出した、この妖精園の光景を

(せつめいしてくれたまえ。どうも、きゃすとのいみがさっぱりのみこめんのだよ)

説明してくれ給え。どうも、配役の意味がさっぱり嚥み込めんのだよ――

(なぜりゅっつぇんやくをぷろっとにして、こくしかんのぎゃくさつしがおこらねば)

何故リュッツェン役を筋書にして、黒死館の虐殺史が起らねば

(ならなかったのだろうか。それに、あるいはきゆうにすぎんかもしれんがね。)

ならなかったのだろうか。それに、あるいは杞憂にすぎんかもしれんがね。

(ぼくはここになをのせられていないはたたろうと、くりヴぉふとそのどっちかのうちに)

僕はここに名を載せられていない旗太郎と、クリヴォフとそのどっちかのうちに

(はんにんのさいんがあるのではないかとおもうのだよ うん、それがすこぶるあくまてきな)

犯人の署名があるのではないかと思うのだよ」「うん、それがすこぶる悪魔的な

(じょうだんなんだ。かんがえればかんがえるほど、ぞっとなってくる。だいいち、このおおしばいを)

冗談なんだ。考えれば考えるほど、慄然となってくる。第一、この大芝居を

(しくんださくしゃというのは、けっしてはんにんじしんではないのだ。つまりそのぷろっとが、)

仕組んだ作者というのは、けっして犯人自身ではないのだ。つまりその筋書が、

(あのごぼうせいじゅもんのほんたいなんだよ。りゅっつぇんのやくでは、けいきへいぶらーえと)

あの五芒星呪文の本体なんだよ。リュッツェンの役では、軽騎兵ブラーエと

(そのぼたいであるあんさつしゃのまほうれんきんしおっちりーゆとのかんけいだったものが、)

その母体である暗殺者の魔法錬金士オッチリーユとの関係だったものが、

(このじけんにくると、はんにんぷらすxのこうしきにかわってしまうのだ とのりみずは、)

この事件に来ると、犯人+Xの公式に変ってしまうのだ」と法水は、

(このようじゅつめいたふごうのかいしゃくを、ぜひなくじけんのかいけつごにうつしたけれども、)

この妖術めいた符合の解釈を、ぜひなく事件の解決後に移したけれども、

(つづいてせいきをそうがんにうかべて、こくしかんのあくまをしてきした。ところで、)

続いて凄気を双眼に泛べて、黒死館の悪魔を指摘した。「ところで、

(そのぶらーえが、おっちりーゆからのししゃであることがわかると、そこで、)

そのブラーエが、オッチリーユからの刺者であることが判ると、そこで、

(かれのほんたいをせんめいするひつようがあるとおもう。それが、だぶる・だぶるくろっすなんだ。)

彼の本体を闡明する必要があると思う。それが、二重の裏切なんだ。

(かとりっくとたいこうしてひかくてきじゅうにおだやかだったぐすたふすおうをあんさつしたのは、)

旧教徒と対抗して比較的猶太人に穏かだったグスタフス王を暗殺したのは、

(ぷろてすたんとからうけたおんけいと、かれのしゅぞくにたいするとのりょうようのいみで、)

新教徒から受けた恩恵と、彼の種族に対するとの両様の意味で、

(だぶる・だぶるくろっすじゃないか。つまり、はーとのしぼんにはないけれども、)

二重の裏切じゃないか。つまり、ハートの史本にはないけれども、

(ぷろしあおうふれでりっくにせいのでんきしゃだヴぁは、けいきへいぶらーえを、)

プロシア王フレデリック二世の伝記者ダヴァは、軽騎兵ブラーエを、

(ぷろっくうまれのぽうりっしゅ・じゅうとさらしいている。そして、そのほんみょうが、)

プロック生れの波蘭猶太人だと曝いている。そして、その本名が、

(るりえ・くろふまく・くりヴぉふなんだ!そのしゅんかん、あらゆるものが)

ルリエ・クロフマク・クリヴォフなんだ!」その瞬間、あらゆるものが

(せいししたようにおもわれた。ついに、かめんがはがれて、このきょうきしばいは)

静止したように思われた。ついに、仮面が剥がれて、この狂気芝居は

(おわったのだ。つねにしんびせいをわすれないのりみずのそうさほうが、ここにもまた、ひじゅつしょきの)

終ったのだ。常に審美性を忘れない法水の捜査法が、ここにもまた、火術初期の

(しゅうきょうせんそうでかざりたてた、かれいきわまりないきゃたすとろふをつくりあげたのだった。)

宗教戦争で飾り立てた、華麗きわまりない終局を作り上げたのだった。

(しかし、けんじはいまだにはんしんはんぎのおももちで、たばこをくちからはなしたままぼんやりと)

しかし、検事は未だに半信半疑の面持で、莨を口から放したまま茫然と

(のりみずのかおをみつめている。それにのりみずは、ひにくにほほえみながらも、はーとのしぼんを)

法水の顔を瞶めている。それに法水は、皮肉に微笑みながらも、ハートの史本を

(めくりそのぺーじをけんじにつきつけた。ぐすたふすおうのぼつご、わいまーるこう)

繰りその頁を検事に突き付けた。(グスタフス王の歿後、ワイマール侯

(ういるへるむのふろんと・ますけちーあほいえるすヴぇるだにあらわれるにおよび、はじめてかれが、)

ウイルヘルムの先鋒銃兵ホイエルスヴェルダに現われるに及び、初めて彼が、

(しれじあにやしんあることあきらかとなれり ねえはぜくらくん、わいまーるこう)

シレジアに野心ある事明らかとなれり)「ねえ支倉君、ワイマール侯

(ういるへるむは、そのじつひにくなちょうしょうてきなかいぶつだったのだよ。しかし、)

ウイルヘルムは、その実皮肉な嘲笑的な怪物だったのだよ。しかし、

(さしもくりヴぉふがきずきあげたしょうへきすらも、ぼくのはばってりんぐ・らむにとれば、けっして)

さしもクリヴォフが築き上げた墻壁すらも、僕の破城槌にとれば、けっして

(なんこうふらくのものではないのだ とはいごにあるたいかずのこくえんを、かっとほのおのように)

難攻不落のものではないのだ」と背後にある大火図の黒煙を、赫っと焔のように

(そめている、ひのはんえいをずじょうにあびながら、のりみずははんにんくりヴぉふをそじょうに)

染めている、陽の反映を頭上に浴びながら、法水は犯人クリヴォフを俎上に

(のぼせて、すんだんてきなかいしゃくをこころみた。さいしょにぼくは、くりヴぉふをどぞくじんしゅがくてきに)

上せて、寸断的な解釈を試みた。「最初に僕は、クリヴォフを土俗人種学的に

(かんさつしてみたのだ。もちろんいすらえる・こーへんやちぇんばれんのちょじゅつを)

観察してみたのだ。勿論イスラエル・コーヘンやチェンバレンの著述を

(もちださなくても、あのあかげやそばかす、それにはなばしらのけいじょうなどが、それぞれ)

持ち出さなくても、あの赤毛や雀斑、それに鼻梁の形状などが、それぞれ

(あもれあんじゅう もっともよーろっぱじんにちかいじゅうのしめがた のとくちょうをめいはくに)

アモレアン猶太人(最も欧羅巴人に近い猶太人の標型)の特徴を明白に

(してきしているものだといえる。しかしそれを、よりいじょうかくじつにしているのが、)

指摘しているものだと云える。しかしそれを、より以上確実にしているのが、

(ゆだやじんとくゆうともいうざいおにっく・しむぽりずむのしんじょうなんだ。じゅうがよく、そのかたちを)

猶太人特有ともいう猶太王国恢復の信条なんだ。猶太人がよく、その形を

(かふすぼたんやねくたい・ぴんにもちいているけれども、そのだびでのたてのろくりょうけいが、)

カフス釦や襟布止めに用いているけれども、そのダビデの楯の六稜形が、

(くりヴぉふのむねかざりでは、てゅーどるろーずにろくべんのかたちとなってあらわれているのだ)

クリヴォフの胸飾では、テュードル薔薇に六弁の形となって現われているのだ」

(だが、きみのろんしはすこぶるあいまいだな とけんじはふしょうげなかおでいぎをとなえた。)

「だが、君の論旨はすこぶる曖昧だな」と検事は不承げな顔で異議を唱えた。

(なるほど、めずらしいこんちゅうのひょうほんをみているようなきはするが、しかし、)

「なるほど、珍しい昆虫の標本を見ているような気はするが、しかし、

(くりヴぉふこじんのじったいてきようそにはすこしもふれていない。ぼくはきみのくちから、)

クリヴォフ個人の実体的要素には少しも触れていない。僕は君の口から、

(あのおんなのしんどうをききこきゅうのかおりをかぎたいのだよ それが、)

あの女の心動を聴き呼吸の香りを嗅ぎたいのだよ」「それが、

(だす・びるけんヴぇるどへん ぐすたふ・ふぁるけのし さ とのりみずはむぞうさにいいはなって、)

樺の森(グスタフ・ファルケの詩)さ」と法水は無雑作に云い放って、

(いつかさんにんのいこくじんのまえではいたきげんを、ここでもまたあくろばてっくにもてあそぼうとする。)

いつか三人の異国人の前で吐いた奇言を、ここでもまた軽業的に弄ぼうとする。

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