黒死館事件96

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小栗虫太郎の作品です。
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問題文

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(ところが、そのしんそうというのが、わかってみると、すこぶるあくまてきな)

「ところが、その真相と云うのが、判って見ると、すこぶる悪魔的な

(じょうだんなんだよ、おどろくじゃないか。きょかんれヴぇずのおヴぁ・しゅーずをはいたのが、かえって、)

冗談なんだよ、驚くじゃないか。巨漢レヴェズの套靴を履いたのが、かえって、

(そのはんぶんもあるまいとおもわれる、わいしょうなじんぶつなんだ。それから、つぎに)

その半分もあるまいと思われる、矮小な人物なんだ。それから、次に

(あのすうぃふと がりヴぁーりょこうき のさくしゃ てきなえんげいぐつだが、そのほうは、)

あのスウィフト(「ガリヴァー旅行記」の作者)的な園芸靴だが、その方は、

(まず、れヴぇずほどではないだろうが、とにかく、じょうじんとさしてかわらぬ、)

まず、レヴェズほどではないだろうが、とにかく、常人とさして変らぬ、

(たいくのものにそういないのだ。そこで、ぼくのすいていをいうと、まずおヴぁ・しゅーずのほうに、えきすけを)

体躯の者に相違ないのだ。そこで、僕の推定を云うと、まず套靴の方に、易介を

(あててみたのだが、どうだろうね。ねえくましろくん、たしかあのおとこは、そでろうかにあった)

当ててみたのだが、どうだろうね。ねえ熊城君、たしかあの男は、拱廊にあった

(ぐそくのまりぐつをはいて、そのうえに、れヴぇずのおヴぁ・しゅーずをむりやりはめこんだに)

具足の鞠沓を履いて、その上に、レヴェズの套靴を無理やり嵌め込んだに

(ちがいないのだ めいさつだ。いかにも、えきすけはだんねべるぐじけんのきょうはんしゃなんだ。)

違いないのだ」「明察だ。いかにも、易介はダンネベルグ事件の共犯者なんだ。

(あのこういのもくてきは、いわずとしれたどくいりおれんじのじゅじゅであったにそういない。)

あの行為の目的は、云わずと知れた毒入り洋橙の授受であったに相違ない。

(それを、あれほどめいはくなこんびねーしょんを 。いまのいままで、きみのうよきょくせつてきなしんけいが)

それを、あれほど明白な結合動作をーー。今の今まで、君の紆余曲折的な神経が

(さまたげていたんだぜ とくましろはごうぜんといいはなって、じせつとのりみずのすいていが、)

妨げていたんだぜ」と熊城は傲然と云い放って、自説と法水の推定が、

(ついにいっちしたのをほくそえむのだった。しかし、のりみずははじきかえすように)

ついに一致したのをほくそ笑むのだった。しかし、法水は弾き返すように

(わらった。じょうだんじゃない。どうして、あのふぁうすとはかせに、そんなぽるたーがいすとが)

嗤った。「冗談じゃない。どうして、あのファウスト博士に、そんな小悪魔が

(ひつようなもんか。やはり、あっきのいんけんなせんじゅつなんだよ。で、たとえばかぞくのなかに、)

必要なもんか。やはり、悪鬼の陰険な戦術なんだよ。で、仮令ば家族の中に、

(ひとりれいこくむざんなじんぶつがあったとしよう。そして、そのひとりがこくしかんちゅうの)

一人冷酷無残な人物があったとしよう。そして、その一人が黒死館中の

(きふのまとであったばかりでなく、じじつにおいても、えきすけをころしたのだと)

忌怖の的であったばかりでなく、事実においても、易介を殺したのだと

(かていしよう。ところがえきすけは、あのよるだんねべるぐふじんに、)

仮定しよう。ところが易介は、あの夜ダンネベルグ夫人に、

(つきそっていたのだからね。そのいちじが、とうていさけられない、)

附き添っていたのだからね。その一事が、とうてい避けられない、

(せんにゅうしゅになってしまうのだよ。だから、たとえそのじんぶつのために、たくみに)

先入主になってしまうのだよ。だから、仮令その人物のために、巧みに

など

(みちびかれて、あのかんぱんのはへんがあったばしょにいき、しかもそのよくじつ)

導かれて、あの乾板の破片があった場所に行き、しかもその翌日

(ころされたにしてもだ。とうぜん、えきすけはきょうはんしゃともくされるにちがいないのだ。そして、)

ころされたにしてもだ。当然、易介は共犯者と目されるに違いないのだ。そして

(しゅはんのけんとうがそのひとりにではなく、むしろえきすけとちかしかったけんないにおちるのが、)

主犯の見当がその一人にではなく、むしろ易介と親しかった圏内に落ちるのが、

(とうぜんだといわなければならんだろう。それから、えんげいぐつのほうには、いったんは)

当然だと云わなければならんだろう。それから、園芸靴の方には、いったんは

(きえたはずだった、くりヴぉふふじんのかおが、またあらわれているのだがね。ああ、)

消えたはずだった、クリヴォフ夫人の顔が、また現われているのだがね。ああ、

(そのくりヴぉふなんだよ。もんだいはあのかうかさすじゅうのあしにあったのだ。)

そのクリヴォフなんだよ。問題はあのカウカサス猶太人の足にあったのだ。

(ところでくましろくん、きみは、ばばんすきいつうてんということばをしっているかね。それは)

ところで熊城君、君は、ババンスキイ痛点という言葉を知っているかね。それは

(くりヴぉふふじんのような、しょきのせきずいろうかんじゃによくみるちょうこうで、こうしょうぶに)

クリヴォフ夫人のような、初期の脊髄癆患者によく見る徴候で、後踵部に

(あらわれるつうてんをさしていうのだよ。しかも、それをじゅうあつすると、おそらくほこうには)

現われる痛点を指して云うのだよ。しかも、それを重圧すると、恐らく歩行には

(たえられまいとおもわれるほどのとうつうをおぼえるんだが・・・・・・しかし、そのひとことに)

耐えられまいと思われるほどの疼痛を覚えるんだが」しかし、その一言に

(ぶぐしつのさんげきをおもいあわせれば、まずきょうきのさたとしかしんじられないのだった。)

武具室の惨劇を思い合わせれば、まず狂気の沙汰としか信じられないのだった。

(くましろはびっくりしてめをまるくしたが、それをけんじがおさえて、もちろんぐうはつてきなものには)

熊城は吃驚して眼を円くしたが、それを検事が抑えて、「勿論偶発的なものには

(ちがいないだろうが、しかし、ぼくらのかんぞうにへんちょうをきたしていないかぎりだ。)

違いないだろうが、しかし、僕等の肝臓に変調をきたしていない限りだ。

(たしか、あのえんげいぐつには、じゅうてんがこうしょうぶにあったはずだったがね。)

たしか、あの園芸靴には、重点が後踵部にあったはずだったがね。

(とにかくのりみずくん、もんだいをどうわから、ほかのはなしにてんじてもらおう そうはいうがね)

とにかく法水君、問題を童話から、他の話に転じてもらおう」「そうは云うがね

(あのふぁうすとはかせは、あべるすの ふぇるぶれっへりっしぇ・もるふぉろぎぃ にもないしんしゅほうを)

あのファウスト博士は、アベルスの『犯罪形態学』にもない新手法を

(はっけんしたのだよ。もしあのえんげいぐつを、さかさにはいたのだとしたら、)

発見したのだよ。もしあの園芸靴を、逆さに履いたのだとしたら、

(どうなんだろう とのりみずは、ひにくなびしょうをかえしていった。もっとも、あれが)

どうなんだろう」と法水は、皮肉な微笑を返して云った。「もっとも、あれが

(ぴゅあらばぁのながぐつだからこそかのうなはなしなんだが、しかし、そのほうほうはといっても、)

純護謨製の長靴だからこそ可能な話なんだが、しかし、その方法はと云っても、

(つまさきをくつのかかとにいれるばかりではない。つまり、かかとのあしがたのなかへぜんぶいれずに、)

爪先を靴の踵に入れるばかりではない。つまり、踵の足型の中へ全部入れずに、

(いくぶんもちあげぎみにして、つまさきでくつのかかとのぶぶんをつよくおしながらあるくのだよ、)

幾分持ち上げ気味にして、爪先で靴の踵の部分を強く押しながら歩くのだよ、

(そうすると、かかとのしたになったくつのかわがしぜんふたつおれて、ちょうどかいものを)

そうすると、踵の下になった靴の皮が自然二つ折れて、ちょうど支い物を

(あてがったようなかっこうになる。したがって、くつのかかとにくわえたちからがちょくせつつまさきの)

当てがったような恰好になる。したがって、靴の踵に加えた力が直接爪先の

(うえにはおちずに、いくぶんそこからくだったあたりにくわわるだろうからね。いかにも、)

上には落ちずに、幾分そこから下った辺りに加わるだろうからね。いかにも、

(あしのわいしょうなものが、おおきなくつをはいたようなかたちがあらわれるのだ。のみならず、)

足の矮小なものが、大きな靴を履いたような形が現われるのだ。のみならず、

(それがゆるんだすぷりんぐのようにふきそくなだんしゅくをするから、そのつどに、)

それが弛んだ弾条のように不規則な弾縮をするから、そのつどに、

(くわわってくるちからがことなるというわけだろう。したがって、どのくつあとにも、)

加わってくる力が異なるという訳だろう。したがって、どの靴跡にも、

(いちいちわずかながらもさいがあらわれてくるのだ。すると、みぎあしにひだりくつ、)

一々わずかながらも差異が現われてくるのだ。すると、右足に左靴、

(ひだりあしにみぎくつをはくことになるから、ほせんのおうろがふくろとなり、ふくろが)

左足に右靴を履くことになるから、歩線の往路が復路となり、復路が

(おうろとなって、すべてがぎゃくてんしてしまうのだよ。そのしょうこというのは、)

往路となって、すべてが逆転してしまうのだよ。その証拠と云うのは、

(かんぱんのあるばしょでかいてんしたさいと、かれしばをまたぎこしたときと そのふたつのばあいに、)

乾板のある場所で廻転した際と、枯芝を跨ぎ越した時とーーその二つの場合に、

(りあしがどっちのあしかぎんみしてみるんだ。そうしてみたら、このさすうがめいかくに)

利足がどっちの足か吟味してみるんだ。そうしてみたら、この差数が明確に

(さんしゅつされてくるじゃないか。で、そうなるとはぜくらくん、どうしても)

算出されてくるじゃないか。で、そうなると支倉君、どうしても

(くりヴぉふふじんが、このとりっくをつかわねばならなかった といういみが)

クリヴォフ夫人が、この詭計を使わねばならなかったーーという意味が

(めいりょうするだろう。それはたんに、あのぎそうあしあとをのこすばかりではなかったのだ。)

明瞭するだろう。それは単に、あの偽装足跡を残すばかりではなかったのだ。

(なにより、もっともじゃくてんであるところのかかとをほごして、じぶんのかおをあしあとから)

なにより、最も弱点であるところの踵を保護して、自分の顔を足跡から

(けしてしまうにあったのだよ。そして、そのこうどうのひみつというのが、あのかんぱんの)

消してしまうにあったのだよ。そして、その行動の秘密と云うのが、あの乾板の

(はへんにあった とぼくはけつろんしたいのだ くましろはたばこをくちからはなして、)

破片にあったーーと僕は結論したいのだ」熊城は莨を口から放して、

(おどろいたようにのりみずのかおをみつめていた。が、やがてかるいといきをついて、)

驚いたように法水の顔を瞶めていた。が、やがて軽い吐息をついて、

(なるほど・・・・・・。しかし、ふぁうすとはかせのほんたいは、ぶぐしつの)

「なるほど。しかし、ファウスト博士の本体は、武具室の

(くりヴぉふいがいにはないはずだぜ。もし、それをしょうめいできないのだったら、)

クリヴォフ以外にはないはずだぜ。もし、それを証明出来ないのだったら、

(いっそのこと、きみのしゅぽるとてきなさんさくは、やめにしてくれたまえ それをきくと、)

いっそのこと、君の嬉劇的な散策は、やめにしてくれ給え」それを聴くと、

(のりみずはおうしゅうしてきたかじゅつどをとりあげて、そのもとはじ ゆみのまったん のぶぶんをつよく)

法水は押収してきた火術弩を取り上げて、その本弭(弓の末端)の部分を強く

(たくじょうにたたきつけた。するといがいにも、そのつるのなかから、しろいふんまつが)

卓上に叩き付けた。すると意外にも、その弦の中から、白い粉末が

(こぼれだたのであった。のりみずは、あぜんとなったふたりをしりめにかたりはじめた。)

こぼれ出たのであった。法水は、唖然となった二人を尻眼に語りはじめた。

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