人でなしの恋9

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江戸川乱歩『人でなしの恋』

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(でもさいしょは、どぞうのなかがあやしいなどとはっきりかんがえていたわけではなく、)

でも最初は、土蔵の中が怪しいなどとハッキリ考えていた訳ではなく、

(ぎわくにせめられるまま、たったひとりのときのおっとのすがたをかいまみて、できるならば)

疑惑に責められるまま、たった一人の時の夫の姿を垣間見て、出来るならば

(まよいをはらしたい、どうかそこにわたしをあんしんさせるようなものがあってくれますように)

迷いを晴らしたい、どうかそこに私を安心させる様なものがあってくれます様に

(といのりながら、いっぽうではそのようなどろぼうじみたおこないがおそろしく、といっていちど)

と祈りながら、一方ではその様な泥坊じみた行いが恐しく、といって一度

(おもいたったことを、いまさらちゅうしするのは、どうにもこころのこりなままに、あるばんのこと)

思い立ったことを、今更中止するのは、どうにも心残りなままに、ある晩のこと

(あわせいちまいではもうはだざむいくらいで、このころまでにわになきしきっていました、)

袷一枚ではもう肌寒い位で、この頃まで庭に鳴きしきっていました、

(あきのむしどもも、いつかこえをひそめ、それにちょうどやみよで、にわげたでどぞうへのみちみち、)

秋の虫共も、いつか声をひそめ、それに丁度闇夜で、庭下駄で土蔵への道々、

(そらをながめますと、ほしはきれいでしたけれど、それがひじょうにとおくかんじられ、)

空をながめますと、星は綺麗でしたけれど、それが非常に遠く感じられ、

(ふしぎとものさびしいばんのことでありましたが、わたしはとうとう、どぞうへしのびこんで、)

不思議と物淋しい晩のことでありましたが、私はとうとう、土蔵へ忍びこんで、

(そこのにかいにいるはずのおっとのすきみをくわだてたのでございます。もうおもやでは、)

そこの二階にいる筈の夫の隙見を企てたのでございます。もう母屋では、

(ごりょうしんをはじめめしつかいたちも、とっくにとこについておりました。いなかまちのひろい)

御両親をはじめ召使達も、とっくに床についておりました。田舎町の広い

(やしきのことでございますから、まだじゅうじごろというのに、しんとしずまりかえって、)

屋敷のことでございますから、まだ十時頃というのに、しんと静まり返って、

(くらまでまいりますのに、まっくらなしげみをとおるのが、こわいようでございました。)

蔵まで参りますのに、真っ暗なしげみを通るのが、こわい様でございました。

(そのみちがまた、おてんきでもじめじめしたようなじめんで、しげみのなかには、おおきな)

その道が又、御天気でもじめじめした様な地面で、しげみの中には、大きな

(がまがすんでいて、ぐるるる・・・・・・ぐるるる・・・・・・といやななきごえさえたてるので)

蝦蟇が住んでいて、グルルル……グルルル……といやな鳴き声さえ立てるので

(ございましょう。それをやっとしんぼうして、くらのなかへたどりついても、そこも)

ございましょう。それをやっと辛抱して、蔵の中へたどりついても、そこも

(おなじようにまっくらで、しょうのうのほのかなかおりにまじって、つめたい、かびくさいくらとくゆうの)

同じ様に真っ暗で、樟脳のほのかな薫りに混って、冷い、かび臭い蔵特有の

(いっしゅのにおいが、ぞーっとみをつつむのでございます。もしこころのなかにしっとのひが)

一種の匂いが、ゾーッと身を包むのでございます。もし心の中に嫉妬の火が

(もえていなかったら、じゅうくのこむすめに、どうまああのようなまねができましょう。)

燃えていなかったら、十九の小娘に、どうまああの様な真似が出来ましょう。

(ほんとうにこいほどおそろしいものはございませんわね。やみのなかをてさぐりで、にかいへの)

本当に恋ほど恐しいものはございませんわね。闇の中を手探りで、二階への

など

(かいだんまでちかづき、そっとうえをのぞいてみますと、くらいのもどうり、はしごだんを)

階段まで近づき、そっと上を覗いて見ますと、暗いのも道理、梯子段を

(のぼったところのおとしどが、ぴったりしまっているのでございます。わたしはいきをころして、)

上った所の落し戸が、ピッタリ締っているのでございます。私は息を殺して、

(いちだんいちだんとおとのせぬようにちゅういしながら、やっとのことではしごのうえまでのぼり、)

一段一段と音のせぬ様に注意しながら、やっとのことで梯子の上まで昇り、

(そっとおとしどをおしこころみてみましたが、かどののようじんぶかいことには、うえから)

ソッと落し戸を押し試みて見ましたが、門野の用心深いことには、上から

(しまりをして、ひらかぬようになっているではございませんか。ただごほんをよむのなら)

締りをして、開かぬ様になっているではございませんか。ただ御本を読むのなら

(なにもじょうまでおろさなくてもと、そんなちょっとしたことまでが、きがかりのたねに)

何も錠まで卸さなくてもと、そんな一寸したことまでが、気懸りの種に

(なるのでございます。どうしようかしら。ここをたたいてあけていただこうかしら。)

なるのでございます。どうしようかしら。ここを叩いて開けて頂こうかしら。

(いやいや、このよふけに、そんなことをしたなら、はしたないこころのうちを)

いやいや、この夜更けに、そんなことをしたなら、はしたない心の内を

(みすかされ、なおさらうとんじられはしないかしら。でも、このような、へびのなまごろしの)

見すかされ、猶更疎んじられはしないかしら。でも、この様な、蛇の生殺しの

(ようなじょうたいが、いつまでもつづくのだったら、とてもわたしにはたえられない。)

ような状態が、いつまでも続くのだったら、とても私には耐えられない。

(いっそおもいきって、ここをあけていただいて、おもやからはなれたくらのなかをさいわいに、)

一そ思い切って、ここを開けて頂いて、母屋から離れた蔵の中を幸いに、

(こんやこそ、ひごろのうたがいをおっとのまえにさらけだして、あのひとのほんとうのこころもちをきいて)

今夜こそ、日頃の疑いを夫の前にさらけ出して、あの人の本当の心持を聞いて

(みようかしら。などと、とつおいつおもいまどって、おとしどのしたにたたずんでいましたとき)

見ようかしら。などと、とつおいつ思い惑って、落し戸の下に佇んでいました時

(ちょうどそのとき、じつにおそろしいことがおこったのでございます。)

丁度その時、実に恐ろしいことが起こったのでございます。

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