【タイピング文庫】夏目漱石「変な音1」

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プレイ回数5009難易度(4.2) 3572打 長文 かな
明治で最も有名な文学者のひとり、夏目漱石の短編です。
著者の入院中、隣の部屋から聞こえる「変な音」をめぐって生と死が交錯する物語。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 miko 5620 A 5.8 96.7% 609.7 3547 120 48 2024/09/27
2 てっちゃん 4422 C+ 4.6 96.0% 789.6 3640 148 48 2024/09/28
3 Par99 4166 C 4.3 96.3% 814.6 3528 134 48 2024/09/26

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問題文

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(うとうとしたとおもううちにめがさめた。すると、となりのへやでみょうなおとがする。)

(上)うとうとしたと思ううちに眼が覚めた。すると、隣の室で妙な音がする。

(はじめはなんのおとともまたどこからくるともはっきりしたけんとうがつかなかったが、)

始めは何の音ともまたどこから来るとも判然した見当がつかなかったが、

(きいているうちに、だんだんみみのなかへまとまったかんねんができてきた。なんでも)

聞いているうちに、だんだん耳の中へ纏まった観念ができてきた。何でも

(わさびおろしでだいこかなにかをごそごそすっているにちがいない。じぶんはたしかに)

山葵おろしで大根かなにかをごそごそ擦っているに違ない。自分は確に

(そうだとおもった。それにしてもいまごろなんのひつようがあって、となりのへやでだいこおろしを)

そうだと思った。それにしても今頃何の必要があって、隣りの室で大根おろしを

(こしらえているのだかそうぞうがつかない。いいわすれたがここはびょういんである。)

拵えているのだか想像がつかない。いい忘れたがここは病院である。

(まかないははるかはんじょもはなれたにかいしたのだいどころにいかなければひとりもいない。びょうしつでは)

賄は遥か半町も離れた二階下の台所に行かなければ一人もいない。病室では

(すいじかっぽうはむろんかしさえきんじられている。ましてときならぬいまじぶんなにしに)

炊事割烹は無論菓子さえ禁じられている。まして時ならぬ今時分何しに

(だいこおろしをこしらえよう。これはきっとべつのおとがだいこおろしのようにじぶんにきこえる)

大根おろしを拵えよう。これはきっと別の音が大根おろしのように自分に聞える

(のにきまっていると、すぐこころのうちでさとったようなものの、さてそれならはたして)

のにきまっていると、すぐ心の裡で覚ったようなものの、さてそれならはたして

(どこからどうしてでるのだろうとかんがえるとやっぱりわからない。じぶんはわからない)

どこからどうして出るのだろうと考えるとやッぱり分らない。自分は分らない

(なりにして、もうすこしいみのあることにじぶんのあたまをつかおうとこころみた。けれども)

なりにして、もう少し意味のある事に自分の頭を使おうと試みた。けれども

(いちどみみについたこのふかしぎなおとは、それがつづいてじぶんのこまくにうったえるかぎり、)

一度耳についたこの不可思議な音は、それが続いて自分の鼓膜に訴える限り、

(みょうにしんけいにたたって、どうしてもわすれるわけにいかなかった。あたりはしんとして)

妙に神経に祟って、どうしても忘れる訳に行かなかった。あたりは森として

(しずかである。このむねにふじゆうなみをたくしたかんじゃはもうしあわせたようにだまっている。)

静かである。この棟に不自由な身を託した患者は申し合せたように黙っている。

(ねているのか、かんがえているのかはなしをするものはひとりもない。ろうかをあるくかんごふの)

寝ているのか、考えているのか話をするものは一人もない。廊下を歩く看護婦の

(うわぞうりのおとさえきこえない。そのなかにこのごしごしとものをすりへらすような)

上草履の音さえ聞えない。その中にこのごしごしと物を擦り減らすような

(いなひびきだけがきになった。じぶんのへやはもととくとうとしてふたまつづきにつくられたのを)

異な響だけが気になった。自分の室はもと特等として二間つづきに作られたのを

(びょういんのつごうでひとつずつにわけたものだから、ひばちなどのおいてあるふくしつのほうは)

病院の都合で一つずつに分けたものだから、火鉢などの置いてある副室の方は

(ふつうのかべがとなりのさかいになっているが、ねどこのしいてあるろくじょうのほうになると、ひがしがわに)

普通の壁が隣の境になっているが、寝床の敷いてある六畳の方になると、東側に

など

(ろくしゃくのふくろとだながあって、そのそばがばしょうふのふすまですぐとなりへおうらいができるように)

六尺の袋戸棚があって、その傍が芭蕉布の襖ですぐ隣へ往来ができるように

(なっている。このいちまいのしきりをがらりとあけさえすれば、りんしつでなにをして)

なっている。この一枚の仕切をがらりと開けさえすれば、隣室で何をして

(いるかはたやすくわかるけれども、たにんにたいしてそれほどのぶれいをあえてするほど)

いるかはたやすく分るけれども、他人に対してそれほどの無礼をあえてするほど

(だいじなおとでないのはむろんである。おりからあつさにむかうじせつであったからえんがわは)

大事な音でないのは無論である。折から暑さに向う時節であったから縁側は

(つねにあけはなしたままであった。えんがわはもとよりむねいっぱいほそながくつづいている。)

常に明け放したままであった。縁側は固より棟いっぱい細長く続いている。

(けれどもかんじゃがえんばたへでてたがいをみとおすふつごうをさけるため、わざとふたへやごとに)

けれども患者が縁端へ出て互を見透す不都合を避けるため、わざと二部屋毎に

(ひらきどをもうけておたがいのせきとした。それはいたのうえへほそいさんをじゅうもんじにわたした)

開き戸を設けて御互の関とした。それは板の上へ細い桟を十文字に渡した

(しゃれたもので、こづかいがまいあさふきそうじをするときには、したからかぎをもってきて、)

洒落たもので、小使が毎朝拭掃除をするときには、下から鍵を持って来て、

(いちいちこのとをあけていくのがれいになっていた。じぶんはたってしきいのうえにたった。)

一々この戸を開けて行くのが例になっていた。自分は立って敷居の上に立った。

(このつまどのあとからでるようである。とのしたはにすんほどすいていたがそこには)

この妻戸の後から出るようである。戸の下は二寸ほど空いていたがそこには

(なにもみえなかった。このおとはそのごもよくくりかえされた。あるときはごろっぷんつづいて)

何も見えなかった。この音はその後もよく繰返された。ある時は五六分続いて

(じぶんのちょうしんけいをしげきすることもあったし、またあるときはそのなかばにもいたらないで)

自分の聴神経を刺激する事もあったし、またある時はその半にも至らないで

(ぱたりとやんでしまうおりもあった。けれどもそのなにであるかは、ついにしる)

ぱたりとやんでしまう折もあった。けれどもその何であるかは、ついに知る

(きかいなくすぎた。びょうにんはしずかなおとこであったが、おりおりよなかにかんごふをちいさいこえで)

機会なく過ぎた。病人は静かな男であったが、折々夜半に看護婦を小さい声で

(おこしていた。かんごふがまたしゅしょうなおんなでちいさいこえでいちどかにどよばれると)

起していた。看護婦がまた殊勝な女で小さい声で一度か二度呼ばれると

(こころよいやさしいはいといううけこたえをしてすぐおきた。そうしてかんじゃのために)

快よい優しい「はい」と云う受け答えをしてすぐ起きた。そうして患者のために

(なにかしているようすであった。あるひかいしんのばんがとなりへまわってきたとき、いつも)

何かしている様子であった。ある日回診の番が隣へ廻ってきたとき、いつも

(よりはだいぶてまがかかるとおもっていると、やがてひくいはなしごえがきこえだした。)

よりはだいぶ手間がかかると思っていると、やがて低い話し声が聞え出した。

(それがにさんにんでもちあってなかなかはかどらないようなしめりけをおびていた。)

それが二三人で持ち合ってなかなか捗取らないような湿り気を帯びていた。

(やがていしゃのこえで、どうせ、そうきゅうにはおなおりにはなりますまいからといった)

やがて医者の声で、どうせ、そう急には御癒りにはなりますまいからと云った

(ことばだけがはっきりきこえた。それからにさんにちして、かのかんじゃのへやにこそこそでいり)

言葉だけが判然聞えた。それから二三日して、かの患者の室にこそこそ出入り

(するひとのけしきがしたが、いずれもおのれのかつどうするたちいをびょうにんにえんりょするように、)

する人の気色がしたが、いずれも己れの活動する立居を病人に遠慮するように、

(ひそやかにふるまっていたとおもったら、びょうにんじしんもかげのごとくいつのまにか)

ひそやかにふるまっていたと思ったら、病人自身も影のごとくいつの間にか

(どこかへいってしまった。そうしてそのあとへはすぐあくるひからあたらしいかんじゃが)

どこかへ行ってしまった。そうしてその後へはすぐ翌る日から新しい患者が

(はいって、いりぐちのはしらにしろくなまえをかいたくろぬりのふだがかけかえられた。れいのごしごし)

入って、入口の柱に白く名前を書いた黒塗の札が懸易えられた。例のごしごし

(いうみょうなおとはとうとうみきわめることができないうちにびょうにんはたいいんしてしまった)

云う妙な音はとうとう見極わめる事ができないうちに病人は退院してしまった

(のである。そのうちじぶんもたいいんした。そうして、かのおとにたいするこうきのねんは)

のである。そのうち自分も退院した。そうして、かの音に対する好奇の念は

(それぎりきえてしまった。)

それぎり消えてしまった。

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