黒死館事件68
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問題文
(かれのせんめいは、もうこのさんげきがおわったのではないかとおもわれたほどに、)
彼の闡明は、もうこの惨劇が終ったのではないかと思われたほどに、
(じゅうぶんなものだった。のりみずはまずそのぜんていとして、じゅうとくゆうのものに、)
十分なものだった。法水はまずその前提として、猶太人特有のものに、
(じこぼうえいてきなきょげんへきのあるのをしてきした。さいしょに、みっしねー・とらーきょうてん)
自己防衛的な虚言癖のあるのを指摘した。最初に、ミッシネー・トラー経典
(じゅうよんかんのゆだやきょうきほんきょうてん ちゅうにある、いすらえるおうさうるのむすめみかるの)
(十四巻の猶太教基本教典)中にある、イスラエル王サウルの娘ミカルの
(こじ からはじめて、しだいにげんだいにくだり、げっとないにそしきされている)
故事――から始めて、しだいに現代に下り、猶太人街内に組織されている
(かがーるそしき どうしゅぞくはんざいしゃひごのために、しょうこいんめつそうごふじょてききょげんをもってする)
長老組織(同種族犯罪者庇護のために、証拠堙滅相互扶助的虚言をもってする
(ちょうろうそしき にまでおよんだ。そして、おわりにのりみずは、それをみんぞくてきせいへきであると)
長老組織)にまで及んだ。そして、終りに法水は、それを民族的性癖であると
(だんていしたのであった。ところが、つづいてそのきょげんへきに、じるふすとのみっせつなこうしょうが)
断定したのであった。ところが、続いてその虚言癖に、風精との密接な交渉が
(ばくろされたのである。)
曝露されたのである。
(いすらえるおうさうるのむすめみかるは、ちちがおっとだびでをころそうとしているのを)
(註)イスラエル王サウルの娘ミカルは、父が夫ダビデを殺そうとしているのを
(しり、けいをもちいてのがれせしめ、そのことろけんするや、みかるはいつわりこたえていう。)
知り、計を用いて遁れせしめ、その事露顕するや、ミカルは偽り答えて云う。
(だびでが、もしわれをのがれさざればなんじをころさんといいしによって、われ、おそれてかれを)
「ダビデが、もし吾を遁さざれば汝を殺さんと云いしによって、吾、恐れて彼を
(のがれしたるなり と。さうるむすめのつみをゆるせり。)
遁したるなり」――と。サウル娘の罪を許せり。
(そういうわけで、じゅうは、それにいっしゅしゅうきょうてきなきょようをみとめている。つまり、)
「そういう訳で、猶太人は、それに一種宗教的な許容を認めている。つまり、
(じこをぼうえいするにひつようなきょげんだけは、ゆるされねばならない とね。しかし、)
自己を防衛するに必要な虚言だけは、許されねばならない――とね。しかし、
(むろんぼくは、それだけでくりヴぉふをりっしようとするのじゃない。ぼくはあくまで、)
無論僕は、それだけでクリヴォフを律しようとするのじゃない。僕はあくまで、
(とうけいじょうのすうじというものをけいべつする。だがしかしだ。あのおんなは、いちじょうのかくうだんを)
統計上の数字というものを軽蔑する。だがしかしだ。あの女は、一場の架空談を
(つくりあげて、じっさいみもしなかったじんぶつが、しんしつにしんにゅうしたといった。いかにも、)
造り上げて、実際見もしなかった人物が、寝室に侵入したと云った。いかにも、
(それだけはじじつなんだよ ああ、あれがうそだとは けんじはまゆをはねあげて)
それだけは事実なんだよ」「ああ、あれが虚妄だとは」検事は眉を跳ね上げて
(さけんだ。するときみは、そのことをどこのしゅうきょうかいぎでしったのだね どうして、)
叫んだ。「すると君は、その事をどこの宗教会議で知ったのだね」「どうして、
(そんなさんぶんてきなもんか とのりみずはちからをこめていいかえした。ところで、)
そんな散文的なもんか」と法水は力を罩めて云い返した。「ところで、
(ほうしんりがくしゃのしゅてるんに、 ぷしひょろぎー・でる・あうすざーげ というちょじゅつがある。ところが、)
法心理学者のシュテルンに、『供述の心理学』という著述がある。ところが、
(そのなかであのぶれすらうだいがくのせんせいが、よしんはんじにこういうけいごを)
その中であのブレスラウ大学の先生が、予審判事にこういう警語を
(はっしているのだ。 じんもんちゅうのようごにちゅういせよ。なぜなら、ゆうしゅうな)
発しているのだ。――訊問中の用語に注意せよ。何故なら、優秀な
(ちのうてきはんざいしゃといえるほどのものは、そくざにあいてがのべることばのうちの、ここの)
智能的犯罪者と云えるほどの者は、即座に相手が述べる言葉のうちの、個々の
(たんごをそうごうして、いちじょうのきょもうだんをつくりあげるじゅつすべにたくみなればなり と。)
単語を綜合して、一場の虚妄談を作り上げる術すべに巧みなればなり――と。
(だから、あのときぼくは、そのぶんしてきなれんそうとけつごうりょくとを、はんたいに)
だから、あの時僕は、その分子的な聯想と結合力とを、反対に
(りようしようとしたのだよ。そして、こころみにれヴぇずにむかって、じるふすにかんする)
利用しようとしたのだよ。そして、試みにレヴェズに向って、風精に関する
(といをはっしたのだ。ではなぜかというに、ぼくがそれいぜんにとしょしつをちょうさしたとき、)
問いを発したのだ。では何故かと云うに、僕がそれ以前に図書室を調査した時、
(ぽーぷ、ふぁるけ、れなうなどのししゅうが、さいきんにひもとかれていたのを)
ポープ、ファルケ、レナウなどの詩集が、最近に繙かれていたのを
(しったからだよ。つまり、ぽーぷの れいぶ・おヴ・ぜ・ろっく のなかには、じるふすについて、)
知ったからだよ。つまり、ポープの『髪盗み』の中には、風精について、
(いかにもうそをこうせいするにふさわしいきじゅつがあるからなんだ。もちろん、ぼくが)
いかにも虚妄を構成するに適わしい記述があるからなんだ。勿論、僕が
(もとめているのは、はんにんのべがーぶんぐすれーれだったのさ。あのなかにあるじるふぇのいんしょうをひとつに)
求めているのは、犯人の天稟学だったのさ。あの中にある風精の印象を一つに
(あつめて、それにかんしょうのすがたをうかばしめる そのきょうげんのせかいだ。けっして、あの)
集めて、それに観照の姿を浮ばしめる――その狂言の世界だ。けっして、あの
(きちがいしじんが、たんにいっこのおもいでのえをえがくだけで、まんぞくするものではないと)
狂詩人が、単に一個の想い出の画を描くだけで、満足するものではないと
(おもったからだ。そこで、ぼくはかたずをのんだ。そして、あのいんけんこくれつをきわめた)
思ったからだ。そこで、僕は固唾を嚥んだ。そして、あの陰険酷烈をきわめた
(くりヴぉふのちんじゅつのなかから、とうとうはんにんのすがたをつかまえることができたのだよ)
クリヴォフの陳述の中から、とうとう犯人の姿を掴まえることが出来たのだよ」
(とのりみずのかおには、さもとうじのこうふんをかいそうするようなひろうのいろがうかんだ。けれども)
と法水の顔には、さも当時の昂奮を回想するような疲労の色が浮んだ。けれども
(かれはことばをついで、いよいよくりヴぉふふじんをはんにんにしてきしようとする、)
彼は言を次いで、いよいよクリヴォフ夫人を犯人に指摘しようとする、
(れいぶ・おヴ・ぜ・ろっく のいちぶんにかいせきのめすをおろした。ところが、そのかいとうは)
「髪盗み」の一文に解析の刀を下した。「ところが、その解答は
(すこぶるかんたんなんだよ。れいぶ・おヴ・ぜ・ろっくのだいにせつには、じるふすのぶかであるよにんの)
すこぶる簡単なんだよ。『髪盗み』の第二節には、風精の部下である四人の
(ふぇありーがあらわれる。そのだいいちがcrispissaで、かみをくりすぷすようせいだ。)
小妖精が現われる。その第一がCrispissaで、髪を櫛けずる妖精だ。
(それが、くりヴぉふふじんのあらいがみをあやしいおとこがしばりつけた というところに)
それが、クリヴォフ夫人の洗髪を怪しい男が縛りつけた――という個所に
(あたる。そのつぎは、zephyretta、すなわちそよふくかぜで、そのおとこが)
当る。その次は、Zephyretta、すなわちそよ吹く風で、その男が
(どあのほうへとおざかっていく ところのきじゅつのなかにでてくる。それからさんばんめは、)
扉の方へ遠ざかって行く――ところの記述の中に出てくる。それから三番目は、
(momentillaすなわちこっこくにうごくもので、めをさましてふじんが)
Momentilla すなわち刻々に動くもので、眼を覚まして夫人が
(みようとしたというまくらもとのとけいにそうとうするのだ。そして、さいごが、)
見ようとしたという枕元の時計に相当するのだ。そして、最後が、
(brilliante すなわちかがやくものだが、それをくりヴぉふふじんは、)
Brilliante すなわち輝くものだが、それをクリヴォフ夫人は、
(あやしいおとこのけいようにもちいて、めがしんじゅのようにかがやいていた といっている。)
怪しい男の形容に用いて、眼が真珠のように輝いていた――と云っている。
(けれども、それにはもういちそくめんのみかたもあって、そのぱーるということばが、こごで)
けれども、それにはもう一側面の見方もあって、その真珠という言葉が、古語で
(そこひをあらわしていることがわかると、みぎめのそこひがいんでぶたいをしりぞいた)
白内障を表わしていることが判ると、右眼の白内障が因で舞台を退いた
(おしがねつたこが、それにほうふつとなってくるのだ。しかし、いずれにしても、)
押鐘津多子が、それに髣髴となってくるのだ。しかし、いずれにしても、
(そういうくりヴぉふふじんのしんぞうを、さらにけつろんとしてかくじつにするものがあった。)
そういうクリヴォフ夫人の心像を、さらに結論として確実にするものがあった。
(つまり、あるいってんにむかって、いじょうよっつのきちすうがそうごうされていったのだが・・・・・・)
つまり、ある一点に向って、以上四つの既知数が綜合されていったのだが……
(それは、ほかでもないふじんこゆうのびょうりげんしょう すなわちせきずいろうなんだよ。)
それは、ほかでもない夫人固有の病理現象――すなわち脊髄癆なんだよ。
(あのときくりヴぉふふじんは、めをさましたときに、むねのあたりでねまきのりょうたんが)
あの時クリヴォフ夫人は、眼を醒ました時に、胸のあたりで寝衣の両端が
(とめられていたようにかんじた といった。けれども、あのやまいとくゆうの)
止められていたように感じた――と云った。けれども、あの病特有の
(りんじょうかんかく きょうぶにりんけいのものがめぐっているようにおぼえるといういちちょうこう を)
輪状感覚(胸部に輪形のものが繞っているように覚えるという一徴候)を
(かんがえると、そういうそうしょくめいたちんじゅつをしたげんいんが、あるいは、にちじょうけいけんしている)
考えると、そういう装飾めいた陳述をした原因が、あるいは、日常経験している
(かんかくからはっしているのではないかとうたがわれてくるだろう。それをぼくは、)
感覚から発しているのではないかと疑われてくるだろう。それを僕は、
(あのきょげんをきずきあげたこんぽんのこんすたんとだとしんじているのだ くましろはじいっとかんがえに)
あの虚言を築き上げた根本の恒数だと信じているのだ」熊城は凝然と考えに
(しずみながらしばらくたばこをふかしていたが、やがてのりみずにむけためには、)
沈みながらしばらく莨を喫かしていたが、やがて法水に向けた眼には、
(こいひなんのいろがうかんでいた。しかし、かれはめずらしくしずかにいった。なるほど、)
濃い非難の色が浮んでいた。しかし、彼は稀らしく静かに云った。「なるほど、
(きみのいうりろんはよくわかった。けれども、なによりぼくらがほしいのは、)
君の云う理論はよく判った。けれども、なにより僕等が欲しいのは、
(たったひとつでも、かんぜんなけいほうてきいぎなんだよ。つまり、しりうすのまきしまむ・ぱららっくすよりも)
たった一つでも、完全な刑法的意義なんだよ。つまり、天狼星の最大視差よりも
(それをこうせいしているぶっしつのないようなんだ。いいかえれば、それぞれのはんざいげんしょうに、)
それを構成している物質の内容なんだ。云い換えれば、それぞれの犯罪現象に、
(きみのせんめいをようきゅうしたいのだよ それでは のりみずはまんぞくそうにうなずいて、)
君の闡明を要求したいのだよ」「それでは」法水は満足そうに頷いて、
(じむづくえのひきだしからいちようのしゃしんをとりだした。)
事務机の抽斗から一葉の写真を取り出した。