黒死館事件79
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問題文
(それでは、しゅるつ ふりっつ・しゅるつ 。ぜんせいきどいつのしんりがくしゃ の)
「それでは、シュルツ(フリッツ・シュルツ――。前世紀独逸の心理学者)の
(ぷしあーで このせつは、きょうしんてきなせいしんかがくしゃとくゆうのもので、いっしゅの)
精神萌芽説(この説は、狂信的な精神科学者特有のもので、一種の
(りんねせつである。すなわち、しごにくたいからはなれたせいしんは、むいしきのじょうたいとなって)
輪廻説である。すなわち、死後肉体から離れた精神は、無意識の状態となって
(えいぞんする。それはひじょうにひくいものでいしきをあらわすことはふかのうだが、いっしゅの)
永存する。それは非常に低いもので意識を現わすことは不可能だが、一種の
(しょうどうさようをうむちからはあるという。そして、せいしのさかいをるてんして、ときおり)
衝動作用を生む力はあると云う。そして、生死の境を流転して、時折
(せんざいいしきのなかにもしゅつげんするとたたえるけれども、このしゅのがくせつちゅうでのもっともごうりてきな)
潜在意識の中にも出現すると称えるけれども、この種の学説中での最も合理的な
(ひとつである。をごぞんじでいらっしゃいましょうか。わたしだっても、かくじつな)
一つである。)を御存じでいらっしゃいましょうか。私だっても、確実な
(ろんきょなしにはしゅちょうしはいたしません とはたしておおふうなびしょうをうかべて、しずこは)
論拠なしには主張しはいたしません」とはたして大風な微笑を泛べて、鎮子は
(ふたたび、このじけんにせいふうをまねきよせた。な、なに、ぷしあーでを!?とのりみずは)
再び、この事件に凄風を招き寄せた。「な、なに、精神萌芽説を!?」と法水は
(とつぜんすさまじいぎょうそうになり、どもりながらさけんだ。では、そのろんきょは)
突然凄じい形相になり、吃りながら叫んだ。「では、その論拠は
(どこにあるのです・・・・・・。あなたはなぜ、このじけんにせいめいふめつろんを)
どこにあるのです……。貴女は何故、この事件に生命不滅論を
(しゅちょうされるのですか。すると、さんてつはかせがいまだにふかかいなせいぞんを)
主張されるのですか。すると、算哲博士が未だに不可解な生存を
(つづけているとでも。それとも、くろーど・でぃぐすびいが・・・・・・)
続けているとでも。それとも、クロード・ディグスビイが……」
(ぷしあーで そのうすきみわるいいちごは、さいしょしずこのくちからのべられ、)
精神萌芽――その薄気味悪い一語は、最初鎮子の口から述べられ、
(つづいてのりみずによって、それにふしせつというちゅうしゃくがあたえられた。もちろんそのにてんを)
続いて法水によって、それに不死説という註釈が与えられた。勿論その二点を
(みゃくかんしているものは、このじけんのそこで、やみのなかにせいちょうしてはおともなく)
脈関しているものは、この事件の底で、暗の中に生長しては音もなく
(ひろがってゆき、しだいにきょうかいをおしひろめていったものにそういなかった。)
拡がってゆき、しだいに境界を押し広めていったものに相違なかった。
(が、おりがおりだけに、けんじとくましろには、いまやそのきょうふとくうそうががんぜんにおいて)
が、折が折だけに、検事と熊城には、今やその恐怖と空想が眼前において
(げんじつかされるようなきがして、おもわずしんぞうをつかみあげられたかのかんが)
現実化されるような気がして、思わず心臓を掴み上げられたかの感が
(するのだった。しかし、いっぽうのしずこにも、のりみずのくちからでぃぐすびいのなが)
するのだった。しかし、一方の鎮子にも、法水の口からディグスビイの名が
(はかれると、あたかもなぞでもなげつけられたように、かいぎてきなひょうじょうがうかんできて)
吐かれると、あたかも謎でも投げつけられたように、懐疑的な表情が泛んできて
(それが、かのじょのこころをしっかととらえてしまったもののようにみえた。だいたい、)
それが、彼女の心を確かと捉えてしまったもののように見えた。だいたい、
(ひょうちゃくせいのつよいじんぶつというものは、ひとつのかいぎにとらえられてしまうと、)
憑着性の強い人物というものは、一つの懐疑に捉えられてしまうと、
(ほとんどむいしきにちかいほうしんじょうたいになって、そのあいだにいようなぐうはつてきどうさが)
ほとんど無意識に近い放心状態になって、その間に異様な偶発的動作が
(あらわれるものだ。ちょうどそれにあたるものか、しずこはひだりのなかゆびにはめたゆびわを)
現われるものだ。ちょうどそれに当るものか、鎮子は左の中指に嵌めた指環を
(ぬきだしては、それをくるくるゆびのしゅういでまわしはじめ、また、ぬいてみたり)
抜き出しては、それをクルクル指の周囲で廻しはじめ、また、抜いてみたり
(はめてみたりして、しきりとしんけいてきなどうさをくりかえしているのだった。すると、)
嵌めてみたりして、頻りと神経的な動作を繰り返しているのだった。すると、
(のりみずのめにあやしいひかりがあらわれて、そのいっしゅんこえのとだえたすきにたちあがった。)
法水の眼に怪しい光が現われて、その一瞬声の杜絶えた隙に立ち上った。
(そして、りょうてをうしろにくんだまま、こつこつしつないをあるきはじめたが、やがてしずこの)
そして、両手を後に組んだまま、コツコツ室内を歩きはじめたが、やがて鎮子の
(はいごにくると、とつぜんばくしょうをあげた。はははは、ばからしいにもほどがある。)
背後に来ると、突然爆笑を上げた。「ハハハハ、莫迦らしいにもほどがある。
(あのすぺーどのきんぐが、まだいきているなんて いいえ、さんてつさまなら、)
あのスペードの王様が、まだ生きているなんて」「いいえ、算哲様なら、
(はーとのきんぐなのでございます としずこはほとんどはんしゃてきにさけんだが、とどうじに)
ハートの王様なのでございます」と鎮子はほとんど反射的に叫んだが、と同時に
(また、はっとしたらしくきょうふめいたしょうどうがあらわれて、いきなりそのゆびわを、)
また、ハッとしたらしく恐怖めいた衝動が現われて、いきなりその指環を、
(こゆびにはめこんでしまった。そして、おおきくといきをはいていった。しかし、)
小指に嵌め込んでしまった。そして、大きく吐息を吐いて云った。「しかし、
(わたしがぷしあーでがともうしましたのは、ようするにあれごりーなのでございます。どうぞ、)
私が精神萌芽と申しましたのは、要するに寓喩なのでございます。どうぞ、
(それをぴとれすくにはおかんがえあそばされないで。かえってそのいみは、)
それを絵画的にはお考えあそばされないで。かえってその意味は、
(えっくはると よはん。1260 1329ねん。えるふるとの)
エックハルト(ヨハン。一二六〇――一三二九年。エルフルトの
(どみにかんそうよりはじめ、ちゅうせいさいだいのしんぴかといわれたはんしんろんしんがくしゃ のいう)
ドミニカン僧より始め、中世最大の神秘家と云われた汎神論神学者)の云う
(がいすちひかいとのほうにちかいのかもしれませんわ。ちちからこに にんげんのしゅしがかならずいちどは)
霊性の方に近いのかもしれませんわ。父から子に――人間の種子が必ず一度は
(るてんせねばならぬせいしのさかい、つまり、あんこくにふううがふきすさぶ、)
流転せねばならぬ生死の境、つまり、暗黒に風雨が吹き荒ぶ、
(あのヴぇすてのことですわ。もうすこしぐたいてきにもうしあげましょうか。)
あの荒野のことですわ。もう少し具体的に申し上げましょうか。
(われらがあくまをみだしえざるは、そのすがたが、ぜんぜんわれらがしょうぞうのなかに)
吾等が悪魔を見出し得ざるは、その姿が、全然吾等が肖像の中に
(もとめえざればなり と、もちろん、このじけんさいおうのしんぴは、)
求め得ざればなり――と、勿論、この事件最奥の神秘は、
(そういうゆーべるうえぜんとりっひな けいようにもないようにもげんごをたやしている、)
そういう超本質的な――形容にも内容にも言語を絶している、
(あのふぃろぞふぇん・うえーひのなかにあるのです。のりみずさん、それはじごくのえんちゅうをふるいうごかすほどの)
あの哲学径の中にあるのです。法水さん、それは地獄の円柱を震い動かすほどの
(こくれつなけいばつなのでございますわ ようくわかりました。なぜなら、そのふぃろぞふぇん・うえーひの)
酷烈な刑罰なのでございますわ」「ようく判りました。何故なら、その哲学径の
(つきあたりには、すでにぼくがきづいている、ひとつのぎもんがあるからです とのりみずは)
突き当りには、すでに僕が気づいている、一つの疑問があるからです」と法水は
(まゆをあげこうぜんといいかえした。ねえくがさん、せんとさんすてふぁのじょうやくでさえも、)
眉を上げ昂然と云い返した。「ねえ久我さん、聖サンステファノ条約でさえも、
(ゆだやじんのたいぐうには、そのまっせつのいちぶをかんわしたにすぎなかったのです。)
猶太人の待遇には、その末節の一部を緩和したにすぎなかったのです。
(それなのになぜどうして、はくがいのもっともはなはだしいかうかさすで、はむらくいじょうの)
それなのに何故どうして、迫害の最もはなはだしいカウカサスで、半村区以上の
(とちりょうゆうがゆるされていたのでしょう。つまり、もんだいというのは、)
土地領有が許されていたのでしょう。つまり、問題と云うのは、
(そのえたいのしれないふすうにあるのですよ。しかし、そのくじぬしのむすめである)
その得体の知れない負数にあるのですよ。しかし、その区地主の娘である
(というこのじけんのじゅうは、ついにはんにんではありませんでした)
と云うこの事件の猶太人は、ついに犯人ではありませんでした」
(そのとき、しずこのぜんしんがくずれはじめたようにおののきだした。そしてしばらく)
その時、鎮子の全身が崩れはじめたように戦きだした。そしてしばらく
(きれぎれにおとたかいこきゅうをたてていたが、ああおそろしいかた・・・・・・とからくも)
切れぎれに音高い呼吸を立てていたが、「ああ怖ろしい方……」とからくも
(かすかなさけびごえをたてた。が、つづいてこのふしぎなろうふじんは、たまりかねたように)
幽かな叫び声をたてた。が、続いてこの不思議な老婦人は、たまりかねたように
(はんにんのはんいをめいじしたのであった。もう、このじけんはおわったもどうようです。)
犯人の範囲を明示したのであった。「もう、この事件は終ったも同様です。
(つまり、そのふすうのえんのことですわ。どうきをしっくりとつつんでいる)
つまり、その負数の円のことですわ。動機をしっくりと包んでいる
(そのぺんたぐらむまには、いかなるめふぃすとといえどももぐりこむすきは)
その五芒星円には、いかなるメフィストといえども潜り込む空隙は
(ございません。ですから、いまもうしあげたあれののいみがおわかりになれば、)
ございません。ですから、いま申し上げた荒野の意味がお判りになれば、
(これいじょうなにももうしあげることはないのでございます といきなり)
これ以上何も申し上げることはないのでございます」と不意
(たちあがろうとするのを、のりみずはあわてておしとどめて、ところがくがさん、)
立ち上がろうとするのを、法水は慌てて押し止めて、「ところが久我さん、
(そのあれのというのは、なるほどでおろぎや・げるまにかのひかりだったでしょう。ですが、)
その荒野と云うのは、なるほど独逸神学の光だったでしょう。ですが、
(そのふぇーたりずむは、かつてたうらーやぞいぜがおちこんだにせのひかりなのです。ぼくは、)
その運命論は、かつてタウラーやゾイゼが陥ち込んだ偽の光なのです。僕は、
(あなたがいわれたぷしあーでがせつのなかに、ひとつのおどろくべきりんしょうてきなびょうしゃがあるのを、)
貴女が云われた精神萌芽説の中に、一つの驚くべき臨床的な描写があるのを、
(まるで、きいてさえくるいだしそうな、いようなものをはっけんしたのでした。)
まるで、聴いてさえ狂い出しそうな、異様なものを発見したのでした。
(あなたはなぜ、さんてつはかせのしんぞうのことをかんがえていられるのですか、)
貴女は何故、算哲博士の心臓のことを考えていられるのですか、
(あのでもーねん・がいすとを・・・・・・はーとのきんぐとは。ははははくがさん、ぼくはらふぁてーるじゃ)
あの大魔霊を……ハートの王様とは。ハハハハ久我さん、僕はラファテールじゃ
(ありませんがね。にんげんのないかんを、がいぼうによってしるじゅつをこころえているのですよ)
ありませんがね。人間の内観を、外貌によって知る術を心得ているのですよ」
(さんてつのしんぞう それには、しずこばかりでなくけんじもくましろも、しゅんかんかせきしたように)
算哲の心臓――それには、鎮子ばかりでなく検事も熊城も、瞬間化石したように
(かたくなってしまった。それはあきらかに、こころのしちゅうをこんていからゆりうごかしはじめた)
硬くなってしまった。それは明らかに、心の支柱を根柢から揺り動かしはじめた
(おそらくこのじけんさいだいのせんりつであったろう。しかししずこは、つくりつけたような)
恐らくこの事件最大の戦慄であったろう。しかし鎮子は、作り付けたような
(あざけりのいろをうかべていった。)
嘲りの色を泛べて云った。