黒死館事件100
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問題文
(だいはちへん ふりやぎけのほうかい)
第八篇 降矢木家の壊崩
(いち、ふぁうすとはかせのぼしこん)
一、ファウスト博士の拇指痕
(こうして、ふたたびこのきちがいすごろくは、のりみずのふだをもとのふりだしにもどしてしまった。)
こうして、再びこの狂気双六は、法水の札を旧の振り出しに戻してしまった。
(しかし、そのひつうなしゅんかんがさるとどうじに、のりみずにはふたたびおちつきがもどってきた。)
しかし、その悲痛な瞬間が去ると同時に、法水には再び落着きが戻ってきた。
(けれども、そのみみもとに、かわりあってはいよってきたものがあったのだ。)
けれども、その耳元に、代り合って這い寄ってきたものがあったのだ。
(というのは、さっきからあるいはげんちょうではないかとおもわれていた、)
と云うのは、先刻からあるいは幻聴ではないかと思われていた、
(あのすいりゅうのようなひびきだったのである。おそらくかくちゅうのようなくうかんをとおったり、)
あの水流のような響だったのである。恐らく角柱のような空間を通ったり、
(あるいはまた、それにまどがらすのしんどうなどもくわわったりするせいもあるだろうが、)
あるいはまた、それに窓硝子の震動なども加わったりするせいもあるだろうが、
(こんどはまえにもばいぞうして、さながらちじくをしんどうさせんばかりのとどろきであった。)
今度は前にも倍増して、さながら地軸を震動させんばかりの轟きであった。
(そして、そのおどろとなりとどろくひびきが、いんさんなしのへやのくうきを)
そして、そのおどろと鳴り轟く響が、陰惨な死の室の空気を
(ゆすりはじめたのである。それこそ、ちゅうせいげるまんのでんせつ ヴぁるぷるぎす の)
揺すりはじめたのである。それこそ、中世独逸の伝説ーー「魔女集会」の
(さいげんではないだろうか。いくつかのつみいしとまどをへだてて、たしか、このやかたのどこかに)
再現ではないだろうか。幾つかの積石と窓を隔てて、たしか、この館のどこかに
(ばくふがおちているのだ。それが、もくぜんのはんこうに、ちょくせつかんけいがあるかどうかは)
瀑布が落ちているのだ。それが、目前の犯行に、直接関係があるかどうかは
(ともかくとして、あるいは、ふぁうすとはかせとくゆうのそうしょくへきが)
ともかくとして、あるいは、ファウスト博士特有の装飾癖が
(そうかんごのみであるにもせよ、とうていそのようなこうとうむけいなじじつが、げんじつに)
壮観嗜であるにもせよ、とうていそのような荒唐無稽な事実が、現実に
(こんどうしていようとはしんじられぬのである。ああ、そのばくふのとどろき)
混同していようとは信じられぬのである。ああ、その瀑布の轟きーー
(はなやかなぐろてすくなゆめは、まさにいかなるりほうをもってしてもりっしえようのない、)
華美な邪魁な夢は、まさにいかなる理法をもってしても律し得ようのない、
(へんききょうたいのきわみではないか。しかしのりみずは、そのくるわしいかんかくをふりきって)
変畸狂態のきわみではないか。しかし法水は、その狂わしい感覚を振りきって
(さけんだ すいっちを、あかりを!すると、そのこえにはじめてわれにかえったかのごとく)
叫んだーー「開閉器を、灯を!」すると、その声に初めて我に返ったかのごとく
(ちょうしゅうはどっといちどにいりぐちへさっとうした。そのながれを、あんこくとどうじにどあをかためた)
聴衆はドッと一度に入口へ殺到した。その流れを、暗黒と同時に扉を固めた
(くましろがせいししたので、しばらくそのざっとうこんらんのために、すいっちのてんかが)
熊城が制止したので、しばらくその雑沓混乱のために、開閉器の点火が
(ふかのうにされてしまった。あらかじめかんきゃくのちゅういをさんざいせしめないために、)
不可能にされてしまった。あらかじめ観客の注意を散在せしめないために、
(かいかのいったいをしょうとうしておいたので、ろうかのへきとうがほんのりとひとつついているだけ、)
階下の一帯を消燈しておいたので、廊下の壁燈が仄のりと一つ点いているだけ、
(さろんもしゅういのへやもまっくらである。そのけんごうたるどよめきのなかで、のりみずは、)
広間も周囲の室も真暗である。その喧囂たるどよめきの中で、法水は、
(あんちゅうのさいじんをおいながらもっこうにしずみはじめた。そこへ、けんじがあゆみよってきて、)
暗中の彩塵を追いながら黙考に沈みはじめた。そこへ、検事が歩み寄って来て、
(くりヴぉふふじんがはいごからしんぞうをさしつらぬかれ、すでにぜつめいしているというむねを)
クリヴォフ夫人が背後から心臓を刺し貫かれ、すでに絶命しているという旨を
(つげた。しかし、そのあいだにのりみずのすいこうがせいちょうしていって、ついにぴあのせんのように)
告げた。しかし、その間に法水の推考が成長していって、ついに洋琴線のように
(はりきってしまった。そして、もくぜんのさんじに、さいしょからあらわれてきたじしょうを)
張りきってしまった。そして、目前の惨事に、最初から現われてきた事象を
(せいりして、そのきょくせんに、いっぽんのかってぃんぐ・らいんをひこうとこころみた。)
整理して、その曲線に、一本の切線を引こうと試みた。
(だいいち、えんそうしゃちゅうにれヴぇずがいないということだ。しかし、ちょうしゅうのなかにも)
ーー第一、演奏者中にレヴェズがいないという事だ。(しかし、聴衆の中にも
(かれのすがたはみいだされなかったのである 。それから、あんこくとどうじにこのへやが)
彼の姿は見出されなかったのである)。それから、暗黒と同時にこの室が
(みっぺいされたということ つまり、じけんのはっせいぜんごのじょうきょうが、ともに)
密閉されたという事ーーつまり、事件の発生前後の状況が、ともに
(どういつであるということだった。ところが、さいごのすいっちをひねったのはだれか)
同一であるという事だった。ところが、最後の開閉器を捻ったのは誰か
(いいかえれば、もっともじゅうようなきけつてんであるところのしょうとうのくだりになると、)
云い換えれば、最も重要な帰結点であるところの消燈の件になると、
(それにはしたなくも、のりみずはいちどうのこうみょうをみとめえたのであった。というのは、)
それに端なくも、法水は一道の光明を認め得たのであった。と云うのは、
(しゃんでりやがきえるちょくぜんに、つたこがいりぐちのどあにあらわれて、どあぎわにあるすいっちのわきを)
装飾灯が消える直前に、津多子が入口の扉に現われて、扉際にある開閉器の脇を
(とおってから、そのそばのはしにちかい、さいぜんれつのいすをしめたからである。)
通ってから、その側の端に近い、最前列の椅子を占めたからである。
(じじつそれに、のりみずがはっけんしたさいしょのざひょうがあったのだ。それは、あべるすの)
事実それに、法水が発見した最初の座標があったのだ。それは、アベルスの
(ふぇるぶれっへりっしぇ・もるふぉろぎい のなかにあげられているとりっくのひとつで、ふたつきすいっちに)
「犯罪形態学」の中に挙げられている詭計の一つで、蓋附き開閉器に
(でんしょうをおこさせるために、こおりのりょうひらをりようするというほうほうである。つまり、つまみに)
電障を起させるために、氷の稜片を利用するという方法である。つまり、把手に
(つづいているぜつえんぶつにりょうひらのさきをさしはさんでおくので、つまみをひねると、せっしょくばんが)
続いている絶縁物に稜片の先を挾んで置くので、把手を捻ると、接触板が
(かすかにふれるていどでてんとうされる。が、そのちょくご、つまみにうでをしょうとつさせるのが)
微かに触れる程度で点燈される。が、その直後、把手に腕を衝突させるのが
(こうさくであって、そうするとこおりのさきがおれて、りょうひらのどうが、ねつのあるせっしょくばんの)
狡策であって、そうすると氷の先が折れて、稜片の胴が、熱のある接触板の
(ひとつにふれる。したがって、そうしてようかいしたこおりのじょうきがとうきだいのうえにすいてきを)
一つに触れる。したがって、そうして溶解した氷の蒸気が陶器台の上に水滴を
(つくれば、とうぜんそこにでんしょうがおこらねばならない。しかも、ようかいしたこおりは、)
作れば、当然そこに電障が起らねばならない。しかも、溶解した氷は、
(そのまましょうしつしてしまうのである。すなわち、このばあいすいっちのそばをすぎるさいに)
そのまま消失してしまうのである。すなわち、この場合開閉器の側を過ぎる際に
(もしそのこうさくをつたこがおこなったとしたら、とうぜんしょうとうは、かのじょがざせきについたころに)
もしその狡策を津多子が行ったとしたら、当然消燈は、彼女が座席についた頃に
(じつげんされるであろう。そして、そのじかんのへだたりによって、ゆうにあんえいのいちぐうを)
実現されるであろう。そして、その時間の隔りによって、ゆうに暗影の一隅を
(おおうことができるのである。おしがねつたこ あのたいしょうちゅうきのだいじょゆうは、)
覆うことが出来るのである。押鐘津多子ーーあの大正中期の大女優は、
(それいがいのどんなくさりのわにも、すがたをあらわさないにもせよ、すでにじけんさいしょのよる、)
それ以外のどんな鎖の輪にも、姿を現わさないにもせよ、すでに事件最初の夜、
(こだいとけいしつのてっぴをなかからおしひらいていて、だんねべるぐじけんに)
古代時計室の鉄扉を内部から押し開いていて、ダンネベルグ事件に
(ぬぐうべからざるかげをしるしているのである。しかも、じけんちゅうじんぶつのなかでもっとものうこうな)
拭うべからざる影を印しているのである。しかも、事件中人物の中で最も濃厚な
(どうきをもち、げんにかのじょは、さいぜんれつのざせきをしめていたではないか。こうして、)
動機を持ち、現に彼女は、最前列の座席を占めていたではないか。こうして、
(いくつかのふぁくたーをはいれつしているうちに、のりみずはふっとちなまぐさいようなやさけびを、)
幾つかの因子を排列しているうちに、法水は噴っと血腥いような矢叫びを、
(じぶんのこきゅうのなかにかんじたのであった。しかし、ばとらーにしょくだいをよういさせて、)
自分の呼吸の中に感じたのであった。しかし、召使に燭台を用意させて、
(すいっちのかたわらにちかづいてみると、そこにおもいがけないはっけんがあった。というのは、)
開閉器の側に近づいてみると、そこに思いがけない発見があった。と云うのは、
(すいっちのちょっかにあたるゆかのうえに、わそうのつたこいがいにはない、はおりひものかんが)
開閉器の直下に当る床の上に、和装の津多子以外にはない、羽織紐の環が
(ひとつおちていたからだった。おくさん、このはおりひものかんは、)
一つ落ちていたからだった。「夫人、この羽織紐の環は、
(ひとまずおかえししておきましょう。しかし、たぶんあなたなら、このすいっちを)
ひとまずお返ししておきましょう。しかし、たぶん貴女なら、この開閉器を
(ひねったのがだれだか ごぞんじのはずですがね とまずつたこをよんで、)
捻ったのが誰だかーー御存じのはずですがね」とまず津多子を喚んで、
(のりみずはこうそうきゅうにきりだした。けれども、あいてはいっこうにどうじたきしょくもなく、)
法水はこう速急に切りだした。けれども、相手はいっこうに動じた気色もなく、
(むしろれいしょうをふくんで、つたこはいいかえした。おかえしくださるなら、)
むしろ冷笑を含んで、津多子は云い返した。「お返し下さるなら、
(いただいておきますわ。ですけれどのりみずさん、やっとこれで、むたびぬちおのそんざいが)
頂いておきますわ。ですけれど法水さん、やっとこれで、善行悪報の神の存在が
(わたしにわかりましたわ。なぜかともうしますなら、くらやみのなかからうめきのこえが)
私に判りましたわ。何故かと申しますなら、暗闇の中から呻吟の声が
(もれたしゅんかんに、わたしのあたまへこのすいっちのことがひらめいたのでした。もし、ひとでを)
洩れた瞬間に、私の頭へこのスイッチの事が閃いたのでした。もし、人手を
(からずつまみがねじれるものでしたら、かならずこのふたのないぶに、なにかいんけんなしかけが)
借らず把手が捻れるものでしたら、必ずこの蓋の内部に、何か陰険な仕掛が
(ひめられていなければなりません。また、それがもしじじつだとすれば、おそらく)
秘められていなければなりません。また、それがもし事実だとすれば、恐らく
(やみをさいわいに、はんにんがそのしかけをとりもどしにくるだろうとおもいました。)
闇を幸いに、犯人がその仕掛を取り戻しに来るだろうと思いました。
(そうかんがえると、それまではおもいもよらなかったけついがうかんでまいりまして、)
そう考えると、それまでは思いもよらなかった決意が浮んでまいりまして、
(そこでわたし、いちはやくざせきをはずして、このばしょにまいったのでございます。そして、)
そこで私、逸早く座席を外して、この場所にまいったのでございます。そして、
(じぶんのせでこのすいっちをおおうていて、いまあなたがおみえになるまで、)
自分の背でこの開閉器を覆うていて、いま貴方がお見えになるまで、
(ずうっとこのばしょにたっていたのでございました。ですからのりみずさん、わたしがもし)
ずうっとこの場所に立っていたのでございました。ですから法水さん、私がもし
(でいしゃす しぇーくすぴあの じゅりあす・しーざー のなかでぶるたすのいちみ でしたら)
デイシャス(沙翁の「ジュリアス・シーザー」の中でブルタスの一味)でしたら
(さしずめこのばあいは、はおりのかんにこうもうすところでしょうよ。)
さしずめこの場合は、羽織の環にこう申すところでしょうよ。
(ざっと・ゆにこーんす・めい・びい・びとれいず・ういず・とりーす・あんど・べあず・ういず・ぐらせっす)
一角獣は樹によって欺かれ、熊は鏡により、
(えれふぁんつ・ういず・ほーるす と)
象は穴によってーーと」