【タイピング文庫】芥川龍之介「かちかち山」

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プレイ回数3.3万難易度(4.2) 2289打 長文 かな
児童向け短編も多くのこした芥川龍之介の作品です。
昔話「かちかち山」の中の、兎が翁のために敵討ちに向かうワンシーンを、陰鬱かつリアリティに溢れた表現で描いています。

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問題文

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(どうわじだいのうすあかりのなかに、ひとりのろうじんといっとうのうさぎとは、)

童話時代のうす明りの中に、一人の老人と一頭の兎とは、

(したきりすずめのかすかなはおとをききながら、しずかにろうじんのつまのしをなげいている。)

舌切雀のかすかな羽音を聞きながら、しずかに老人の妻の死をなげいている。

(とおくにものういひびきをたてているのは、おにがしまへかようゆめのうみの、)

とおくに懶い響を立てているのは、鬼ヶ島へ通う夢の海の、

(えいきゅうにくずれることのないなみであろう。)

永久にくずれる事のない波であろう。

(ろうじんのつまのしがいをうめたつちのうえには、はなのないさくらのきが、)

老人の妻の屍骸を埋めた土の上には、花のない桜の木が、

(ほそいせいどうのえだを、こまかくそらにのばしている。)

ほそい青銅の枝を、細かく空にのばしている。

(そのきのうえのそらには、あけがたのはんとうめいなひかりがただよって、といきほどのかぜさえない。)

その木の上の空には、あけ方の半透明な光が漂って、吐息ほどの風さえない。

(やがて、うさぎはろうじんをいたわりながら、まえあしをあげて、うみべにつないである)

やがて、兎は老人をいたわりながら、前足をあげて、海辺につないである

(にそうのふねをゆびさした。ふねのひとつはしろく、ひとつはすみをなすったようにくろい。)

二艘の舟を指さした。舟の一つは白く、一つは墨をなすったように黒い。

(ろうじんは、なみだにぬれたかおをあげて、うなずいた。どうわじだいのうすあかりのなかに、)

老人は、涙にぬれた顔をあげて、頷いた。童話時代のうす明りの中に、

(ひとりのろうじんといっとうのうさぎとは、はなのないさくらのきのしたに、)

一人の老人と一頭の兎とは、花のない桜の木の下に、

(たがいにたがいをなぐさめながら、ちからなくわかれをつげた。)

互に互をなぐさめながら、力なく別れをつげた。

(ろうじんは、うずくまったままないている。うさぎはなんどもあとをふりむきながら、)

老人は、蹲ったまま泣いている。兎は何度も後をふりむきながら、

(ふねのほうへあるいてゆく。そのそらには、したきりすずめのかすかなはおとがして、)

舟の方へ歩いてゆく。その空には、舌切雀のかすかな羽音がして、

(あけがたのはんとうめいなひかりも、いつかすこしづつひろがってきた。)

あけ方の半透明な光も、何時か少しづつひろがって来た。

(くろいふねのうえには、さっきから、いっとうのたぬきが、じっとなみのおとをきいている。)

黒い舟の上には、さっきから、一頭の狸が、じっと波の音を聞いている。

(これはりゅうぐうのともしびのあぶらをぬすむつもりであろうか。)

これは龍宮の燈火の油をぬすむつもりであろうか。

(あるいはまた、みずのなかにすむあかめのこいをねたんででもいるのであろうか。)

或は又、水の中に住む赤魚の恋を妬んででもいるのであろうか。

(うさぎは、たぬきのそばにちかづいた。そうして、かれらはおもむろにとおいむかしのはなしをしはじめた。)

兎は、狸の傍に近づいた。そうして、彼等は徐に遠い昔の話をし始めた。

(かれらが、ひのもえるやまとすなのながれるかわとのあいだにいて、)

彼等が、火の燃える山と砂の流れる河との間にいて、

など

(おごそかにけもののいのちをまもっていたむかしむかしのはなしである。)

おごそかに獣の命をまもっていた「むかしむかし」の話である。

(どうわじだいのうすあかりのなかに、いっとうのうさぎといっとうのたぬきとは、)

童話時代のうす明りの中に、一頭の兎と一頭の狸とは、

(それぞれしろいふねとくろいふねとにのって、しずかにゆめのうみへこいででた。)

それぞれ白い舟と黒い舟とに乗って、静に夢の海へ漕いで出た。

(えいきゅうにくずれることのないなみは、ぜんあくのふねをめぐって、)

永久にくずれる事のない波は、善悪の舟をめぐって、

(ものういこもりうたをうたっている。はなのないさくらのきのしたにいたろうじんは、)

懶い子守唄をうたっている。花のない桜の木の下にいた老人は、

(このときようやくあたまをあげて、うみのうえへめをやった。)

この時漸く頭をあげて、海の上へ眼をやった。

(くもりながら、しろくひかっているうみのうえには、にとうのけものが、)

くもりながら、白く光っている海の上には、二頭の獣が、

(さいごのあらそいをつづけている。おもむろにしずんでいくくろいふねには、)

最後の争いをつづけている。除に沈んで行く黒い舟には、

(たぬきがのっているのではなかろうか。そうして、そのちかくにういている、)

狸が乗っているのではなかろうか。そうして、その近くに浮いている、

(しろいふねには、うさぎがのっているのではなかろうか。)

白い舟には、兎が乗っているのではなかろうか。

(ろうじんは、なみだにぬれためをかがやかせて、うみのうえのうさぎをたすけるように、)

老人は、涙にぬれた眼をかがやかせて、海の上の兎を扶けるように、

(たかくりょうのてをさしあげた。みよ。それとともに、はなのないさくらのきには、)

高く両の手をさしあげた。見よ。それと共に、花のない桜の木には、

(かいがらのようなはながさいた。あけがたのはんとうめいなひかりにあふれたそらにも、)

貝殻のような花がさいた。あけ方の半透明な光にあふれた空にも、

(あおざめたきんいろのにちりんが、さしのぼった。どうわじだいのあけがたに、)

青ざめた金いろの日輪が、さし昇った。童話時代の明け方に、

(じゅうせいのじゅうせいをほろぼすあらそいに、かんきするにんげんをしょうちょうしようとするのであろう、)

――獣性の獣性を亡ぼす争いに、歓喜する人間を象徴しようとするのであろう、

(にちりんは、そうして、そのしたにさくぞうがんのようなさくらのはなは。)

日輪は、そうして、その下にさく象嵌のような桜の花は。

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