黒死館事件112

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(ねえのりみずくん、このじけんの、すべては、ふぁうすとのじゅもんをきじゅんにした、)

「ねえ法水君、この事件の、すべては、ファウストの呪文を基準にした、

(しのにむのれんぞくじゃないか。ひとひ、みずとみず、かぜとかぜ・・・・・・。だがしかしだ、)

同意語の連続じゃないか。火と火、水と水、風と風。だがしかしだ、

(あのかんぱんだけは、そのとりあわせのいみがどうしてものみこめんのだがね)

あの乾板だけは、その取り合わせの意味がどうしても嚥み込めんのだがね」

(なるほど、しのにむ!?そうするときみは、このひげきをおもわくに)

「なるほど、同意語!?そうすると君は、この悲劇を思惑に

(むすびつけようとするのかね とのりみずはややひにくをまじえてつぶやいたが、)

結び付けようとするのかね」と法水はやや皮肉を交えて呟いたが、

(いきなり、いきなりするどくそのことばをちゅうとでたちきって、あっ、そうだはぜくらくん、)

いきなり、いきなり鋭くその言葉を中途で截ち切って、「あッ、そうだ支倉君、

(しのにむ かんぱん。ああなんだかぼくに、あのそうもんのせいいんが)

同意語ーー乾板。ああなんだか僕に、あの創紋の生因が

(わかってくるようなきがしてきたよ とふいにとびあがってさけんだが、そのまま)

判ってくるような気がしてきたよ」と不意に飛び上って叫んだが、そのまま

(かぜのようにへやをでていってしまった。しかし、まもなくいくぶんじょうきしたようなかおで)

風のように室を出て行ってしまった。しかし、間もなく幾分上気したような顔で

(もどってきたかれをみると、そのてに、ぜんじつかいふうされたゆいごんしょがにぎられていた。)

戻って来た彼を見ると、その手に、前日開封された遺言書が握られていた。

(そして、じょうだんのさゆうにふたつならんでいる、もんしょうのひとつを、そうもんのしゃしんにあわせて)

そして、上段の左右に二つ並んでいる、紋章の一つを、創紋の写真に合わせて

(でんとうですかしみると、そのとたんに、おもわずふたりのくちからうめきのこえがもれた。)

電燈で透かし見ると、そのとたんに、思わず二人の口から呻きの声が洩れた。

(じつに、そのふたつが、すんぶんのくるいもなくふごうしたからである。のりみずは、ばとらーが)

実に、その二つが、寸分の狂いもなく符合したからである。法水は、召使が

(じさんしたこうちゃを、ぐいとあおってからいいだした。じっさいゆにーくだ。はんにんの)

持参した紅茶を、グイとあおってから云い出した。「実際無比だ。犯人の

(ちてきそうぞうたるや、じつにおどろくべきものなんだ。このしょかんせんは、とうにいちねんもまえ、)

智的創造たるや、実に驚くべきものなんだ。この書簡箋は、既に一年もまえ、

(げんざいのものにかえられたというのだからね。もちろんそれいぜんに あのかんぱんは、)

現在のものに変えられたというのだからね。勿論それ以前にーーあの乾板は、

(じけんのかげにかくれている、きちがいじみたものをうつしてとっていたのだよ。なぜなら、)

事件の蔭に隠れている、狂人染みたものを映して取っていたのだよ。何故なら、

(それには、おしがねはかせのちんじゅつをおもいだしてもらいたいのだ。それでなくても、)

それには、押鐘博士の陳述を憶い出してもらいたいのだ。それでなくても、

(げんざいこれでもみるとおりに、さんてつはゆいごんしょをしたためおわると、そのうえに、こふうな)

現在これでも見るとおりに、算哲は遺言書を認め終ると、その上に、古風な

(おーでぃなんす・れたーのどうふんをまいたのだった。ねえくましろくん、どうには、あんしょでかんぱんに)

軍令状用の銅粉を撒いたのだった。ねえ熊城君、銅には、暗所で乾板に

など

(いんぞうするという、じこうせいがあるじゃないか。ああ、あのあいんらいつんぐ このきょうふひげきの)

印像するという、自光性があるじゃないか。ああ、あの序幕ーーこの恐怖悲劇の

(あいんらいつんぐ。さてこれから、そのろうどくをやることにするかな。あのよるさんてつは、)

序文。さてこれから、その朗読をやることにするかな。あの夜算哲は、

(やぶりすてたほうのいちまいをしたにして、にまいのゆいごんしょをきんこのひきだしにおさめた)

破り捨てた方の一枚を下にして、二枚の遺言書を金庫の抽斗に蔵めたーー

(ところが、それいぜんにはんにんは、あらかじめそのまっくらなそこにかんぱんを)

ところが、それ以前に犯人は、あらかじめその暗黒な底に乾板を

(しいておいたのだ。そうすると、よくあさになってさんてつがきんこをひらき、かぞくを)

敷いておいたのだ。そうすると、翌朝になって算哲が金庫を開き、家族を

(れっせきさせためんぜんで、そのいんぞうをとられたほうのいちまいをやきすててから、さらに)

列席させた面前で、その印像を取られた方の一枚を焼き捨ててから、さらに

(のこりのいちまいを、ふたたびきんこにおさめるまでのあいだに、なんぴとか、ぜんぶんをうつしとったかんぱんを)

残りの一枚を、再び金庫に蔵めるまでの間に、何人か、全文を映し取った乾板を

(とりだしたものがなけりゃならんわけだろう。じつに、そのわずかなかんげきが、)

取り出した者がなけりゃならん訳だろう。実に、そのわずかな間隙が、

(ふぁうすとはかせに、あくまとのをぱくとむすばせたのだった。それを、ちょっかんと)

ファウスト博士に、悪魔との契約を結ばせたのだった。それを、直観と

(よちょうとだけではんだんしても、とうぜんやきすてられたいちようが、ぼくのむそうしている)

予兆とだけで判断しても、当然焼き捨てられた一葉が、僕の夢想している

(しようずのはんようにあたるのだし、またそれがざひょうとなって、あのふぁんたすちいくなくうかんに、)

屍様図の半葉に当るのだし、またそれが坐標となって、あの幻想的な空間に、

(おそろしいうずがまきおこされたのだったよ なるほど、そのかんぱんはむりょうの)

怖ろしい渦が捲き起されたのだったよ」「なるほど、その乾板は無量の

(しんぴだろう。しかし、とうぜんけつろんは、そのせきじょうからだれがさきにでたか)

神秘だろう。しかし、当然結論は、その席上から誰が先に出たかーー

(ということになるがね といったが、くましろはりょうてをだらりとさげて、)

という事になるがね」と云ったが、熊城は両手をダラリと下げて、

(こいしつぼうのいろをうかべた。むろんいまとなっては、そのきおくもおそらく)

濃い失望の色を泛べた。「無論今となっては、その記憶も恐らく

(さだかではあるまい。では、あのそうもんとかんぱんとのかんけいは?それが、)

さだかではあるまい。では、あの創紋と乾板との関係は?」「それが、

(ろーじゃー・べーこん 1214 1292、いんぐらんどのそう。まほうれんきんしのなが)

ロージャー・ベーコン(一二一四ーー一二九二、英蘭土の僧。魔法錬金士の名が

(たかいけれども、がんらいひぼんなかがくしゃで、かやくそのたをすでにじゅうさんせいきにおいて)

高いけれども、元来非凡な科学者で、火薬その他をすでに十三世紀において

(はつめいしたとつたえられる のこちさ とのりみずはしずかにいった。ところで、)

発明したと伝えられる)の故智さ」と法水は静かに云った。「ところで、

(あヴりのの せんとそうきせきしゅう をみると、べーこんがぎるふぉーどのかいどうで、)

アヴリノの『聖僧奇跡集』を見ると、ベーコンがギルフォードの会堂で、

(したいのせにせいみつなじゅうじかをあらわしたといういつわがのっている。けれども)

屍体の背に精密な十字架を表わしたという逸話が載っている。けれども

(またいっぽう、はっかえん しゅせきさんをねっしてみっぺいしたもの。くうきにふれると、したのような)

また一方、発火鉛(酒石酸を熱して密閉したもの。空気に触れると、舌のような

(あかいせんこうをはっしてもえる を、いおうとてっぷんとでつつんだといわれる、べーこんの)

赤い閃光を発して燃える)を、硫黄と鉄粉とで包んだと云われる、ベーコンの

(とうてきだんをかんがえると、そこにあーと・まじっくのほんたいがばくろされなければならない。)

投擲弾を考えると、そこに技巧呪術の本体が曝露されなければならない。

(とどうじに、このじけんにも、それがそうもんのせいいんをあきらかにしてくれたのだよ。)

と同時に、この事件にも、それが創紋の生因を明らかにしてくれたのだよ。

(くましろくん、きみは、しんぞうていしのちょくぜんになると、ひふやつめにせいたいはんのうが)

熊城君、君は、心臓停止の直前になると、皮膚や爪に生体反応が

(あらわれなくなるのをしっているだろう。また、しょったいてきなしにかたをしたばあいには、)

現われなくなるのを知っているだろう。また、衝動的な死に方をした場合には、

(ぜんしんのかんせんがきゅうげきにしゅうしゅくする。そして、そのぶぶんのひふにせんこうてきなほのおをあてると)

全身の汗腺が急激に収縮する。そして、その部分の皮膚に閃光的な焔を当てると

(そこには、めすできったようなきずあとががのこされるのだ。もちろんはんにんは、それを)

そこには、解剖刀で切ったような創痕が残されるのだ。勿論犯人は、それを

(だんねべるぐふじんのだんまつまに、かんぱんへおうようしたのだったよ。)

ダンネベルグ夫人の断末魔に、乾板へ応用したのだったよ。

(で、そのほうほうをいうと、まずふたつのもんしょうをかんぱんからきりとって、そのりんかくなりに)

で、その方法を云うと、まず二つの紋章を乾板から切り取って、その輪廓なりに

(かんらんかんをさんできざんでゆく。それから、そのふたつをすじなりにあわせて、そのくうどうの)

橄欖冠を酸で刻んでゆく。それから、その二つを筋なりに合わせて、その空洞の

(こめかみにあてさえすれば、はっかえんがせんこうてきにもえて、みぞなりにあのそうもんが)

こめかみに当てさえすれば、発火鉛が閃光的に燃えて、溝なりにあの創紋が

(のこるというどうりじゃないか。どうだねくましろくん、うんざりしたろう。)

残るという道理じゃないか。どうだね熊城君、うんざりしたろう。

(もちろんあーと・まじっくそのものは、ようちなぜんきかがくにすぎないさ。けれども、)

勿論技巧呪術そのものは、幼稚な前期化学にすぎないさ。けれども、

(そのしんぴてきせいしんたるや、しばらくのあいだ、かがくきごうをばかして)

その神秘的精神たるや、しばらくのあいだ、化学記号を化して

(まりおねっとたらしめていたほどだからね そうして、にんぎょうのそんざいが、)

操人形たらしめていたほどだからね」そうして、人形の存在が、

(ゆめのなかのあわのごとくにきえてしまうと、とうぜんそのなをしるした)

夢の中の泡のごとくに消えてしまうと、当然その名を記した

(だんねべるぐふじんじしょのしへんを、はんにんが、めもやえんぴつとともに)

ダンネベルグ夫人自署の紙片を、犯人が、メモや鉛筆とともに

(なげこんだ とみなければならなくなった。しかし、あのとくいなしょめいを、)

投げこんだーーと見なければならなくなった。しかし、あの特異な署名を、

(どうしてはんにんがうばったものだろうか。また、かんぱんをあくまでついきゅうしてゆくと、)

どうして犯人が奪ったものだろうか。また、乾板をあくまで追求してゆくと、

(これがひにもしんいしんもんかいまでさかのぼっていき、でどころをそこにもとめねば)

是が非にも神意審問会まで遡って行き、出所をそこに求めねば

(ならなかったのである。のりみずはしばらくもっこうしていたが、なんとおもったか、)

ならなかったのである。法水はしばらく黙考していたが、何と思ったか、

(やちゅうにもかかわらずのぶこをよんだ。)

夜中にもかかわらず伸子を喚んだ。

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