黒死館事件110

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(さんてつはやはりしんでいたのだ。すると、いったいあのゆびあとは、)

「算哲はやはり死んでいたのだ。すると、いったいあの指痕は、

(だれのものなんだろうか とくましろをかえりみて、けんじはうなるようなこえでつぶやいた。)

誰のものなんだろうか」と熊城を顧みて、検事は唸るような声で呟いた。

(がそのとき、のりみずのめにあやしいひかりがひらめいたかとおもうと、かおをさんてつのろっこつに)

がその時、法水の眼に妖しい光が閃いたかと思うと、顔を算哲の肋骨に

(おしつけて、うごかなくなってしまった。じつにいがいせんばんにも、そのきょうこつには)

押し付けて、動かなくなってしまった。実に意外千万にも、その胸骨には

(たてにきざまれている、いようなもじがあったのである。)

縦に刻まれている、異様な文字があったのである。

(pater! homo sum!)

PATER! HOMO SUM!

(ちちよ、われもひとのこなり とのりみずは、そのいっこうのらてんもじをほうやくして)

「父よ、吾も人の子なりーー」と法水は、その一行の羅甸文字を邦訳して

(くちずさんだが、いようなはっけんはなおもつづけられた。というのは、そのほりじのふちに、)

口誦んだが、異様な発見はなおも続けられた。と云うのは、その彫字の縁に、

(ところどころこんじきをしたびりゅうがかがやいているのと、もうひとつは、かけおちたはのすきに、)

所々金色をした微粒が輝いているのと、もう一つは、欠け落ちた歯の隙に、

(たぶんことりらしいとおもわれる、がいこつがつっこまれていることだった。のりみずは)

たぶん小鳥らしいと思われる、骸骨が突っ込まれていることだった。法水は

(そのびりゅうをてにとって、しばらくながめすかしていたが、ああ、おそらくこれが、)

その微粒を手に取って、しばらく眺めすかしていたが、「ああ、恐らくこれが、

(ふぁうすとはかせのぱんちりおなんだろうがね。しかしくましろくん、このもじはかんぱんで)

ファウスト博士の儀礼なんだろうがね。しかし熊城君、この文字は乾板で

(ほってあるのだよ。ぱてる・ほむ・すむ 。それに、はのあいだに)

彫ってあるのだよ。父よ吾も人の子なりーー。それに、歯の間に

(つっこまれている、ことりのがいこつらしいのは、たぶんそうきまいそうぼうしそうちを)

突っ込まれている、小鳥の骸骨らしいのは、たぶん早期埋葬防止装置を

(さまたげたという、やまがらのしたいにちがいないのだ。ねえおそろしいことじゃないか。)

妨げたという、山雀の死体に違いないのだ。ねえ怖ろしいことじゃないか。

(つまり、いったんさんてつはかんちゅうでそせいしたのだが、そのときはんにんはやまがらのひなをさしはさんで)

つまり、いったん算哲は棺中で蘇生したのだが、その時犯人は山雀の雛を挾んで

(べるのなるのをさまたげたのだよ のりみずのこえのみがいんいんとこだましても、それがてんで)

電鈴の鳴るのを妨げたのだよ」法水の声のみが陰々と反響しても、それがてんで

(みみにはいらなかったほど、けんじとくましろは、もくぜんのせんりつすべきじょうけいに)

耳に入らなかったほど、検事と熊城は、目前の戦慄すべき情景に

(ひきつけられてしまった。そのしたいは、めいはくにかんちゅうのくもんであり、そのけつろんは)

惹きつけられてしまった。その姿体は、明白に棺中の苦悶であり、その結論は

(せいたいのまいそうにそういなかった。しかし、そうはいうものの、)

生体の埋葬に相違なかった。しかし、そうは云うものの、

など

(またふぁうすとはかせにとれば、さんてつがかんちゅうでそせいしてからくるったように)

またファウスト博士にとれば、算哲が棺中で蘇生してから狂ったように

(あいずのひもをひき、しかもたすけはこず、ちからもようやくつきようとして、ずじょうのふたを)

合図の紐を引き、しかも救けは来ず、力もようやく尽きようとして、頭上の蓋を

(かきむしっているありさまというのが、おそらくまた、ざんぎゃくなかいかんを)

掻き毟っている有様と云うのが、恐らくまた、残虐な快感を

(もたらせたものだったかもしれないのである。そうして、はんにんのれいこくないしは、)

もたらせたものだったかも知れないのである。そうして、犯人の冷酷な意志は、

(やまがらのしがいとぱてる・ほも・すむ のいちぶんにとどめられるのであるから、)

山雀の屍骸と父よ、吾も人の子なりーーの一文にとどめられるのであるから、

(とうぜん、くがしずこが、どうとくのもっともたいはいしたけいしきと、さけんだのも)

当然、久我鎮子が、道徳の最も頽廃した形式と、叫んだのも

(むりではないかもしれない。いわゆるこくしかんさつじんじけんとよばれて、こくれつさんびを)

無理ではないかもしれない。いわゆる黒死館さつ人事件と呼ばれて、酷烈酸鼻を

(きわめたりゅうけつのれきしよりかも、すでにそれいぜんおこなわれていて、しかもまのあたり)

きわめた流血の歴史よりかも、すでにそれ以前行われていて、しかも眼のあたり

(いがいのかたちにもそれとうなずかれるきょうふひげきのほうが、むねをふさいでくるつよいなにものかを)

遺骸の形状にもそれと頷かれる恐怖悲劇の方が、胸を塞いでくる強い何物かを

(もっていたのはじじつだった。それから、すりっぱのあとのちょうさをはじめたが、)

持っていたのは事実だった。それから、スリッパの跡の調査を始めたが、

(それはくりぷとのかいだんをのぼりきったずじょうのどあぐち すなわちぼちのかたふぁるこまで)

それは聖窟の階段を上りきった頭上の扉口ーーすなわち墓地の棺龕まで

(つづいている。しかし、ここまでくると、ようやくそのぜんごがあきらかになって、)

続いている。しかし、ここまで来ると、ようやくその前後が明らかになって、

(はんにんがだんねべるぐふじんのへやからこうどうにはいり、それからかたふぁるこのふたをあけて、)

犯人がダンネベルグ夫人の室から坑道に入り、それから棺龕の蓋を開けて、

(うらにわのちじょうにでたのをしることができた。またそれいがいにも、ほこりに)

裏庭の地上に出たのを知ることが出来た。またそれ以外にも、埃に

(うもれかかったあしあとらしいものがさんざいしていて、とうからあのあけずのまに、)

埋もれかかった足跡らしいものが散在していて、既からあの明けずの間に、

(いようなせんにゅうしゃのあったことはうたがうべくもなかった。ちょうさがおわると、さんにんはそうこうに)

異様な潜入者のあったことは疑うべくもなかった。調査が終ると、三人は愴惶に

(せきかんのふたをとじて、このおしくるわさんばかりの、ききからのがれていった。)

石棺の蓋を閉じて、この圧し狂わさんばかりの、鬼気から遁れていった。

(そして、みちみちのりみずは、いくつかのはっけんをそうごうせいりして、それを、)

そして、道々法水は、幾つかの発見を綜合整理して、それを、

(くさりのわのようにつなげていった。)

鎖の輪のように繋げていった。

(いち、ぱてる・ほも・すむのこうさつ 。)

一、父よ、吾も人の子なりの考察ーー。

(すでにそれは、いかんともひていしがたいものいうてる・てーる・しむぼるである。しかし、さんてつがじせつの)

すでにそれは、如何とも否定し難い物云う表徴である。しかし、算哲が自説の

(しょうりにたいするきょうてきなしゅうちゃくからして、よにんのいこくじんをきかにゅうせきさせたのみならず、)

勝利に対する狂的な執着からして、四人の異国人を帰化入籍させたのみならず、

(じょうきをいっしたゆいごんしょをつくったり、またしようずをえがきまほうてんふんしょをおこなったりして、)

常軌を逸した遺言書を作ったり、また屍様図を描き魔法典焚書を行ったりして、

(はんざいほうほうをあんじしたりそうさのかくらんをあらかじめくわだてたということが、はたして、)

犯罪方法を暗示したり捜査の攪乱をあらかじめ企てたという事が、はたして、

(さんにんのうちのどのひとりにしょうどうをあたえたか そのけっていはもちろんぎもんなのだった。)

三人のうちのどの一人に衝動を与えたかーーその決定は勿論疑問なのだった。

(というものの、そのぱてる のいちごは、めいはくにはたたろうもしくは、せれなふじんを)

と云うものの、その父ーーの一語は、明白に旗太郎もしくは、セレナ夫人を

(さしていて、あるいははたたろうが、いさんにかんするぼうきょにふっきゅうしたものか、それとも)

指していて、あるいは旗太郎が、遺産に関する暴挙に復仇したものか、それとも

(せれなふじんが、なんらかのどうきから、さんてつのしんいをしることができて)

セレナ夫人が、なんらかの動機から、算哲の真意を知ることが出来てーー

(それには、のりみずのきょうてきなげんえいとしかおもわれない、しようずのはんようが)

それには、法水の狂的な幻影としか思われない、屍様図の半葉が

(あんじされてくるのであるが もしそうだとすれば、ふじんのきょうじのなかに)

暗示されてくるのであるがーーもしそうだとすれば、夫人の矜恃の中に

(うごいているぜったいのせかいが、あるいは、よにもぐろてすくな、このばくはつを)

動いている絶対の世界が、あるいは、世にもグロテスクな、この爆発を

(おこさせたかもしれないのである。そうして、そのいしひょうじが、)

起させたかもしれないのである。そうして、その意志表示が、

(ほも・すむ のいっくにそういないのだけれども、かりにもしそれが)

吾も人の子なりーーの一句に相違ないのだけれども、仮りにもしそれが

(ぎさくだとすれば、こんどはおしがねつたこを、このきょうぶんのさくしゃに)

偽作だとすれば、今度は押鐘津多子を、この狂文の作者に

(すいていしなければならない。)

推定しなければならない。

(に、はんざいげんしょうとしてのおしがねつたこに 。)

二、犯罪現象としての押鐘津多子にーー。

(すでにめいはくなのは、しんいしんもんかいのさいはりだしふちにうごいていたひとかげと、さいしょかんぱんを)

すでに明白なのは、神意審問会の際張出縁に動いていた人影と、最初乾板を

(ひろいにきたえんげいそうこからのくつあと、それにやくぶつしつのちんにゅうしゃ といじょうのさんにんが、)

拾いに来た園芸倉庫からの靴跡、それに薬物室の闖入者ーーと以上の三人が、

(さんてつをたおし、あのよるだんねべるぐふじんのへやにしんにゅうしたじんぶつと)

算哲を斃し、あの夜ダンネベルグ夫人の室に侵入した人物と

(どういつにんだということだった。そうすると、とうぜんもんだいが、だんねべるぐじけんに)

同一人だという事だった。そうすると、当然問題が、ダンネベルグ事件に

(いっかつされて、それには、ひていすべからざるあんえいをもつおしがねつたこが、しかも、)

一括されて、それには、否定すべからざる暗影を持つ押鐘津多子が、しかも、

(どうきちゅうのどうきともいうべきものをひっさげて、とうじょうしてくるのだった。もちろん、)

動機中の動機とも云うべきものを引っさげて、登場して来るのだった。勿論、

(かくじつなけつろんとしてりっしえないかぎりは、それらのすいそくも、むのなかの)

確実な結論として律し得ない限りは、それ等の推測も、無の中の一突起に

(いちとっきにすぎないではあろうが。)

一突起にすぎないではあろうが。

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