黒死館事件104

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(そうなんだはぜくらくん。そうして、そのじょうきがてんじょうのたいじんにふれると、なによりまず)

「そうなんだ支倉君。そうして、その蒸気が天井の堆塵に触れると、何よりまず

(そのなかのせっかいぶんにしんとうしてゆく。したがって、なかにとうぜんくうどうが)

その中の石灰分に滲透してゆく。したがって、内部に当然空洞が

(できるだろうから、しまいにはささえきれずついらくしてしまうのだ。つまり、)

出来るだろうから、終いには支えきれず墜落してしまうのだ。つまり、

(そのぶっしつが、ゆかのあしあとをおおうたことはいうまでもあるまい。しかも、)

その物質が、床の足跡を覆うたことは云うまでもあるまい。しかも、

(そのまほうのわが、たりょうのせっかいぶんをきゅうしゅうしたあとにくだけたので、それが、)

その魔法の輪が、多量の石灰分を吸収した後に砕けたので、それが、

(あのけんらんたるしんぴをうむにいたったのだよ。ところがはぜくらくん、ちょうど)

あの絢爛たる神秘を生むに至ったのだよ。ところが支倉君、ちょうど

(これによくにたげんしょうを、しじつのなかにもはっけんできるのだがね。たとえば、)

これによく似た現象を、史実の中にも発見出来るのだがね。例えば、

(えるぼーげんのいくちすのきせきが・・・・・・)

エルボーゲンの魚文字の奇蹟が」

(1327ねんまだかるるすばーとおんせんがはっけんされぬころ、どうちからじゅうまいるを)

(註)一三二七年まだカルルスバート温泉が発見されぬ頃、同地から十マイルを

(へだてたえるぼーげんのまちはずれに、ひとつのきせきがあらわれた。それは、はいどうのゆかに、)

隔てたエルボーゲンの町外れに、一つの奇蹟が現われた。それは、廃堂の床に、

(きりすときょうのひょうしょうとされているさかなというもじが、ものもあろうにぎりしゃごで)

基督教の表象とされている魚という文字が、ものもあろうに希臘語で

(あらわれたのだった。しかし、それはたぶん、こうせんみゃくの)

現われたのだった。しかし、それはたぶん、鉱泉脈の

(かんけつふんきによるものならんといわれている。)

間歇噴気によるものならんと云われている。

(いや、それはいずれまたきくとして とあわててけんじは、えせしかのりみずの)

「いや、それはいずれまた聴くとして」と慌てて検事は、似非史家法水の

(ちょうこうぜつをさえぎったが、いぜんはんしんはんぎのざまであいてをみつめている。なるほど、)

長広舌を遮ったが、依然半信半疑の態で相手を瞶めている。「なるほど、

(げんしょうてきには、それでせつめいがつくだろう。また、おくのししつのなかに、あるいは)

現象的には、それで説明がつくだろう。また、奥の屍室の中に、あるいは

(くれすとれっす・すとーんのいったんが、あらわれているかもしれん。しかし、たとえばそれで、)

紋章のない石の一端が、現われているかもしれん。しかし、仮令ばそれで、

(ひとりふたやくがかいけつするにしてもだ。どうしてもぼくには、かくさずにいいすがたをかくした、)

一人二役が解決するにしてもだ。どうしても僕には、隠さずにいい姿を隠した、

(れヴぇずのしんじょうがわからんのだよ。たぶんあのおとこは、じぶんのしゃれにとうすいしすぎて、)

レヴェズの心情が判らんのだよ。たぶんあの男は、自分の洒落に陶酔しすぎて、

(しんせいをうしなってしまったのだろう おやおやはぜくらくん、きみはつたこのこちを)

真性を失ってしまったのだろう」「オヤオヤ支倉君、君は津多子の故智を

など

(わすれたのかね。ではためしに、ししつのどあをひらかずにおこうか。そうしたらきっと)

忘れたのかね。では試しに、屍室の扉を開かずにおこうか。そうしたらきっと

(あのおとこは、ぼくらのかえったころをみはからって、よころうかにあたるぴいど・ういんどうから)

あの男は、僕等の帰った頃を見計って、横廊下に当る聖趾窓から

(ぬけだすだろう。そして、ぐらんどぴあののなかにでももぐりこんで、それからさいみんざいを)

抜け出すだろう。そして、大洋琴の中にでも潜り込んで、それから催眠剤を

(のむにちがいないのだよ。さあいこう。こんどこそ、あのこぼとけこへいのといたを)

嚥むに違いないのだよ。サア行こう。今度こそ、あの小仏小平の戸板を

(たたきやぶってやるんだ こうして、のりみずはついにがいかをあげ、やがて、)

叩き破ってやるんだ」こうして、法水はついに凱歌を挙げ、やがて、

(なかべやのおく せんとぱとりっくのひむをきざんであるししつのどあのまえにたった。)

中室の奥ーー聖パトリックの讃詩を刻んである屍室の扉の前に立った。

(かれらさんにんには、すでにれヴぇずをおりのなかにはっけんしたようなこころもちがして、)

彼等三人には、すでにレヴェズを檻の中に発見したような心持がして、

(そのざんにんなはんのうをおもうぞんぶんむさぼりくいたいのだった。ところが、おそらくなかから)

その残忍な反応を思う存分貪り喰いたいのだった。ところが、恐らく内部から

(とざされていて、ぶぐしつにある、ばってりんぐ・らむのちからでもかりなければ)

鎖されていて、武具室にある、破城槌の力でも借りなければーー

(としんじられていたそのとびらが、いがいにも、くましろのてのひらをのせたまま、すうっと)

と信じられていたその扉が、意外にも、熊城の掌を載せたまま、すうっと

(あとずさりしたのだった。なかは、しめっぽいみっぺいされたへやとくゆうのやみで、そこからは、)

後退りしたのだった。内部は、湿っぽい密閉された室特有の闇で、そこからは、

(にごりきっていてみょうにほこりっぽい、のどをくすぐるようなくうきがながれでてくるのだ。)

濁りきっていて妙に埃っぽい、咽喉を擽るような空気が流れ出てくるのだ。

(そして、かいちゅうでんとうのまるいひかりのなかには、はたせるかな、すうじょうのあたらしいくつあとが)

そして、懐中電燈の円い光の中には、はたせるかな、数条の新しい靴跡が

(あらわれでたのだった。そのしゅんかん、やみのかなたにれヴぇずのけいけいたるがんこうがあらわれ、)

現われ出たのだった。その瞬間、闇の彼方にレヴェズの烱々たる眼光が現われ、

(かれがあえぎこらす、やじゅうのようないぶきがきこえてきた とおもわれたのは、かれらの)

彼があえぎ凝らす、野獣のような息吹が聴えてきたーーと思われたのは、彼等の

(さいじんがえがきだしたまぼろしだったのだ。そのあしあとは、おくのたれまくのかげにきえ、さいおうの)

彩塵が描き出した幻だったのだ。その足跡は、奥の垂幕の蔭に消え、最奥の

(ひつぎしつにつづいているのである。ところが、そのおりかれらが、おもわずかたずを)

棺室に続いているのである。ところが、その折彼等が、思わず固唾を

(のんだというのは、たれまくのすそからゆかのすみずみにまで、おくったひかりのなかには、)

嚥んだと云うのは、垂幕の裾から床の隅々にまで、送った光の中には、

(わずかひつぎだいのあしがよんほんあらわれたのみで、そこにはひとかげがないのだった。)

わずか棺台の脚が四本現われたのみで、そこには人影がないのだった。

(くれすとれっす・すとーん すでにれヴぇずは、このへやからすがたを)

紋章のない石ーーすでにレヴェズは、この室から姿を

(けしてしまったのであろう。と、くましろがいきおいよくたれまくをはいだときに、とつぜんかれは、)

消してしまったのであろう。と、熊城が勢いよく垂幕を剥いだ時に、突然彼は、

(なにものかにひたいをけられてゆかにたおれた。それとどうじに、たれまくのてつぼうがきしむひびきがずじょうに)

何者かに額を蹴られて床に倒れた。それと同時に、垂幕の鉄棒が軋む響が頭上に

(おこって、けんじのむねをめがけてとんだかたいぶったいがあった。かれはおもわずそれを)

起って、検事の胸を目掛けて飛んだ固い物体があった。彼は思わずそれを

(にぎりしめた くつ。しかしそのしゅんかん、のりみずのめはずじょうのいってんに)

握りしめたーー靴。しかしその瞬間、法水の眼は頭上の一点に

(こおりついてしまった。みよ、そこにはいっぽんのはだしと、くつのぬげかかった)

凍りついてしまった。見よ、そこには一本の裸足と、靴の脱げかかった

(もういっぽん それが、にぶいだいふりこのようにゆれているのだった。さながら、)

もう一本ーーそれが、鈍い大振子のように揺れているのだった。さながら、

(のうしょうのにおいをかぐおもいのするのりみずのすいていが、ついにくつがえされてしまった。)

脳漿の臭いを嗅ぐ思いのする法水の推定が、ついに覆されてしまった。

(れヴぇずははっけんされはしたものの、たれまくのてつぼうにかわひもをつって、)

レヴェズは発見されはしたものの、垂幕の鉄棒に革紐を吊って、

(いしをとげているのだった。へいまく おそらくこくしかんさつじんじけんは、)

縊死を遂げているのだった。閉幕ーー恐らく黒死館さつじん事件は、

(このあっけないひとまくをさいごにおわったのであろう。しかし、このけつろんが、けっして)

このあっけない一幕を最後に終ったのであろう。しかし、この結論が、けっして

(のりみずをまんぞくさせるものでないにもせよ、それはふしぎなくらいに、かれを)

法水を満足させるものでないにもせよ、それは不思議なくらいに、彼を

(ろうばいさせた。くましろは、しふくにおろさせたしたいのかおに、あかりをむけていった。)

狼狽させた。熊城は、私服に下させた屍体の顔に、灯を向けて云った。

(やれやれ、これでふぁうすとさまのじけんはおわったらしいね。けっしてかっさいを)

「やれやれ、これでファウスト様の事件は終ったらしいね。けっして喝采を

(うけるほどのしゅうきょくじゃないけれども、まさかこのはんがりーのきしが、はんにんとは)

うけるほどの終局じゃないけれども、まさかこの洪牙利の騎士が、犯人とは

(おもいもよらなかったよ それいぜんすでに、ひつぎだいのうえがちょうさされていた。そして、)

思いも寄らなかったよ」それ以前すでに、棺台の上が調査されていた。そして、

(そこにのこされているくつあとからはんだんすると、そのはしにたったれヴぇずがりょうてを)

そこに残されている靴跡から判断すると、その端に立ったレヴェズが両手を

(かわひもにかけ、あしをはなしながら、くびをひものうえにおとしたことはうたがうべくもなかった。)

革紐にかけ、足を離しながら、首を紐の上に落したことは疑うべくもなかった。

(その てっきりかいじゅうをおもわせるようなしたいは、おなじくかぺるまいすたーのいしょうを)

そのーーてっきり海獣を思わせるような屍体は、同じく宮廷楽師の衣裳を

(つけていて、むねのあたりがわずかにとしゃぶつでよごされている。なお、すいていじこくは)

附けていて、胸のあたりがわずかに吐瀉物で汚されている。なお、推定時刻は

(いちじかんぜんごで、ほぼくりヴぉふのさつがいとふごうしていたが、かわひもはからーのうえから)

一時間前後で、ほぼクリヴォフのさつ害と符合していたが、革紐は襟布の上から

(そのなりにしるされていて、それがくびすじに、むざんなほどふかくくいいっていた。)

そのなりに印されていて、それが頸筋に、無残なほど深く喰い入っていた。

(もちろんあらゆるてんにわたって、いしのけいせきはれきぜんたるものだった。のみならず、)

勿論あらゆる点にわたって、縊死の形跡は歴然たるものだった。のみならず、

(それをいちめんにもりっしょうしているのが、れヴぇずのがんめんひょうじょうだった。)

それを一面にも立証しているのが、レヴェズの顔面表情だった。

(そのくろずんだむらさきいろにかわったかおには、まゆのなんたんがへのじなりにつりあがり、したまぶたは)

その黝ずんだ紫色に変った顔には、眉の内端がへの字なりに吊り上り、下眼瞼は

(おもそうにたれていて、くちもりょうたんがひきさがっている。もちろんそれらのとくちょうは、)

重そうに垂れていて、口も両端が引き下っている。勿論それ等の特徴は、

(いわゆるふぉーるとよぶものであって、それにはとうていうちけししようもない、)

いわゆる落ちると呼ぶものであって、それにはとうてい打ち消しようもない、

(ぜつぼうとくのうのいろがただよっているのであった。しかしそのあいだ、けんじは、くびすじのからーを)

絶望と苦悩の色が漂っているのであった。しかしその間、検事は、頸筋の襟布を

(ゆびでつまみあげて、しきりとこうとうぶのはえぎわのあたりをみつめていた。)

指で摘み上げて、しきりと後頭部の生え際のあたりを瞶めていた。

(が、そうしているうちに、そのめがぶきみにすえられてきた。)

が、そうしているうちに、その眼が不気味に据えられてきた。

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